魔物との邂逅
ゆっくりと結界から外へ出る。マップを確認するも、魔物を表す点は特に逃げる様子は無かった。一先ず隠蔽膜は成功していると思って良いだろう。
「うん、逃げないね。いけそうだよ。」
「やったね!なら早速、植物とかモンスターの観察だね。」
「オッケー。取り敢えず歩き回ってみるから、みーちゃんも気になる事があったら教えてね。」
「うん!」
周囲をぐるりと見渡す。
改めて見ると幻想的と言うか、神聖な雰囲気の美しい森だった。不思議な形の植物はあるものの、配色は地球とあまり変わらないようだ。背の高い樹々に囲まれ、天を仰げば青々しい葉をすかして薄く日が差す。地面は所々みずみずしい苔や柔らかそうな草に覆われあまり落ち葉は見当たらない。来た時もこの様に美しい森だっただろうかとも思ってしまうが、あの時はそれどころでは無かったからそうと感じなかったのかも知れない。
森はとても静かで、妹も話さない為私の歩く足音だけが聞こえる。早朝の神社に似た冷たさと心地よさだ。まるで森の中に溶けてしまいそうな心地になり、それも悪く無いと感じて目を閉じようとした。
腕の中の温もりがモゾりと動き、ハッと現実に戻され思わず立ち止まった。今のは何だったのだろうか。溶けても良いなどと、妹がいる限り考えるはずもないと言うのに。不思議そうな顔をしているこの世の何よりも愛おしい妹をぎゅっと抱きしめ、また歩き出す。
普段森に行くことは無かった為分からないが、森とはこの様にしんとしているものなのだろうか。先程の件もあり私が薄く緊張しているからそう感じるだけなのか。
植物には詳しくは無いが、見た事がある様な見た目の植物が多く感じる。樫やブナの木、楠木の様に見える樹が多い。と、言う事は、これが地球と同じ様な植生であれば、謂わゆる陰樹林と言われる最終形態だ。やはり、人の手は入っていない。あくまでも同じ植生であれば、と言うだけなので、ここが異世界な時点で可能性としては何とも言えないが。
まぁ、それはいいだろう。一先ず、樹を片っ端から鑑定していく。
レビルーナの樹(⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎)
柔軟性が高く、魔力の伝導率がとても高い
キュルサの樹(⭐︎⭐︎⭐︎)
火耐性
とても硬い
ネルドの樹(⭐︎⭐︎⭐︎)
魔力の伝導率が高い
マルネの樹(⭐︎⭐︎⭐︎)
魔力を豊富に保有している
(この辺りの樹には実は成らないんだろうか。成る樹だとしても今は実は成ってないっぽいな。見当たらない。ん?あれは、)
よく見ると上の方に、葉と同じ色のまだ青い、おそらく実であろうと思われる丸い物がなっている。色味から判断するに熟していないと言う事だろうか。
「みーちゃん、見て、あそこ。この木、実がなってるけどまだ熟してなさそう。次また来た時覚えててくれる?お姉ちゃん確認忘れそうだからさ。」
「いいけど、あ、ホントだ。なってるね。お姉ちゃん、浮き上がっていい?実を近くで見てみたい。」
「ん?あ、じゃあお姉ちゃんがみーちゃんごと抱えたまま行くね。いくよー。」
声をかけ、浮き上がる。丁度実の高さで止まった。
「はいどうぞ。」
「ありがと。」
言いつつ自分も鑑定する。
マルネの実(⭐︎⭐︎⭐︎)
魔力豊富な甘い実。毒性無し。
(なるほど。と言うか、この取り敢えず鑑定した場合って、無意識で私が疑問に思ってる事が表示されてるんだろうか。いや、それと、この世界で大衆に広く知られている事とかもかな?まぁいい、どのくらいで完熟するんだろう?)
マルネの実(⭐︎⭐︎⭐︎)
魔力豊富な甘い実。毒性無し。
完熟している。
(えっ)
「みーちゃん、この実、まさかのこれで完熟してるらしいよ。完熟してるのだけ、鑑定しながらちょっと採取して行こう!」
「みたいだねー。・・・お姉ちゃん、私も浮けるから採取できるよ。」
「うーん、・・・まぁ、いいか。念の為こうしよう。」
落ちない様にすぐ下に、木を囲んでドーナツ状にクッション性の高い結界をはる。ドーナツの外へ落ちない様に柵付きだ。
「わぁ、過保護。大丈夫なのにー。・・・まぁ、それでお姉ちゃんが安心するならしょうがないか・・・。」
「うん。そう言う事です。魔力は無駄にあるからね。いいのいいの。安心代よ。」
言い合いながら、木の周りを浮遊移動しながら実を採取していく。思っていたより沢山なっていた。勿論全部は採取していない。それで何か変化が起きたりしたら面倒なので。
「しないけどさ、この木に魔力水あげたらどうなるかな?ファンタジーだから沢山なったりすると思う?」
「お姉ちゃん、万が一肥料のやり過ぎみたいになって枯れたりしたら困るからやらないでね。」
「やらないよ!しないって言ってるのにひどいのでは?」
「いや、その点に関しては、思慮深い時と脳筋の時の落差が激しいからイマイチ信用出来ません。石材の事もあるし。」
「くっ、あれを引き合いに出されると反論しにくい・・・!」
「あんまり取り過ぎるのも難だし、そろそろ降りない?」
「・・・そだね。」
促され、妹をしっかり抱え直してからクッションがわりの結界を消して地上に降り立った。
ふと、何となくマップを確認すると、赤い点がジリジリと近付いて来ていた。意味はあまり無いだろうけれど念の為小声で話す。片手を空ける為、妹を抱え直した。
「みーちゃん、魔物が近付いてきてる。襲いかかって来たらたおすから、そのつもりで。怖かったら目閉じてていいから。感覚では雑魚だねこれ。」
予想していたとは言え、初戦闘の可能性に少し緊張する。二人とも息を殺して、赤い点がやってくる方向をじっと見つめていた。
突然こちらへ来る魔物のスピードが上がる。こちらを視認したのだろうか。
スっと妹を抱いていない方の手を上げ、新しく盾状の結界を出す。すると一拍遅れて、何か大きなものが音も無くかなりの衝撃をもってそれに激突した。消音機能様さまだ。
まぁ予想通り、何か、と言うか魔物だが。
魔物が激突の衝撃から回復する前に、魔物の全身を硬めの結界で囲ってみた。ふむ、どうやら動けなく出来た様だ。
「よし、これで観察できるね。それにしてもかなりのスピードだったね。何キロくらい出てたんだろう。」
話しかけるも妹の返事が無い為妹に目線をやると、妹は息を止めている様だった。いや、止まってしまったと言うべきだろうか。相当驚いたらしい。慌てて妹の背を叩く。
「みーちゃん、息!息して!大丈夫、かためてあるからこっちには来ないよ。大丈夫、大丈夫。」
話し掛けながら背を軽くたたき、目を閉じさせ私の肩口に額を埋める様に抱きしめ直した。
するとハッと息を吐き出し、荒いもののやっと呼吸をし始めた。
「大丈夫だよ、ごめんね、驚かせるつもりは無かったんだけど。昏倒させる為にギリギリでシールド出したかったから。魔物のスピードを利用してやろうと思って、急に思いついちゃったんだ。ごめん。」
「・・・大丈夫、私が勝手に驚いただけ・・・、もう、落ち着いたよ。お姉ちゃんは全然悪くないでしょ。」
「ごめんね・・・。いくら結界でガッチリ守ってるとは言え、怖かったよね。」
「ううん。本当にびっくりしただけ。お姉ちゃんが大丈夫って言うなら大丈夫なのは分かってたから。」
「うう、信頼されてるのは嬉しいけど、それを超えて息を止めさせるほど驚かせてしまったならやっぱり守れなかったと同義だよ。今回はたまたまショッキング映像じゃなかったからよかっただけで、トラウマになる様な事が起こらないとも限らないから。心ごと護れないと意味無いからね・・・。せっかく守護者に任命されたというのに。」
「もう、大袈裟なんだから。もう何とも無いよ!お姉ちゃんはちゃんと守ってくれたよ!」
「そっか・・・。次から気をつける。それで、アレどうする?」
「どう、とは?」
「どうやって殺すかって事。風の刃で首をとばす、とかたぶん出来るけど、みーちゃんのトラウマになったら本末顛倒だし。燃やし尽くすのは、素材になるなら勿体無い気がする。」
「・・・そっか。レベル上げるなら魔物を殺す事に慣れなくちゃいけないよね・・・。」
「まぁ、そうだねぇ。」
魔物に目をやると、グルグルと唸りながら苦しそうにしている。見たところオオカミ系統の魔物の様だ。
(一先ず鑑定してみるか。)
ファントムウルフ
HP 18366 MP 6230
闇属性
(おお、倒してないのにHPとMP表示されるの素晴らしいな。RPGでは倒さないと能力は開示されなかったりするのに。ふむ、これでどの位の強さなんだろうか。強さランクみたいなの出たら便利なのに・・・S、A〜Fの概念で表示お願いします!)
念じながら名前をタッチしてみる。魔力水の時の推測が正しければこれで表示されるはずだ。
ファントムウルフ(B)
HP 18366 MP 6230
闇属性
(おお!これこれ!Bランクか・・・。ん?これでBなの?これで上から三番目のランク?雑魚すぎると思うのは気のせいか・・・?私のMP128万あるんだけど・・・。いやでもHPが雲泥の差ではある。)
「みーちゃん、鑑定したんだけどこのモンスター、あー、ファントムウルフね、7段回評価で上から三番目なんだけどさHPが18366でMPが6230らしい。MPは少ないけどHPがとんでも無いよね。外側からの攻撃では中々死なないかもね。どうする?」
「えっ!?いちまんはっせん?なにその高過ぎるHP!あ、でも私達魔力高いからゴリ押しでいけないかな?」
「いいけど、ぐちゃぐちゃになるか消し炭になりそうだけど大丈夫?」
「うあ、ちょっと無理かも、知れない・・・。」
「首を落とすか、身体強化をめちゃくちゃかけてゲームアイテムの剣で胸を刺してみる?結界をそこだけ穴開けて。」
妹は顔を少し青くして目を閉じた。魔物とはいえ、生き物の命を絶つ事に抵抗があるのだろう。平和な世界で暮らしていたのだから当然だ。逆に私はそこに特に忌避感を抱いていない。これも順応スキルのせいなのか。生き物の命を軽んじる性格では無かったとは思っていたが。サイコパスでもないし。しかし、やられたらやり返すのは当然だとも思っている。
「みーちゃん、無理にやらなくていいよ。レベルアップも他の方法があるかも知れないし。もっと弱い、虫系モンスターを魔法で倒すとかで上げてもいいんだし。動物系モンスターよりはマシじゃ無い?」
「あ・・・、ご、ごめんなさ・・・。殺すの、怖い・・・。」
言うなり目に涙が滲む。それでやっと、私が思っているより私と妹の精神状態に中々の格差がある事を理解した。そりゃそうだ。何が抵抗があるのだろう、だ。命の危機でも無いのに急に生き物を刺し殺せなどと言われて、ごく普通の少女が平気な筈が無かった。
ましてや、頑丈な結界に守られ、強くならねば死ぬ、と言うような殺伐ともしておらず、地球と同じ様な食事ができ暖かいベッドで寝る事ができる状態で、強制力もないのに他者の命を奪えと言うのは酷に決まっている。ゲーム感覚で殺そうとした私の方がおかしいのかも知れない。だが、それとは別にこの魔物は妹を殺そうとしたのだ。許せるものでは無い。慈悲をかける必要も無い。ならば予定通り私がやればいいだけだ。
「大丈夫大丈夫。みーちゃんがダメージを受けない方法を考えよう。そもそもみーちゃんは守られる係だからね。その為の守護者だし。みーちゃんが強かったら守護者いらないからね。」
別にこれは建前や丸め込みではない。
「ふむ。私が倒してもゲームならパーティ経験値が入るけど、現実ではどうなんだろう。もし入ればラッキーくらいでいいか。そもそもここではどう言う理屈でレベルアップするのか分からないしね。何なら魔物を倒してレベルアップする仕様ですら無いかも知れないし。」
あり得ない事ではないという可能性として頭の隅に少しだけあった。可能性としては高くないと思う為態々言わなかっただけだ。むしろ、妹が殺生を行う事によって妹の清涼な魂が濁り、浄化能力が落ちる可能性なども少し考えたくらいだ。生きやすくする為にレベルアップを優先した方がいいかと選んだ、ただそれだけ。殺生に忌避感があるなら、妹にはさせない方向で行く事に脳内の全私が諸手を挙げて賛成する。
「よし、じゃあちょっとやりますか。みーちゃんは見なくていいよ。」
「でも、お姉ちゃんが頑張る時に、しかも私のせいでもあるのに「違うでしょ。お姉ちゃんが殺したいから殺すんだよ。別に必ずしも殺す必要はないの。少し思う所があるのと、経験値がどうなるかの検証でもあるし。好奇心でもある。だから殺す。そこにみーちゃんは関係ないの。」
妹の言を遮りそこまで一息に言って、妹の目を見つめる。
「おわかり?」
「・・・うん、分かった。」
(いやこれ分かってないな。絶対納得してないじゃん。)
「納得してないね。他者の責まで背負おうとするのは傲慢だと分からない?みーちゃんが考えてやった事の責任を、心の中で全部お姉ちゃんが勝手に背負って、私のせいだ、ってくよくよしてたらどう思う?この魔物もそうだよ。お姉ちゃんにはこの魔物を殺さず、この場を離脱するって言う選択肢もある。けど、そうしないのは自分でそうしたいと思ったからだよ。意味分かる?」
妹は目を見開きながらも、もやが晴れたような表情に変わった。今度は納得できた様だ。
「そっか、なるほど・・・、分かった。・・・それなら、私も一つ言わせてもらうけど、お姉ちゃんはサイコパスなんかじゃないよ。私を守りたいと思ってくれてるだけだって私は分かってるから。」
今度は私が目を見開く番だった。
(何故それを・・・、さっきチラと考えただけだったのに。・・・はぁ、これだから敵わないんだよねぇ。)
「・・・そっか。」
妹を愛しい気持ちが爆発し、彼女をぎゅうぎゅうと抱きしめ、この子が今ちゃんと腕の中にいるという幸福をしっかり堪能する。妹はふんわり微笑んでいた。
ずっとこうしている訳にもいかないので気を取り直し、魔物に対峙する。妹の顔を私の肩口にそっと押し付け後頭部をひと撫でした。
「最初は見なくていいよ。怖く無くなって来たら見ればいいじゃん。今日はこうしときな。」
「うん。」
答えると妹は首に腕を回し抱き付いてきた。抱き付いてきてくれた事により、体勢がより安定する。
(さて、どうやって殺すかな。血を凍らせるとかもいいかも知れない。森を汚さずに済みそうだし。)
一瞬そう考えるも、これから魔物を倒す事になりそうならば、殺す感触に慣れておいた方がいい。いざと言う時に感触に動揺する事態になっては危険だ。おそらく私にはそれは無さそうだけれど、念の為。やはり当初の通り、胸部のみ結界に穴を開けゲームアイテムの武器で殺す事に決めた。
全身に身体強化をかけ、アイテムボックスからミスリルソードなるものを取り出す。シンプルなアイコンに反して美しい剣だった。芯と言うか中心部分が(確か昔見た図鑑ではフラーとか言うのではなかったか)淡水色の宝石の様な物質で、刃先に向かって徐々に金属へとかわっている。両刃の細身の剣だ。剣を握る手を守る様に鍔があり、それには美しく彫刻が施されている。柄の鍔に近い部分には何かをはめ込むような謎の穴が三つあった。ゲームによっては能力追加の魔石などを嵌め込むスロットとしてあったりするものに似ているかも知れない。但し、この剣を作ったゲームではその様な仕様ではなかった筈だが。アカシア様が何かしたのだろうか。
この剣を魔物の血で汚すのは至極勿体無い気がするが、道具は使ってこそなので気にしない事にする。後で浄化すればいいだろう。
握り心地はいい。むしろ、まるで愛用品かの様に手に馴染んでいた。ふっと息を吐くと体の力を抜き、魔物の胸部の結界を操作して穴を作る。硬いかも知れないと少し力んで剣を握り直し、軽く息を吸うと、魔物の胸部へ剣を差し込んだ。すると、豆腐を刺しているかの様に驚く程簡単に魔物の体へスッと剣が入っていった。
魔物の目は血走り、口からは涎と泡が噴き出す。ビクビクと痙攣していたが最後に血を吐き出すと動かなくなった。




