アカシア様へのご挨拶と出発
「鑑定。・・・なるほど。この程度なら時々様子を見ながら行くか。早速出発するとしよう。少し待っていろ。瑞樹、こちらへ来なさい。」
「はい。」
なんかだかすごく久しぶりに名前で呼ばれた気がするんですが?と言うかそのままその外面用のキャラクターでいくの?舐められるのがどうとか言ってたアレ?いやでもこの人そもそも中学二年生でかかると言われる病を未だに患ってるからな・・・。ロープレの可能性も・・・。どちらか分からない。いやまぁ別にいいのだけど。
頭上にハテナを浮かべているうちに、抱き上げられそのまま牛車から離れた。方向を見るに向かっているのは大樹のもとらしい。
「さっき話したの覚えてる?試しに浄化かけてみようって話。」
「うん。どのくらいしたらいい?MP半分くらいいく?どうせその内回復するし。」
「そうだね。そのくらいならやっても枯渇にはならないし良いんじゃないかな。」
そう言いながら、青々しく柔らかな草の上に柔らかな結界を敷き、そこへそっと降された。過保護、と思いつつ姉の言外の意を汲み大樹に近付くと跪く。
「はい。じゃあえっと。」
この世界の作法は分からないので取り敢えず軽く手をついて一礼してみる。
「アカシア様、瑞樹と申します。僭越ながら浄化をかけさせていただく事になりました。よろしくお願いいたします。」
「ふふっ。」
姉の笑う声が聞こえ、何がおかしいのかと目線で咎めるも効果はなく。気を取り直して進める事にする。
「では始めさせて頂きます。」
目を閉じ体内の魔力に集中する。
(えーと、半分くらいの魔力。このくらいかな。)
想像の中で魔力を練る。段々と頭が、体が、芯から爪先までポカポカと暖かくなってきた。熱に浮かされる様な感覚の裏で、冷静に体の周囲を多量の魔力が渦巻いているのを感じとる。けれどその事に焦りは全く無い。ふわふわと浮かされたような心地のまま次の想像に移る。
最初に浄化したあの時と同じ様に。どうすればいいのか分かる。きっとこれがスキルを持っている者の感覚。
(さあ想像して。この樹には別に瘴気は無いけれど。あの臥せっていたあの青年が少しでも楽になればいいな。)
そう考えた途端どうした事か、段々と夢で会った彼に元気になって欲しいと言う気持ちが大きくなってくる。けれど同時にそれを俯瞰する様な感覚もあって。変な感じ。私じゃない私の気持ち?
元気を与えたい。この健気な樹を癒したい。葉の先まで瑞々しく潤う様に。早く力を取り戻して。貴方の本来の姿を見せて。活力に漲る姿を見せて。
瞼の裏で金色の髪を輝かせた青年が微笑んだ気がした。
その瞬間魔力がはじけ大樹に降り注ぐ。目を開けると、地球ではあり得ない大きさの大樹に、キラキラと金色の光が降り注いでいた。その光景は自分の魔力ながら、とても神秘的で。
ほっと息を吐いた途端全身にどっと負荷がかかった。まるで重力が増したかの様に体が重い。
(つっっっっっかれました!)
そのまま大の字になりたい気持ちを押して座り込むも、やり遂げた気持ちで褒めてもらおうと姉を見上げると、苦しい様な切ない様なそれでいて嬉しい様な、それでもどこか諦観を感じさせる表情で私を見ていた。理由が分からず思わず息をのむ。
今私が振り向いたその一瞬でその表情は消え、いつもの穏やかな無表情に戻ってしまった。今のは何だったの?
私を見ていたと言う事は私があの顔をさせたと言う事では?どうして?あんな顔をさせたくなどないのに。胸が痛い、苦しい。あんな顔をさせない為なら何だってするのに。けれど、瞬時に消したと言う事は私に悟らせたくないと言う事だ。ならば聞いても答えてはくれないのは分かりきった事。むしろ尋ねてしまえば一層隠されるだろう。私が出来る事は。気がついていないフリをしながら、よく観察して探っていくしかない。
「とても美しい浄化でしたよ。聖女様。」
騎士様の様に膝をつき手を差し出される。公達姿ながら妙に似合う所作に見惚れるも、茶化す様に言いながらいつもの人をくった様なふてぶてしい顔をするのを見てどこかホッとする。
「もう、すぐ茶化すんだから。」
「ごめんごめん。でもすごく美しい光景だったのは本当だよ。・・・そう、神聖ですらあったよ。美しかったんだ。本当に。」
差し出された手を取ると直ぐに抱き上げられ、ぎゅっと抱きしめられる。どこかすがる様なそれに驚くも、先程の顔を思い出し、私の肩口にうめられた顔を上げさせる。姉の頬に添えた私の両手に驚いた表情の姉の顔を見つめる。目を見開いた、姉には珍しい無防備な表情に、胸の奥で何かがきゅんと鳴った気がした。
(ふふっ、すごくびっくりしてるみたい。驚いていてもかっこいいってどう言う事。)
見ているだけで、大好きだと言う気持ちが無限に湧き出てくる。この衣装に着替えてから、顔を見るのも恥ずかしかったのに。永遠に見ていられる気がする。
そう、これは先程とは違う。私自身の感情で。
「だいすき」
思わず頬にキスしてしまった上にうっかり声に出してしまった。
私を見上げる姉のかおがみるみる内に赤くなっていく。何か言おうとしてか口がはくはくと動くも、言葉が出る事はなく、抱きしめられる腕に力が込められた。少し苦しいけれど、それが気持ち良いような。・・・私の首筋に唇が当たっているような気がするけれど多分気の所為気の所為。と言うか、凄く吸われている気がする。これが猫吸い・・・。いえ、猫じゃないから妹吸いかしら・・・?
やってしまったとは思ったけれど、自分より取り乱している人間がいると冷静になるとはよく言ったもので、どこか高揚しているもののいつもとは違って恥ずかしくて消え入りたい様な思いはしていない。
ああ、この秀麗な、強く、賢く、けれど人を寄せ付け無い人が、私なんかの事であんな捨てられた様な顔をするなんて。その上今の顔にさせたのも私だ。あんな顔をさせた事を喜ぶなんて最低なのに。あんな顔をさせたくないと言うのも本当なのに。胸が痛いのに嬉しくて恥ずかしい様などこか高揚した様なふわふわした心地。私はどうしてしまったのかしら。そんなだから、ふと思ってしまったの。
この人に選ばれる人は一体どの様な人なのだろう。
(羨ましい。)
なんて事!そんな恐ろしい事!
この人の未来の伴侶を羨むなど、なんて恐ろしい。そんな大それた事、考えた事もなかったのに。此方に来てから二人きりと言う状況が、戒めをといてしまったの?まだたったの数日なのに。どうして。あれ程長い間沈めていられた筈なのに。
これが何か理解してはいけなかったのに。自覚してはいけなかったのに。その為にずっと目を逸らしていたのに。
姉の顔が見え無いのを良い事に目を閉じ、動揺を、感じた気持ちを奥深くに押し込める。
いいえ。大丈夫。そう、問題は無い。妹としてなら今までと変わら無い。ばれるはずなどない。暴かれる筈など無い。目を開けば私は少しシスコンの姉に愛される無邪気な妹。シスコンな姉に困りつつも妹として家族として愛している妹。大丈夫。
自身を律し直しそっと目を開くと、首まで赤くなっていた姉の赤みは殆ど薄れてきていた。よし。
と、思ったところで、目線の高さで青々しい葉が数枚と金色の果実の様なものが漂う様に浮いているのを見つけた。
「お姉ちゃん!じゃない兄様!これ!なにこれ!?はっぱ、浮いてる」
「ん?ああ、やっぱ今回もあったね。鑑定してごらん。」
姉は顔を上げ横目で葉と実を視認すると、何でも無いように風を操りそれらを私の手元に収束させた。言われるまま鑑定する。
アカシアの葉
アカシアの実
タッチしてもそれ以上の情報は出てこない。そう言えば姉が樹を鑑定した時に同じ様だったと話していなかったかしら。
「なるほどね。神様の一部だった物だから鑑定出来ないと言う事?それとも能力が足りてないから?」
「どちらも正解だけれど、どちらかというと正確には後者かな。それに何かに加工したり使おうとした存在が居なかったと言う事もあり得る。それに見てごらん。」
姉は私を片腕に乗せたまま、視線を誘導するようにもう片方の腕を広げた。
「不思議な事にこの大樹の周囲に落葉は無い。今までの流れから言って、魔力か何かを捧げなければ落葉しない可能性が高い。と言う事は、だ。この葉や実を手に入れた事がある者が存在するかどうかもあやしいかもしれないね。」
告げられた言葉に思わず息を飲むも、確かにと納得する気持ちがある。何故なら森に入れないならばここまで辿り着く事も当然出来ない。例え魔物か何かが近くまで来れたとして、この樹に何かを捧げると言う思考が出来る者が存在がしなかった可能性も多分にある。
「そんな大それた物、そんな貴重な物貰ってもどうしたらいいの?持ってるのも怖いよ・・・。」
「大丈夫。アカシアさまが愛し子であるみーちゃんに危険な物下賜したりしない筈。何となくだけれど、きっとお守りになるよ。持っていなさい。」
「ええ?そう、かな・・・。うーん、・・・そう言われるとそんな気がしてきた。お守りと思えば心強いかも?」
「ふふ。よし。そろそろ出発するか。」
姉は私を抱いたまま大樹に向き直り、見上げた。
「ではアカシア様少々出掛けて参ります。」
「アカシア様、行って参ります。」
姉に続いて挨拶する。こんな抱き上げられたままなんて、適当で不敬と怒られないかしらと心配するも、姉は既に歩き出している。抱き上げられた私になす術はない。
牛車に向かうかと思いきや、向かう先は家の方らしい。家を先程の箱にしまうのかしら?
その通りだったようで、姉は私を乗せている逆の手に箱を出した。
「格納」
言葉が終わると同時に、箱が手から離れ巨大化すると家の周囲を空から覆った。と思ったらその覆った空間ごと宙に浮かび上がり、回転しながら小さくなっていっている様だった。それも直ぐに終わり最初のサイズに戻ると姉の掌にポトリと落ちて来た。
「・・・。」
「なるほど、こんな感じか。」
これぞ魔法、という感じで私が呆然としているのを尻目に、姉はさっさと箱をしまい牛車へ向かっている。何故驚かないの?魔法すごーいってなってるの私だけ?順応とか言うスキルのせい?いえ、この人って元々驚いたり焦ったりしない人だった。そもそもこっちに来てからの方がそう言う反応が豊かな気がする。
・・・だからどうって事も無いのだし、ま、いっか。
牛車に着くと先に私を乗せ、姉はふわりと優雅に飛び乗ってきた。そこは教科書に載っていたような、取り外し式の階段使うんじゃないんだ?まぁ、お付きの人がいる訳でもないし誰も見てないもんね。
姉が念動力で御簾を下ろしながら、アルくんごと結界を展開しアルくんへ指示するのを聞く。
「アルデバラン、彼方の方角へ向え。私が浮かせるからお前は進むだけでいい。それとお前の魔力が三分の一程になったら教えなさい。他に何か気が付いた事があれば言う様に。」
「承知。ならば出発致します。」
「ああ。」
返事をすると途端に御簾が下がりきった。
姉は御簾前の立膝の姿勢から此方へ向き直り少し移動すると、物見の窓を開け放った。窓のそばに移動させたふかふかの座布団に座らされる。
「さ、ついに出発だね。どんな街だろうか。楽しみだ。」
そう言いながら座布団に胡座で座り直し、掌へ扇を打ち付ける軽い音をさせながら、窓の外へ視線をやった。




