目には目を
「お姉ちゃん、起きて、朝だよ。」
妹のかわいい声が聞こえる。これぞ鈴が鳴るような、と評するに相応しいと思う。
どうやら私に声をかけながら、私の体を揺すって起こそうとしているらしい。揺する力が小鳥のようにか弱く、なんとも言い表せない悶えるような気持ちになる。
(ああああー!かわいいかわいいかわいいこんな弱々しい力じゃ誰も起こせないよ!お姉ちゃんじゃなければね!!)
「む、起きてるでしょ。顔がニヤニヤしてるよ!」
腕を伸ばして妹捕まえる。ぎゅっぎゅっと抱きしめながら朝の挨拶をした。
「朝からありがとう、じゃなかった、おはよ。」
「?、おはよう、お姉ちゃん!くるしいから離して!」
目を開けて妹を目にした瞬間昨日の事が思い出され、慌てて体を起こす。
「は、みーちゃん、体なんともないの?大丈夫?記憶は・・・。」
「大丈夫だよ、心配かけてごめんなさい。体は何とも無いよ。むしろ強化された感じがするくらい?あの、昨日は変な事言っちゃって、混乱させたと思うんだけど。・・・何て言えばいいのかな・・・、昔の私?は今は眠ってる?みたいな感じになってて、」
「大丈夫なの?みーちゃん消えちゃわないよね?あの子も妹だって言うのは分かるんだけど、今の私にとっては・・・。」
「そんな顔しないで。お姉ちゃんが今の私を大事に思ってくれるのはすごく嬉しいんだよ。・・・それでも、これからだんだん混ざって一つになっていくと思う。受け入れるって決めちゃったから・・・。勝手に決めちゃってごめんなさい・・・。」
「みーちゃん。」
段々と俯いていく悲しそうな、申し訳なさそうな顔をする妹の頬を、両手で包み顔を上げさせ目を合わせる。妹はされるがままだ。私が害する事などあり得ないと信じきっている事実を感じ、その信頼に胸が暖かくなる。
「大丈夫。何も不安に思う事はないよ。みーちゃんがいなくならないならいいの。だってあの子もお姉ちゃんのかわいい妹だから。みーちゃんがそうしたいって決めたなら、それでいいの。」
そう告げると、妹は顔をくしゃりと歪ませた。
「・・・う、ふぇ・・・お姉ちゃん、ありがとう・・・。」
答えながら、私の胸に顔を埋めぎゅっと抱きついてきた。
それを抱き止め、宥めるように背を撫でていると、小さく鼻をすすり、しゃくる音が聞こえる。そのまま頭や背を暫く撫で続けていると、やがて静かになり妹はやや俯きながら体を離した。
「・・・ごめんなさい。なんか、ホッとしたら涙でちゃった。」
「いいよ。そうして貰えるのはお姉ちゃんだけの特権なんだから。もっと甘えん坊でもいいくらいよ。」
「こっちに来てから私、十分甘ったれになっちゃってるよ。これ以上はよくない!お姉ちゃん離れが出来なくなっちゃう。」
「おね?ば・・・ね?・・・ごめん聞き取れなかった。その言葉この世に必要?全ての生物からこの言葉を消せば無かったことになるよね。」
「もう、聞こえてたくせに!そう言う冗談なのか本気なのかよく分かんない冗談禁止!あとヤンデレネタも禁止!」
「ネタって??・・・まぁいいか。て言うか、みーちゃんが悪いんだよ、不吉な言葉を言うから!だいたいいつの話してるの?そんなのずっとずーっと先の事考える必要ある?ありません!・・・はぁ、その頃には自然と甘える相手が変わってそうだしね。」
「?なんで?」
「アカ、あー、その、ほら、恋人ができたり結婚とかしたらそうなるよねって話。」
(危ない。わざわざ私からアカシア様に塩をおくる必要なんてないんだから。大体いつ目覚めるかも分かんないし。それにこう言うことは自然に自分から自覚しなくちゃね。気付かず消えていく気持ちならそれまでだし。種族が違えば感覚も違うだろうし大変な思いをするに違いない。みーちゃんの事を思うなら成就しない方が幸せかもだし。うん。だから教える必要はないよね。そもそも私の深読みし過ぎかもだし!)
「そんな人出来るかなぁ?アラサーまで生きて、興味持てる異性なんて出来なかったんだよ?そもそも私こそ興味持たれる以前の話だったし・・・。」
(まぁ、それは魂が馴染めなかった地球での話であって。こんな美少女だし、こっちでは分かんないよね。多分異性なんてわんさか寄ってくるよ。まって。耐性なさ過ぎてフラッといったりしないよね?・・・危険だ!しっかりガードせねば。アカシア様にも守るって宣誓しちゃったし、仕方ないよね。仕方ない。)
「まぁ、出来なくてもいいじゃない。ずっとお姉ちゃんがいるよ!」
「そうだね!大人になるまではお姉ちゃんがいるもんね!」
「大人になってもいるよ!」
「うーん、そうだね。」
「生返事が過ぎる!」
最後の方、明らかにテキトーな返事だったけれど、また何かマイナスな事考えてるのはなかろうか。昔、妹がいじめにあい離れようとした時を思い出す。
妹が初等部の高学年くらいの頃、あからさまに私達から離れようとした事があった。思春期だしそう言うものかと悲しくも、本当に離れたいのなら成長の過程として仕方ないと思ったけれど、よく見ているとそうでは無いと思ったのだ。様子のおかしさに、私と同じ様に妹に避けられショックで死にそうになっていた幼馴染三人を引き連れて、妹の学校の校門までこっそり隠れて見に行ったのだ。
するとどうだろう、見た目だけは上等な女子二人組に引っ張られ、青い顔をした妹が出てきた。腑が煮えくりかえるとはこの事かと理解出来る程の罵詈雑言付きで。なんなら時々妹の髪を引っ張ったりしている。その時の感情を今でも忘れる事はない。妹を罵っていた二人を心の中で何度殺した事か。現実でやれば罪に問われ巡り巡って妹を悲しませる事になるから耐えたけれど。
その場は何とか四人でお互いを宥め激情をやり過ごし三人の後をつけて行くと、あろう事か薄汚い路地裏に入っていった。
嫌な予感がして、もうバレてもいいとそこへ入って行くと、他にも数人女子が集まっており、妹を地面に這いつくばらせ土下座をさせていたのだ。
出て行こうとすると、ハルに止められ、スマホを指差される。葛藤するも、渋々その光景の動画を撮り始めた。
「早く家から出て行けっていったよね?なんでまだいるの?早く死になさいよ。あんたはこの世にいらないんだから。」
「本当にね。あの方の前からさっさと消えてくれない?」
「ちょっとちょっとまってよ、死んじゃったらお金持って来れないじゃん。あんた、ちゃんと今日もお金持ってきたでしょうね?早く出しなさいよ。ねぇっ!」
「・・・ぐ、いた、お金はもうありません、無理です、」
あまりの怒りに握った拳が震える。私を引き止めるハルの手にも痛いほど力がこもる。
「許す訳ないでしょ。妹として生まれただけで腹立たしいのに。」
「滝川様もよ。なんでこんなやつに構うわけ?ネェ!」
「いっ、すみませ、でも、こんな事してたら、バレちゃ、」
「あんた、まさかミオさん達にこの事言ってないでしょうね?言ったらもっと酷い目に合わせてやるんだから。辱めて写真でも撮ってやろうかな。」
「それいい!やっちゃおー!」
「言ってない!言ってません!やめて!」
「ふん、なら早くお金持ってきなさいよ。」
「あ、で、でも、もう貯金も無くって、」
「はぁ?そんなのその体売ればいいでしょ。あんたなんか買ってくれる人すらいるか分かんないけどー!あっはは!ほら!」
「あぐっげほ、」
「たしかにー!」
「それなー!あははは!いい気味!よっ!」
「ぎっ、」
もう我慢出来なかった。撮っていた動画を止めると、声の方へ足を踏み出す。三人をチラと見ると能面のように表情が抜け落ちていた。
「うちの可愛い妹に随分な事してくれるね。」
全員此方をばっと振り向き、顔を青くした。
金髪をどかし、頭を踏みつけられていた妹を抱き上げ脱いだコートでくるむ。妹はガタガタと震えている。
「今のは全部録画させてもらったよ。君達の醜い性根を全国の人に見てもらおうね。西宮家から旭院家までちょっとしたお嬢様ばかり集まって、お家は大変な事になってしまうね。頭の悪い娘のせいで!ああ、なんて可哀想なんだ!・・・フフっ、でも本当にちゃんとした方達のお家の子はいないみたいだ。まぁそれもそうか。まぁいい。君達も、君達の家族もどうなってもいいよね。私の妹にこんな事したんだし。お相子だ。」
今すぐに殺してしまいたいとぐつぐつ煮えたぎる衝動を抑え込み話しかけると、背後から声がかかる。
「私達のお姫様をここまでしたんだ。私にもお手伝いさせてくれよ。」
「ハル。ああ、でも君の手を借りると過剰戦力ではないかい?」
「では私ではどうだろう。かわいそうに、私のお花ちゃんが、こんなに泣いて。どうしてくれよう。」
「ヨミは黙ってろ。お前はいつもやり過ぎる。後始末の方が大変なんだよ!そしてお前のじゃない。私の妹だ。」
「フヒ、まぁまぁ、落ち着きたまえよ。ヒヒ、君達のお友達よりも私の方が使い勝手はいいと思うよ。」
「・・・確かに、・・・アキラなら。」
「ちぇっ、結局またアキラかよ。」
「・・・仕方ないね。」
「な、何故です、ミオ様ならまだしもどうしてあなた方まで、」
リーダー格らしき長い黒髪が話しかけてくる。
「黙れ。醜いゴミが。人語を話すな。お花ちゃんの耳が汚れる。私は優しいから聞いてあげるけど、こんなに愛らしいお花ちゃんを愛さない理由って逆に何?脳みそ無いんか?」
「ゴミですって!?よくもこの私にそんな、・・・あなたまさか私のパパを知らないんですの?」
「ああ、私は知っているよ。この間パーティでご挨拶させて頂いたとも。お兄さんともね。」
「滝川様。では」
「で?それがどうかしたかい?実名載せなくても即特定されるような娘がいて、もうすぐ娘のスキャンダルで消える議員がなにかあるの?」
「あ、ヒっ・・・、」
可能性のある行末に今更恐怖を覚えたようだ。
「議員を二代続けて輩出してこられたご実家ももう終わりだね。これから三代目になる筈の有望だったお兄さんには悪いな。ああ、もちろんもみ消させるような中途半端なまねはしないとも!ネットを使えばあっと言う間さ!デジタルタトゥと言えばお馬鹿な君達にも分かるかな?私としては買収合戦も吝かでは無いけれど。まぁ、私達の女学院の附属に通える程度の家なら、普通こういった事も含めてリスク管理の教育は当然している筈だけれどね。君、本当にあの家の子なのかい?こんなに教育されていないとは。驚きだ。」
「ヒヒっ、こんな事してるくらいだ。他にも後ろ暗い事しているんでしょう?叩けばいろんな埃がでてきそうだよね。・・・フヒ、ああ、見てよ、これ。」
先程から座り込んでタブレットで何かしていたアキラが、タブレットの画面を見せる。
「うわ、さすがアキラ。特定早いよ。・・・おやおや、いくら裏アカだからって、君達みたいなお家の子達がこんな、特定されたらお終いなのに。いや、すごいな、本当に馬鹿なんだね。」
「ここまで来るとすげえわ・・・。」
ブチ切れていたヨミまで呆れた声を出す。画面には、犯罪行為や倫理観の欠除した内容や写真を自慢でもするかのような投稿が表示されている。
「人の口に戸は立てられないんだよ。ヒヒっ、一般人ならまだしも、君達みたいなお家の子が!どうなっちゃうんだろうね。このネットの盛んな時代なら尚の事!あー楽しみ!」
「あ、ああ・・・やめ・・・。」
アキラの歪んだ笑顔に恐怖を煽られたのか、一人は腰を抜かしたようだ。
「お、お父様に、」
「残念ながら、君達のお家の家格では私の邪魔は出来ないんだ。すまないね。」
そう言いニッコリ笑うハルの顔は、目は冷え冷えとしていた。女学院で王子と呼ばれている笑顔とはかけ離れている。
怒りに忘れかけていたがハッとする。こんな事をしている場合じゃない。早く妹を病院に連れて行かなければ。少しでも妹を癒せればいいけれど。可哀想だけれど、診断書をとって暴力の跡の写真も撮っておかなければ。こいつらは社会的に抹殺してやる。未成年だからと、例え色んな力で法をすり抜けても、二度と社会復帰できないようにしてあげよう。
「帰るよ。」
そう言い踵を返すと、三人も着いて来ながら女の子達にそれぞれ何か言っている様だった。
「この先どう足掻いても幸せな未来にならないようにしてやる。」
最後にそう言い放つヨミの声がやけにはっきり聞こえた。
(今思い出しても腑が煮えくりかえる。)
連鎖して過ぎった過去に憤りが再燃していると、目の前の妹が身を固くしている事に気が付いた。
「アッ、ごめん!みーちゃんに怒ってるんじゃ無いから!昔の事思い出してムカついちゃっただけだからっ。」
いけない。妹を怯えさせてどうする。魔力も乱れているし、切り替えなければ、と深く呼吸し魔力を安定させた。




