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第87話 エメラダの調教

 セレスティナ・ペルゲン。彼女は大国ズルーガの中でも大層に高貴な身、ペルゲン辺境伯の長女だった。


 幼い頃から何不自由ない暮らしをして、我儘はなんでも通る。そんな彼女がどんな大人になるのかは言うまでもあるまい。

 しかしその歪みぶりは親から見ても異常なものだった。


 まず弱い者は歯牙にも掛けない。徹頭徹尾視界に入れず、それがこの世にいないものと振る舞う。

 そして強い者が好きだった。それを屈服させ、自分の前に跪かせるのが彼女のこの上ない悦び。


 ある時彼女は、とある伯爵家の嫡男をその得意の鞭で以てしばき倒し自らのものとした。


 ペルゲン辺境伯はやり方は問題あるものの、この暴虐娘が嫁ぐというなら腹の底では複雑ながらもその縁も自らの益になると祝福した。


 しかしセレスティナは輿入れしなかった。むしろその嫡男にズルーガでは禁忌とされる隷属の魔法を掛け自分のペットと言い出し、這いつくばらせ犬の餌を食わせていた時には腰が砕けたほどだ。


 何をしていると怒鳴っても不敵な笑みを浮かべるばかりで、伯爵家の嫡男もそれをこの上ない褒美として受け入れていた。


 辺境伯はすぐにセレスティナを家から追い出した。彼女は正妻の子であったが、それを妾の子と偽り切り捨てたのだ。


 このことにセレスティナは憤るどころか父に感謝した。これで貴族というくびき無しに、自分の力だけで強いものを服従させる悦びが増したと。


 彼女は根っからのサディストであった。

 そして隷属の魔法に関しては類稀なる天才でもある。


 今そのサディストの目の前に勝気な女拳闘士がいるとすれば、彼女はなんとするか。

 当然、自分の物とするに決まっている。すでに隷属させたペットや従僕は両の手でも数え切れないほど囲ってはいるが、欲というのは尽きぬものだ。


 特に目の前の女は格別に美しく尊厳に満ちた顔をしている。元はさぞ高貴な生まれなのだろうとセレスティナは察し、頬を歪める。


「ねぇ貴女。お名前はなんていうのかしら?」


「⋯⋯エメラダ。ただのエメラダだ」


 エメラダ。その名前に聞き覚えがあった。幼い頃に一度だけお目見えしただけだが、ズルーガの第一王女が同じ名前であった。何処となく面影が似ていなくもない。


 ⋯⋯本人か?

 ほんの少し頭によぎった考えをすぐに切り捨てる。かのエメラダ王女がこんなところで準備運動がてらシャドウなどしているはずがない。あまりにも粗野すぎる。


 しかしそれはそれとして。

 このエメラダと名乗る女を王女と見立てて鞭打つのはさぞ楽しかろうと、セレスティナはぶるりと身を震わせ、しっとりと股を濡らす。

 握る鞭の柄にも力が入るというものだ。


「エメラダさん、貴女鞭で打たれたことはある? 縄で縛られたことは? 犬のように這いつくばって人の足を舐めたことは?」


「⋯⋯縛られたことは、ないな」


 どこか逡巡した様子でそう答えた。こちらの明け透けな欲望に嫌悪したのだろうか。それならそれで良い。その嫌悪感を消し飛ばし自発的に行わせるのが楽しいのだから。


「じゃあお姉さんがぜぇーんぶ貴女に教えてあげる。貴女はどんな声で鳴いてくれる? 犬かしら、猿かしら、それとも豚の鳴き声かしら? あぁ⋯⋯楽しみっ!」


 興奮のあまり、俗に言う一本鞭を幾度となくしならせる。二メートルはあろう獣の尾のようなそれは彼女の意に沿って自在に動き、絡め、肌を裂く。

 最近では冒険者という職についてスキルを得て、その鋭さは更に磨きが掛かっていた。


「あ〜、まぁアンタがそういう趣向の人だってことは分かった。久々に鍛錬以外で拳を使えると思ったんだが⋯⋯やっぱやめるわ」


「あらら〜ん? この鞭を見て怖くなっちゃった? 心配しないでいいのよ、躾けは最初が肝心だからすごく痛いと思うけど、慣れれば貴女もきっと気持ち良くなってくれるわ!」


「⋯⋯⋯⋯なんであたしの相手はこう変態ばっかなんだ」


 心底嫌そうにエメラダが溜息を吐く。


「ま、変態には変態に沿うやり方でやってやるよ。あっ! 言っておくがあたしは変態じゃないからな!」


 何やら顔を真っ赤にさせてそう捲し立てる彼女がとても愛らしく、セレスティナはもう我慢の限界だった。


 ヒュン、と。音が聞こえる頃にはその鞭が相手の身体を打ち据える。鮮血と苦悶の表情を待ちわびたセレスティナは、しかしその悦びを得ることはなかった。


「なんだよ、勿体ぶるからどんなもんかと思ったが意外に遅いな。クレムとやったジャンケンビンタのほうがずっと早いし怖いぞ」


「――――なっ!?」


 エメラダの顔に傷を付けるはずだった鞭の先は、しっかりと彼女の手で防がれ握り締められていた。


 ちなみにジャンケンビンタとは、ジャンケンして勝った方が相手の頬を打ち、負けた方は避けるという子供の遊びだ。しかし相手がクレムとなればそれも決死の覚悟を決めての勝負となる。


 以前暇つぶしにと軽く持ちかけたエメラダは、あれはあれで良い鍛錬になったけどと思いながら自分の軽口を後悔したものだった。


「⋯⋯え、こんだけ? 魔法で電撃が流れるとか、目潰しに毒霧吐くとかしねぇの?」


「そ、そ、そんなことできるわけないでしょう!?」


 いきなりの要求にセレスティナはたじろいだ。そもそも鞭を初撃で封じられるなんて今までになかった、毒霧だなんだなど考えたこともなかったのだ。


「なんだ、つまんねぇの。ほいっと」


 瞬間、セレスティナは宙を舞った。掴まれた鞭を引っ張られ、そのまま振り回されたのだ。


 気がつけば今まで立っていた場所とは真反対のところに無様に落とされ、受け身も取れず叩きつけられ痛みでもがく。


「ぐ、うぅ、この、馬鹿力っ!」


「これくらいで馬鹿力扱いされたら、うちの連中はみんな大馬鹿だろうな⋯⋯もっと鍛えねぇとなぁ」


 至極真面目に悩んでいるその顔に腹が立つ。まるでこの女は自分がいないように振る舞うのだ。それは自分が、自分だけがして良いことなのに!


 慌てて立ち上がろうとした時、ジャラリと音がした。グンと何かに引かれ、顔を強かに地に落とした。


「な、なに⋯⋯⋯⋯え、鎖?」


 自分の脚に、何処から出てきたのか鎖が巻きつき、それが立ち上がるのを阻む。ムキになって鎖を解こうと手を伸ばすと、また何処からか現れた鎖が腕に、太腿に、胴体に絡みつく。


「ひ、ぃ!? なにこれ!? い、いや! 離して!!」


「言っただろ、変態に沿うやり方でって。あたしの趣味じゃないが」


 いつしか鎖は身体中に張り巡らされ、手足は背の方に縛られ身動きが取れない。良く見れば身体に這う鎖は何かの模様――――まるで亀の甲羅のようにセレスティナを拘束していた。

 ちなみにこれは拐われた際にスティンリーに仕込まれた縛り方だ。


「あっ、あぁっ、縛られているっ! この私が!?」


「それにしても鞭か⋯⋯鎖ではいつもぶっ叩いてるけど、これはどんなもんなのか、なっ!」


「は、アぁんッ!?」


 いつの間にかエメラダの手に握られていた愛用の鞭が、あろうことか自らに振るわれた。鎖のおかげで扱いに手慣れているのか、ピシンッと良い音を立ててセレスティナの身体を打ち据える。


 打たれた腕のところがジンと熱を孕む。手加減されたのか、そこは皮も破れず赤くミミズ腫れがふっくりと浮かぶ程度だ。


「おぉ、結構使いやすいなこれ! どれ、もういっちょ」


「ふ、あぁあっ!? や、やめ、てぇ⋯⋯!!」


 二度、三度と鞭が襲う。その度に頭の芯でチカッと光が奔り、今まで感じたことのなかったものが胸の内から滲み出てくる。


(なに、これ? 私、こんなの知らない――――!?)


 思わず身を捩ると、縛り付けられた鎖が肌に食い込み更にゾクゾクとした感覚を覚える。


 これは、いけない。これは自分が覚えてはいけない感覚だ!

 薄々それが何だか理解していて、拒絶する。それは自分が与えるものであって、与えられる側ではいけないのだと自分に言い聞かせた。


 しかし、それでも――――。


「はは、なんだよナメクジみたいに踠きやがって? 自分でやられるのは初めてか?」


「ナ、ナメクジ⋯⋯」


 己が口で言葉にした途端、ドクンと心臓が跳ねた。


「私が⋯⋯この私が⋯⋯ナメクジ?」


「そうだよこのナメクジ女ぁ! おら、もっと無様にのたうち回れ!」


 いつの間にかエメラダの手には鞭のほかに一筋の鎖が握られていた。それをグッと引くと、セレスティナを縛る鎖が一層締め付けを強くする。


「あ、あぁっ、ダメ、強くしないで! いや! こんなの私じゃない! 私じゃ――――ンンンッ!!」


 ここで敢えて擁護すれば、エメラダには全くその気はなかった。単に戦いの中で相手に屈辱を味合わせる。ただそれだけのつもりだったのだ。しかし相手が悪かった。


 相手はただの変態だったのだから。


 その道の玄人(プロ)の間では、責めるものは責められる側の気持ちを理解せねば真理を得られぬという。

 そう言った意味では、セレスティナは間違いなく才ある人間だったのだろう。


「いやぁ、い、いやっ! い、いぃ⋯⋯良い! も、もっと!!」


「――――――――え」


「もっと! もっときつくしてぇ! これ、知らなかった! こんなに良いなんてぇ、知らなかったぁぁ!! お願い、お願いしますっ! もっと、もっとぉ! お、お、お姉様あぁ〜っ!」


 変態という才ある人間だったのだ。

 つまりは、両方いけた。


 エメラダは普段は粗野に振る舞っているが、クレムやクロには良き姉として面倒見も良い立派な大人だ。しかし彼女には免疫が無かった。性関係、特にアブノーマルな方向にはスティンリーの影響もありトラウマを持っていると言ってもいい。


 そんな彼女がセレスティナの性的な叫声を聴いて、ぞわりと肌を粟立たせる。


「う、うううるせぇ〜っ?!」


「げぶぅアァンッ!?」


 無意識に、本当に無意識に。腹に渾身の拳を振り下ろしていた。

 その一発でセレスティナは簡単に昏倒(あるいは絶頂)し、くたりと動かなくなる。


「⋯⋯⋯⋯う、うぅ、気持ち悪い⋯⋯なんなのよ、もうっ!」


 混乱からか珍しく女らしい口調になり、困惑に満ちたエメラダの荒い息だけが山頂に響いた。

お久しぶりの投稿がこんな感じですみません!最初はこの倍の文量があったんですが、途中で我に帰り軌道修正しました。

次回はグレイの報復です。


そして作者のモチベ向上のため、是非ともブクマや☆☆☆☆☆評価をよろしくお願いします!

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※私信ですが、体調不良からの入退院を経てようやく日常生活へ復帰しました。これからも更新が不定期かもですが、気長にお待ちいただけると嬉しく思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] >魔法で電撃が流れるとか、目潰しに毒霧吐くとかしねぇの? なんでプロレス的なことばかり… しかし、エメラダの相手はこれからもサドかマゾしかでないような宿命が垣間みえるような
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