第36話 一応賜りました。
おはようございます、勇者です。
昨夜は月夜を眺めていたら何故かエメラダに膝枕されながらヨシヨシされ、なんか不機嫌のルルエさんに宴会場で酒瓶を口に突っ込まれ、ラッパ飲みを強要されて意識を失うという訳のわからない一日でした。
さて、起きれば当然の如く襲いくる二日酔い。
ルルエさんに施されるまでもなく厠で自主的に物理的解毒でキラキラを吐きだし、今はフラフラとした足取りで皆のいる応接間へと足を運んでいます。
「あら、グレイくんおはよ~。顔がアンデッドみたいよ?」
侍従さんに案内され通された応接間にはすでにルルエさんとクレム、そしてムシャムシャとお菓子を貪るクロちゃんが揃っていました。
「うぅ……ルルエさん、解毒、おねがいしますぅ……」
「え~どうしよっかなぁ。私より王女のお嬢ちゃんに介抱してもらったほうがいいんじゃないかなぁ、なんかいっぱいお喋りして仲よさそうだったしぃ」
「え!? お、王女様となにかあったんですか! 吐いて下さいお兄様!!」
ツン、とルルエさんが顔をそむけます。そしてクレムはその話を聞いてガタッと立ち上がりなにやら気が気でない様子。あのねクレム、もう吐いてきたの……。
「宴会場の空気が嫌だったので逃げ出したら偶然会って、ちょっと世間話してただけですよ……」
「世間話してたら膝枕しちゃうんだぁ」
「膝枕!? ぼ、僕もします! さぁどうぞお兄様!!」
「クレムの膝じゃ頭落っこちちゃいますねぇ……」
こっちは強制的に飲まされてフラフラなのに、この人たちは全然元気です。この吐き気、みんなにお裾分けしたい。
立っているのも辛くてソファでデロンと横たわっていると、ルルエさんが仕方なさげに横に座って自分を覗きこみました。
「まったくぅ。はい、解毒」
パッと呪文を唱えれば、たちまち気分は爽快。ようやく頭もスッキリして起き上がろうとすると、ルルエさんにグイと引っぱられました。
「施しを受けたらお礼が必要よねぇ」
「あの、ありがとうございます……で、なんでこの態勢なんです!?」
「ん~。なんとなく」
今度はルルエさんに無理やり膝枕をされてしまいます。何この状況?
な、なんか良い匂いする……エメラダの時もそうだったけど女の人ってなんでこんな甘い香りがするんですか!?
バタバタと起き上がろうとする自分を、ルルエさんは問答無用で抑えつけます。昨夜はそれほど感じなかった気恥しさが、素面に戻った自分に押し寄せます。
そして対面にはその光景を見て蔑んだような瞳を自分に突き刺すクレム。あ、あの純粋なクレムがそんな目を自分に向けるなんてショックです……。
「――――お兄様は、けっこうスケベなんですね」
「なんでそうなります!?」
「いいからいいからぁ、スケベなグレイくんはもうちょっとこうしてなさいねぇ」
「だからスケベじゃないです!!」
はいはいと言いながら頭を撫でられます……ひょっとして、エメラダに対抗してるんですか? 何故に?
そしてクレムからの鋭い視線は更に増して針のむしろ。無邪気にお菓子を頬張っているクロちゃんが羨ましい!
そうして頭なでなで視線ビシビシの時間を過ごしていると、侍従の方からお呼びが掛かります。
そう、こうして改めて集まっていたのは、謁見の間にてズルーガ王に拝謁することになっていたからです。
応接室から謁見の間まではそう遠くなく、大きくて豪奢な扉の前に立たされお呼びが掛かるまで待ちます。
「翠の勇者グレイ様とそのご一行、ご参謁でございます!」
扉の門番が声高に叫ぶと、扉が仰々しく開け放たれます。
玉座から真っすぐと下へ流れるように敷かれた赤い絨毯がまるで道のようでした。その上を進むと、両脇にこの国の重臣であろう方々が十人ばかり控えています。
玉座の少し手前で並び跪いて、王とその隣に座る王女――エメラダに頭を垂れてお声が掛かるのを待ちます。
ちなみに跪いているのは自分とクレムだけで、ルルエさんは退屈そうに欠伸をしています。
クロちゃんはと言えば自由に謁見の間を走りまわっていました。これは止めなければ!?
「ハッハッハ! 子供は元気が良いな、面を上げよ。翠の勇者グレイ、此度の其方らの働き。誠に大儀であった、改めて礼を言おう」
「は、不作法をお許しください」
「よい。竜が人に化けたという話は聞いている。好きにさせるが良い。さて、此度の婿殿の働きにどう報いるか私は考えた。そこでだ」
あの、だから婿殿ってやめてください……。
「勇者の格位の昇級を、勇者協会に推薦しておいた。審査次第ではあるが、二百年以上に渡り北方の壁を占領していたあの魔王を斃したのだ、其方は確実に蒼の勇者へと召し上げられるだろう」
……勇者協会ってなんですか? とは言えず、自分は言われるがままに深く礼をします。これが世渡り、知らなくても知っている風を装うのが大人なのです!
「残念ながら魔王の死体を残していないので、ここにすぐ授与と言う訳にもいかぬ。婿殿には悪いが直接勇者協会へ出向いての審査を受けて、晴れて次なる証を受け取ってもらいたい」
「かしこまりました。ご配慮感謝いたします」
「それから其方の鎧、此度の戦いでの損傷も激しい。よって私から新しい装備を贈ろうと思う」
王が傍にいた側近に目で合図すると、盆台に並べられたお高そうな鎧を自分の前に運んでくれました。
「我がズルーガに伝わるアダマンティンの製法で作られた鎧だ。其方は軽装を好むと聞いた故、それを用意したがどうか?」
並べられた薄灰色の鎧は、伝説に名高いオリハルコンに次ぐ希少金属です。そんな凄い物目の前に出されてどうかと聞かれても……。
「はい、大変素晴らしい物をご用意頂きありがとうございます」
そう言うと王は満足げに頷きました。どうしよう……こんな豪華な物着て戦うとか返って気が引けるんですが!?
「して、其方らは今後如何するのだ」
「はい。そう、ですね…………」
自分は思わずルルエさんを見遣ります。良く考えればこれまで行き先を決めていたのは全てルルエさんなので、特に自分の考えがあるわけではないのです。
「そうねぇ。スティンリーにグワンリーもいないのなら、この辺りは暫く平穏が続くでしょう。なら西のほうへ向かって旅するのがいいかもねぇ。あちらは私も行ったことがない場所が多いから転移での移動は難しいしぃ、徒歩か馬車での移動が良いかしらぁ」
「ふむ、西か……確かにあちらは魔物の支配する領土も多い。婿殿の名声を更に高めるのであればうってつけの土地であろう」
王のその言葉を聞いて、自分の顔にぶわりと汗が広がります。え、なに、西ってそんなに危ないんですか!?
「あちらはスルネア遊放国やギネド帝国はじめ、なかなか過激な国も多い。気を付けて参るが良い。その道程で勇者協会に立ち寄れば丁度よかろう」
だから! 勇者協会ってなんなんですか!?
「婿殿、其方は勇者だがこのエメラダの婚約者でもある。なるべくでよい、たまに城へも立ち寄ってくれるか」
「は、はい……わかりました。ところで、本日はエメラダ様はどうなさってるのですか?」
その言葉に、自分のパーティ以外の全員が凍りつきます。え、あれ? なんか地雷踏みました?
「エメラダはこうして私の横に控えているだろう、何を言う」
「あの……不躾ながら、そちらは影武者の方とお見受けします」
「――――ははは! わかるか? 流石は婿殿、もうエメラダとスールゥの見分けが付くとは、恐れいった」
なにせ纏う雰囲気が違いますから。エメラダからは熱い空気が感じられますが、影武者さん――スールゥさんはどちらかと言えば春風のような柔らかい空気です。
「あれはな、その、寝込んでおる」
「え! 体調を崩されたんですか!?」
「あーいや、昨晩のな、飲み物のほうで、なぁ?」
「…………あ、なるほど」
ようするに、二日酔いで動けないということですね。エメラダもルルエさんに絡まれてガブガブ飲まされてましたし当然でしょう……ごめんね本当に!
「ならば、後ほど仲間に解毒の魔法で介抱してもらいましょう。少しはマシになるかと思います」
「うむ、重ね重ねすまぬな。本来なら此処にいるべきだったのだが、あまりに辛そうだったもので、退室を許してしまった」
この人、親馬鹿そ――ゲフン! 娘をとても大切にしているのでしょう、少々甘いのもご愛嬌と言ったところでしょうか。
「ではこちらで馬車などの旅の準備も済ませる、近いうちに経つということで良いか?」
「え、そこまでご厚意を受けるのはさすがに……」
「何を言う。其方はそんなことではとても返せぬほどの恩をこの国と私に売ったのだぞ。必要な物があればどんどん伝えよ。全て準備させる。先日の武闘大会の優勝賞金も含め、それなりの額の金も用意させよう」
有無を言わさぬ剣幕で言われれば、こちらは頷くしかありません。素直にお礼を述べておきましょう。
「ありがとうございます、お言葉に甘えさせて頂きます」
「なんの、娘ともどもよろしく頼んだ。其方らの旅が良いものになることを祈る。出立の際には声を掛けるが良い」
王のその言葉で謁見は終わり、自分たちは退室しました。すると下賜された鎧を持った侍従さんたちが自分に声を掛けてきます。
「ではグレイ様、早速こちらのお召し替えを」
「え……はい」
嬉しいんですが、本当にそれ使っちゃっていいんでしょうか……なんか怖いです!
通された一室で手伝ってもらいながら鎧を着込むと、ミスリルと違いなかなかずっしりとした感触です。うう……これ一体おいくらするんでしょう?
そうして再びルルエさんたちのいる応接間へと行きお披露目すれば、ルルエさんに馬子にも衣装と言われてしまいました……。
「あ。そうだ思い出しました。ルルエさん、ちょっと見てもらいたいものがあるんです」
そう言って自分は先日拾った銀色の手枷を雑嚢から取り出し、ルルエさんに渡します。
見た目はちょっと大きめな厳つい腕輪のようで、筒状の本体から鎖を繋ぐための突起がでています。
今は互いを繋ぐ鎖も無いので、言われなければそれが手枷とはパッと見で気づかないかも知れません。
「あららぁ、これまた凄い物出してきたわねぇ」
「それ、スティンリーを火葬したあとに残っていたものなんです。どういう効果があるか分かりますか?」
「わかるけどぉ、百聞は一見にしかずねぇ!」
言うが早いか、ルルエさんは物凄い早業で自分にその手枷を嵌めてしまいます。
「え、ちょっ、これ取れるんですか!? 取れますよね!?」
「鍵穴ないし、呪われた装具顔負けの思念も籠ってるから私でも多分取れないわぁ。もう一生そのままねぇ!」
きゃははと笑うルルエさん。何笑ってんですか流石にこれは冗談じゃすみませんよ!? そう叫ぼうとした瞬間、自分の身体に湧きあがる力に驚いてその言葉を飲み込んでしまいます。
「な、なにこれ!? 急に力が湧いて――――」
「所有者の力を倍加してくれるみたい。あなた、本当に良く魔王に気に入られるわねぇ? 安心してぇ、それは見た目以外は害はないからぁ。むしろ力が湧きあがってきたでしょ?」
「そうですが……見た目が一番ネックになってるんですけど」
これではもう見た目が奴隷です……奴隷勇者グレイ、ここに誕生しました。
「あとその短剣なんですが、スティンリーを倒したらもう短剣とは呼べないサイズになっちゃったんですけど」
そっと腰から短剣――よりも大きく、直剣よりは刃渡りの短いそれをルルエさんに見てもらいます。
「ふむ……どうやらこれ、魔王の魂を吸って成長するようねぇ。スティンリーの魂の分大きくなったんでしょ」
そう簡単に言いますが、それってとんでもないことでは? 今は仮で革製の鞘に納めていますが、今度もっとしっかりしたものを誂えなければ。
そんな感じで装備も一新し、以前よりも若干自分のシルエットはごつくなってしまいました。
さて、方針も決まったことですし、今日から旅の準備を本格的に始めなくては。皆にそう言うと、ひとまずメモ書きで必要な物を書きだしているうちにこの日は終わってしまいました。
ちなみに、ルルエさんはエメラダの解毒を断ったそうです…………。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
アルダムスさんの置き土産である手枷は、装備者の力を倍加させるという優れた防具なのです!見た目と取り外せないというデメリット以外はとても優秀! やったねグレイくん!
これまでブクマ、☆評価して下さった方々に心からの感謝を!
初見な方、面白いと思って下さった方。もし宜しければブクマやご感想等、
そして下の☆ポイント応援で評価して頂けると、二日酔いの酷い時にはルルエさんが物理的解毒をしてくれるかもしれません!
下記リンクの「小説家になろう 勝手にランキング」もひと押ししてぜひ一票お願い致します!