第77話 一応お別れしませんでした。
どうも、勇者です。
最早おはようなのかこんにちはなのかこんばんはなのか、分からないくらいにずっと戦い続けています。
死ぬたびに傷だけでなく体力も回復するのか、全くの無休憩で戦っていますが精神の疲弊はどうにもなりません。具体的に言うと、集中力が切れて気がつくとボーッとしていたりします。
しかしそれもピークを過ぎると徹夜明けのようにハイになって、段々と死ぬ痛みもそこまで苦痛にならなくなってきています⋯⋯これはそろそろ壊れる前兆な気がしますね。
『――――青年、まだやれるか?』
鎧の代わりに鎖を身体に巻いたアルダムスさんが気遣うようにこちらを見ています。力が足りないと嘆き、ちょっと出せないかなと思ったらあっさりと鎖を作れました。霊体って便利!
「正直もう切り刻まれながらでいいから眠りたいですね、っていうか眠れる自信があります」
『いや、それは人として大事なものを失うからやめておいた方がいいと思うぞ?』
「ですよね! ⋯⋯さて、次で何度目のチャレンジでしょうか。だいぶ攻め方の糸口は掴んできたし、そろそろ決めたいものですが」
正面を見れば、相も変わらず銀騎士がこちらを睨んでいる。しかし始めの頃のように一方的な攻撃は止み、こちらの出方を待つように悠然と構えています。
アルダムスさんによれば、自分の攻め方が上手くなったので受けの構えを取っているのだろうとか。
『次こそはぶち抜く。すまないがまた抑え込んでくれるか』
「はい、なんとか時間を稼ぎます!」
それを合図に、自分は駆け出す。タイミングを合わせたように銀騎士も動き出し、互いの剣先が届く範囲でグルグルと周り出方を窺う。
不用意に切り込めばすぐ死ぬのはいい加減学びました。睨みさえ利かせていれば向こうから突っ込んでくることはあまりありません。そしてようやく掴んだ隙のできるタイミング、それを故意に誘導します。
「アルダムスさん!」
『応さ!』
声を掛ければ、文字通り飛ぶ速さでアルダムスさんが玉座へと突っ込んでいく。守護を第一に置いている銀騎士はこうすることでアルダムスさんに気を取られ一瞬の隙を作る!
「余所見厳禁っ!」
駆け出そうとする銀騎士に下段からの切り上げでうまく足止めする。これで腕の一本でも切り落としてもいいですが、そうするとなりふり構わずアルダムスさんに追随していくのは経験上分かっているので、ダメージは与えずあくまで壁役に徹するのです。
(あ゛あぁア゛ぁぁッッどゲぇぇぇっ!!)
「退くわけないでしょ、いいからこっちに集中しなさい!」
そうして鍔迫り合いに持ち込み、何がなんでも食らいつく。その間にアルダムスさんはエルダーリッチーに肉薄してその豪腕を華奢な駆体に振り下ろし、しかし阻まれた。
『ぐぅぅぅ、死霊を盾にするとは恥ずかしいと思わんのか!』
玉座に座すエルダーリッチーは、小揺るぎすることなく自らの眼前に膨大な数の死霊を召喚し、盾とする。アルダムスさんはそれを削り取るように乱打を繰り出し、なんとか一撃与えようと必死に腕を振るいます。
『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!』
高速で放たれる拳撃は、速すぎて残像しか見えない。やっぱあの人も化け物だなぁ⋯⋯。
『これでっ、終わりだぁ!!』
拳舞は数十秒続き、ついに死霊の盾は消え去った。瞬間、殺気を漲らせたアルダムスさんは渾身の一振りをエルダーリッチーへと振り下ろした。何かが潰れる音と共に、石造りの王の座にも亀裂が入る。
その一撃は見事にエルダーリッチーの胸を貫通し、奴はどす黒い血を口から吐き出しました。
「やった!?」
『――――いやまだだ!』
アルダムスさんが突き刺さる右腕を引き抜き、もう一撃を放つ。衝撃波を伴う正拳突きはエルダーリッチーの半身を削り取り、しかし尚も奴は生きている。
そこで初めてエルダーリッチーが自ら動き出します。痩せ細った皮と骨だけの腕を気怠げに持ち上げ、その指に嵌められた大きい魔鉱石の付いた指輪が光ると同時、自分の目の前から銀騎士が突如消えた。
「え!?」
そして転移するかのように自らの主人とアルダムスさんの間に割り入り、彼を一刀に斬り伏せた。
『ぐ、ぬぅ⋯⋯っ!』
袈裟斬りにされたアルダムスさんは膝をつき苦悶する。辛うじて上半身と下半身が繋がっているものの、その状態はとても凄惨でした。
「アルダムスさんっ!」
自分も慌ててそちらに走り出す。いや、走っていては間に合わない! こういう時のスキルでしょうが!
「瞬転っ!!」
グッと脚に力を込めると、一足飛びでアルダムスさんの前に佇む銀騎士に肉薄し、剣を腹に突き刺し壁に縫いとめる。銀騎士は雄叫びを上げながらも、剣を自分に振り下ろした。
咄嗟に左の鞘から短剣を抜き放ち、防ぐ。しかしその威力はこれ迄でも一等力が籠っていて、短剣の刃の半ばまで銀騎士の凶刃が食い込んできます。
『――――――――シテ』
「ぐ、うぅ、な、なんですか!?」
耳に届いたのは、自分でも銀騎士でもアルダムスさんでもない。エルダーリッチーのか細い言葉。血の流れる口を必死にパクパクと動かし、必死に何かを言おうとしています。
『コ――――ろ、し――――――――テ』
そう言いながら、エルダーリッチーはゆっくりと自分に向かい手を差し出す。まるで指にある指輪を見せつけるかのように。
その間もエルダーリッチーはボコボコと欠損した部分を再生させ、肉体を取り戻していく。
(アァアあア゛アァぁあぁぁぁっ――――!!)
銀騎士が叫ぶ。刃を防いでいた短剣は遂に折れ、銀騎士の剣が左肩にジワジワと食い込む。このままでは斬り殺されるのは時間の問題でした。
――――ようやくここまで来たのに、またやり直し? ⋯⋯そんなのは、認めません!
銀騎士の腹を貫通した剣にさらに力を込め、動けないよう完全に壁へと縫いとめる。そしてもう一本の短剣を右手で抜き放つと、ふとエメラダに教わったスキルを思い出します。
「乾坤――――」
ゆっくりと振りかぶる。タイミングは、銀騎士の剣が自分を断ち切る直前。
グッと力が篭り、左腕が今にも切り落とされるその瞬間、自分も短剣を振り抜きました。
「――――一擲ぃぃっ!!」
追い詰められた際にこそ力を増す、起死回生の一撃スキル。その威力は絶大で、短剣の一振りはその刃の寿命を犠牲に銀騎士を肩口から見事両断した。
カラン、と。折れた短剣の刃が足元に落ちる。柄を捨て、折れた刃を直接手に取ると、エルダーリッチーに向き直ります。身体はほぼ完全に修復され、しかし尚も腕を突き出し指輪を見せつけている。
「⋯⋯⋯⋯それを、壊せばいいんですね?」
問いかけると、何かに抗うように微かに首が縦に振られる。掌に折れた刃が食い込むのも構わず握り込むと、最小限の動作でエルダーリッチーの指先を切り上げる。
高々と舞い上がり、キンと硬質な音を立てて指輪が床に落ちる。
(ア゛ァあア゛アァぁアぁぁぁ――――ッ!)
背後では復活した銀騎士が必死に踠いていますが、魔王の剣で穿ち壁に縫い付けられた彼はそう簡単に動けない。ここが、千載一遇のチャンス!
「アルダムスさん、合わせて!」
『ぐぅぅぅ、応さぁっ!!』
膝をつき倒れかけていたアルダムスさんが、気合と共に起き上がる。自分は折れた刃を、アルダムスさんはその巨大な拳を振りかぶり、ありったけの魔力を込めて指輪に向かい一撃を放つ。
二つの力が激突し、指輪に付いた魔鉱石に亀裂が入り砕ける。その瞬間――――黒い霧のようなものが勢いよく吹き出しました。
『貴様が諸悪の根源かあぁぁっ!!!』
いち早くそれに気付いたアルダムスさんが、大きな両掌でガシリと掴み上げる。まるで圧縮していくかのようにミシミシと力を込めると、黒霧は死霊の上げる断末魔の叫びと似たような声を響かせ⋯⋯⋯⋯潰れた。
――――そして、周囲は眩い光に包まれました。
視界が戻ると、いつの間にか自分は部屋の中央へと移動していました。一瞬何が起こったのか分からず、武器を取ろうとするがどこにも無い。双剣はどちらも折れ、魔剣は壁に刺さったままです。焦りと不安で背に汗が伝うと、不意にアルダムスさんの声が響きました。
『どうやら終わったようだな、青年』
「アルダムスさん」
振り返れば、ほぼ全裸の貞操帯男が腕を組みニッカリと笑っていました。でも、なんだかさっきまでよりも姿が霞んで見えるような気がします。周りには銀騎士もエルダーリッチーもいなくて、自分たち二人だけのようです。
『ここまでよく戦い抜いた。君と一緒に戦えたことは、死してなお夢のような最高のひと時だったよ!』
「それはどうも⋯⋯ところで、身体が薄くなってませんか? 魔力が足りません?」
『いや、違う。むしろその魔法具が君の魔力に耐えられんのだ。間もなく私は消えるよ』
指輪を見れば、細かくひびが入っています。すこしでも動かせば、今にも砕け散りそうでした。
『君の力になれたこと、罪あるこの身に過ぎた光栄であった。本当にありがとう』
「⋯⋯アルダムスさんは、これからも自分の守護霊でいてくれるんですよね?」
『あぁ、勿論。悪しきものから少しでも君を守ろう、またこのような機会があれば必ず力を貸す。約束だ』
「じゃ、これはお別れじゃないですね」
胸の内の寂しさを、この人には絶対見せまいとやせ我慢してみます。何故かこの人には弱いところを見せたくないのです。
『いつかまた、縁が結ばれる時が来れば相見えよう、それこそ生まれ変わった後でも構わん。また手合わせしたいものだ!』
「自分はもう御免被りますよ。今度はこんな風に、仲良くやっていきたいです」
『⋯⋯⋯⋯そうか』
ピシリと、指輪の砕ける音がする。儚く哀しい、終わりの音。
「えと、なんていうか⋯⋯お元気で」
『霊に元気もなにもないが、その言葉は有り難く受け取ろう! 君も、あまり自分の命を安く扱うな、もっと生き足掻いて戦いなさい』
「――――はい」
ポロポロと、指の間から指輪のかけらがこぼれ落ちる。そうしてアルダムスさんはゆっくりと消えていく。
『そうだ、最後に』
消えゆく中、アルダムスさんが満面の笑みで言いました。
『此度の戦い、百点だ!!』
そして、広い部屋にポツンと一人残されました。シンとした静けさで耳が痛いくらい。もうここには自分という生者しかいないのです。
「――――――――あれ?」
アルダムスさんとの挨拶に気を取られていましたが、ふと大事なことを思い出します。
「せっかく死霊を倒したのに、なんで部屋から出れないんですかねぇぇ!?」
広い部屋に、自分の叫びだけが虚しく木霊しました⋯⋯。
エルダーリッチーこと元アルエスタ王、死してなお死霊に弄ばれるのがいい加減我慢ならなくて細やかな抵抗をしてみました。そしてグッバイ、アルダムスさん!
次回、帰還です。
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