対価について
領城にある様なやたら高価そうなソファに二人して身を沈める。いや、座ってから分かったけれど、領城の物でもこれ程心地の良い物は無いのではないだろうか。やはり神様の持ち物だから極上なのだろうか。
座り心地にうっとりしていると、幼い頃に絵本で見た古代の魔導師のように、魔術ではなく(恐らく)魔法で、夜の方手ずからお茶を淹れてくださった。魔術ではこの様な使い方は出来ないはず。え、出来ないよね?見ているだけで楽しい。お茶を淹れる工程自体にはあまり違いは無いみたい。
「さ、疲れただろう、飲みなさい。」
「手ずから淹れていただくなど・・・、有り難う存じます。」
「気にするな。ほらそちらの紅玉のも。」
「はい、有難き幸せ。」
神が手ずから淹れて下さったお茶など畏れ多いにも程がある!それでも、と緊張しながら口にしたお茶は、この世の物とも思えない程美味しい飲み物だった。体の隅々まで力が漲り、サヴァジュで悪くしてしまった胃の不調も、長時間の車移動で痛めた腰痛も全て吹き飛んでいる。味の方も最初の魔力圧を思えば当然の物だと伺える程、芳醇で香り高く爽やかな渋み。手ずから淹れて下さったのだから当然と言えば当然ではあるのだろうけれど。それに使用していた水すら魔術で集めるのでは無く、魔法で魔力から生み出していた様に見えた。と言うか、こんなに緊張している筈なのにお茶の味を感じ取れていることに驚く。それ程美味しいからなのか。
涙が出そうな一歩手前でお茶に感動していると、夜の方が口火を切られた。
「それでだな、話なのだが。お前を連れて行くことが出来なくなった。だが、対価は釣り合わせなければならない事は分かるだろう?紅玉のの命と天秤にかけて釣り合う物で他に差し出せるものがあるか?これは私の都合だから、その点も加味して少し下げても大丈夫かも知れないが。」
やはり、僕達を助けるにあたり、何か規定があったのだと確信する。だが、フィリッポスの命と同じ価値、と言うのが難しい。それより価値のあるものなど無いと、先程思い知らされたばかりなのだから。
「やはり難しいか・・・?」
・・・どうしよう、何も思い付かない。
一人焦っていると、膝の上でギュッと重ねた手の甲をトントンとノックされ、フィリッポスを見上げる。目が合うと頷きを返された。何に対して?こっちは何も分かってないんですけど!?
「発言をお許しいただけますか。」
「ああ。というか、気にせず発言して構わない。なんだ?」
「対価なのですが、元は救っていただいたのはおれ、コホン、私なので二人で分担する事は可能でしょうか。」
あ!さっき話していたあれの事!?すっかり忘れてた。
「ふむ・・・、そうだな・・・。お前達の間での対価のやり取りも小さくなる、良いのではないか?」
「有り難う存じます!」
よ、良かった。
「それで?良さそうなものがあるのだな?」
「命とは釣り合いませんが、半分と言う事でしたらなんとか。私達は其々時期族長へと選ばれておりまして、既に日の当たる土地を貰い受けております。」
「日の当たる土地、か。」
「はい。土地は隣接しているので、一まとめにする事も可能かと。なのでそちらは如何でしょうか?それ以外ですと、相続する財産くらいしか・・・、ですが金銭など釣り合うはずも」
「待ちなさい。そうか、お前達の故郷はあそこか、青い宝石で飾られた白く美しい外壁の?」
「左様にございます。お褒め頂き嬉しく存じます。」
「なるほど、それで土地にそれ程の価値があるのだね。ふむ。」
「お兄様、口を挟んでも宜しくて?」
「なんだい?何か希望があるのかな?」
「はい、ですが、土地もそうですけれど、わたくし達、価値観に差があるのではないかしら?」
「まぁ、それは当然そうだろう。」
「お兄様、こちらへ。お耳をお貸し下さいまし。」
「ふふ、いいよ。君達は少し待っていてくれ。」
夜の方は嬉しそうに微笑まれると、パチンと指を鳴らされお二人の話し声は聞こえなくなった。夜の方が流れる様な動作で女神様を膝にお乗せになると、女神様は恥ずかしそうにされながらも、慣れた行動なのは伺えて。
夜の方は何かを話されている女神様を愛おしそうに見つめていらっしゃったけれど、少し目を見開いたと思ったら真剣なお顔になり何事かお話になっている。その真剣な表情を、女神様はうっとりと見惚れてらっしゃるようだった。
やはりご兄妹で番われているのだろう。神々は力の系統が近い兄弟姉妹で番われると言う話は本当だったのだ。古文書によると、異なった系統の力同士では触れ合うと反発があり痛みを伴うらしい。私達程度なら魔力は反発する程の力が無いから問題無いが、神族ともなると相当なものになるに違い無い。
神々のイチャイチャと言う神聖なのかなんなのかよく分からない光景を見ていると、フィリッポスに肘で軽く小脇を突かれた。
「お前、まじまじと見過ぎだろう。不敬じゃないのか?」
「あ、ああ、すまない、確かにそうだ。・・・ご兄妹で番われている様だし、と言うことはやはり神だったのだと改めて思ってしまって・・・。」
フィリッポスを映す視界の端で、夜の方がギョッとした様にこちらを見た気がしたが気のせいだろう。今声は届かないのだろうし。そもあの方がその様な表情をする事も想像出来ない。
「おま、あー、まぁいいか。そうだろうとは俺も思うし。」
なんか今とんでも無い言葉が聞こえた。ご兄妹で番われている!?
もちろんこちらの声が向こうに聞こえないだけで、向こうの音はこっちには聞こえてますが!?
流れ的にこれ私達の事だよね?も、もしかしてこれ、みーちゃんにも聞こえたかな・・・。顔を確認するのが怖い気がする。聞こえてたらどんな反応する?脈ありだったらどうする?!いや、そもそも姉妹だしそんなわけ無いか。でもよく考えたら体は作り直されたんだし、種族変わってる程改変されてるなら、もはや血が繋がっているとは言えないのでは!?いやでも気持ち悪がられたら生きていけない。そんな事になるなら知りたく無い・・・、でもみーちゃん私の顔好きだよね?ワンチャンあったり・・・
・・・あーいやこれ聞こえてないわ。ですよねー!鈍感主人公ちゃんがこう言う場面で聞こえてるわけがなかった!無駄にドキドキハラハラソワソワした私が馬鹿でした。
私が急に黙ったからか、不思議そうに首を傾げてるのかわい。ぶりっ子がやるとクソ腹たつ仕草だけど、みーちゃんならクソ可愛い。おっといけない。みーちゃんに、お姉ちゃんお口が悪いよ、メッってされちゃう。違う、別にご褒美とか思ってないから。
・・・みーちゃん傾げた首戻さないな。もしかしてほっぺにキスしてってコト?キス待ちだった?そんな、いいんですか?
チュッ
「なっ!」
「いてっ」
すごい。キスした直後、扇を顔に翳して隠すのと私の顎を押しやるの、凄い早業だったわ。そんな素早く動けたんだ・・・。まぁでも一瞬でも頬にキスできて幸せ。プルプルほっぺに癒されるー。止まらなくなるから我慢。
「あ、ご、ごめんなさい、」
は?愛しすぎるんだが。悪く無いのについ謝っちゃうのかわい。他人にしたらダメだけど、私には存分にどうぞ。心は紳士だから漬け込んだりしないからね!じゃなくて。ミリも痛く無いのにノリでいてって言っちゃってなんかごめん。
「ごめんごめん。おいしそうなほっぺを差し出されたからしていいのかなと思って。」
ニコってしたら真っ赤になっちゃった。ホントこの子私の顔好きだな。違いますって涙目で言われても、据え膳にしか・・・、あーやめやめ。正気に戻れ。そもそも人目があるんだった。みーちゃんが羞恥で死んでしまう。
「ごめんね。今はもうしないから。」
そう囁くようにそっと謝ると、こくんと頷き私の胸元に顔を埋めてしまった。・・・だから!そういうかわいいことをするなと!・・・ふー、魔力落ち着け。取り敢えずさっさと話を纏めてかわいい顔になってしまったこの子を牛車に戻さないと。
防音を解き二人に声をかける。
「待たせたね。先程の話だけれども。土地を貰っても、私達はそこに住むわけではないから必要ないから困ってしまうかな。それで提案なんだが。」
「「はい。」」
「米と言う名の食材を知っているか?名は違うかもしれないがこのくらいの大きさの白い穀物なんだが。」
掌に二十粒前後、米粒サイズの魔力結晶を形もそれっぽくパラっと生み出すと、二人にギョッとした目で見られた。それでも態度は乱さず粒をジッと確認している。しっかり教育されているお子さん達の様だ。暫くして先に顔を上げたのは翡翠の子だった。
「み、見た事がある中では、似ているのはピュロスでしょうか?」
ぴゅろす?ピュロス、ピュロス、なんだっけ、小麦?確かギリシャ語だったか。それとも全然違うものかな?
「ああ、確かに。」
「それはどう調理して食す物か分かるか?」
「ええと、詳しくは分かりませんが確か、主には、粉にして水やハールスと合わせ捏ねて出来たものを焼くのが多いと聞いています。」
「この周辺では主食としている地域が多いかと。」
はーるす・・・さっきと同じギリシャ語なら近いのはハルス、塩か?なんだ?固有名詞の幾つかだけ翻訳されないのは何故だ。・・・・・・、正確に同じ物ではないからか、なるほど。取り敢えず小麦と言い塩と言い、ギリシャ語圏ぽいな?ってかパンみたいにして食べてるって事か。
やっぱ地球と微妙に関係あるじゃねーか!なんだこれ!モヤモヤする!つうか私がギリシャ語全く知らなかったら気が付かないやつ!話通じなくなるだろうが!ふざけんな!ポンコツ翻訳かよ!
いかんいかん。かろうじて魔力は荒れてない。それにしても小麦かー。身形は良いのにパンの作り方まで知っている、いや、勉強しているらしいこの子が米については直ぐ分からないという事は、この辺では作っていないんだろう。
炊くってどう伝えればいいんだ?えーと、
「そうか。ではおそらくピュロスではないな。米は基本的には形は変えず、洗ってから水がなくなるまで煮て食す物なんだ。収穫後は薄い殼が付いているからそれを削るくらいだろう。もしかするとオリュザ、と呼ばれているかもしれん。これを探して欲しい。取り敢えず期間はー」
これ半年とか言って通じるの?季節が二回変わった頃ー、いや、そもこの世界に四季があるのだろうか?季節って言って通じるのか?
「この辺では季節の変化はあるか?」
「はい、春、夏、秋、冬がございます。神幻の森が近いので他の土地に比べて変化は小さいですが。」
待って何その森。近いって事と名前から察するに大樹のあるあの森じゃん?
「そうか、お前達の故郷には所用で立ち寄るのだが、そこから出立して季節二つ程過ぎた頃、途中経過をまた聞きに来るとしよう。もちろん見つからなくとも責めはしない。現物が手に入れられなくとも、情報だけでも私たちにとっては対価として見合う物だ。出入りの商人に尋ねるなど普通に生活する範囲で程々に探してくれ。間違っても財産を注ぎ込むなどするなよ。そうなれば再度対価をやりとりせねばならなくなるのだからな。」
「はっ。」
「畏まりました。」
対価は与え過ぎても貰い過ぎてもいけない。どちらも危険な事だ。真っ当な日本人なら何となく感覚で分かるだろうが(何となく座りが悪いとか、居心地が悪くなる、気不味くなるあの感覚だ)、こちらの生物が知っているか分からない。念の為釘を刺した。
私はパンも多少好んではいるが、そうは言っても米が多くの日本人にとってどれ程の価値があるか、普段は分からなくとも、海外移住経験者なら分かってくれる事だろう。人によっては、ほんの海外旅行ですらも感じる人もいるかも知れない。私達はまだこちらへ来て数日だから大丈夫だが、年を跨ぐ程時を重ねていけばそれしか考えられなくなりそうなのは想像に難くない。だがまぁ食事に執着するのは、日本人と言う種族だからと思えば仕方の無い事じゃないか?アイテムボックスに炒飯や雑炊がなかったらと考えるだに恐ろしい。
魔法で稲を創造するのは出来る事なら遠慮したい。アカシア様が守る世界の生態系をぶち壊したい訳ではないのだし。最悪どうしても見つからなかったら、自分達の趣味で食べる分だけを細々と、結界で完全隔離して作るしか無いけども。
とは言え相手にとってはただの穀物の一種であろうから気軽に探してくれれば良い。
だからこそ対価が釣り合う。何故なら少年に渡した薬は、エリクサーでも何でも無い、妹が大量生産した回復薬の内の一つに過ぎないのだから。
私にとってはあの少年の命は別に欲しいものではないからこそ釣り合うと言うもの。




