第39話 一応拾いました。
こんにちは、勇者です。
自分、ついに人を殺してしまったかもしれません……。
馬車の前に飛び出してきた男性はパッと見外傷は無いものの、もしかすると打撲や頭を打っているかもしれません。
自分は慎重に彼をうつ伏せから仰向けにしてすぐにルルエさんを呼びました。
「ルルエさん、来てください! 怪我人かもしれません! っていうか殺っちゃったかもしれません!?」
「あららぁ、グレイくんついに人間にまで手を染めちゃったのねぇ。勇者としては別に問題ないと思うけど、無垢な一般人はだめよぉ」
「いいから! そういうのいいから! 早く見てあげてください!」
今はルルエさんの軽口も気が動転して突っ込む余裕もありません! 必死に懇願して面倒くさげなルルエさんに見てもらうと、ジト目でハァと溜息を吐かれました。
「グレイくん、大丈夫よぉ。外傷は何処にもないから治療もいらない。強いて言えば……食事かしらぁ?」
ルルエさんの言葉と同時に、盛大な腹の虫が泣いてそれを肯定するようでした。つまりは、とてもはた迷惑な生き倒れ、と。
「……あー、とりあえずこのままにもしておけないので、馬車に乗せますか」
よっこらせっと男性を抱えると、見た目の身長より全然軽かったのと、彼を動かす度にコートの内からカラカラと音が鳴るのが不思議でした。
中のクレムたちに寝る場所を空けてもらい、彼を横たえます。すると意識が戻ったのか、薄らと目を開けてこちらを見ています。
黒くて少し長めのボサボサ髪。歳は自分より少し上でしょうか? こけた頬と無精ひげ、少し色素の薄い茶色がかった瞳が印象的です。着ている裾の長い黒のコートは年季が入っており、端のほうはくたびれてボロボロです。
そして一番目立つのが、首に白い包帯が何重にも巻かれていることでした。
不思議なのは、彼がなにも荷物を持っていないというところ。この人、冒険者ではないのでしょうか?
「あの、大丈夫ですか? 気分はどうでしょう」
「………………」
「えと、あの、ご自分が倒れたの、分かります? それとも喋れないくらい辛いですか?」
「……………………」
何を言っても彼は黙ったまま、自分をじぃと見つめるばかりでした。どうしたものかと困り果てていると、急にルルエさんが詰め寄り彼の頭をペシリと叩いたのです。いや、何してんですか。
「こらエルヴィン! 喋れないからって無反応はダメって前にも言ったでしょぉ? なんでもいいから返事なさい!」
どうやらルルエさんは彼と面識があるのか、すこし厳しめにその様子を叱責していました。男性は暫し目を泳がせると、思い立ったかのように腕を上げ、指を動かし始めました。
(はらが、へった)
ポッと指先が魔力で淡く光り、なんと彼はスラスラと空中に文字を書いたのです! こんなこと出来るなんて驚きで、クレムやエメラダもその珍しさに、おおー!と言いながら拍手していました。
「お、お腹すいてるんですね?」
彼はこくりと頷きます。ようやく意思疎通出来たことに喜びつつ、ひとまずは消化の良い軽食を彼に与えました。
がっつく様子もなく、淡々とそれを口にしていく様子は、なんだか自動で動く人形を見ているようでした。
「あの、ルルエさんのお知り合いなんですよね?」
「えぇ、彼はエルヴィン・カナート……まぁ、それ以上の自己紹介は自分でさせるわぁ」
「…………出来るんですか?」
「さ・せ・る・の・よぉ」
自分の疑問はもっともと言うことでしょう。この人、明らかに他人との接点を持とうとしていないようです。もしかしたらルルエさんから聞かなければ名前すら伺えたかも怪しいです。
エルヴィンさんが食べ終わり一息つくのを待つと、自分は改めて自己紹介をすることにしました。
「始めまして、自分はグレイ・オルサムと言います。今はルルエさんや此処にいる仲間と旅をしています。エルヴィンさん、とお呼びしていいですか?」
エルヴィンさんは抑揚なく自分の言葉に首肯します。が、それだけでやり取りが終わってしまい、少々頭が痛いです……。
「えーと、よければエルヴィンさんがなんであそこで倒れてたのか、お聞きしてもいいですか」
彼は暫し考えた様子で、また光る指先を動かし空中に文字を書きます。
(はらがへって、たおれた)
「いやそれはわかってます……」
「あーもう、エルヴィン! どうせ念話の木札持ってるんでしょう? それ使いなさぁい!」
ルルエさんがじれったそうに言うと、エルヴィンさんは渋々といった様子で自分のコートの中をごそごそと漁り始めます。その度に服の中からカラカラとまた音が聞こえました。
そして彼から差し出されたのは、一枚の小さな長方形の木札でした。特になんの特徴もない木の板ですが、その表面にはインクで細かい文字の羅列が書きこまれています。
「えーと、これをどうするんでしょうか」
『どうする必要もない、ただ持っていればいい』
「うぇあ!? なに、なんか聞こえる!?」
あたふたと周囲を見回しますが、自分以外の誰も驚いてなどおらず、むしろ自分の奇行に眉をひそめるようでした。そんな目で見ないで!!
『大丈夫、その札を使って君に話しかけてるんだ。声は君にしか届いていない』
「え、札って、これ?」
『そう、それは魔法を込めた木札。今持っているのは念話の札だ。俺は喉が潰れて喋れないから、これで失礼する。まずは食事をありがとう』
「あぁいえ、大したものもお出しできなくて。消化の良いものをと思ったんですが、あれで足りましたか?」
『充分だ、感謝している』
するといよいよ自分の頭がおかしくなったと思ったのか、クレムが恐る恐る話しかけてきました。
「あの、お兄様。先程から何を一人言を言ってるんですか……?」
その顔はこの上なく憐憫に満ちたもので、何故かとっても哀しくなります……。
「あー、クレム。実はいまエルヴィンさんの魔法で念話をしているんです。これを持ってる人しか聞こえないみたいですよ」
「そ、そうでしたか! てっきりお兄様が死に掛けすぎておかしくなちゃったのかと思いました、良かったぁ!」
……その死に掛けた理由の三分の一くらいはクレムだって自覚はあるんですかね?
「と、とにかく! エルヴィンさん、どうしてこんな街道のど真ん中で荷物も持たずに行き倒れ掛けてたんですか?」
『いや、荷物はあったんだが、森の中で無くしてしまってな。ついでに自分も迷ってしまい、ようやく街道に出られたところなんだ。そこで君の馬車の前に飛び出してしまったんだよ』
念話で喋るエルヴィンさんは、先程のコミュ症ぶりとは思えない弁舌でした。
『ルルエ様が一緒ということは、君も勇者なのか。あぁ、今は翠なんだな』
「君も、と言うことはエルヴィンさんも勇者なんですか?」
自分のその言葉にクレムとエメラダが一斉にエルヴィンさんを凝視しました。あー、会話が一方的にしか聞こえないのって結構厄介ですね。
『――――あぁ、以前はそうだった。でも俺は傷を受けてね』
そう言って、そっと喉元の包帯を擦ります。
『今は勇者協会からお払い箱の通知を受けて、銀の勇者として扱われている』
「銀? 銀の勇者なんて初めて聞きました」
するとエルヴィンさんは、胸元から雑に取り出した勇者のプレートを見せてくれます。確かにそれは勇者の証で、しかし銀色に光っています。
また出てきましたけど、勇者協会ってなんなんです!?
「あ、お兄様。銀の勇者と言うのは、勇者の証を賜ってから酷い傷や病で引退を余儀なくされた人に贈られる、言わば名誉勲章のようなものなんです」
クレムがそう補足してくれました。これは、エルヴィンさんに失礼なことを言ってしまったでしょうか。
『その子の言うことで間違いない。彼はあんなに小さいのに白金級なのか、すごいな』
「そうですね、クレムは最年少の白金等級勇者だそうですよ」
自分がそう言うと、クレムが少し恥ずかしそうに俯きました。うん、可愛い。
『そうか、若い子たちも頑張ってるんだな……俺は引退してからは、魔法の研究に熱を入れている。今使っている木札もその成果の一つだ』
「はぁ~、すごいですね。こんな木の板に魔法を付与して維持できるなんて。今はなぜ旅を?」
『様々な土地で古い魔法を学ぶためだ。今回も街道から離れた竜人の里と呼ばれる集落に行こうとしていた』
「竜人の里?」
そう聞いて、思わずクロちゃんを見てしまいます。あの子は今まさに竜人と呼んで相違ない状態でしょう。
『そうだ。だが途中で薬草やら食糧やらが尽きてしまった。ちょっと採集に歩き回ったつもりが、迷ってこのざまだ』
あまり表情を変えなかったエルヴィンさんが、すこし苦笑したように口角を上げ肩を竦めます。
あぁ。人形のようと思ってしまいましたが、言葉も表情もないからそう感じただけで、今こうして彼の声を聞いていると中々にひょうきんなイメージになりました。言葉と言うのは大切なんですね。
「その竜人の里というのは遠いんですか? もしよければこのまま自分たちが送っていきますが」
すると、エルヴィンさんはすこし驚いたような顔をします。え、自分なんか変なこと言いました?
『失礼だが、君は本当に勇者なんだよな? それにしてはこう、とても純粋だ』
「…………前々から思ってたんですが、勇者って皆さんそんなにアレな感じなんですか? いや、自分も嫌な人を一人は知っているのでなんとなく想像は付くんですが」
『そうだな。彼らはその力と権威からやたらプライドが高い。俺も昔はそうだった。あの頃を思い出すと恥ずかしく思う』
エルヴィンさんが少し顔を俯かせます。この人も全盛期は色々とやらかした口なんでしょうか。
「まぁとにかく、自分たちはこれから街道沿いのクルグスに向かっているところなんです。特に明確な目的地もないので、よかったらその竜人の里までお送りしますよ」
『……俺は荷物もなくて一文無しなんだが。あとで金を無心されても困るぞ?』
「そんなことしませんよ。なんならクルグスで少しクエストを受けていこうと思っていたので、良かったら一緒にどうですか? そうすれば装備の買足しや路銀も確保できるでしょう?」
エルヴィンさんが、なんだか眩しいものを見るように目を細めました。
『君みたいなまともな勇者、俺は初めて出会った。良ければ同行させてくれ……それと先程の失礼な態度を謝りたい。あまりに親切にしてもらったもので、少し疑っていたんだ』
「あぁ、なんだか様子が変だったのはそういう理由ですか」
『こういう見た目だと、何かと下に見て毟り取っていこうとする輩が多いんだ』
彼はまた喉元を擦ります。その包帯が痛々しくて、自分は少し顔をしかめてしまいました。
『――別にもう痛みもない、傷を隠すためのものだ。心配しなくていい』
「そうですか……。では、暫くはよろしくお願いしますね」
『こちらこそ、世話になる』
ふう。とひと段落ついたと息を漏らすと、みんなからちくちくと説明を要求するような視線が刺さります。あぁ、会話が共有できないって、本当に面倒なんですね……。
「――――というわけで、エルヴィンさんもしばらく旅の仲間として同行することになりました」
「お人よしかっ!」
エメラダが叫びます。でも別に不利益を被るでもなし、いいじゃないですか。
「お兄様のそういうところが素敵なんですよ。王女様にはまだわからないんですねぇ」
「うるせぇぞクレム、なんでお前が自慢げなんだよ!」
ふふん! となんかマウントを取ってるクレムが子供っぽくて、久しぶりに年相応な顔を見れてなんかちょっと安心してしまいます。そしてエメラダがそれと同程度なことに頭を抱えます。
「はぁ……まさかこんなところでエルヴィンを拾うなんて。しかも竜人の里とかぁ、グレイくんは自分から厄介事に首突っ込んだの自覚してるぅ? 今回は私のせいにしないでよぉ?」
「えっ、そんな危ないところなんですか!?」
「危ないかどうかはぁ、まだ分からないわねぇ。でもクロちゃんもいるし、厄ネタの宝庫なのは間違いないわぁ。行く時はきちんと準備してからいきましょうねぇ」
ルルエさんがそんなフラグを立ててくれたので、今から不安で仕方がありません。いよいよ出発の時は、覚悟を決めて向かうことにしましょう……。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
ということで新キャラのエルヴィンさんの登場です。歳は29歳です。とある戦いで首に傷を負い声を失い、元々が魔法士だったことから勇者として戦力外通知を受けます。
あと別に出し惜しみするつもりもないんですが、勇者協会の説明はまだ後回しです。
これまでブクマ、☆評価して下さった方々に心からの感謝を!
初見な方、面白いと思って下さった方。もし宜しければブクマやご感想等、
そして下の☆ポイント応援で評価して頂けると、アルヴィンさんがなんか良い魔法の掛かった木札をプレゼントしてくれるかもしれません!!
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