第59話 一応出し抜きました。
こんにちは、勇者です。地震と共に地下から現れ出たもの。その見え覚えのある姿は――――なんと黒竜でした。
「なっ!? どうして黒竜が⋯⋯」
「おや、知らなかったのかね。ここに封印されていた魔王とはこいつのことだ。長い封印の間に衰退し切って、今じゃもう腐って全盛期の面影はないがね」
言われれば、確かに這い出た黒竜は所々が腐り肉や骨が露出していて、さながらドラゴンゾンビといった風体でした。
「さぁデンリー。いくら長き倦怠の中でその身を腐らせようと、貴様も魔王の端くれだ。己の役割に準じ勇者を蹂躙するがいい」
「ヴア゛ア゛アアアァァゥアッ!!」
途端、腐った黒竜――――デンリーが暴れだす。長い尾を縦横無尽に振り回し周囲の物を壊しながら、こちらへ突進してきます。
「五元精霊召依!!」
久々の五元精霊を纏い、双剣を構えて迎え撃ちます。しかしその巨体は躊躇なく突っ込んできて、自分はなす術なく吹き飛ばされました。
家屋にぶつかり瓦礫に埋もれ、しかし損傷は軽微です。さて、あんなデカブツどうしたものかと考えていたら、デンリーが大きく息を吸い込むのが見えました。
「やばっ、息吹!?」
咄嗟に飛び退くと、今までいたところに灼熱の火炎、そしてとんでもなく鼻につく瘴気が振り撒かれました。
それを浴びた家屋の瓦礫は燃え盛り、そして瘴気によって腐り朽ちていく。
炎だけならともかく、瘴気には気を付けなければまずい⋯⋯!
「おや⋯⋯この依代の記憶とはだいぶ違うな。今ので方がつくと思っていたんだが、存外に腕が立つようだ」
――――そうか、エルヴィンさんの前では精霊術を使ったことがない。カイムにはまだ自分の実力を知られていないようです。
「ぐれー! くろもたたかっていい!?」
「お願いしますクロちゃん! 出来ればアレを抑えてください!」
そう言うと同時に、黒竜化したクロちゃんが翼を広げ空へ羽ばたく。そして高度を取ると、魔王竜デンリー目掛けて突進していきます。⋯⋯竜の攻撃って基本突進なんです?
「おりゃあーーーっ!!」
激突した二つの巨体は、周囲のあらゆるものを破壊しながらゴロゴロと転がり絡み合う。クロちゃんよりも体格の大きいデンリーのほうが圧倒的に優位かと思いましたが、魔王竜はもはや思考も鈍っているのか、動きに精細さが欠けています。
しかし文字通り腐っても魔王ということか、クロちゃんとの力量さは大きい。おまけに見た目のゾンビらしさ通りいくら攻撃しても再生し、そしてまた腐りだして異臭を放つ。そうして揉み合ううちに少しずつですが、クロちゃんが押され気味になってきています。
「グレイ! こっちの鎮圧はもう終わるぞ!」
そう言われて広場の方を見れば、クレムが神速の速さで百人以上いる里人とエルフに当身を喰らわせては昏倒させています。立っている人はもう十人もいません。しかしそこに混ざるグアー・リンには手加減が難しいらしく、ちょっと手間取っている様子でした。
「はやっ! でもちょうどいい、魔王はクロちゃんが抑えてくれています。あとは全員でカイムに――――っ!?」
瞬間、背筋がゾワリと粟立つ感覚に襲われる。振り向けばカイムがその手に持つサーベルを再び掲げ、そこから魔力を解き放っているようでした。
それは人やエルフに届くや、倒れていた者たちがゆらりと立ち上がり、また戦いを始めたではありませんか。彼らはもう正気でなく、白目を向いてなお相手の種族を敵と認識して襲いかかっています。
「勝手に彼らの主張の場を奪ってもらっては困る。人が集まるからには、こうして話し合いをして解決しなければね?」
「話し合い!? 武器を振りかざして殺し合うのことの何処が話し合いなんですか!!」
「価値観の違いだな、言葉でなくとも語り合うことはできる。例えそれが野蛮な行為であっても」
そう言ってカイムは不適に笑う。ダメだ、奴がいては何度争いを止めてもまた戦いを始めてしまう⋯⋯。すぐにここから引き離さなければ。
「⋯⋯ルルエさん、ちょっと」
「何かしらぁ?」
自分はルルエさんに即興で思いついた作戦を伝え、エメラダにも同じ内容を話しました。
「わかった、あたしはクロのサポートに入ればいいんだな」
「はい。クレムではできないことですし、エメラダの鎖は魔王にも効くことは分かっています。なんとか時間を稼いでください」
天の鎖。聖魔を悉く縛り付けるその存在はここで大きく活躍するでしょう。
「じゃあグレイくん、私のエスコートはお願いねぇ?」
「はい、抱えますがいいですか?」
勿論と快諾され、自分はルルエさんを胸に抱き上げます。――――めっちゃ柔らかい!!
「⋯⋯なんだ? 今時の勇者は戦いの中で睦言を交わすものなのか」
カイムが自分たちを見て、下卑た笑いを浮かべる。その表情がいつまで持つか、試してみましょうか?
「ならお前も混ぜてあげますよ。場所を変えて一緒に楽しみましょう」
「⋯⋯なに?」
そして自分は駆け出す。一気に相手の懐へ潜り込むイメージをして、最初の一歩を踏み込む。
瞬転――――。このスキルは本当に有能です、何せ悪魔だって知覚出来ないほどの速度で肉薄出来るんですから。
瞬きの間にカイムの目前へと飛び出すと、自分は奴の胸倉を掴みます。
「速い!? は、離せ!!」
「さぁ、ご招待です」
「いくわよぉ! 転移!」
そして視界は歪む。地面が喪失する感覚に襲われ、しかし次の瞬間にはその不安定さも元に戻り地に足がつく。
「な、転移魔法!? 何処だここは!!」
「さぁ、どっかの山ん中ですよ。これでもう無闇に里人とエルフに扇動を掛けることは出来ませんね!」
互いに一足で距離を取り、ルルエさんを降ろして睨み合う。⋯⋯あの、ちょっと。首に回した手を離してください! 色々押し当てないで!
カイムを引き離したことで、里とエルフの争いはクレムがすぐ片付けてくれるでしょう。魔王竜のほうもクロちゃんとエメラダがうまく協力すればかなりの時間を稼げるはずです。
その間に、なんとしてもこの悪魔をエルヴィンさんから引き剥がす!!
「さぁ悪魔カイム。お前の弁舌を聴衆するものは二人だけ。此処で心置きなく話し合おうじゃないですか」
「⋯⋯⋯⋯小癪」
笑顔が失せてくしゃりと歪む顔を見て、自分は少しだけ胸のすく思いでした。
さぁ、さっさと片付けましょう――――!
封印された魔王。その正体はかつて黒龍だったものの成れの果て。クロちゃんのお父さんが封印に関わっていたのもこれが要因だったりします。
まんまとカイムを出し抜いたグレイくんはニッコリ、しかしこの後の戦いはそうもいきません。
次回、悪魔とのタイマンです!
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