オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー(仮)
口裂け女さんはコロナ禍じゃマスクを外せない
○登場人物
ぼく:本作の語り手。カメラ片手にオカルト蒐集や謎解きに情熱を燃やす変人。実は女の子。
先輩:アニオタにして、学園随一の秀才。学食の食券と引き換えに、”ぼく”の謎解きに協力する。重度の懐疑主義者で、「この世には信じられるものなど何もない」という信念を唯一信じている。
口裂け女:今回の依頼人。マスクのせいで裂けた口を誰にも見せられず、悩んでいる。
私は口裂け女です。
黒髪ロングに白い肌、大きなマスクにロングコートの、都市伝説に出てくるまんまのクラシックなタイプの口裂け女です。
なのに最近は私の噂も下火になっているし、コロナ禍でみんなマスクをつけているからひと目で誰も私を口裂け女だとは気づいてくれなくなりました。
だったらマスクの下を見せてやろう、と人前でマスクを外そうとすると、感染の危険があるから外すなと怒られてしまいました。
それでも無理やり人前でマスクを外しました。
なんと、飛沫を避けようとして目をそらされてそのまま逃げられてしまいました。
結局、私は誰にもこの耳元まで大きく裂けた口を見せることができていません。
口が裂けていることを誰にも証明できないのなら、私は本当に口裂け女と言えるのか?
そんな疑問に日々苛まれていて、夜しか眠れない日々を過ごしています。
どうかこの謎を解いてください。
件名:この口は本当に裂けているのか?
投稿者:口裂け女
「イタズラだろ」
先輩はスッパリと切り捨てた。
「やっぱりそう思います?」
「ああ、口裂け女が『私は口裂け女です』なんて書き出しでただのオカルトマニアでしかないお前に手紙を出してくるなんておかしすぎるだろ」
「でもでも、口裂け女さんだって辛いご時世なのかもしれないじゃないですか! 藁にもすがる思いでぼくの下駄箱に手紙を入れたかもしれないじゃないですか!」
「ふうム……ちなみに、報酬は?」
「前払いでした。手紙が入っていた封筒に学食の食券四枚」
「食券、か……」
先輩は顎に手を当てて少し考えた。
「前払いだし、受け取っちまったもんは仕方ないな。少し考えてみるか」
「決まりですね!」
こうしてぼくらの”口裂け女”考察が始まった。
ジリジリと窓から日が照りつける、初夏のことだった。
ぼくと先輩のオカルト蒐集活動の拠点となっているのはここ、図書準備室だ。机と椅子があって、なにより古くてあまり生徒から人気のない書籍が集まるこの部屋はぼくたちの活動にうってつけだった。
「まずは”口裂け女”の都市伝説について復習しましょう」
ぼくは人気がなさすぎて準備室送りになってしまっていたホコリまみれの本を机の上に広げる。反対側の椅子に座る先輩もそれを覗き込んできた。
「口裂け女――1979年の日本で流行した都市伝説。学校帰りの子どもに大きなマスクをした若い女性が『私、綺麗?』と声をかけて、『きれい』と答えると『これでも?』とマスクを外し、耳元まで裂けた口を晒す。『きれいじゃない』と答えると惨殺される……という話みたいですね」
「俺たちの生まれるずっとまえに流行った都市伝説だな」
「当時はパトカーが出動したり、集団下校になったりとまさに社会現象だったみたいですよ」
「マジか……想像もつかねぇな。そんなオカルトで、子どもだけじゃなく大人まで踊らされるなんて」
先輩はげんなりした顔でヤレヤレ、と首をふった。
「そうとは限りませんよ? 今の世の中だって、不確かな情報で大人がモノの買い占めに走ったり――人間の本質ってあんまり変わってないと思います」
「おおぅ……お前らしからぬ社会派な発言だな」
「えへへー、それほどでも――あるかも?」
「そんなに褒めたつもりはないが。とにかく、ずっと昔の都市伝説たる”口裂け女”さんはまず知名度の低下に苦しめられているってワケだ。だから誰かに”裂けた口”を見せたい。自分が伝説の存在だと証明したい。なのに誰もがマスクを外せないこの時代では、誰にもマスクの下を見せることができない。今回の依頼は、所謂”お悩み相談”ってトコだな」
「やっぱり、都市伝説にまでなる方にもそれなりの悩みがあるんですねー」
「お前、楽しんでないか? 一応、その資料通りの存在ならコイツは人を惨殺するヤバいヤツだぞ。下駄箱の位置まで知られてるってのに、怖くないのか?」
「そりゃあ、怖いっちゃ怖いですけど。でも本当に”口裂け女”さんがいるなら会ってみたいじゃないですか! なんなら、このカメラにその姿を収めてみたいですね!」
「……」
先輩ははぁ、と息を吐いて目を細めた。
いつも不思議な話を信じようとしない先輩が、今日は何か引っかかっている――そんな様子だった。
「先輩? どうしたんですか?」
「いや、気になってな」
「気になった? どこがですか?」
「依頼文のここ――『そんな疑問に日々苛まれていて、夜しか眠れない日々を過ごしています』ってトコロだ。なんでこんな風に書いた?」
「そんなの……ギャグじゃないんですか? ネットでもよく見ますよ、『心配で夜しか眠れない』『夜ぐっすり眠れてるならいいだろ!』って漫才みたいなやり取り。定番じゃないですか」
「ギャグ、ね。だがコイツは”口裂け女”だぞ。考えても見ろ、口裂け女の活動時間はどうなってると思う? 俺たち普通の人間とは違うハズだ」
「ええと……そうですね、小学生の下校時間が主な活動範囲だとすると夕方頃ですかね。少早くとも、15時半より後になります」
「そうだ、お前がよく言う”逢魔時”って言葉があるだろ。夕方は”現世”と死後の世界、”常世”の境界があいまいになるから化け物に会いやすいって」
「はい。でも15時半だとすると、逢魔時というにはまだ明る過ぎませんか?」
「いや」
先輩は顎に手を当てたまま言った。
「おそらく、下校時間直後は人通りが多すぎるから出てこないんだろう。狙い目は、下校する小学生がまばらになって、一対一で遭遇できるような時間帯だ。部活動なんかで遅くなった小学生が帰る頃。日が傾いて、夕日が差し込む頃――」
「逢魔時――というわけですか。でもそれがさっきの手紙の文面となんの関係が……?」
「気づかないか? 口裂け女が『夜しか眠れない』のはおかしいんだ。口裂け女は逢魔時に現れる怪物、だとすると夕方頃から出現して、夜間にかけて活動すると考えられる。大人が遭遇するとしたら、退勤時の夜間だからな。人通りの少ない平日の日中なんて、まず活動しても無意味だ。口裂け女にとっては、そこが通常の休眠期間なワケだ」
「と、いうことは……『夜しか眠れない』のは口裂け女さんにとって異常事態というワケですね?」
「ああ。俺はこの文面から、この”口裂け女”を名乗る依頼者はかなり真剣に悩んでいると受け取った。ただのイタズラなら、口裂け女の活動時間まで考慮して文章を書いたりするか?」
「と、いうことは……」
いままで楽観的な態度をとってきたぼくも、先輩の言葉に鳥肌が立ってきた。
「この手紙は、本物の”口裂け女”さんからの手紙――そういうことですか?」
「それはわからないが、依頼者がアイデンティティの悩みを相談してきているのは間違いない。報酬を前払いで受け取った手前、俺たちも向き合わなきゃならないみたいだな」
「な、何に……?」
「言っただろ、アイデンティティの問題だ。『口が裂けていることを証明できない口裂け女は、本当に口裂け女と言えるのか』、そして『口裂け女を口裂け女たらしめているモノとは何か』」
なんだかオカルトとか都市伝説とか、そういうのとは関係ない斜め上の話になってきてぼくは混乱していた。
けど、少し冷静になって考えると確かに先輩の言う通りだと思った。
依頼の文面は、都市伝説について考察することではなくて、あくまで依頼人の”口裂け女”さんの”悩み”に焦点があたっていたからだ。
報酬が前払いであった以上、ぼくたちがやらなければならないのは、依頼がイタズラか否かを話し合うのではなく、依頼内容と真剣に向き合うこと。
先輩は一見ダメ人間だけど、本当はとことん誠実な人なんだな――ぼっちな先輩の、ぼくしか知らない一面を垣間見ることができて、なんだか顔がほころんでしまう。
「なあ、お前にはあるか? なんつうか、自分しか知らない秘密みたいなモノ」
「えっ――?」
先輩からの突然の問いかけに、ドキンと心臓が高鳴った。
まるで、ぼくの思考を読み取ったみたいだったからだ。
「先輩の良いところは、ぼくだけが知っている」なんて思い上がりを見透かされたみたいで、ちょっと恥ずかしい。顔が赤くなってしまう。
先輩はぼくのドキドキを知って知らずか、冷静に話を続けた。
「例えば――お前の腋の下にはホクロがある。という仮定で話そう」
「はぁ……?」
「べつに、実際にホクロがあるかどうかは問題じゃあない。ホクロがあると仮定しただけだ。お前、普段から誰かに腋の下を見せたりするか?」
「いいえ、するわけないじゃないですか恥ずかしい! 乙女の腋ですよ! 安くないですから!」
「そりゃ都合がいい。つまりお前の腋の下がどうなっているのかは、お前しか知らない。仮にホクロがあったとして、お前の腋の下にホクロがあることはお前しか知らないわけだ。だったら、お前の腋の下にホクロがあることは”真実”なのか?」
「うーん、変なコト言いますね先輩? 仮にぼくの腋の下にホクロがあったとして、ぼくがそれを知っていればやっぱり”真実”じゃないんですか? だってぼくがそれを知っているわけですから」
「なるほど。なら話を進めよう。お前は何らかの理由があって、腋の下にホクロがあることを証明しなければならない。例えば殺人事件の容疑者になってしまい、『犯人の腋の下にはホクロが一切ない』ことだけが判明しているとしたら、お前は当然、自分の腋の下にはホクロがあると主張せざるを得ないだろう」
「そりゃ、そうですね」
「だが刑事も検察も裁判官も誰も納得しない。証拠のない、容疑者一人の証言に過ぎないからだ。そんな時、お前はどうする?」
「恥ずかしいですけど、腋の下を見せるしか無いです」
「そうだな、”真実”は、本人がそれを知っているというだけでは証明できないんだ」
「なるほど……」
先輩の意味不明過ぎるたとえ話につきあわされて正直疲れたけど、言いたいことはわかった。
「つまり、”口裂け女”さんが”口裂け女”であると証明するには、自分の裂けた口を誰かに見せなければならないということですよね。でも、コロナ禍でそれができなくなった」
「ただの人間ならば、それほど重大な問題じゃないだろう。だが口裂け女は都市伝説だ。”語り継がれること”が存在証明そのものになっている存在だ。口が裂けていることを証明できない口裂け女はどうなると思う」
「忘れ去られ、語り継がれなくなり、”伝説”じゃなくなる。人間にとっての死に等しい……」
「ああ、都市伝説である口裂け女にとって、忘れ去られることは死に等しい問題なんだ。だからこうしてアイデンティティに悩むことはむしろ自然に感じられる。つじつまがあっちまってるんだ……」
いつもオカルトや都市伝説を信じない先輩が、やっぱり今日は妙に真剣な面持ちだった。
ごくり、ぼくはつばを飲み込む。
この”謎”は、思ったより深い問題なのかもしれない――。
キーンコーンカーンコーン。
その時だった。完全下校時間を告げるチャイムが鳴り響いた。
本日のぼくと先輩の謎解き活動が、終わりを告げる合図だった。
「お前は先に帰ってろ、俺は図書準備室の鍵を返しにいくから」
「はい……」
どこか煮え切らないままで別れたぼくら二人。
ぼくは先輩の言う通り、先に学園を出た。
ちょうど日が傾いて、暗くなりかけていた。
「逢魔時、かぁ……」
空をみて、ポツリとつぶやく。
その時だった――。
『ワタシヲミテ』
ゾワリ、と背筋が凍った。
そのときにはもう遅かった。しゃがれた声が至近距離から耳を撫でる。
年老いた魔女を思わせる骨と皮だけの、異様に長い指がついた手がぼくを背後から包み込んでいた。
背中から異様なまでの威圧感と重圧を感じていた。異様な何者かが、ぼくを背後から拘束しているのだ――とわかるのは数秒たってからのことだった。
『カメラ、モッテルデショ?』
ガサガサとテープで収録したような、それでいて機械の合成音のような不自然な声色で耳元に囁いてくる”何か”。
そいつの言う通り、ぼくは右手にビデオカメラを持っていた。
『ソレで、ワタシのカオをトッテ……トッテホシイの……キロク……ショウメイがホシイ』
「……っ」
『ワタシのクチ……ミミまでサケテルノ……ダレもシンジテクレナイ、ミテクレナイ……デモ、コノカメラでキロクして、セカイゼンブにカクサンすれば、ワタシは……ドコにでもアラワレテ、ミナゴロシ、デキるの……ア゛ヒャ、アヒャヒャ……!』
ぼくの右腕を異様に細長い指が撫でる。
ダメだ、震えて何もできない。カメラを構えることも、振りほどくことも、何か言葉を発することも。
恐怖に支配されて動かない身体。
頭のほうは、さっきの先輩との会話を思い出していた。
――お前、楽しんでないか? 一応、その資料通りの存在ならコイツは人を惨殺するヤバいヤツだぞ。下駄箱の位置まで知られてるってのに、怖くないのか?
――そりゃあ、怖いっちゃ怖いですけど。でも本当に”口裂け女”さんがいるなら会ってみたいじゃないですか! なんなら、このカメラにその姿を収めてみたいですね!
ぼくは、バカだ。調子に乗ってたんだ。
先輩の心配は当たっていたんだ。
ぼくを襲ってきたコイツが本物の”口裂け女”か、ただの不審者なのかはわからないけど。
どちらにせよ、ぼくは危機感がなさすぎたんだ。ああ……このまま、殺されるのかな。
なんて、悲観的な考えが今更湧いてきた。先輩はわかってたのに。この謎の危険性も、あくまで依頼者が良くも悪くも真剣であったことも。
『ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク! ハヤクシロ、ワタシをミロ! ハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤク!! ハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤク――』
ああ――ぼくは、終わりだ。
「うおおおおおおお!!」
諦めかけていたその時、衝撃とともに誰かの声がした。
後ろに組み付いていた何かは体勢を崩し、ぼくは腕を引っ張られる。
「……先輩?」
「なんとか、間に合ったみたいだな」
先輩が”そいつ”に体当りして、ぼくを引き剥がしたとわかったのは少ししてからだった。
頭がこんがらがっていた。
ぼくに組み付いていた存在を見る。ロングコートに長い黒髪、そして大きなマスクで顔を覆っている女性。まさに都市伝説の”口裂け女”そのものだった。
そんな彼女の要求は、「カメラに映る」こと。
ぼくのカメラに記録され、全世界に拡散されること。そうすれば、都市伝説としてもっといろんな場所で生きていける――そう思ったのだろう。
最初から、狙いはぼくだった。オカルトに無警戒に飛びついて、カメラで記録しようとしているぼくを狙っていた。
「せ、先輩……どうすれば、これ、ヤバいんじゃ……」
「そうだな。さっきの食券、全部渡してくれ」
「え、はい……」
ぼくは口裂け女の封筒に入っていた食券四枚を先輩に渡した。
先輩は食券をジロジロと観察して、言った。
「やっぱりな。何かはわからないが、呪術的な文様が書かれている。おそらく、俺やお前を追跡できるように……」
そう言って、先輩は食券をビリビリに破り捨てた。
『……ア゛ヒャ』
それを見た口裂け女は、先輩と向かい合って立つ。
170cm半ばはある先輩よりもさらに身長が高くて、そいつは明らかに2m近くあった。
『ワタシ……キレイ?』
「やっぱり来たか」
「先輩、コレって……」
「お前は答えなくていい」
先輩はぼくをおもむろに抱きしめた。
ぼくを口裂け女に背を向けさせ、すっぽりと頭を包み込むように。
これでは何も見えない。
「せ、せんぱい!?」
「何も見るな、聞くな、言うな。わかったな」
「……っ」
もうわけがわからない。だけど先輩の言うとおりにするしかない。
そんな直感があった。
ぼくは抵抗することなく、先輩に抱きしめられていた。
だけどさすがに音まではシャットアウトできない。
口裂け女の古ぼけたテープ録音みたいな合成機械音風味の声が聞こえてくる。
『ワタシを、ミテ』
「ああ」
『コレでも、キレイ……?』
まずい、これは口裂け女がマスクを外す時の言葉。
ということは、彼女と向かい合っている先輩は見ているのだ。
マスクの下――口が大きく裂けた彼女の顔を。
しばし、無言。
先輩も、口裂け女も、何も言わなかった。
やがて先に口を開いたのは、なんと口裂け女のほうだった。
『ドウシテ……ナニもイワナイ……』
「女性の容姿にいちいちコメントするのはマナー違反だからだ。そもそも俺は二次元専門で、三次元の女性の容姿にとやかく言えるような価値基準は持ちあわせていない」
『ワタシのクチ、サケテルの……ミテ……』
「悪いが、俺は重度の近眼なんだ。アニメの見過ぎでな。そしてあんたにタックルしたときにメガネを落とした。だからハッキリとは視えないんだ――だから俺は、あんたが口裂け女だって証明できない」
『……』
「加えて言うが、あんたが仮に耳元まで裂けた大きな傷を負っていたとしても、俺はあんたを”バケモノ”だなんて言わない。普通、顔に傷がある女性をバケモノ呼ばわりするなんて、最低なヤツのやることだ」
『……』
「悪いな、前払いの報酬もこうして破棄した。あんたの悩みを解決できなかったのは本当に申し訳ないと思うが……今回は、見逃してくれ。頼む。こんな変人だが、俺の大事な後輩なんだ」
『……』
それきり声はもう、しなくなった。
コツコツとハイヒールの足音がして、やがて音は遠ざかっていった。
「もういいぞ」
先輩はそういってぼくを離した。
周囲を見回すと、何事もなかったかのような、いつもと同じ静かな通学路だった。
「先輩、大丈夫だったんですか?」
「ああ、なんとも無い」
「顔、みたんですよね!? 口裂け女さんの顔……本当に口は裂けていたんですか? それとも――」
「あーそれ、言っただろ。俺は近眼だからよく視えなかったって」
「嘘です。確かにメガネかけてないけど、何も視えないほどじゃないハズです」
「どうかな?」
先輩はあくまで断言を避けた。
たぶん、わざとなのだろう。断言してしまえば、何かを”証明”することになってしまうから。だから曖昧なままにしておいたのだろう。
だから、ぼくも追求はそこで終わりにした。
☆ ☆ ☆
その後、先輩は学園に連絡をとっていた。
学園の周辺に不審者が出たと報告したようだった。
明日、警察からもいろいろ事情聴取されると思うからヨロシク、ということでぼくはそのまま先輩に家まで送ってもらうことになった。
もうすっかり夜になっていた。
あまり暗くはない、月明かりがぼくらを照らしていた。
なにより、先輩が隣にいてくれるから。
「ねえ、先輩。やっぱりさっきのは本物の”口裂け女”だったんですよね。だってカメラに映ってアイデンティティを確保しようだなんて、都市伝説である自分を存続させたいからってコトなんですよね……?」
「さあな。そうかもしれないし、そうじゃあないかもしれない」
先輩は優しい声色で、ぼくの考えを肯定も否定もしなかった。
「あの女性がバケモノじゃなくて、人間だったと仮定しよう。何らかの理由で――例えば”顔に大きな傷を負った”みたいな理由で精神的に不安定になっていた女性。もしも自分の美しさに自信をもっていて、それがアイデンティティだった女性だとしたら。彼女は、都市伝説の”口裂け女”に自分を重ねていたとは考えられないか? 自分が口裂け女であると証明したがっていたのは、裏を返せば自分に自信がないからだ。喪失したアイデンティティを、自身の境遇を都市伝説になぞらえることで回復しようとしていたのかもしれない」
「つまり……今回の事件は『これから新たな都市伝説になろうとして、ぼくにカメラで映されて拡散されたかった』ということですか?」
「真実はわからないがな。そんなの、あの女性――自称”口裂け女”の中にしかないし、今更証明しようがないことだ。知り得ない真実なんて、存在しないのと同じだ。だからこれ以上語ることはできないし、俺達は沈黙するしかない……」
「……はい」
ああ、やっぱり。
先輩は、どこまでも誠実だったんだ。
先輩があくまであの”口裂け女”が何者か断言しなかったのは、もしも彼女が心と身体に傷を負った女性だとしたら、バケモノ呼ばわりするのは最低だと考えたからなんだ。
だから何も語らない。沈黙するしかなかった。
「ふふっ」
「何笑ってんだよ。あんなヤバい目にあったのに。怖すぎて逆に笑っちまうアレか?」
「いえ、先輩ってやっぱり――」
「?」
「――なんでもないです」
先輩は、誠実な人。ぼくだけが知っている、真実。
そんなの誰にも見せられるものじゃないし、証明できるものでもない。
なにより、そんな先輩を誰かに教えたくない。
ぼくだけが知っている先輩の誠実さは、ぼくにとってだけ真実。
それで、いいんだと思った。
独り占めしたいなんてワガママ。今日くらいは許されるよね?
あんな怖い目にあったんだから、ちょっとくらいイイコトあっていいじゃん。
だから――。
「せんぱい」
「なんだ?」
「ぼくの秘密、教えてあげます」
ぼくは腕をあげて、夏服の短い袖をまくった。
先輩の眼前に見せつけるように腋を晒す。
「見ました? ぼくの腋、ホクロがあるんです」
「ぁ……」
「これで先輩とぼくしか知らない、秘密がデキちゃいましたね♡」
「っ――」
先輩はボリボリとボサボサ頭を掻いてから、ちょっと裏返った声で言った。
「視えなかったよ、メガネを落としちまったからな」
月明かりで先輩の顔がよく視えた。
そうやって強がる彼の顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。
今夜の月は、綺麗だった。
FOLKLORE:この口は本当に裂けているのか? END.
ここまでお読みくださりありがとうございました。
本作をお楽しみくださった方はぜひとも、評価をいただけると嬉しいです。
評価はこの下の☆☆☆☆☆を押せばできますので、面白かったという方はポチっていただけると作者のモチベがガン上がりします。よろしくお願いします!
本作には連載版がありますので、そちらもよろしくおねがいします(下にリンクを貼っておきます)