第65話 一応羊を食べました。
「皆殺しとかアホですか! もうちょっと崇拝されるに相応しい思慮深さを見せてください!⋯⋯⋯⋯あ、もうダメ」
先程までとは打って変わった口調。それは精霊シルフの宿主であるグレイ本人の言葉だった。しかし彼の意識はすぐ引っ込んでしまったのか、今はポカンと口を開けるシルフが目を白黒させている。
「ハハ――――アッハッハッハ! 凄いな君は! まさか憑依していて主導権を奪われるとは思わなかったよ」
転じて、たった今眼前のもの全てを消し飛ばそうとしていたシルフはいたくご機嫌になった。里人やエルフたちが呆然とする中、一人でカラカラと笑い続けている。
「よしよし、では君に免じてこの者らの命は取らないと誓おう。おい、グアー・リン」
「はっははははは、はいぃっ」
「先程の暴言は流そう。しかし申し付けた罰は変わらぬ。貴様らエルフはこの里に根付け」
「⋯⋯仰るとおりに致します」
「それと貴様は長を降りろ。そしてサルグ・リン、お前が次代としてエルフをまとめ、里の人間と共に此処をまとめるがいい」
突如指名されたサルグ・リンは驚きもあったが、兄の手前すぐに首を振ることができなかった。
「恐れながら、私にはその様な器量はございません」
「何を言う。少なくともそこの能無しよりは余程マシだ。それにお前ほどの適任者もいなかろう?」
そう言ってシルフは、腰を抜かし地面に尻餅をつくドータに目をやった。
「里の次期郷長と番いになるなら、これ以上の好条件もあるまい」
ドータとサルグ・リンが婚姻すれば、他の者たちへの示しと先駆けとなる。元より仲の深い二人ならば、特に問題もないだろうとシルフは言う。
二人の仲を知っていたのは、無論グレイの内でずっと里と集落の様子を覗いていたからだ。
シルフだけではない。精霊たちはグレイの内にこっそりと居残り、視界を通じて現世のことを知るのを結構楽しんでいたりする。
「そ、そんな⋯⋯」
愕然とするグアー・リンを余所に、エルフたちは既にサルグ・リンを長として担ぐことを無言で認めていた。何せ自分たちが死に掛けたのは彼のせいだ、そんな者にこれ以上付いていく道理も無い。
エルフたちの視線を一身に浴び、暫し考える素振りをしたあとサルグ・リンは顔を上げる。
「ではこのサルグ・リン。風の精霊シルフ様の御名の下、長を拝命させていただきます」
「それで良い。里の人間たちも異論はあるまい? これがお前たちにとっての罰でもある。――――郷長はウーゲンと申したか、何かあるか」
「は、はっ! いえ、滅相もございません。竜人の里一同、謹んでその御下命をお受けいたします」
突然名指しされたウーゲンは、慌てながらも答えて頭を垂れる。それを皮切りに里人、エルフみなが跪き、シルフの命を受け入れた。そしてグアー・リンは声を押し殺しながら泣いていた。
「よし、ならばこれで幕としよう。さぁ、宴の準備をしろ! 新たな里の門出を祝え、そして僕に美味い食事を振る舞え!」
そう声高に叫ぶと、突風を起こし率先して里の中を片付け始めた――――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――――ん? んんん?! なんかいいにおいする! ひつじさんのにおいがする!!」
夜になってクロが目覚めると、祭壇前の広場では盛大に祭り火が焚かれていた。そこら中に散らばった瓦礫や家屋の残骸は綺麗に片付けられていて、火の周囲には大小様々なテーブルが並べられて人とエルフが酒と料理を楽しんでいる。
「なにこれずるーーい! くろがねてるあいだにみんなさきにたべてる!!」
竜の状態で吠える様に叫ぶと、舌鼓を打っていた者たちが一斉に振り向き、みな喜びの声を上げる。
「おぉ! クロ様がお目覚めになった! さぁ、アレを持ってこい!!」
いち早く駆けつけたウーゲンが指示すると、クロの前に大きな板に乗せられた肉の塊り――――羊の丸焼きが差し出された。
「おっほぉーーーーーーーーー!!」
「こらクロ!」
それに飛びつこうとした瞬間、足元で甲高い声が飛びクロを制止する。腕を組み、苦笑気味な顔をしたエメラダが立っていた。
「あ、メーだ。おはよ、どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇよ、肉食う前に色々とあんだろ?」
「いろいろ⋯⋯⋯⋯あ!」
「そうだよ、あの魔王だけど――――」
「いただきますしてなかった! いただきまぁーーす!!」
ガブリと肉に齧り付く。骨ごとバリボリと咀嚼するその姿は実に恐ろしく見えるが、それがクロだと思うと皆なぜか笑顔になってしまった。
「ちっげーよ! お前が気絶した後のこと気にならねぇのか!!」
「あのくさいにおいがしないし、もうやっつけちゃったんでしょー? そんなことよりくろは、ひつじさんがたべたいの!」
そう言って無我夢中に羊を丸々一頭貪っていく。それからも次から次へと運ばれてくる肉に、クロは目を輝かせた。
「まぁいいじゃないかエメラダ。子供は食べなきゃ大きくならないんだろう? 好きにさせておやりよ」
「う――――まぁ、アンタが言うなら⋯⋯クロはもう充分デカイが」
エメラダは少したじろぎながら振り向くと、そこには両手にボーンリブを握って頬張るシルフの姿があった。
「それにしても、これが美味いという感覚か! なんと素晴らしい、僕はなぜ今までこの食事という行為を蔑ろにしていたんだろう!」
目を輝かせてシルフが高らかに叫ぶ。余程興奮しているのだろう、先程までの威厳はどこにもなく彼も子供の様に肉を頬張っていく。
「あー⋯⋯シルフ、様? せめて座って食事をなさっては?」
「君はこの身体――グレイの仲間なんだから、別に敬称は必要ないよ。今は彼が僕で、僕が彼なのだから対等の立場だ」
「じゃあシルフ、食事は座って食べるのがマナーだ」
「だがアレらは皆立って食べているよ?」
肉で指し示す先は、里人とエルフたちだ。彼らは立食形式で祭りを楽しんでいた。
「あっちはああいうマナーなんだ、食事にも色々と形があるんだよ。あたしらはこっち!」
気は引けたが、エルフ自ら対等だと言うからにはそう扱おう。エメラダは覚悟を決めて、シルフを自分たちの貴賓席まで引き摺っていった。
「ほら、ここで座って食べるんだ。フォークとナイフ、わかるか?」
「わからない!」
「じゃあそのまま食ってろ⋯⋯」
そう言うとシルフは再び手に持つ肉に食いついた。エメラダは軽く溜息を吐いて、自分の皿にも手を付ける。
「なんか、お兄様の顔なのにちょっと不思議な感じですね」
シルフを挟むように座るクレムがそう呟く。それには同意だが、既にサルマンドラの変化を目にしていたエメラダには多少耐性があった。
「火の精霊の時も凄かったぞ⋯⋯あの時は肌の色まで変わってたからな」
「へぇ、どんな感じだったんですか?」
「こう、前髪を上げて喋り方も粗雑で⋯⋯あれは普段とのギャップもあってすごく良かった」
エメラダはその時のグレイの姿を思い出し、ほんのりと頬を染めた。それを見て取ったクレムは狡いと思いながら、今度グレイに髪を上げてもらおうと決意する。
「何だい、サルマンドラはいやに人気じゃあないか。僕も中々だと思うんだけどね」
口の端にソースを付けて、シルフが宣う。今だけで言えば、コイツは弟枠だなとエメラダは心中呟いた。
「金髪のお兄様は僕とお揃いみたいで、ちょっと嬉しいです!」
「おお、そうかそうか! 君は童子だと言うのに美しいね、美しいものは僕は大好きだよ」
手についた汚れを拭い、クレムの髪を愛でるようにサラリと撫でた。普段とは違う触り方と大胆さに、クレムはドギマギとして俯いてしまう。
「ふふ、人間は愛いものだね。それに比べて僕の眷属は、どうしてあの様になってしまったのか」
ハァ、とシルフが嘆く。それを聞いて、クレムは少しエルフに肩入れしたくなった。
「あの集落の一部の方が特殊で、本郷のエルフはもっと穏やかなんじゃないですか?」
「そうでもないさ。特に本郷にいる者はプライドが高くてね、戦の出来ないグアー・リンのようなのが沢山いると言えば分かりやすいかな?」
それを想像し、クレムもエメラダも物語で見知った知的なエルフ像が砕け散った。
「皆が皆というわけではない。サルグ・リンのようなものだっているよ、だがそれは少数派だ。あの人間は本当に良い番いを見つけたものだ」
自分たちの席の一段下で、頬を染め仲睦まじく語り合うドータとサルグ・リンを見遣る。それは何千年も前、かつてはまだ妖精の王であった在りし日の自分を見るようだとシルフは思う。
「どれだけ他の血が混じろうと、それは僕の血がこの現世に多く広まるということなんだ。誇らしいこととは思わないかい?」
「よく分かりませんが、想いを寄せる人同士が婚姻するのはとても素晴らしいことだと思います!」
「そうだね、じゃあ君も頑張ることだ」
そしてシルフはまたクレムの髪をひと撫でする。今度は違った意味で緊張し、キュッと縮こまってしまう。
やはり中々に愛い、ちょっと摘まみ食いしてしまおうかとシルフが邪なことを考えた時だった。
「あぁーーーー!! もう宴会始めてる、お酒はちゃんと残ってるんでしょうねぇ!?」
振り向くと、エルヴィンを肩に担いだルルエが眉根を寄せて頬を膨らませていた。
「おやヘインリー、お帰り。君と直接会うのも久しぶりだね」
「うるさい黙れ糞シルフ。クレムの坊やから汚い手を退けなさいなぁ?」
バチバチと視線をぶつけ合う二人には、どうやら浅からぬ溝があるようだった。
その様子にクレムとエメラダはもちろん里に集まる全員が、また何か命の危機に晒されやしまいかと肝を冷やしたという⋯⋯⋯⋯。
と言うわけで長々としたお説教がようやく終わりました。都合2話使ってしまいましたね、それだけシルフくんはお怒りだったのです。
ちなみに彼は眷属の前では威厳を示すため堅苦しく喋っていますが、普段はもっと穏やか――というか軟派です。性に奔放、その結果がエルフという種族なのです。なにせクレムを味見しようとするくらいですから⋯⋯。
次回こそ再建、そして謝罪です。
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