第60話 一応肉欲に勝ちました。
こんにちは、勇者です。
高笑いするばかりの悪魔カイムを出し抜き、ルルエさんの転移で飛んだ先。それは竜人の里へと向かう途中で、クルグスに戻るためにルルエさんが記憶した森の只中でした。
「⋯⋯ところでルルエさん、依代を生かしたまま悪魔を祓うのってどうすればいいんでしょう」
「やっぱりノープランだったのねぇ。お姉さんグレイくんのそういう突発的なとこはどうかと思うの」
アンタに言われたくないという言葉をグッと堪えます。言い返さない自分えらい!
「ハイこれ」
手渡されたのは、小さな丸い魔鉱石でした。
「結構貴重なものなのよぉ。百年近くも聖水に漬けた魔鉱石なんだから」
どうやらルルエさんはエルヴィンさんに悪魔の気配があることに気付いていたらしく、昨日一日かけてそれを取りに行っていたらしい。
「まさかあのタイミングで憑依されるとは思ってなかったけどぉ。ちょっと失敗しちゃったわねぇ」
「えーと、これをどうしろと?」
「飲ませなさい、それだけで堪らず身体から飛び出てくるから」
お手軽ですね!?
「君たち、そんな話を堂々と私の前でしていいのか?」
「別に。だって今回はルルエさんが一緒にいますから楽勝ですし!」
「ん? 私戦わないわよぉ?」
え? な、なに言ってるのこの人、ここまで来て!?
「私がやったら、エルヴィン死んじゃうじゃなぁい。ぶっちゃけ殺すのが一番速いし」
「⋯⋯自分一人でやります」
内心絶叫しながらも、ひとまずは双剣を構える。こちらの戦力が急激に落ちたのを知って、カイムはあの相手を嘲笑するような顔に戻っています。
「さて、ではやるとするか勇者くん」
そう言って、カイムは周囲に渦巻く炎を無数に漂わせる。しかしそれは恐らくエルヴィンさん由来の魔法でしょう。
サーベルを振るった瞬間、炎は自分目掛けて降り注ぐ。しかし五元精霊を纏った状態の自分には大した意味もない。構わずに突っ込みながらカイムに斬りかかりました。
「な、魔法が効かない!? 精霊の加護か!」
「気づくのが遅い!!」
一閃ニ閃と、双剣とサーベルが鍔迫り合うが、簡単にカイムを弾き倒してしまう。
ここでふと自分の中で疑問が湧きました。
「ルルエさん! こいつ全然強くない!!」
「だぁから言ったでしょ? 口先だけの雑魚だって。デンリーとの相性が良くて暴れてたから封印されていただけで、実質その程度よ。おまけに憑依先が魔法士のエルヴィンなんだから、グレイくんが負けることなんてまずないわよぉ」
「今回は逆の意味でそういうこと早く言ってください!」
取り敢えずルルエさんお墨付きが出たので、自分はガンガン攻め込みます。どうやらカイム自体の強さは憑依先の肉体に依存するようで、スティンリーの時のような焦りは全く感じませんでした。
「ぐおっ! くそ、まさかこれは精霊術というものか!?」
さらに数回刃を交え、大振りを一発食らわせれば簡単に隙ができる。自分はカイムの持つサーベルをチョンと小突き、その手から武器を奪います。
「くっ、ならこれでどうだ!」
途端、カイムが悪魔の力として黒炎を放つ。しかしそれもスティンリーが使っていたものに比べれば大したこともありません。
「火精召衣」
火の耐性に強い火精だけに絞れば火傷も負わない程度のもの。黒炎が身に纏わり付くのも構わず、カイムの首を鷲掴みして地面に押さえつけます。
「まったく、儀式がぶち壊された時には冷や冷やしましたが拍子抜けです。さっさとお薬飲んで寝んねしましょうね〜」
ルルエさんから貰った魔鉱石を、カイムの口元に近づける。必死に抵抗しているが、腕力の差もあり時間の問題です。
「ぐ、ぐ、き、貴様はそれで良いのか!」
突如、カイムの声が木霊するように頭に響きます。
「あの女の言われたままに動いて、それで強くなっているつもりか!? 自分の力で成り上がりたくはないのか!!」
「⋯⋯⋯⋯なり、たい」
なんだか、頭が、ぼやけます――――。
「精霊などの加護がなくとも、この世に強い奴は幾らでもいる。貴様は自身の実力で強くなりたいんだろう?」
「そう、です⋯⋯自分、は。ズル、したく、ない⋯⋯」
首を掴む手が緩む。カイムが自分から離れていく。
「ならまずは、あの女の呪縛から逃れることだ。そうだ、いっそ犯してアレを屈服させたらどうだ? 強さとは力だけじゃない。時には男らしさも求められるものだ」
「お、かす?」
「あの肉を貪りたい、そう考えたことがあるはずだ。先ずは弱らせろ、そしてお前の自由に弄べ。それはとても素晴らしい快楽だろうさ」
ルルエさんのほうを見る。いつも思わせぶりに身体を寄せては、肌に吸い付くような胸の感触を思い出す。それを、自由に――――?
「⋯⋯⋯⋯下衆が」
なんか、ルルエさんが怒ってる。でも今はそれどころじゃない。この内に湧く肉欲を、満たしたい⋯⋯。
「ハッッハッハ! こんなに簡単にいくとは、この男はだいぶ禁欲を迫られていたらしいな。いや元々の性格ゆえか? だが、そういう者ほど扱いやすい」
「ルルエさん、を、おか――――」
瞬間、脳裏にこれまでの彼女との記憶が過ぎる。
「せるわけないでしょうがぁぁぁっ!!!?」
「ぷグェぁっ!?」
拳に炎を握り込み、渾身の力でカイムに叩きつける。それはもう、何発も何発も殴ります。
「そんなことしたらどうなると思ってるんです! 死ですよ死! Death! これまで何度彼女に無理難題吹っ掛けられて死に掛けたと思ってんです!? そんな不埒なことをしたらどんな地獄に合うか――――想像しただけでも自殺した方がマシってものです!!」
「ま、待っ! やめっ、ギャぶぇっ!!」
感情に任せ、渾身の力で殴り続けているうちにカイムが動かなくなりました。
「ぜぇ⋯⋯ぜぇ⋯⋯」
「グレイくん、色々と言いたいことあるからあとでお説教ねぇ?」
「なんで! せっかく肉欲に打ち勝ったのに!?」
「勝ち方の問題よぉ! それじゃ私に魅力がないみたいじゃなぁい!?」
⋯⋯まぁ魅力には溢れていますが、それに気持ちとトラウマが伴わないというか。
「ぐぅ⋯⋯まだだ。おい、聞いてくれ――――」
カイムがまた喋り出そうとしています。これでは同じことの繰り返し⋯⋯あ、そうだ。
「よいしょ」
自分は雑嚢からあるものを取り出すと、ギュッと耳に詰め込みました。おぉ、思った通りカイムが喋っててもなんら影響ないですね!
「〜〜〜〜〜〜〜っ、〜〜。〜〜〜〜〜〜〜、〜〜〜〜〜!!」
「耳栓してるんでなに言ってるかわかりませんよ、取り敢えずさっさとエルヴィンさんから出てって下さい」
土精の力をフルに借りた渾身の一撃を腹に叩き込むと、今度こそカイムが動かなくなりました。いやぁ、里の真鉱石鉱山で綿耳栓を貰っていてよかった。悪魔の声も遮るとか有能ですねコレ。
耳栓をしまってから白目を向いたカイムを引き起こすと、今度こそ貰った魔鉱石を口の中に突っ込み嚥下させる。暫くするとビクビク身体を震わせ、絶叫と共に黒い霧のようなものがエルヴィンさんの身体から飛び出て来ました。
「グレイくん! 盛大に強いやつブチかまして!」
「はい! 火精召衣!」
思い描くのは、サルマンドラさんがスティンリーに憑いた炎狼アモンを断ち切った炎の極大剣。腰から魔王の剣を引き抜き渾身の魔力を込めると、あの時ほどではないものの大きな炎の刃が現れる。
「はあぁっ!!!!」
黒い霧目掛けて振り抜けば、炎が引火したように燃え上がりその全てを焼き尽くしていく。最後に何か恨み言を言っていた気がしますがどうせロクな事じゃありません。
「よし、片付きました!」
「ご苦労様ぁ。じゃ、頑張って里まで帰ってねぇ」
「え、ルルエさんの転移で戻るんじゃ⋯⋯」
「悪魔が憑いてたエルヴィンをこのままにすれば、精神が戻ってこないのよぉ。知り合いの聖職者のとこまで行ってくるから、デンリーのほうはそっちでお願いするわぁ」
そう言って、本当に時間がないのだろう、ルルエさんは慌てるようにエルヴィンさんと何処かへ転移してしまいました。
「――――――――えぇぇ?!」
グレイくん⋯⋯もはや何も言うまい。
次回、里への帰還です!
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