第80話 一応お祈りしました。
こんにちは、勇者です。
何だか知ってはならない世界を垣間見るようなアルダムスさんの謝罪も終わり、自分たちの目的も達成されたので竜人の里へと帰還することになりました。
そういうわけでそれぞれの持つ守護霊の指輪を返さなければならないのですが、皆は見守ってくれていたもの達との別れが辛いのか、一様に暗い表情です。
「ハイエル兄様⋯⋯」
クレムが目に涙を溜めて、必死に泣くのを堪えています。その様子をハイエルくんは仕方なさそうに笑って宥めていました。
『クレム、お前はもう立派な勇者だぞ。怖くたってきっともう自分で戦える。それに見えなくなるだけで、おれはずっとお前の傍にいるから安心しろ! おれたちは一緒に戦ってるんだ!』
「はい、ハイエル兄様⋯⋯これからもずっと一緒です。僕、頑張りますから!」
溢れた涙がポロリと溢れ、しかし最高の笑顔で去り行くハイエルくんを見送りました。
「カルネル――――」
『クゥン⋯⋯』
エルヴィンも普段は見せない柔らかくも寂しげな顔でカルネルとの別れを惜しんでいます。何度も何度も頭を撫でてやり、その度にカルネルが目を細めます。
「お前のおかげで俺は今ここにいる。こうやって生きて皆に出会えた。本当に感謝しているよ、だから――――」
スッと抱き寄せ、エルヴィンは自分の顔を隠します。多分、少し泣いているのでしょう。
「今までありがとう、そしてこれからも俺を守る相棒でいてくれ⋯⋯」
『ワン! ワンッ!』
まるで主人を元気付けるようにカルネルが吠えると、クルリとエルヴィンの周りを一周し、行儀良くお座りをして消えていきました。
『エメラダちゃん、アルダムスがまた失礼なことをしたら容赦なく鎖で打ち据えて良いからね。本当は嫌だけれど、エメラダちゃんは特別よ!』
「い、いえ⋯⋯そんな特別はいりません」
(それとね、恋は自分から行動しなきゃ何も進展しないわ。貴女の言動は粗野に思われるかもしれないけれど、とても慈悲深く優しい心を持っている。そこをもっと彼にアピールしなきゃね!)
(いや、そんな、あの――――はい、頑張ります)
エメラダとシューリアさんはそれほど名残惜しい感じはありませんでしたが、最後にそっと何かを耳打ちしています。良く聞こえませんが、エメラダの頬は少し赤く染まりなんだか照れているみたいです。
『アルダムス、私の愛しい人』
『はい、シューリア様』
アルダムスさんとシューリアさんが見つめ合う。不釣り合いなほど大きさの違う手を絡め合い、互いに熱い眼差しを送っていました。
『もう浮気はダメよ? 貴方を愛し縛るのは私だけ、これまでもこれからも』
『勿論です、私の愛しい鎖よ。この心は死してなお、ずっと貴女を求めていた。こうして再び奇跡の出会いがあった事、全ての精霊と悪魔、そして女神に感謝しております』
『あぁ――――抱きしめて、アルダムス』
大きな身体は、簡単に可憐な想い人を覆い隠す。優しいふんわりとした抱擁、そして自然と唇を寄せ合って永いキスを交わします。この場の誰もがその光景に美しい愛を感じ、二人を祝福したでしょう。
『ではさようなら、私の愛するアルダムス。もし生れ変わったら、また貴方に逢いたいわ』
『きっと私たちは出会うでしょう。そして今度こそ守り抜きます』
名残惜しげに二人が離れます。するとシューリアさんが自分に目を向けました。
『優しく勇敢なる勇者様。このような人ですが、どうか仲良くしてあげてください。彼は見た目よりとっても良い人なの』
「知っていますよ。アルダムスさんはもう自分の大事な友人で仲間です」
『――――そう言ってくれる人が、私たちの生きた時代にいなかったのがとても残念。本当に、出会わせてくれてありがとう』
笑いながら一筋の涙を落とし、シューリアさんは光を伴い消えていきます。
残されたアルダムスさんは、ずっと彼女のいた場所を見つめていました。
「――――アンタ達、こっち来な」
別れの後の静寂が教会を埋め尽くす中、ギンナさんがそう言いました。施されてついて行くと、彼女は女神像の前で跪き手を合わせ、祈りを捧げます。
自分たちもそれに倣い、女神に向かって頭を垂れました。
「導く者、始まりの女神リーよ。死してなお勇敢に戦い、愛しい者に別れを告げた彼らにどうか祝福を賜りますよう。そして残された者たちに光ある道をお与えください」
そう訥々と祈りを捧げるギンナさんのことを、改めて聖職を担う方なのだと感じました。例えそう願うだけでも、きっと彼らの心は少し軽くなったと思います。
ギンナさんの心遣いで祈りを終えて、指輪を返す皆の表情は晴れやかなものでした。これで心残りなく里へと帰れますね。
「おいグレイ」
「ん? なんですかエメラダ」
「どうでも良いけどコイツはどうするんだよ」
かなり距離を置いて指差したのは今だ残るアルダムスさん。⋯⋯ん? そう言えば呼び出した後ってどうすればいいんでしょう?
「あぁ、言っておくけど一度召喚したら魔力が切れるまでそのままよ? 特に守護霊は召喚者と深く繋がっていて絶えず魔力も供給されるから自然に消えることもないしぃ」
そう言うルルエさんの言葉にエメラダが愕然としています。自分的には構わないんですが、流石に霊を連れ回すのもかなり目立ちますね⋯⋯。
『心配せずとも、人のいる場所では不可視化しているから大丈夫だ。草葉の陰から君たちを見守り、時に助けよう!』
「⋯⋯別に助けて欲しくはねぇんだが」
トラウマのあるエメラダはだいぶ刺々しいですが、自分としては賑やかになってちょっと嬉しかったりします。何よりも玉座の間で受けたような戦いの助言などはとても心強いです!
「じゃあ普段は人に見られないよう一緒にいて下さい。仲間外れみたいでちょっと申し訳ないですが」
「気にするな。それに私は霊で物体には干渉できないし、普段はあまり役立てないだろうからな」
「何言ってんの。ソロモンの指輪で呼び出したのよぉ? 貴方だって銀騎士くんみたいに物に触れるし戦えるわよ」
なん、だと⋯⋯?
普通なら、それこそ守護霊の指輪では霊として呼び出すだけでしたが、この呪具はそんなことも出来るんですか!?
アルダムスさんが試しにと手を差し出してきたので、なんとなく自然に握手を交わします。
『お、おぉ!』
「すごい、本当に触れる!!」
「と言うわけでスティンリ⋯⋯じゃなかった。アルダムス、これからは北方の壁でなく彼らの壁としてその仮初の生を全うしなさぁい? それが貴方の新しい役目よ」
その言葉に、アルダムスさんは無言ながら恭しく頭を下げる。⋯⋯なんかこの二人のやり取りって初対面とは思えないんですが気のせいでしょうか?
「ではみんな、改めてご紹介です。元魔王で、今は自分の守護霊になってくれたアルダムスさんです。でももう魔王の力は使えないらしいので、別に警戒しなくて大丈夫ですよ!」
『元北方の壁、拘縛のスティンリーである。今後は人間の頃の名で、アルダムスと呼んでくれ!』
その自己紹介に予備知識のなかったエルヴィンだけが驚愕を示し、クレムは苦笑い、エメラダに至っては見向きもしません。⋯⋯あれ、そう言えば。
「あの、クロちゃんは?」
「あっちでまだお昼寝中よぉ、グレイくんが帰ってくるまでずっと守護霊達と遊びまわってたから」
長椅子に横たわるクロちゃんを覗き込むと、スピスピと寝息を立てて心地よく眠っています。ん〜、起こすのも可哀想だしこのまま連れ帰りますか。
「じゃあみんな、里に戻りましょうか!」
皆一斉に頷き、帰り支度を整える。最後にギンナさんにご挨拶をしておきましょう。
「ギンナさん。言うのが遅くなりましたが、自分の仲間を救って頂いてありがとうございました。もしまた除霊の手が足りない時は言ってくださいね」
「アンタが呪いを解いたから、まぁ私がくたばるまでは大丈夫だろうさ。でもそうだね⋯⋯年寄り一人でここに居るのも中々に退屈なんだ。暇な時にでも寄ってくれれば歓迎するよ」
そう言って、ギンナさんは葡萄酒の入った酒瓶を自分に押し付けました。
「これは奢りだ。次来る時はどっかの珍しい酒でも代わりに持ってきな」
「はい、そうします。お身体に気をつけて!」
ルルエさんや皆も、ギンナさんに軽口じみた挨拶をして手を振っています。
こうして自分たちは死霊の国だった地で色々なものを得て、竜人の里へと帰還しました――――。
これにて死霊の国編は閉幕となります。それぞれの友人、或いは家族に別れを告げて、彼らは精神的に救われまた成長したことでしょう。約一名物理的に無理やり成長した勇者もいますが。
次回からは新章ですが、ちょっと胸糞悪い展開になるかもです。
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