新生活
アガタとメルが、サマンサの店で働き出してから十日ほどが過ぎた。週が変わったので定食メニューも変わり、今週からはチキンソテーを提供している。
ちなみにメルは、厨房で皿洗いをしている。中身はともかく、今の見た目はアガタよりも小さい。それ故、給仕ではなく皿洗いをして調理をするアガタを手伝ってくれていた
「アガタ姉様、申し訳ありません。あまり、力になれなくて」
「十分よ、メル。料理に集中出来るのは、むしろありがたいわ」
「……本当ですか?」
「ええ」
働き出した初日に、メルはアガタに謝ってきた。
実際はアガタとランを軽々と運べる精霊なので、人の子供を模していても実際は同じくらいの力持ちらしい。だからこそ、悪目立ちしないようにサマンサの給仕が出来ず、こうして厨房にこもることしか出来ないことを申し訳なく思ったようだ。
しかしサマンサもだが、アガタも気にしていないし逆に助かっている。本心からの言葉は通じたようで、メルはホッとしたように頬を緩めた。それからは、黙々と皿洗いを頑張ってくれている。
「アガタちゃん、週替わり定食一つお願いねー」
「はい!」
そして注文が入ったので、アガタは早速チキンソテーを作り出した。
鶏もも肉はスジ切りをして、半分に切る。皮面をフォークで数か所刺してから、ハーブや塩コショウを揉みこむ。
フライパンに油を入れると、まず中火で薄切りにしたニンニクを炒めた。
香りがたってきたら一旦、ニンニクを取り出して鶏もも肉の皮面を下にして焼く。それから焼き色がついたら裏返しし、弱火でじっくり火を通した後、皿に盛りつけて先程のにんにくを散らし、作っておいたポテトサラダを添えて完成だ。
あとはパンと、温めた豆のスープと一緒にカウンターに出すとサマンサが客へと運んでいった。
「うわ! 皮パリパリ! うまいっ」
しばらくして、客の声が聞こえてきたのにアガタは安心して微笑んだ。そんな彼女に、メルもまた笑みを浮かべる。
しかし、アガタが続けた言葉にメルの顔から笑みが消えた。
「そう言えば、ランさんがまたすぐ来るって言ってたけど、そろそろ来るかしら?」
「……ああ。まあ、今はエアヘル国には行かない方がいいでしょうからね」
アガタとメルの仕事と宿泊先が決まったところで、ランは蜂蜜の商品を一日で売り切って獣人の里へと帰った。けれど、また仕事がてら様子を見に来ると言っていた。
面倒見が良いと思う。もっとも、ランに対して塩対応なメルとしては話題に上がったことすら面白くないらしく、無表情になっている。
(口が悪かったりはするけど、良い人……獣人? だと思うけど)
とは言え、相性があるのでアガタとしては無理に仲良くするよう言う気はない。
そんな二人の沈黙を破ったのは、サマンサの声だった。
「アガタちゃん、週替わり定食二つお願いー」
「はい」
「おかわりよー」
「えっ?」
新しく客が来たのかと思ったが、違うらしい。先程、声が聞こえた客だろうか? それなりに量があるが、大丈夫だろうか?
そう思い、アガタが気になって食堂を覗くと──チキンソテー定食を食べきったらしい客が、にこにこ笑いながら注文が来るのを待っていた。




