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第33話 一応弔いました。

 こんにちは、勇者です。


 なんか一回飛ばされた気がしますが、そんなことはどうでもいい。

 勝ち目のないスティンリーを前にどうするかと絶望していたところに声を掛けてきたもの、それは火の精霊サルマンドラさんでした。


 自分は意識を内側に押しこまれ、他人に身体を使われるというのはとても気持ちの悪いものでした……。


 しかし、その強さは壮絶でした。あれだけ手も足も出なかった魔王に対し、自分の身体を使いサルマンドラさんは余裕でスティンリーを追い込んでいったのです。


 しかし、その代償は大きかった……主に自分の身体に。


 サルマンドラさんが当たり前のように動いていたのでてっきり傷も癒えているかと思えば、受けた損傷はそのまま、さらに無茶な使い方をするサルマンドラさんのおかげで今自分は死に体、魔力も底をついて殆ど動けませんでした。


「う……ぅ、そうだ。ルルエさんから貰った――」


 なんとか腕を動かし、腰の雑嚢を探って一つの赤い小瓶を取り出します。そう、戦いの前に貰ったルルエさんの血です。


「嫌だ、けど、飲むしかないですね」


 意を決して瓶の栓を開け、一気に煽ります。鉄臭い匂いと独特の味が口中に広がり思わず吐き出し掛けますが、なんとか我慢! するとルルエさんの言うとおり、本当に魔力が微小ながら回復し立ち上がれるくらいにはなれました。


「それにしても壮絶ですね……精霊の力って」


 見遣ったのは地割れのように抉れた地面と城壁。縦一閃にぱっくりと割れ、今でもちろちろと火が燃え残りたゆたっています。


 巨大な黒狼も既に消え去り残っているのは瓦礫の山、かと思えば、そこに倒れる人影が見えました。


「――――スティンリー」


 それは黒焦げになり、右の半身を失って瓦礫に横たわる魔王でした。まだ辛うじて息も意識もあるようで、こちらをじっと見ています。


 自分は念のためダガーを握り、魔王に近づいていきます。すると彼はそれが嬉しかったのか、微かに笑みを浮かべました。


「……何笑ってるんですか」


「いや、なに。最期を看取ってくれるものがいると言うのは、存外嬉しいものだと、思ってね」


「魔王でも、そんなふうに思うんですね」


 言いながら、自分が首を切ったあの魔王のことを思い出します。


「あぁ。特に、私は元は人間だったのでそう感じるのかもしれない……彼女は、無事か?」


「王女様ならサルマンドラさんの加護で問題ありません。それより、どういうことですか、元人間って」


 自分の心は、この上なくざわついています。魔王が元人間なんて、聞いたことがありません。


「小魔王は、様々な種族から生まれる……魔物、獣、植物、そして、人間。それらに大魔王の零れた魔力が宿るとき、小魔王は生まれるのだよ」


 半身を失っているというのに、スティンリーはなんてこともないように饒舌でした。しかしやはり動くのは辛いようで、必死に首をもたげて見つめていたのは――エメラダ様でした。


「あぁ……やはり彼女には、あの赤いドレスが、似合う」


「――やっぱりもう一度聞きます。あなたは何故、人間に化けてまであの武闘大会に出たんですか?」


 天の鎖に執着していた、というのも分かります。ですがやはり誰の目にも触れぬように誘拐したほうが彼にとって都合が良かったはずです。


「あなたの目的は、天の鎖だけではなかった。あのドレス、まるで彼女のために誂えたようです」


「君は聡いな……しかしあれは昔からの私の私物だ。元は彼女のために用意したものではない、が」


 うっすらと、スティンリーは目を細めて何処か遠くを見ているようでした。まるで過去を振り返っているような。


「あなたは、本当にエメラダ様が欲しかった。だからわざわざあんな面倒なことをしたんですね」


「強い者とも戦いたかったし、天の鎖を欲していたのも本当だ、ただ――――昔、彼女と似た人に恋をしていた。それだけだよ。」


「…………なん、でっ」


 なんで自分の会う魔王という存在は、こんなに人間みがあるんですか! そう言いたかった。


 誇りを守るため他者に殺されるのを願う魔王。

 想い人に似た人を娶りたくて人間に化ける魔王。


 そんなの、自分の考えていた魔王と全然違います!


「最後まで、邪な存在に徹したかったのだが……死を目前にすると、そうもいかないようだ――――その短剣。どうやらグワンリーの魂が宿っているようだ。君が奴を救ったのだね」


 自分のダガーを見てスティンリーはそう言います。あの魔王はグワンリーという名だったんですね。


「救ったんじゃない、殺したんです」


「あれは誇り高い者だった。そう易々と他者に恩恵を与えはしまい……青年、いや勇者グレイ」


 スティンリーが自分を見つめます。その瞳はもう魔王のそれではなく、自分の知るアルダムスさんという一人の人間でした。


「さぁ、勇者の責務だ。せめてそのグワンリーの剣で、私を殺せ」


「…………言われ、なくても」


 残った半身の胸。心臓の位置にダガーを添える。奇しくも数か月前と同じような状況で、自分の頭の中はぐちゃぐちゃです。


 何故だろう。今回は明確な敵意を持って魔王を討伐に来たのに、いざとなって手が震え、涙が溢れます。

 目の前の黒焦げの魔王が、自分にはもうただの人間に、あの面倒見の良いアルダムスさんにしか見えなくなっていたからです。


「まったく、君は優しすぎる。我らは邪な者、人に仇なす者。殺し殺されるのが当たり前なのだ。それでは人間の中では生き辛かろう」


「グワンリーという魔王にも、同じようなことを言われました」


 ぽたぽたと、焦げたスティンリーの肌に涙の滴が零れると、彼は仕方なさげに小さく溜息を吐きました。


「泣くなというに……しょうのない勇者だ。私に勝ったのだ、笑え。誇れ。そして胸を張り彼女を連れ帰れ……そうすれば、百点だ」


 そうしてスティンリーはすっと目を閉じました。


「君が私の最期で、本当に良かったよ。グワンリーもそう思ったのだろう。さぁ、やりなさい」


「――だから、おなじこと、言わないでくださいよっ!」


 そっと力を込めれば、何の抵抗もなくダガーが胸に吸い込まれていく。スティンリーは一度くぐもった声を上げて口から血を流すと、ほんの小さく一言呟きました。


「今参ります、シューリア様……」


 その言葉を最後に、魔王スティンリーは動かなくなりました。自分はゆっくりとスティンリー……いえ、アルダムスさんから離れて黙祷を捧げました。




そして暫くすると、城内が俄かに騒がしくなってきました。見上げて中庭を囲む城壁の窓を見ると、ズルーガの兵士たちが廊下を駆けまわっているのが見えます。


「勇者様!」


 声を掛けられ振り向くと、そこにいたのはなんとなく見覚えのある顔の男でした。あぁ、天幕で会議をした時にいた将の中の一人ですね。


「やりましたな勇者様! あの北方の壁を討ち取るとは、まさにあなたは英雄です!」


 英雄という言葉は、今の心情ではとても聞きたくない響きです。


「ではさっそくこの死体を城に持ち帰り、王都の民に知らしめましょう」


「――なに、言ってるんですか?」


「このような醜い異形、吊るして晒し上げるのが妥当。民衆も大いに喜びましょう!」


 将の一声で兵たちは魔王の遺体に群がり、ズルズルと引き摺って行きます。その扱いはある意味で当然なのでしょう、当然なのでしょうが……。


 自分には、とても耐えきれませんでした。


「離せっ!!」


 自分の声音に驚き、その場にいる兵たちが振り返ります。遺体を引き摺っていた兵も固まり、自分が睨みをきかせると「ひぃっ」と言いながら後ずさります。


「勇者様、一体どうしたのです! あれは貴方様のご活躍の証左になさるためにも持ち帰るべきなのですよ!?」


「知ったことか」


 あぁ。これはまだサルマンドラさんが憑いていたときの感覚が残っているのでしょう。でなければこんな言葉づかいは決してしません。


「貴様ら、離れろ。焼かれたくなければ、今すぐに!」


 もう一度恫喝すれば、遺体の周囲で右往左往していた兵たちは一目散に離れて行きます。


火精召依(ギア・サルマンドラ)


 召依を行うと、将が自分を見て目を見張りました。


「ゆ、勇者様、御髪(おぐし)が赤く……!?」


 将の驚愕を無視して、自分は改めてサルマンドラさんに胸の内で祈りました。どうか、彼を神聖なる火を以て送って下さいと。


鎮魂の聖火(レスト・イン・ピース)


 瞬間、魔王の遺体は白く揺らめく炎に包まれ燃え上がりました。兵たちが驚いている間にもその炎はみるみる大きくなり、その遺体をちり一つ残さず焼き尽くしていきます。


 やがてそこに何もなくなると、白い炎は黒狼の時のようにぐねぐねととぐろを巻きながら姿を変え、巨大な竜の姿となって聳えます。


「火の精霊の恩名の元、この者の魂が無事に天に召しますよう」


 自分は跪き、そう祈ります。これは自分の暮らしていた村の火葬儀の際に使われる文句でした。


 白い竜は一度咆哮し、大きく翼を広げて空高く飛び立っていきました。


 自分はそれを見送ると、未だ何が起こったか分からず空を見上げ続ける兵士たちを尻目にエメラダ様の元へと向かいました。


 倒れていた彼女を起こしてあげると、傍には錆びて朽ちた枷がが落ちています。憔悴しているものの意識は保っていた様で、自分とスティンリーのやり取りをずっと見ていたと言いました。


「あいつの言うとおり、グレイは優しすぎるな……」


「……そう、ですか」


「でもお前は、それで良いんだと思う――――あ、あれなんだ?」


 エメラダ様が何かに気付き指差します。その先は今まで白い炎が燃え盛っていた場所で、中心に何かが落ちているのが見えました。


 動けない彼女を抱き上げてそこに行くと、一対の銀色の手枷が転がっていました。アルダムスさんの置き土産でしょうか……。


 自分はそれを拾いエメラダ様に持ってもらうと、慌てる将の声も聞かずにさっさとその場を後にしました。


 願わくば悪しき者にも等しく安らぎのあらんことを――。


 ここまで読んで頂きありがとうございました。

 魔王スティンリー改めアルダムスさん、これにて退場です。本当にお気に入りのキャラだったので、彼の過去をそのうち書きたいと思っています。


 これまでブクマ、☆評価して下さった方々に心からの感謝を!

 初見な方、面白いと思って下さった方。もし宜しければブクマやご感想等、


 そして下の☆ポイント応援で評価して頂けると、故アルダムス氏から特別な拘束具をプレゼントされるかもしれません!


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