第35話 一応挫折しました。
こんばんは、勇者です。
騒がしい宴会場を抜けだして一人夜空を眺めていると、どうやら後を追ってきたらしいエメラダが自分の傍らに立っていました。月明かりに照らされた彼女は、まるで何処かのお姫様のよう……というか本物のお姫様でしたね。
「主賓が勝手に抜け出して良いんですか?」
「お前だって同じだろうが。隣り、座っていいか?」
無言で少し身体をずらし、彼女に座るよう施します。そっと腰掛ける仕草は中々に優雅で、彼女が本当に王女なんだと改めて実感しました。
「…………なんだよ」
「いえ、別に――――月が綺麗ですね」
「へぇあっ!?」
何気なく呟いた言葉に、エメラダが敏感に反応します。顔を真っ赤にして、何やらオロオロとしていました。
「ど、どうかしました?」
「いや、あの、お前……ハァ。そうだよな、そんな深い意味ないよな」
一転して一人落胆し溜息を吐く彼女を見ていると、武闘大会でも感じた実に感情豊かで素敵な女性だなと思い返します。
「グレイ。今後もし女といて似たような状況になったら、さっきみたいな言葉は言うな。絶対だ」
「? 月を褒めちゃだめなんですか?」
「ダメなんだよ! ……でも、今は良い」
そうですか。と自分が上の空で返事を返すとそれからは互いに何も喋らず、草木が揺れる音が聞こえるくらいの静寂が辺りを包みました。
ここのところ誰かといるのが当たり前になって騒がしかったので、その静かさが何処か心地よく感じます。
「――――なんか、元気ない、か?」
「ん、どうなんでしょう。身体はもうなんともないですが」
暫し間を置き、なんだか無性に自分の胸の内を話したくなってしまいます。特に彼女には、一部始終見られていたのですから。
「勝てなかったんです」
「え?」
自分の言葉に、エメラダは何を言うのかという顔をしました。まぁ、他人からすればそうなのでしょう。
「勝てなかったんです、本気のスティンリーに」
「お前はちゃんとあいつに勝ったじゃないか。だから今あたしが此処にいるんだろ」
「……それは火の精霊に身体を貸した結果に過ぎません。あの時の自分ではスティンリーに、アルダムスさんに勝てなかった」
エメラダは何も口を挟まず、黙って自分の語りに耳を傾けてくれます。普段は粗野なのに、そういうところはとても淑女的です。
「自分は勝ちたかった、勝てると思った。負けるとしても、もっと良い勝負になると思ってたんです。でも、結果は一方的にあのざま……」
喋っているうちになんだか情けなくなってきて、思わず手で顔を覆います。自分でも女性に見せたくないという表情はあるのです。
「エメラダを救えたのは嬉しい。でも、自分の力でそれを為せなかったのが無性に悔しいんです」
挙句、憎き魔王と思っていたら人間らしい一面を見せられ、自分の頭の中は訳のわからない感情で溢れかえっています。
「……これが、挫折ってやつなんでしょうか」
そう一言呟くと、ふいに身体を引っぱられて横倒しにされてしまいました。ドサッと倒れて顔に当たるのは、柔らかいエメラダの太腿の感触。
――――これは、いわゆる膝枕という態勢では?
なぜこんな状況になったのかと動揺する自分をよそに、エメラダはそっと頭に手を添えて優しく髪を撫で始めました。
「あたしもさ、何度も負けて悔しかった」
慈しむようにゆったりと流れるその手が、とても心地よい――。
「でも自分の鎖を使えるようになって男にも勝てるようになると、すげぇ舞い上がったよ。けどある日思った。これは本当にあたしの実力なんだろうかって」
それは……自分の精霊術の件とよく似ていますね。
「そしたらさ、あたしを鍛えてくれた城の騎士が言ったんだ。人は自分で使えるものを使うから強くなれる、あたしの言い分じゃ剣を使ってもダメなことになるって。ちょっと目から鱗が落ちたよ」
「――――確かに、目から鱗です。ぜひその方に会ってみたいですね」
「もう会ってると思うぞ。ほら、部隊の中に騎士長がいただろ。あいつだ」
あぁ、あの騎士長さんですか。なんとも含蓄あるお言葉です。
そう言えばザーム様にも、使えるものは何でも使えと言われましたね。自分だけで強さを求めるというのは、もしかしてとても傲慢なことなのかもと、すこし恥ずかしくなります……。
「だからさ、そう悩むなよ。お前が備えているものならそれはお前の力だ。使いこなせなきゃ使えるように努力すりゃいい。それに魔王に立ち向かうグレイはすごく……かっこよかった」
ちょっと咳払いをして、エメラダは恥ずかしそうに言いました。なんとも返事がしづらくて、ひとまず黙って撫でられるのに身を委ねようと目を閉じます。
なんだかすごく心が軽くなった気がして、段々と眠気に誘われ、月明かりの中とても穏やかに浅い眠りに落ちていきました――――。
「ちょっとぉ、いつまで甘い雰囲気で浸ってるつもりぃ!?」
その声に反射的に飛び起きます。違う、違いますよ? なにが違うのか良く分かりませんが!
後ろを振り返れば、何やら高そうな酒瓶を片手にルルエさんが仁王立ちしていました。
「…………あの、いつからいました?」
「グレイくんが月が綺麗ですねって言う辺りからかなぁ?」
「ほぼ最初からじゃないですか!」
「あのねグレイくん。その台詞、地域によってはプロポーズの言葉だからあんまり多用しちゃだめよぉ? お嬢ちゃんはまんざらじゃなかったみたいだけどぉ」
「お、お嬢ちゃん……」
「そんなことより、主賓がふたりもいなくなっちゃせっかくのパーティーが盛り上がらないじゃなぁい! イチャイチャするなら会場で堂々とやりなさいなぁ」
「できるかぁ!!」
エメラダが爆発しました。でもね、この人の言うことにいちいち反応してたらキリがないんですよ?
「ほら、月夜はもう充分楽しんだでしょぉ? さっさと戻って酒盛りするわよぉ! グレイくんのお悩み相談も盗られちゃったし、今夜は潰すわよぉ」
自分に酒瓶を押しつけてそう言うルルエさんは、ちょっと目が据わっていました。なんでそんなに不機嫌そうなんですか!?
そうして会場に連れ戻されて更に夜は更け、翌日自分は何度目かもわからない酷い二日酔いの朝を迎えたのでした……。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
ちょっとヤンキー入ったエメラダですが、その実バブみ溢れる良い子なのです!
もしかしたら夏目漱石はこの世界に異世界転生している可能性が微レ存おいやめ(ry
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