第55話 一応交渉成立しました。
こんにちは、勇者です。
やりました。やっちまいました……。
いくら頭に血が上っていたとはいえ、エルフの集落の長を半殺しとかやりすぎでした。
あの後はルルエさんがパパっと怪我したエルフたちを全員癒し、瀕死だったグアー・リンもすっかり元気!……身体は、ですが。
回復したエルフたちはもう完全に自分に怯えきり、自分が少し動くだけでもビクつく始末。グアー・リンに至っては目が合うだけでガタガタと震え出し腰が引けていました。トラウマ植え付けちゃってごめんね……。
グアー・リンに屋敷へ通されていざ話し合いと思っていたのですが、本人は体調が悪いと足早に部屋に籠ってしまいました。
長がこんな有様では話にならないと困り果てていたところ、そこに一人のエルフ女性がやってきました。
「集落の長の妹、サルグ・リンと申します。この度は兄を始め集落全体が皆さまに大変なご迷惑をおかけしたこと、私が名代として謝罪致します」
エルフ美女のサルグ・リンは、元々里を襲うことに反対していた少数派の代表なのだそうです。しかし武闘派の兄の暴走は止められず、むしろ今回の件は非常に助かったとお礼を言われてしまいます。
「はぁ。なるほど、集落も一枚岩ではなかったんですね」
「はい、今回決闘に参加した中にも少数ですが反対派はおりました。しかし強さこそ指導者の証とするこの集落で兄の権力は強く、結局は兄に従う形になっておりました」
「では改めて、エルフたちは二日後の儀式に参加してもらえるということでよろしいですね?」
「勿論でございます。あのような無様な姿を晒し、いまさら異を唱える者などおりません。ドータにも、本当に苦労を掛けてしまったわね……」
「いや、いいんだサルグ。グレイさんのおかげで全て丸く収まったし、クロ様という里にとって大事な御方もお迎えできた。これからはまた以前のように里と集落で協力していこう」
おやぁ~?
見つめ合う二人の視線は、なんだかちょっと熱いものを感じさせます。
元から顔見知りだったのでしょうが、余所者である自分から見てもこの二人には特殊な雰囲気があると思いました。
っていうかドータさん、顔が緩み過ぎ。これはアレですよ、恋ですよ!
サルグ・リンのことをフルネームで呼ばないあたり、これはほぼ確実です。
エルフは普通、名と性を一つにして呼び合います。名だけを呼ぶということは、それだけ深い関係だという証です。
ルルエさんも二人の関係を察しているのか、終始ニヤニヤと微笑んでいます。
「でも、お兄さんのほうは大丈夫なのかしらぁ? 部屋に引き籠ったまま出てこないけれどぉ」
「不作法をお許しください。儀式には無理矢理でも連れて参ります。それにエルフはその長命さゆえ、あまり精神的な負担を引き摺りません。……まぁ、今回はちょっと根が深いかもしれませんが」
「いや、ほんと申し訳ないです……あそこまでするつもりはなかったんですが」
「グレイ様が気に病むことはございません。魔王封印以後、代替わりで長となった兄は増長するばかりでした。父が存命の頃はまだそこまで酷くなかったのですけれど……」
前の長であるグアー・リンの父は、強さもさることながら知慧にも長けた傑物だったらしい。
長の座を明け渡した後も陰ながらグアー・リンの手綱を握っていたものの、五年ほど前に亡くなられてからはグアー・リンが活き活きと里へ嫌がらせを始めたのだとか。
エルフにはエルフの苦労があるのですね……。その一端を担ってしまった自分が言うのもなんですが。
「さて、私たちはすこし集落の中を見させてもらいましょうか。こんな規模の集落なんて滅多にないし、色々と勉強になるわよぉ!」
「あ、では私がご案内を――――」
「いいのよぉ、そちらでも細かく打ち合わせることもあるでしょうし、お邪魔虫は退散するわぁ。仕事と蜜事が両方済んだら呼んでねぇ?」
ルルエさんの一言で、ドータさんとサルグ・リンが真っ赤になってしまいました。ルルエさん、一言余計です……間違いなく故意にからかいましたね。
とはいえ自分もルルエさんの意見には賛成です。お邪魔虫は馬に蹴られる前に退散することにしましょう。
サルグ・リンの心遣いで案内役を付けてもらい、二時間ほど集落を見て回りました。何処も人間の街や村とはまるで違い、クレムやエメラダも大いにはしゃいでいました。
エルヴィンさんもここにいたらきっと数日は滞在すると言いかねませんね。
そう言えばかなり顔色も悪そうでしたが、里に残った彼は大丈夫でしょうか?
昼食には初めて食べるエルフの郷土料理を振舞われ、一通り集落を堪能した頃にはドータさんが呼びに来てくれました。
「いいんですか? もう少し二人でいて構わなかったんですよ」
「グ、グレイさんまでからかわないでください! 用件は済みましたし、日が落ちないうちに里へ帰りましょう」
確かに暗い中あの森を帰るのはちょっと嫌ですね。
サルグ・リンに里へ帰る旨を伝えると、集落のほぼ全員が集まり頭を垂れてお見送りされてしまいました。本当に自分、大変なことしちゃったなぁ……。
「では二日後、集落の者すべてを連れて里へ参ります。エルフ一同、新たな竜人様のご加護を心待ちにしております」
「ん~? くろ、がんばるよ!」
無垢な笑顔でそう返され、エルフたちは敬意というよりほっこりと絆された顔をしていました。ふふ、ようやくうちの子の可愛さに気付きましたか!
そして再び獣道を歩いて里へ着く頃には、日が落ちるギリギリとなっていました。郷長宅へ戻ると、半日しか離れていなかったのに更にやつれたエルヴィンさんがまだ資料を読み漁っていました。
「ちょっ、エルヴィンさん顔色がやばいですよ! すこし休んだらどうですか!?」
『――――あぁ、戻ったのか。いや、今ちょうどいいところなんだ。これからまた封印の魔鉱石も見に行かなきゃならない』
やつれた顔とは裏腹に、その目はギンギンと精力に満ちて……というか何かに取り憑かれたような狂気を感じさせました。
「……エルヴィン。あなた、だいぶ染まっているわねぇ」
『は、なんのことですか? 俺は少しでも詳しく儀式のことを調べて当日に備えたいだけです』
「嘘おっしゃい。どうせ失伝した魔法の解でも見つけたんでしょう。命令よ、少し休みなさいな」
珍しくルルエさんが人の心配をしています。自分にいつも飲ませているエリクシルをエルヴィンさんに手渡すと、さっさとベッドに入るよう言い放ちました。
エルヴィンさんもルルエさんの言葉には逆らえないようで、薬を一気に煽ると寝室へ引っ込んでいきました。
「だ、大丈夫なんですかあれ?」
「薬も飲んだし平気だと思うけど……また別の意味で心配なのよねぇ」
ルルエさんは険しい表情でエルヴィンさんの部屋のほうを見ています。確かにあの顔色はちょっと異常でしたし、ルルエさんにも人の心があったんだと自分は少し感心してしまいました。
「グレイくん、いま失礼なこと思ったでしょう?」
「ルルエさんはいつも通り優しいなと思っていただけですそれだけです!」
それからドータさんと一緒にウーゲンさんへ集落で起こったことを報告すると、彼は目を剥いて驚いていました。そして引き攣った顔で一歩自分から離れるのです、それ傷つきますよ!
多少……多少! トラブルはあったものの、無事エルフたちとの交渉も済みました。あとは準備を整えて儀式の当日を待つばかり。
何事もなく済めばいいなと思うのですが、どうにも難しい顔をしているルルエさんを見ていると自分の胸に言い知れぬ不安が広がるのでした――。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
今回はエルフの内情とドータさんのコイバナで終わっちゃいました……本当はもっと話をすすめたかったんですけどね?
次回は魔鉱石の採掘見学です。久々にクレイゴーレムくんも出るよ!
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