第50話 一応巻き込まれました。
こんにちは、勇者です。
突如襲撃してきたエルフの集団、その騒動を収めたのはなんと擬態化を解いて竜の姿になったクロちゃんでした。
竜人様を待ちわびていた里の人たちは当然クロちゃんの姿を見て大歓喜。周囲を取り囲んで皆で崇め祈り始める始末です。
そのままでは騒ぎも治まらぬと、ひとまずはクロちゃんに人間の姿に戻ってもらい、駆けつけたドータさんの先導で郷長さんの屋敷へと移動しました。
待ち構えていたウーゲンさんは、先程お邪魔した時よりもさらに丁寧に自分たちを歓待してくれました。宿泊も宿ではなくウーゲンさんの屋敷で面倒を見てくれると言うのですが、正直あまり気が進みません。
そしてソワソワと何か言いたげなウーゲンさんに、一先ずはクロちゃんの身の上と自分たちの仮説を話しました。
「なんとそちらの少女が竜人様と同じ黒竜だったとはまったく気付きませんでした。この里の行く末がどうなることかと案じていましたが、竜人様のご息女であるクロ様がいらっしゃれば安泰ですな!」
「あ~、本当に竜人様の娘かはあくまで憶測なので分かりませんよ? それにこの子はまだ子供なので、儀式に関しても難しいことは何も出来ないと思うのですが」
自分がそう言っても、ウーゲンさんのご機嫌な相貌は崩れません。
客間でクロちゃんが気に入ったお菓子をこれでもかと積み上げて、もてなそうと必死です。
「それならば問題ありません。再封の儀式には堅苦しい形式こそあるものの、クロ様になさって頂くことは一つ。封印の魔鉱石に竜人様と里の者たちの魔力を集めて注いで頂ければ良いのです。なにも難しいことはありませんよ!」
実際にご覧いただきましょう、と自分たちはウーゲンさんに封印の祭壇まで案内されます。
祭壇の中央では大きな天幕が貼られており、屋根の中央が抜けていてそこからもうもうと煙が上がっています。
中では護摩壇状に組まれた木材が轟々と燃えており、何人もの人が代わる代わる薪をくべていました。あれがリンデンの木なんでしょうか?
そして火の中心には人の頭ほどもある巨大な魔鉱石がふよふよと浮いているのです。なにあれ、どうなってんの?
「火にくべているリンデンの木材には祭事に携わる者たちが魔力を込めて火を焚き続けています。そしてあちらに見えるのが魔王を封印している魔鉱石です。クロ様にはあれにご自分と我らの魔力を注いで頂きたいのです」
「すごい大きな魔鉱石ですね」
「そうですね、でもなんだか色がくすんで見えますよ?」
クレムの言うとおり巨大な魔鉱石は赤黒く、普通に見る魔鉱石とは輝きがかなり鈍いように見えます。
「竜人様に注いで頂いた魔力が薄くなるごとに、あのように魔鉱石が黒く濁っていくのです。私の知る限りここまで黒くなったのはこれが初めてで、内心は今にも魔王が復活するのではと気が気ではありません」
「それは……そうでしょうね、お察しします」
「ですから! 保護者であるグレイ様にはどうにかお認め頂きたいと……」
今にも足に縋りつく勢いっていうか縋りつかれてます! ちょ、やめて!
「わ、わか、わかりましたから! 離して! ただし、条件があります。保護者兼補助役として、儀式の際にこちらで一人クロちゃんに付かせます。正直魔力操作も危ういと思うので、事前の練習も必要でしょう」
「勿論でございます! 勿論でございます! あぁ……これで里は救われる!」
ウーゲンさんの一言を皮切りに、周囲のピリついた空気もふっと緩んでいくのが分かります。きっとみんなずっと不安だったんでしょう。
『――――興味深い』
そう言ってエルヴィンさんは魔鉱石に近づいたり遠くから眺めたりと、とても真剣な顔をしています。
「そう言えば元々はエルヴィンさんの魔法研究のために竜人の里を目指してたんでしたね」
『あぁ、実はこの封印された魔王と悪魔についてくわしく調べようと思っていたんだ。里の実情から中々言いだせなかったんだがね』
そう言いながらも顔はこちらに向かず、魔鉱石に釘づけのようです。
「ほう、魔法の研究でございますか。でしたら我が家に古い文献も多く残っていますので、もしかするとお役にたてるかもしれませんな」
その言葉にエルヴィンさんの眼がカッと見開き、ウーゲンさんの両肩を鷲掴みにします。
『郷長、その資料ぜひ拝見したい。出来れば今すぐにでも』
いつになく興奮している様子でウーゲンさんに詰め寄っていますが、念話の会話は聞こえていないので郷長は面喰ったように驚くばかりです。
「すみません郷長、ぜひすぐにでもそれを拝見したいとのことです。お願いできますか」
「あ、あぁ! お安いご用ですとも、屋敷に帰ったら書斎に案内しましょう」
「助かります。良かったですねエルヴィンさん」
『あぁ、本当に助かる! 今ほど君が付いて来てくれたことに感謝したことは無いぞ!』
いや、できればもっと別の部分で感謝をしてほしいと……まぁいいです。
「それで、儀式はいつ始めるんでしょう? すぐにでも行ったほうが良いんですか」
「そうですね。なるだけ早く、と言いたいところですがこちらにも準備がありますし、儀式を行う旨をエルフたちに通達し、里へと呼び出さなければなりません」
「え、今日襲われたばかりなのに!?」
「習わしなのです……この封印のお役目に携わる者はみな祭事に関わり、事の重要さを改めて認識するように、と」
「長生きして一番経験しているはずのエルフが最も重要さを分かっていないようですが……」
するとウーゲンさんが深く溜息を吐きます。これもさぞ心労の種なのでしょう。エルフの話を持ち出す度に眉間の溝が深くなっていきます。
「彼らは魔王討伐戦以来、この森に住み着いてそれをずっと管理してきました。そのため縄張り意識も自意識も強いのです。.......それに一部のエルフは、封印のお役目を人間が竜人様より直に指名なされたことを快く思っていなかったと聞きます」
「――――? あ、まさか今日の襲撃は、里を乗っ取るつもりで攻撃してきたんですか!?」
「おそらくは……ここ数年は特にですが、そのような思惑を隠しもせず、いつでも里を潰せると何度も言われてきました。ですので、本日勇者様方がいらっしゃったのはもはや里の天命なのだと、私は思っております」
途端に自分の背中から大量の冷や汗が流れました。もっと幼稚な小競り合いかと思っていたら、まさか本気の占領目的だったとは……。
「それで大変不躾とは思うのですが……儀式の準備にはあと三日は掛かります。その間に、その……」
「あ~、エルフのところに行って、口説いて連れて来いと?」
「このようなこと、里の外の方にお願いするのは筋違いだと分かっておるのです! しかし元々戦わない私めらとエルフでは文字通り話にもならないのです。失礼なのは承知の上ですが、どうか!!」
またも急に跪き、なりふり構わず自分の脚に縋りついてくるウーゲンさんの顔には鬼気迫るものがあり、ここで嫌とは大変言いづらい……。
思わず周囲の仲間を見渡すと、皆同じように「仕方ないんじゃない?」という顔で苦笑いしています。
「……分かりました、明日にでも交渉に出掛けましょう。勿論エルフの集落の場所は知らないので道案内は頼みたいですが」
「当然付けさせて頂きます! 本来はこういった仕事は次期郷長であるドータのお役目です、今回も息子を行かせましょう」
そうして話も終わり郷長の屋敷を戻ろうとしたのですが、エルヴィンさんが魔鉱石に釘づけで中々動こうとしません。
「……あの、ウーゲンさん。良ければでいいんですが、今後も彼の祭殿への立ち入りを許してほしいんですけど」
「当然結構でございます。お力をお借りする以上、それくらいのことはお気になさらず」
「ですってエルヴィンさん! いつでも来れますから、一端戻りましょう」
『うん……あぁ。そうだな、でももう少し』
魔鉱石を見つめ続ける彼の眼は、何処か虚ろになり今にも火の中に飛び込みそうな勢いなのでガッと彼の脇を抱えます。
「いいから行きますよ! 郷長の家の資料にも目を通すんでしょう!」
そう言ったら彼もハッと思い出したようで、よし戻ろうと一言呟き足早に一人で行ってしまいました。……こういうのを学者肌っていうんでしょうか、扱いづらい。
そんな感じで順調に面倒事の中心に引き摺り込まれ、明日はエルフの集落へと向かうことになりました。あぁ、今からお腹が痛い……。
此処までお読み頂きありがとうございます。
魔法研究に熱心なエルヴィンさん、ここから彼はほぼ引きこもりと化しますので出番は少なめです。
すぐにでもエルフの里へ向かいたいところですが、次回はルルエさんの課題不達成によるお仕置きが待っています。がんばれグレイ!
そして作者のモチベ向上のため、是非ともブクマや☆評価をよろしくお願いします!
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