一難去ってまた一難
メルが少年の姿になった時、ランは何気なく言った。
「あ、人の姿の時は『アガタ様』は無しな」
「無しは無しだ」
「いや、反論するなよ」
けれど、メルが即却下したことでランは声を低めて目を据わらせた。アガタを優先するだけならともかく、ランの言うことを全く聞かないのでいい加減、腹に据えかねたようだ。
どちらの言い分が正しいかと言えば、当然、ランである。それ故、アガタはこれを機会に様付けをやめて貰おうと声をかけた。
「メ、メル? 私からも、お願いしたいの。姉弟ってことにするから、様付けはちょっと……」
「そんな!? アガタ様は、アガタ様なんですよ!?」
「……えっと」
しかし、アガタからの頼みでもメルとしては受け入れられないらしい。アガタを大切に想っている為と思うと、無理強いするのも申し訳ない。だが、姉妹設定でやはり様付けは――そんなアガタの躊躇も、メルのこだわりもランによって一蹴された。
「いや、お前。様付けするくせに、アガタ本人の言うことも聞けないのかよ」
「「っ!?」」
「……どうしても、アガタに様付けしたいんならよ?」
途端に青ざめたメルに慌てていると、ランがやれやれと言うようにため息をついて言葉を続けた。
※
「門番さん、ありがとうございます……でも『僕』も『アガタ姉様』を守りますから!」
「お? 頼もしいな!」
メルと門番との会話が違和感なく成立していることに、アガタは内心で滂沱の涙を流していた。
(良かった……ありがとう、ランさん。そして、ありがとう!)
感謝するばかりのランが、メルにした提案というのはこうだった。
「どうしても、アガタに様付けをしたいんならよ? 『アガタ姉様』ならどうだ?」
「……ねえ、さま?」
「そう、アガタ姉様だ。姉弟設定なんだからな。あと、一人称は私じゃなく『僕』でどうだ? アガタの『僕』って意味だから、お前にピッタリだろう?」
もっともらしく言っているが、確かに『姉様』と『僕』ならちょっと丁寧過ぎる気はするが、元々が敬語な美少年なメルなら成立しそうだ。そして、提案されたメルはと言うと。
「確かに……ああ、それなら良かろう」
ランの言葉に、色々とくすぐられたらしい。金色の目を、キラキラと輝かせて頷く姿をアガタは可愛く、微笑ましく思った。
そして門番と別れ、さて、今日の宿を探そうかとなった時――視界の隅で影が動いたのに、アガタは何気なく振り向いた。
そして視線の先で荷物を抱え、座り込んでいる老婆を見て、アガタは慌てて駆け寄った。
「……大丈夫ですか!?」




