第6話 一応潜ってみました。
こんにちは、勇者です。
森で幼体ドラゴンのクロちゃんを保護すると、装備もボロボロだということでウォクスの街に戻ることになりました。
「店長~、また来たわぁ!」
「ルルエさん!? また随分と早いご来店で。どうも、いらっしゃいまし」
相変わらず厳つい店長さんが恭しく迎えてくれました。
「でぇ、早速だけどこの前の皮鎧が駄目になったから新調しに来たのぉ」
ルルエさんはそう言って自分をぐいと突き出します。
「ひぇ、こりゃあ勇者さん、一体何とやり合ったんで? 随分とまぁ酷ぇもんだ」
店長さんは自分の着ている爪痕が刻まれた皮鎧を見て目を剥いていました。
「あー、いえちょっと.......」
「勇者ともなればこんなこと茶飯事よねぇ。という訳で、今回はそれなりに資金も用意したので金属製の物が欲しいんだけどぉ」
「へぃ! そういうことでしたらすぐご用意を!」
今度出されたのは、それなりに値の張りそうな鉄の軽装鎧でした。
「鎖帷子はどうしやす? 何だったら下取りで預かりますが」
「いえ結構よぉ。軽くしちゃ意味無いものぉ」
つまりこの鎖帷子は防具であり鍛錬用の重りと言うことですか.......。
新しい鎧を試着してみると、やはり皮鎧と比べてずっしりときます。
でも装備箇所が胸元と各関節に絞られたので、返って動きやすいかもしれません。
自分はついでに同金属の篭手も選んでそれを購入しました。
買い物も終え、次はギルドでクロのテイム登録を済ませます。
テイムしたモンスターを連れ歩く場合、審査を受けて発行された許可証とパッと見で分かる魔刻印を魔物に付けて主従契約を結ぶ必要があるのです。
この審査にはほぼ半日を使いました。亜竜でなく純血種の黒竜と知って、査定官の方は目を回しておりました。
時間は食ったものの特に滞りもなくクロの登録も済み、気付けばもう日が落ちていました。
その日は軽く食事を済ませて、新たな課題は明日にという話で一夜を明かしました。
翌日、クエストを探しに改めてギルドへ向かいます。
掲示板に貼られた依頼書を、ルルエさんは楽しげに眺めていました.......。
「あのルルエさん、今回はお手柔らかに.......」
「大丈夫よぉ。この街じゃそう大した依頼も無さそうだし、少なくともドラゴンを相手にするよりは全然楽な課題を選ぶわぁ」
「ぴきぃ!」
自分の頭の上に乗ったクロちゃんが呼ばれたのかと思って鳴いています。この子は実に頭が良いらしく、人の言葉をある程度理解しているようです。
ルルエさんはアレコレと物色しながら、突然目を輝かせます。
一枚の依頼書を手に取ると、真っ直ぐ受付へ向かいました。
「これ、お願いするわぁ」
「はい。かしこまりました」
「ねぇえ? こういうのもいいんだけど、もっと大モノ系のクエストってないかしら?」
「えぇと、実はついさっきまでミノタウロス討伐のクエストがあったのですが、別の方が依頼を受けてしまいまして.......他にめぼしいものはございません」
「ミノタウロス! くはぁ残念!」
うっはぁめっちゃツイてる自分! とガッツポーズです。
「はい、受注完了です。気をつけていってらっしゃい、ご無事の帰還をお祈りしております」
「はい、オッケーよぉ。早速行きましょー!」
「だから! 場所と内容を事前に教えてくださいってばぁ!」
首元を掴まれズルズル引き摺られていく様は、もはや当たり前になりつつあります。
クロちゃんもぴぃ! と鳴いて自分の袖引っ張ってお手伝いしているようです。偉い子!
所変わって、密林の只中にある洞窟の目の前におります。
パッと見、巨大な蟻の巣です。自分はこれを見ておおよそ流れが読めました。
「今回の課題はぁ、キラーアントとそのクイーンの討伐でぇす!」
「うぇ~い.......」
自分はやる気なさげに手を掲げます。
「あら? 今回は逃げないのねぇ」
「だって、キラーアントでしょ? 自分が人生の中で多く倒してきた魔物トップ2ですから」
ちなみに断トツ首位は先日のオークです。
「それは良かったわぁ! じゃあ早速だけど行きましょうか」
ルルエさんは不敵な笑顔を浮かべています。あれ、なんか地雷踏んだかも.......?
良く考えればキラーアントの巣というのは、もう二回りくらい入口が狭くなっているはずです。
中に入ると、下りの傾斜になりながら洞窟が深くまで続いています。
キラーアントの習性は普通の蟻と違って、縦に巣穴を掘らないことです。
山岳地帯なら横堀りにするか、こう言った密林や草原などでは斜めに巣が形成されます。
なので登攀なども基本的にはせずに歩いて進めるのです。
「ところで今回のキラーアントなんだけどぉ、ちょっと特殊でねぇ?」
キラーアントの体長は大きいものでおよそ五十センチほど。小型の昆虫型モンスターの代名詞とも言えますが、
「突然変異種らしくてぇ、おっきいの」
そこで呼ばれたように突如、一匹のキラーアントが現れました。
しかしその大きさは、全長1メートルを超えていました。でかっ!?
「だからそういうの事前に言って下さいって!!」
恐らく門番役であろうキラーアントは自分たちを見つけるや、襲いかかるわけでもなく後退しようとしていました。
「まずっ、仲間呼ばれる!」
自分は反射的に走り出すとその背中に飛び乗り、首の関節部にダガーを突っ込みました。
キラーアントに声帯はないので断末魔の叫びもありませんが、死に際にピクピクと触角を震わせます。自分はその触角も切り落としました。
「わぁ、やっぱり手慣れてるのねぇ」
「門番役を逃がすともう止めどなく兵隊たちが出てくるから、手に負えなくなるんです.......危なかった」
ニコニコ笑うルルエさん。自分は冷や汗でべっとりです.......。
「じゃあちゃっちゃと潜っていこうかぁ、待ってね。いまマッピングするから」
はい? という間もなくルルエさんは呪文を唱えました。
「音響測量!――――――フンフン、そんなに複雑じゃあないわねぇ」
そう言って取り出した羊皮紙に黒炭でサラサラと大まかな地図を描いていきます。
ダンジョン攻略の醍醐味が無に帰す魔法ありがとうございました.......。
「はいできた、それじゃ近い部屋から一個ずつ潰していこうかぁ」
「え? 直でクイーンのとこへ向かわないんですか?」
「クイーンはあくまでクエストの対象。今回のグレイくんの課題はぁ、この巣の殲滅だからぁ」
「..............はい」
もう文句を言っても戦意高揚とかで無理やり戦わせられるのは分かっているので、大人しく従うことにしました。洗脳怖い!
地図の通りに進み、手近な部屋から順に落として行きます。ルルエさんは自分が部屋に入ると、隔絶壁という見えない壁を作り出す魔法で出入り口を塞いでしまいます。
「はい、これで逃げられる心配もないよぉ」
「自分も逃げられませんけどね!!」
叫びながら、部屋にいる個体数をざっと数え、十七匹。群がられなければやれない数ではないです。
キラーアントは耳も目も悪く、触角で殆どの知覚を担っています。だから、
「隠密、忍足」
気配と足音を消して近付き、一瞬の間に触角を切り裂きます。
キラーアントたちは触角で仲間の判別も行うので、切っていくうち同士討ちも始まり大混戦へと発展していきます。
あとは高みの見物を決め込み、残った個体に止めを刺せばオッケーです!
「えー何その手際の良さ、お姉さんつまんないぃ! もっと血湧き肉躍る戦闘してぇ!」
「嫌ですよ毎回そんなこと! 今回は自分のスキルと知識を総動員して安全に切り抜けますからね!」
「でもグレイくんのスキル構成、本当に斥候にでもなるつもりだったのぉ?」
「.......ソロでの行動が多かったので、自然とそういうスキルを選ばざるを得なかったんですよ」
如何に相手の先を取り戦うかが自分のスタイルでした。なのでこの二つのスキルは大変重宝するのです。
「なんか勇者っぽくなーい、それ禁止ぃ」
「勇者になったのなんて最近なんですから! 自分の数少ないスキルを封印しないで下さい」
「ちぇ~、つまんないのぉ……」
そう言っている間に、残った数匹に止めを刺せば終了でした。
それを繰り返すこと十数回。ルルエさんのマップを信じるなら、あとはクイーンのいると思しき最下層のみとなりました。
「ちっ、課題の選択を間違えたわぁ。変異種ならもっと凶悪かと思ったのにぃ! もうクイーンに期待するしかないわねぇ」
この人、どうしても自分を殺しかけたいんですかね.......。
そして最下層、恐らくは産卵場に到着し物陰から中を探ると、何か様子が変でした。
「.......静かすぎるわねぇ」
「ですね、アリたちの動く音もしません」
疑問に思いながら、隠密と忍足を唱えてゆっくりと中へ入ります。
かなり広い空間で、暗い中では奥まで見渡せません。
「.......暗視」
暗闇でも奥まで見通せるようになるスキルを使うと、そこは酷い有様でした。
「ッぅぷ、卵や幼虫が、食い荒らされてる.......」
見渡せば、兵隊アリたちは尽くバラバラにされ、卵や幼虫は無惨に食い散らかされていました。
自分は暗視スキルを解くと、ルルエさんに叫びます。
「ルルエさん、灯りをお願いします!」
「はいはい、昭光」
空中に小さな太陽が生まれたように、周囲は明るく照らされました。
そしてハッキリ見えるようになり、事態はかなりの深刻さだと気付きます。
「っ! クイーンが.......」
「あらん? なんでこんな所にミノタウロスがいるのかしらぁ」
最奥には、つい今しがた事切れたであろうキラーアントクイーンが体液を流してひっくり返っていて、そしてその周りには牛のような角を生やした巨体の怪物。
それが三体も佇んで、口の端には卵や幼虫の体液らしきものがこびり付き、荒々しい息を吐き出しています。
「なんかこれ最悪の状況じゃないですか?」
「なんかこれ最高の状況じゃなぁい?」
.......正反対の意見が同時に被りました。
「一先ず課題変更ねぇ。グレイくん、あのミノタウロスをやっちゃいましょ~! 身体向上、対物被膜、自動回復」
いつもより多いバフ支援を受けて、それだけ自分にはやばい状況なのでしょう。て言うかやばいです。
とにかくやらなければと、隠密と忍足の効果があるうちに背中を向けている一体に飛びかかり、その頸椎へダガーを突き刺しました。
瞬間、刺された一体は牛というより豚に近い叫びを上げて膝から崩れました。
隠密スキルが外れ、残り二体にギロリと睨まれ捕捉されます。
手にはそれぞれ、無骨な斧とただ分厚い鉄板を研いだだけのような大剣。その二つが風を切って襲いかかります。
真正面から受ければひとたまりもないので、ギリギリで避けて大剣持ちの懐に飛び込みます。
しかし回避は間に合っていなかったようで、斧が自分の左腕を叩き切ってそのまま胴体にくい込み、しかしそこで刃が止まります。
ルルエさんの対物被膜がなければ、きっと真っ二つだったでしょう
「ガッ。ゴボッ.......!」
引き抜かれた瞬間、自分は落とされた左腕を持って精一杯の後退。
切られた腕をぐいと傷口に押し付けると、すかさずルルエさんから治癒魔法が飛んできて自分を癒しました。
「ちゃんと連携出来てるねぇ! えらいえらい!」
「.......これ連携っていうんですか」
最中にも雄牛達は肉薄し、凶器を振り下ろす。
今度は目を離さずその軌道を観察し、二本の刃閃が作るほんの隙を縫って二体の後ろに回り込みます。
狙うは足。刃を立て、撫でるように一体の両足の腱を切断しました。剣持ちは蹲り、思うように動けない様です。
残った斧のミノタウロスは、飛びかかってくるかと思いきや状況不利と判断したのか踵を返して逃げ出していました。
そこに、いつの間にか飛んできたクロちゃんがぴぃ! と後追いして啄んでいます。
「拡大!」
すかさず呪文を唱えれば、クロちゃんは地下の天井に頭が届くほど巨大化して、その脚で獲物を踏み抜きます。
一撃で潰された斧持ちは口から血と臓物を吐き、戦闘不能となりました。
残る大剣持ちが、剣を杖にするようにゆっくりと立ち上がってきます。
踏ん張りも効かず、ふらつきながらもソレは大剣を持ち上げ、自分に向けて振り下ろしました。
しかし踏ん張りの効かぬ一撃など、怖くもありません。今度はダガーの刃で受けて横に流すと、その巨体が大剣の重量に引っ張られて前のめります。
差し出されるように背を向け倒れたミノタウロス。
自分はその背中から狙いを澄ませ、心臓目掛けてダガーを振り下ろしました。
位置は完璧だったようで、肋骨にも邪魔されず刃がすんなりと突き刺さりました。
暫く呻くような声を上げ続け、やがて最後の一体も事切れて倒れます。
「..............お、おわったぁ」
「はいお疲れ様ぁ。でもクロちゃん、グレイくんの邪魔しちゃ駄目よぉ」
「グアァァッ、グルルァッ!」
クロちゃんはそんなことはどこ吹く風と、褒めて欲しいらしく自分にグイグイと頭を押し付けてきます。
「よぉーしクロちゃん偉かった! よぉしよしよしよし!」
これでもかと巨大化したクロちゃんの頭を撫で摩ります。調子に乗って、鱗の先端で手が切れて痛かったです.......。
「で、でも案外やれるもんですね.......ミノタウロスなんてとても自分じゃ歯が立たないと思ってました」
「あら、私前にも言った気がしたけど。グレイくんは素質あるって」
「ただの軽口じゃなかったんです!?」
「私のサポートありとはいえ、一人でオークを二百以上も惨殺してたのよ? 貴方は恐怖心が先に立って動けないタイプだったけど、オークたちで度胸を付けて相手の隙に踏み込めるくらいになった。これって物凄いアドバンテージよぉ?」
言われてみれば、ミノタウロスに突っ込むとき恐怖はあっても身体はあまり強ばらなかった。
「あとは強敵と戦いまくって技術と勘を磨くだけ。それだけであなたはグングン伸びるわよぉ」
「強敵とって部分がもうそれだけでは済まないんですけどね。それにしてもあのミノタウロス、何処から紛れ込んだんでしょうか.......あれ、そいえばクロちゃんは?」
ふと気がつくと傍にいたクロちゃんが居なくなり、産卵場の隅で何やらゴソゴソとやっています。
「どうしたのクロちゃん、何か見つけた?」
「グエッ、ピガガッ!」
何やら壁に鼻先を突っ込んでいると思ったら、その壁には何と穴が空いていました。
覗き込んでみると、そこは石壁でしっかりと補強されたダンジョンのようでした。
「巣とダンジョンが隣合ってて、何かの拍子に穴が空いたのかな?」
そこからミノタウロスたちが臭いを嗅ぎつけやってきて、卵や幼虫たちを貪っていた、と。
「ルルエさん、どうします。一先ずクイーンは討伐扱いとしてギルドへ戻りますか?」
「何言ってるのぉ、こんな穴見つけちゃったら帰れるわけないじゃない! GOよ、GO!」
言うと思いました.......。
クロちゃんを小さくすると、討伐の証拠代わりにクイーンの触角を切り取り雑嚢に納めます。まぁ自分たちがやった訳では無いですが!
そして壁の向こう側の様子を伺いつつ自分たちはダンジョンへと侵入していきました。
その先に新たな出会いがあるとはまだ知らずに。
腕を切り飛ばされてもあんまり焦らなくなってきたグレイくんの今後の活躍にご期待ください。
もしよろしければご感想、ブクマ、ポイント評価等頂ければ嬉しくて私の腕を差し上げます!
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