結界ではなく
パーサの母はとても小さくて細くて、そのか弱さから精霊に同情され、エアヘル国から連れ出されたと言う。逃げ出すまでずっとエアヘル国の結界を維持する為、生命力を搾取され続けてきたのでダルニア国でいくら食べても、ほとんど太らなかったと言う。
「あ、勘違いされそうだけど、俺の母親生きてるからな? 親父が不憫に思って、城で囲って今もたくさん食べさせてるからな?」
「……はぁ」
囲うという言葉が微妙で、アガタは曖昧な相槌をした。とは言え、これだけ大きな息子がいるので、まあ、当人同士は幸せなのだろう。
「痩せてはいるけど、おふくろほどじゃないし。それだけ強い精霊を従えてるから、多分、アンタは聖女の中でも桁違いの実力の持ち主なんだろうな……って、そうだ! 何か話が食い違ってると思ったけど、城には連れてくけどアンタをエアヘル国のボンボンに引き渡すつもりはないから! あと、この国に結界を張る必要はないからなっ」
「えっ……?」
「ってか、おふくろも鎧とか武器に加護を付与してくれるけど……気づいてないみたいだけど、アンタの飯も加護が付与されてて、魔物と戦うのに助かったんだよ。ここで働いてくれるのはありがたいけど、魔物の皮とか爪とか角って、結構、良い素材になるから結界張られると逆に困るんだよ。おふくろも最初、お礼に結界張ろうとして、国王に止められたからな」
「っ!?」
本当に、仲の良いご夫婦である。
それはそれとして、魔物を狩るだけではなく捌いて素材にする文化があるのなら、アガタのしたことは獣人の里にとって迷惑だったのだろうか?
余計なことをしたと、アガタが申し訳なく思って肩を落とした時である。
「……貴様」
「いや、俺の里は違うから!? 魔物とか密猟者が入ってこなくて本当、助かってるから! 魔物を素材とか言うのは、ここの脳筋連中だけだからっ」
「脳筋……言い得て妙だな」
「否定しないのかよ!?」
そんなアガタを見てメルは目を据わらせ、ランはと言うと慌てて手を振って否定しつつも、本気か冗談か解らないが否定しないパーサにツッコミを入れている。
そんなカオスな状況に一石を投じたのは、今まで黙って話を聞いていたサマンサだった。
「引き渡さないって、どうやって……あ! もしかして」
尋ねながら何かを思いついたのか、老婆は声を上げた口元を押さえた。それを見たパーサは、ニッと口の端を上げて笑い、どこからか一枚の書類を取り出してアガタに差し出した。
その書類を受け取り、ザッと目を通して──次いで大きく瞠り、アガタはパーサを見たのだった。




