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第3話 一応全部倒せました。 前編

※10/15追記 冒険者の生業や勇者の特権について加筆したところ長くなってしまったので、今話も前後編の分割にさせて頂きます。申し訳ありません。

 こんにちは、勇者です。


 昨夜のルルエさんとの出会いから一夜明け、自分はいよいよ彼女とパーティを組んで冒険に出掛けるために待ち合わせ―――はいいのですが、ルルエさんはどうやら酒豪のようであの後しこたま飲み飲まされて。


 現在は二日酔いで嘔吐を我慢するのに精一杯です。


 正直、彼女が本当に来てくれるのかと不安いっぱい胸いっぱい。ついでに昨夜の酒まで喉元いっぱいに出かかっています。


 街の広場で(うずくま)っていると、サクサクと軽い足音が聞こえてきます。


「あらら、グレイくんてばもしかして二日酔い? これからお楽しみだっていうのにぃ」


 顔を上げれば、相変わらずニコニコと昨日の酒も残さず綺麗な笑顔のルルエさんがやって来ました。嬉しい! 嬉しい!


「ちょっとそのままだと後が大変だから楽にしてあげるわねぇ」


 そう言うと、彼女は昨日は持っていなかった素朴な造りの杖を振って呪文を唱えます。


解毒(アンチドートゥ)、からのぉ」


 解毒の呪文を掛けられると、スっと気持ち悪さが治まりました。

 すごいですねこの人⋯⋯長々とした詠唱を破棄して魔法を使えるなんて。


 気分も良くなりお礼を言おうと立ち上がると、自分はルルエさんに道の端へ連れていかれ.......、


「物理的解毒ぅ~」


 口に指を突っ込まれました。堪らず自分は側溝(そっこう)の中にキラキラを吐き出して(あえ)ぎます。鬼かこの人。


「どーぉ? かなり楽になったでしょぉ?」


「は、い。お陰様で.......ありがとうございます」


 自分は手拭きで口を拭うと、もう一枚綺麗なものを取り出して彼女に手渡しました。


「あらぁ紳士的! ハンカチを複数持ち歩く男性ってモテるわよぉ」


 やかましいわと心の中で呟きながらスッキリしたのは事実なのです。改めて何も無かったかのようにルルエさんに向き直りました。


「改めましてルルエさん、おはようございます。今日からよろしくお願いします!」


「はい、こちらこそぉ。じゃあまずはぁ、装備を整えましょうか! お買い物よ!」


 言うが早いか、ルルエさんは自分の手を引いてこのウォクスの街の商店通りのほうへ歩きだしました。


「え、いや自分はこの装備で充分.......」


「ダメよぉ? グレイくんはもう勇者なんだから、それ相応の身なりを整えなくちゃ!」


 むむ、確かに今の自分は胸当て一枚、腰に小雑嚢(ポーチ)だけという未だ駆けだし冒険者のような装いです。


 大人しくルルエさんについて行くと、一件の武具店に入ります。


「いらっしゃー.......ってルルエさんじゃねぇか。お久しぶりです」


「店長、おひさし~。朝から悪いんだけど、この子に防具を見繕って貰えるかしら?」


 ルルエさんはどうやらここの常連のようです。


 店長と呼ばれた厳つい中年男は自分を舐めるように見ると、口をへの字にしていました。


「ルルエさん、なんだいそのガキは」


「私の新しいパーティ仲間でぇ、リーダーでぇ、勇者様よぉ」


 ルルエさんは自分の背中をぐいと押すと、店長に向けて翠の勇者のプレートを見せつけるようにしました。


「へぇ、これが勇者さんねぇ.......ようござい、で? どんな感じにします」


「そうねぇ、無茶の利く動きやすい物がいいわねぇ」


 え、無茶? ていうか自分の意思は? とか抗議する間もなく店長はさっさと品物を見繕い始めてしまいました。


 そして揃ったのは、革製の軽装鎧一式に、インナーメイルとして鎖帷子(くさりかたびら)を装備。これが思いのほかずっしりときます.......。


 ついでにブーツもつま先に鉄板の入ったものを新調しました。


「武器はあのダガーがあるけどぉ、もう一本予備で持っていましょうかぁ」


「あの、長剣じゃダメですか?」


「ん~。ダメでもないけど、グレイくんの体格じゃ長期戦には向かないかなぁ?」


 確かにダンジョンで無くしたあの剣、何だかんだとまともに扱った記憶がありません。ここはルルエさんの言う通りにしておきましょう。


「よし完成! だいぶ様になったじゃなぁい!」


「はぁ、でも勇者の身なりとしてはどうなんですか」


「そんなもの戦いには二の次よぉ、実用性重視!」


 さっきと言っていることが違う! けれど、この装備がしっくりとくるのも事実なので文句は言いません。むしろお気に入りと言えます。


 自分は件の報奨金で、すこし躊躇しながらも店長に代金を支払います。


「これで装備は完璧ねぇ! じゃ、行きましょっかぁ」


「あ。ところで聞いてなかったんですが、今日は何処へ?」


「昨日の酒場でぇ、みんな言ってたでしょぉ? 南で魔物が暴れてるってぇ。今日はそっちでクエストを受けましょ~」


 そう簡単に言ってのけます。でもその話、確か現地はここからだと相当な距離があるはずです。


「馬車か何かで数日かけて行くんですか?」


「違うわよぉ、私の魔法でぇ、ひとっ飛びぃ!」

 そう言って自分の肩をガっと掴むと、ルルエさんはニッコリ笑いました。


「じゃ、店長またくるねぇ~。その時は新しいのが必要だと思うからぁ」


「へい、またのお越しを!」


 店長は恭しく頭を下げていました。自分もぺこりと礼を返します。


「ではぁ、いっきまぁす! 転移(テレポート)!」


「ふぁっ!!?」


 視界がぐにゃりと歪み、浮遊感で足元が覚束なくなります。


 何かに吸い込まれるような感覚に襲われると、次の瞬間には周りの景色が一変していました。


「さ、着きましたぁ。ここが噂の魔物が暴れてる土地のすぐ側の街、トゥーリよぉ」


「び、びっくりしました.......こんな魔法もあるんですね」


「うん、お姉さんは大魔法使いだからねぇ。なんでも出来るのよぉ?」


 魔法で着いた街は、今までいたところより何処か荒れた雰囲気でした。


 あまり活気がなく、通りを歩く人たちの顔も何処か怯えているようでした。


「さ、まずはギルドでぇ、クエストを受注しなきゃぁ」


 ルルエさんはまた自分の手を引いてぐいぐいと進んでいきます。


 ギルドの入り口まで来て、自在扉を押して中に入ると、そこには屈強そうな男たちが皆、悲壮な面持ちで座り込んでいました。


 入って来た自分たちになど目もくれません。


「受付さん、受付さん、クエストを受けたいんだけどぉ」


「あっ、はい。本日はどのような.......と言っても、いまこの街にある依頼は、その」


 受付のお姉さんがなんだか言い淀んでいます。どうしたんでしょうか。


「もちろん、分かってるわぁ。魔物の群れの討伐よねぇ。それ、受けるわぁ」


「わかりました、何名で登録なさいますか?」


「ふたりぃ」


 それを聞いた受付さんはキョトンとしています。


「あの、集団パーティでお受けにならないのですか? 失礼ですがこちらのクエストは二等級相当の依頼で大変危険ですので―――」


「分かってるわよぉ、だからぁ、ここに勇者様を連れてきたのよぉ?」


 言われて、ずいと前に出されます。受付さんと目が合い、その視線が少し下がり、首元のプレートに刺さりました。


「み、翠の勇者様ですか!?......いえしかし、本当に受けてくださるのですか」


「大丈夫ぅ、こう見えて彼ぇ、ちゃんと魔王の一人を倒してるんだからぁ。魔物の百や千なんてへっちゃらよぉ?」


 へっちゃらじゃないですよぉ!?

 これはマズいと抗議しようとして、口に手を当てられ言葉を遮られてしまいました。ぐ、存外力が強い.......。


 ここで冒険者という生業(なりわい)と勇者の特権について少々ご説明。


 冒険者というのは読んでそのまま。自由に世を渡り歩いては各地に点在する冒険者斡旋ギルドで依頼をこなし、金を稼ぐ。


 冒険者の中には階級があり、上は一等級から下は五等級まで。

 階級によって受けられる依頼の難易度も違い、もちろん上に行けば行くほど高難易度の依頼に挑戦できます。


 ちなみに自分の冒険者としての階級は四等級。

 新米が独り立ちし、そしてようやく魔物を相手にする依頼もこなせるようになる階級です。


 それでも四等級に割り振られる魔物の討伐依頼の難易度は低く、適当に数人パーティを組めば易々と達成できるようなものが多いので、大体の冒険者パーティはすぐ三等級へ昇格してしまいます。


 でも自分はこれまでずっとソロで活動していたので、その四等級の依頼にも四苦八苦しておりました⋯⋯。

 おかげで依頼達成率も悪く数年しても四等級から上には上がれませんでした。


 そして勇者とは、世界の各地に点在するダンジョンや魔城に巣食う魔王を倒して初めて手にすることの出来る称号。


 これに冒険者階級としての実力は関係なく、ソロでもパーティでも挑んでもいい。しかし複数人の場合、称号を得られるのは一名のみ。


 これ、実は事前の話し合いをせずにパーティで挑むと不破の元となります。


 誰が勇者に相応しいのか。初撃(ファーストアタック)、堅実な戦闘とサポート、そして止め(フィニッシュ)


 どれが、誰が一番パーティで貢献したのか内輪(うちわ)で話し合い、最終的にその中の一名が勇者と呼ばれるに相応しいと結論を出し、そこで初めて斡旋ギルドから称号が(たまわ)れます。


 自分の場合、白金等級勇者とパーティを組んでの(実際は違うけど)魔王討伐達成。そして討伐証明としての首を持ち帰ったのも自分ということでなんとか勇者として認められました。


 そして現在自分の持つ碧の勇者の特権とは、斡旋ギルドで発行されている依頼を冒険者としての階級に関係なく全て受けられる。つまり一等級推奨の依頼だって今の自分は受けられるのです!


 自分は絶対にそんな上位の依頼受ける気はないですけどね!?


 ちなみに今ルルエさんが受けようとしているのは三等級、しかし緊急性が高いのと依頼失敗が続出しているので二等級へと格上げされた依頼でした。


「わ、わかりました.......では、危険と判断したらすぐ撤退して下さい。その際は街の方角ではなく、必ず別方向へ逃げることが絶対です。いいですね?」


 よくないですねぇ!!? え、マジでやるんですかそんなクエスト、死んじゃいますよ!!


 もちろん自分の抗議は物理的に遮断され、ルルエさんはサラサラと契約書にサインしてしまいました.......。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 時間がなくてあまり読めていませんが物語がとても面白くて何より文章の構成がとても上手で勉強になります。 [気になる点] 特にないです。 [一言] これからも読んでいきます。 評価もさせて貰い…
[良い点] テンプレじゃない勇者もの!!僕の大好物の匂い♪ 主人公が弱い&自信のない性格というのがキャラ設定として最高! そしてルルエお姉さんという強キャラ登場で成長するって要素がしゅき♡ イラス…
[良い点] 面白い! まだ3話までしか読んでいませんが、設定が細かく、分かりやすく、読みやすい! しかも、安心の最強魔法使いお姉さん...憧れます! チートを持ってる、 のではなく、 仲間に付与さ…
2020/05/17 22:01 退会済み
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