聖女に惚れてしまった
神秘の象徴。
奇跡の権化。
慈愛の天使。
この国の聖女様は、すばらしいお方だ。
聖女様は、その身に宿す加護の力で多くの人の怪我や病を治してきた。
この世界では、今暴虐の魔王が暴れまわってている。
そのため、けが人が絶えないし、被害が途切れない。
だから強大な癒しの力を持った聖女様は、そんな人達の希望だった。
「聖女様! 万歳!」「聖女様! 万歳!」「聖女様! 万歳!」
もしかしたら王様よりも人気があるかもしれないくらいに。
そんな聖女様は、汚れを知らぬ乙女でなくてはならない。
そうでないと、力を発揮できないのだ。
聖女様は、誰か一人が独占して良い存在ではないという事だろう。
皆に平等に慈悲をあたえる。それこそが聖女様のあるべき姿なのだ。
俺はただ、あの方の護衛としてその身を守っていれば良い。
「あの、〇〇様」
けれど、二人きりになった時、聖女様がこちらに抱きついてきた。
「私と一緒に、逃げてくださいませんか」
しかし、聖女様はこれまでの仕事に疲れきっていた。
だから、ひっそりと暮らせる安息の地を求めていたのだろう。
そこにいく相手として、彼女は俺を選んでくれたのだ。
光栄だった。
しかし、俺はぐっとその気持ちをこらえて、首をふる。
「なりません。その思いはどうか胸にしまっておいてください」
一時の気の迷いのせいで、大勢の人が不幸になってしまう。
きっと、聖女様にはまだやるべき事がたくさんある。
路傍の石ころごときに躓いてはいけないのだ。
「今はただ、聖女として己の務めを果たしてください」
俺は聖女様を拒絶し、胸に飛び込んできた彼女を引きはがす。
涙をためた瞳から視線をはずし、その場を後にした。
俺は聖女様の事が好きだ。
しかしそれは禁じられた想い。
今のこの世の中で、誰かが彼女を好きになってはいけないのだ。