第40話 一応到着しました。
こんにちは、勇者です。
エルヴィンさんを拾ってから四日経ちました。
なんだかんだとようやく揺れに慣れてきたのか、クレムたちにはもう酔い止めも必要なくなり馬車も快適な速度で進みます。
クロちゃんは本当に知識の吸収が早く、もう字を読めるようになって絵本を自分で朗読できるようになっています。次は書く練習ですね。
手綱を握ってゆらゆら揺れる馬の頭越しに、大きな街の門が見えてきます。
しばらく進んで門番にズルーガ王に用意してもらっておいた手形を見せて門を潜れば、自分たちがパーティとして初めて目指した街、クルグスへと到着です。
馬車はどうしようかと少し悩んでいたら、どうやら荷車ごと門前で預けられるようです。
荷車の保管場にはランクがあって、覆いなし、扉付き、鍵付きとあるのですが、荷物も多いので鍵付きを選んで預けました。ちなみに意外に高かったです……。
「はぁ~、ズルーガの城下町も結構な大きさでしたが、ここも中々に広いところですねぇ」
「当然だ。クルグスは王都に寄る商人なら必ずと言っていいほど立ち寄る街で、観光地でもある。ここにはなぁ、なんと温泉があるんだぞぉ!」
「温泉? ってなんですか?」
自分がそう言うと、エメラダは信じられないと言う顔をしています。
「温泉ってのはあれだ、自然に湧いてくるお湯のことだよ。こう、泉みたいになっててな? 平民たちはそこに男も女も皆で入るんだ」
クルグスはアレノフ伯爵という方が治める土地で、ソファレスと呼ばれる山の麓からほど近い街らしいです。
そこから温められた地下水が水脈を伝って流れてくるんだそうな。見上げれば、確かに大きな山が街の向こうに聳えています。
「皆で入るって、は、裸で?」
「馬鹿! 水着を着るんだ! 貴族の場合は男女に分かれてるから裸の奴もいるけど、金持ちなら自分の別荘建ててプライベートな湯殿を拵えてんだよ」
「はぁ、水着。湯浴みにわざわざ服を着るんですか。ちなみにエメラダはここに別荘を持ってるんですか?」
「もちろんあるぞ。けど今回は抜けだしてきてるからな、そっちは流石に使わねぇ」
一応立場は分かってるみたいですね。別荘などに寄ったら途端に王命で騎士団が駆けつけて連れ帰られるのがオチでしょう。
「というわけで、行こうぜ温泉! あたし平民のわちゃわちゃしてるとこには入ったことないから楽しみだったんだ!」
「行くのは良いですが、まずは宿探しです。お腹も空きましたし」
「くろ! おなかすいた! ひつじさんたべたい!」
何故そこまで羊にこだわるんでしょうか……とりあえず良さげな宿を見繕い男女に分かれて大部屋を二つ取ると、近場の食堂で昼食にすることにしました。
観光地とあって大いに賑わう店内の一角を陣取ると、羊肉も込みで頼んだおまかせ料理が大きな卓を埋め尽くしていきます。
「はい、グレイくんにはこれぇ」
そう言って、ルルエさんが取り出したのはエリクシル。
最近は薬の正体もバレたことで隠しもせずに目の前で料理にぶっ掛けられます。なんか食欲なくなるからやめて!
とは言っても、正直その薬が有り難いのも事実でした。
実は馬車での移動中、ルルエさんからの課題で以前やっていたような魔力保容量拡張を実践していたのです。
ルルエさんの谷間から取り出された(ほんのり温かい)魔力の籠っていない魔鉱石を持たされ、それに魔力を満たしては次の石、と繰り返していれば魔力が底を尽きます。
そこですかさずルルエさんの魔力譲渡で魔力保容量の拡張をされ、また初めから繰り返し。
これをやっていると、大して運動もしていないのに凄く疲れる……。
ちなみに魔力を満たした魔鉱石はこうしてぶっ掛けられるエリクシルの原材料になる予定らしいです。
その作業を見たエルヴィンさんは大変ドン引きしていらっしゃいました。彼曰く『良く死なないな君は』とのことです……。
「はいクロちゃん、これが羊のお肉ですよ」
「おっほぉぉ! これ、ひつじさん!? たべていい!?」
そう言いながらも既に噛ぶり付いています。なぜ羊がここまで幼女を駆り立てるのか!
どうやらお気に召したようで、その後もお代わりをしていました。
「なぁー早く食って温泉行こうぜぇ~? 水着も買いたいしよぉ」
そう言いながらもガツガツと料理を平らげていくエメラダには、もう少し王族としての嗜みを平民の自分に見せてほしいです。
「あ、やっぱり買わなきゃダメなんですか」
「ダメってことはねぇぞ。貸し出しもしてる、けどどうせなら可愛いのが欲しいしなぁ」
このお嬢様め……どうせここでしか使わないんだから貸し出しで良いでしょう!
「あの、実は僕も装備を変えたいんです。この鎧、お父様から貰ったのでずっと着ていたんですが……あまり、その」
可愛くないので、クレムが小さく呟きました。クレムまでそんなことを……最近はちょっとエメラダに染められてきているというか、何かと対抗意識を燃やしているようです。
「はいはい、じゃあ食べ終わったら商街に行きましょう。各自買い物を済ませて待ち合わせ時間に集合ってことでいいですか?」
「おう! じゃあさっさと食っちまおうぜ! おらクレム競争だ!」
「む! 負けません!」
そう言って料理を掻きこんでいくこの二人、お貴族様なんですよ……。でも何だかんだと仲がよさそうで、自分的には少しホッとしています。
そうして食事も済んで、今度は商街にやってきました。
街の中心にある噴水に一時間後に集合と言うと、女子三人+男の子はキャッキャとしながら服飾屋へ楽しそうに突入していきました。
うーん。クレムがあそこに混ざって違和感がないのが良いのか悪いのか?
果たして一時間後に彼女たちがこの場に帰ってくるのか、いいえきっと来ないでしょうと自分はちょっと溜息を吐くのです。
「……あれ? エルヴィンさんは行かないんですか?」
隣りで立ち尽くしているエルヴィンさんに話しかけると、彼は懐をまさぐって木札を取り出して渡してきました。
『先立つものがない、君も好きに行ってくると良い。……あと、食費や宿代はあとで必ず払う』
あぁ、そうでした。でも彼一人待ちぼうけというのはちょっと悪い気がしますね。
「その辺は余裕が出来てからでいいですよ。ちょっと武具屋へ行きたいんですが、良ければ付き合ってもらってもいいですか?」
『構わない……それにしても、君はよくルルエ様の扱きに耐えられるな』
「あ~、その辺はもう、慣れました……なんせ初めから無茶振りの連続でしたから。そう言えばエルヴィンさんもルルエさんと旅をしたことがあるんですよね?」
歩きながら問いかけると、彼の眉間にギュッと皺が寄ります。おっと地雷でしたか?
『ほんの二週間だったが、彼女の働きぶりは途轍もなくてね。最終的に……俺のパーティは瓦解した。皆彼女の無茶に耐えきれず、去って行ってしまった』
「えぇ!? それは……なんというか」
ちょっと口ごもっていると、エルヴィンさんは気にするなと小さく笑みを浮かべます。
『当時の俺もそうだが、皆勇者のパーティということで驕りが強くてな。そうなるのは自然な帰結だった。だが君は自然と彼女の指導を受け入れ実践している。かつての俺に見せてやりたいくらいだ――やりたくはないがな』
「……それ、褒められてます?」
勿論、と言う彼は今度は悪戯っぽく微笑みます。なんだ、けっこう表情豊かじゃないですか。
『彼女の指導をきちんと聞き入れていれば、私もこんな怪我は負わなかったかもしれない。なんともやり切れないよ』
手癖なのでしょうか、エルヴィンさんはたまに首に巻かれた包帯をくいっと引っぱります。
その傷の理由を聞いても良いのか迷い、やはりやめておきました。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
今回はお買い物ということでちょっとゆったりしたお話でした。
次回、お楽しみの水着回だぁ!!
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