第27話 一応会議しました。
こんにちは、勇者です。
転移した先は森の中。しかしたまたま居合わせた若い兵士に魔物の類いと勘違いされ仲間まで呼ばれてしまい、自分たちは身動きが取れなくなってしまいました。
しかしそこに、颯爽と威厳のありげな中年の騎士が現れ、自分たちと周囲の若い兵を見てはハァと溜息を零しました。
「莫迦者! この方は勇者様のご一行だ!陛下のお話を聞いていなかったのか!」
ぐわぁっと中年の兵士が怒りを露わに若い兵士たちを叱りつけます。その貫録もあって、若者たちはキュッと縮み上がってしまいました……正直自分もキュッとしました。
「翠の勇者グレイ・オルサム様、お待ちしておりました。この兵たちの不敬、私に免じお許しください」
「あ、いえ。いきなり現れた自分たちも悪いですからお気になさらず」
「かたじけない。私はこの討伐軍で一軍の指揮を任されている騎士、アルブロ・ウォーゲルと申します」
鎧だけでなく態度も重苦し――いえ、礼節を重んじた態度で謝罪して下さいました。
「既に王は本陣にて皆様の到着をお待ちです、さぁこちらへ」
施されるまま彼の後を付いていくと、五日前に城門前で見たものと同じような天幕が、森を抜けた見晴らしの良い丘に張られていました。
丘の向こうを見れば、高く聳えるズルーガの霊峰を背に巨大な城塞が鎮座し、そこに大量の魔物の群れが寄り集まっているのが分かります。
「あれが北方の壁と呼ばれる城塞です。古くからこの土地にあり、霊峰と人々の住む地を遮る魔物たちの砦なのです」
ウォーゲル騎士長がそう説明してくれました。北方の壁って、そういう意味だったんですね。
天幕へと辿り着き、その前に侍る護衛らしい兵士に騎士長が一言通すと彼らは一歩引きさがって敬礼します。
「陛下、ウォーゲル騎士長であります。翠の勇者様ご一行のご到着です!」
「おぉ! 待ちかねた、入るがいい!」
中に入れば、そこには王と数人の鎧を着た偉そうな人たち(おそらく将軍位の方たちでしょう)が円卓上の地図を囲み合っていました。
「陛下、お連れ致しました」
「うむ、御苦労であった。勇者殿、よくぞ参ってくれた。剣の参天の元での修業は如何であった」
「え――あっ! はい、師の指導の元、出来うる限り鍛え上げたつもりです」
自分はザーム様のところに行くなんて嘘はすっかり忘れていたので、ちょっと口ごもってしまいます。そこにすかさずルルエさんに脇を突かれまた嘘を積み上げます。いえ、嘘も方便です!
「そうか。今はちょうど魔城攻略に際しての作戦を議論していたところだ。こちらに来てくれ」
王に施され円卓の輪に混ざると、周囲の将たちからの視線が刺さります。なんか歓迎されてない?
円卓上の地図を見ると、魔城周辺の地図に敵味方に見立てた赤と青の駒が置かれています。……しかし、その数の偏りが自分の顔を顰めさせました。
「これは……青がズルーガ軍ということでよろしい、ですよね?」
恐る恐る聞いてみれば、王が静かに頷き、他の男たちはだんまりを決め込んでいます。それはこちらへの懐疑心からか、それとも兵力差からの士気の低さの表れなのか。
「……ざっと兵力差は三倍。こちらは合わせ一万五千。魔物側は……四万を超えておる。あくまで目視での予測、城塞のなかにはなおも多くの魔物がいるでしょう」
ウォーゲル騎士長が横からそう説明してくれました。
一万五千、むしろこの期間でよくそこまで揃えられたものです。道中で従属国からも掻き集めたと言ったところでしょうか。それでもこれは……戦の素人の自分でも絶望的な兵力差に見えますが。
「敵軍は籠城戦ではなく、既に場外に出て陣を構築。迎え撃つ構えを整えています。そして斥候によれば……魔物たちはみな、鎧や武器で武装しているとのこと」
ハッハッハ。なかなか面白い冗談……を言う人には見えないので本当でしょう。数は四万以上、そして武装済み。これ王女を救うどころか勝ち目ないんじゃないですか? 口に出せば視線で殺されそうなので胸中で呟くに留めます。
「主戦場は見晴らしの良い平野。外周からの奇襲も難しいでしょう。なにより自軍の兵力を分散させればあっという間に蹴散らされます」
「さてどうすれば良いやらと皆で頭を悩ませていたところだ」
王が覇気のない声でそう呟きます。やはり士気は中央からしてどん底のようですね。
「あらぁ。何を悩む必要があるの?」
そこに一石を投じたのはルルエさんでした。突然口を挟んだものだから自分も周囲も唖然としていて、みな二の句がつげません。
「大体この戦い、元々戦ではなく救出が目的。殲滅戦ではないでしょう? なら私たちが城塞に入って魔王を殺し、王女さんを連れ出せばそれで勝ちじゃなぁい。なにカチカチの石頭をぶつけ合って悩んでいるんだか」
ルルエさん、わざと煽ってますね? 凄く悪い顔になってますもん。将たちの眼は血走って今にも腰の物を抜く勢いです。まぁ抜いた瞬間ここにいる全員皆殺しにされるでしょうが……。
「其方……勇者殿の仲間だったな。名を聞こう」
「ルルエ・ラ・ヘインリー。勇者グレイくんの忠実なる大魔法使いよぉ――――貴方達にはそうね、アルエスタの魔女と言ったほうが通りが良いかしらぁ?」
アルエスタの魔女。そう聞いた将たちは一歩距離を取りました。剣の柄に手を掛ける者もいます。それを見るや、ルルエさんはこれまで見せたことのない殺気だった視線をその将に向けます。たったそれだけで彼はへなへなとその場に尻もちを着いてしまいました。
ところであなたが忠実なのではなく、自分が忠実な側なのでは?
「――――其方が神代より生きる伝説の魔女と? その戯言、如何に証明するのか」
王はそれでも殺意に屈せず、ルルエさんに問いかけます。ルルエさんはその気概が気に入ったのか、あっさりといつもの雰囲気に戻り、円卓上の駒をサッササッサと弄りだしました。
「証明はぁ、実戦で見せてあげるしかないわねぇ。――うん、ひとまずはこんな感じかしらぁ?」
駒を弄り終えたルルエさんは満足げです。盤上では、自軍の青い駒が扇状に広げられ、赤の敵軍を囲むような形になっていました。いわゆる鶴翼陣と呼ばれるものですね。
「これは――これではこちらの手薄なところから食い破れと言っているようなものではないか! なにを考えているのだ!」
将の一人が叫びます。たしかにこの兵力差でこんな陣形を取れば、散り散りにされ各個撃破されるのがオチでしょう。
「ぴぃぴぃ煩いひよこねぇ。ちょっと黙りなさいよ」
言うが早いか、ルルエさんは沈黙の魔法を、声高に叫んだ将に掛けて黙らせます。
「いいかなぁ? ひよこちゃんたち。なんでもいいから貴方達は敵軍を正面にこれでもかと集めなさぁい。なるべく多くねぇ? そうすれば私の魔法で……そうね、六割くらいは消し飛ばしてあげるからぁ。それならひよこちゃんたちでも充分に戦えるでしょう?」
そう言いながらルルエさんは赤い駒をすこしずつ盤の真ん中に集めていき、ひょいひょいといくつかの駒をその場から拾い数を減らしていきます。
「ここまではお膳立てしてあげるから、その先は好きに魔物とチャンバラしてなさぁい。あとは私とグレイくんが中に入って片付けるからぁ。何か異議のある子はいるぅ?」
その場にいる全員が、彼女の放つ空気に飲まれて黙りこんでしまいます。
ルルエさんは誰が最初に言葉を発するのか楽しみにしているようで、ニコニコとその雁首を見回しています。性が悪いにもほどがある!
「あの、ルルエさん。それはいいとして、自分たちはどうやって城に潜り込むんです?」
誰も口を開かないので、仕方なく自分が一番槍を務めます。ルルエさんは一瞬つまらなそうにしましたが、すぐに説明を再開しました。
「これはねぇ、撹乱でもあるの。敵を中心に集めて一気に数を減らし、その隙に私たちも真ん中を突っ切って城に潜り込むわぁ」
「はぁ、つまり何も考えずに正面から突っ込めってことですね……」
「やっぱりグレイくんは柔らか頭で良い子ねぇ! そう、向かってくる敵は無視してとにかく突っ込むの。私たちのお仕事は中に入ってからなんだから、無駄に消耗することないわぁ」
「雑多すぎる……まぁルルエさんが言うならこれが一番面倒じゃない方法なんでしょうね。如何でしょう陛下?」
もう充分矢面には立ったろうと、今度は王に話をぶん投げます。それに面喰った王は、脂汗をかきながら蓄えた髭を扱きます。もうこの人がこう言っちゃってるんだから他に有無はないんですよ、諦めてください。
「そう、だな。其方の言葉通り事が運べば一気にこちらが優勢になる。元よりこれは戦ではなく我が娘の救出が最優先だ……何か異論ある者はおるか?」
王のその言葉に手を挙げる者はいませんでした。完全に空気の凍りついた天幕内で、クロちゃんだけがぴぎゃぴぎゃと鳴いています。
「あ。陛下、ひとつお願いしたいことがあるのですが」
「む? なにか。申してみよ」
「はい、自分の仲間で『我が師ザーツ様』のお孫様を、こちらのほうでお預かりしてほしいのです」
その言葉に王が眼を見開く。自分がそっとクレムを前に施すと、みな彼に注目します。
「彼はクレム。申し上げた通りアルダ国は剣の参天、ザーツ様のお孫様です。そして白金の勇者でもあります」
おぉ、と天幕内がどよめきました。
「しかしながら、と在る戦いで彼は強力な呪いを受けてしまいました。今は魔物と面と向かい対峙できないのです」
「え!? あの、お兄様? 呪いって――」
(嘘も方便、ですよ。怖いのも呪いも大した違いはありません)
クレムにそう囁くと、頬を染めてなんだかむず痒そうに下を向いてしまいます。ちょっと、最近君のそういう仕草あざとくなぁい? 可愛い。
「そのため城塞の攻略には彼を連れていけません。目隠しさえすれば低級の魔物なら相手取ることは出来るようなので、なにとぞ彼を本陣の傍で置かせてはもらえませんでしょうか。彼の護衛に自分の使い魔のクロも同伴させます」
「ぴぎゃ? つかーま? くろ、つかーま!」
ぴぎゃっと鳴くばかりだったクロちゃんがいきなり喋り、将たちがざわめきます。人語を解する魔物なんて滅多にいませんからね。
ふふ、これが普通の反応なのです。自分が驚いたのはむしろ当たり前なんです!
「もし敵が近寄ることがあれば、彼らもそれなりの戦力になりましょう。何卒お許し願えませんでしょうか」
「いや、呪われてしまったとはいえ白金の勇者殿と人語を解するような使い魔が我が本陣にいれば心強い。むしろこちらから請いたいほどだ、其方の願い聞き届けよう」
「ありがとうございます」
よしよし、これで仕込みは完璧です。よほどのことがない限り本陣周辺ならば比較的安全でしょう。
「ではこれで話は全て決まったな。時間が惜しい、開戦は正午とする。至急兵たちに食事を取らせよ。諸侯の健闘と奮戦に期待する」
そうして会議はお開きとなり、皆それぞれの預かる隊に戻っていくようでした。開戦の正午まではあと三時間強。ちょっと持て余しますね。
「グレイ様」
声を掛けられ振り向けば、先程のウォーゲル騎士長が恭しく礼をしていました。
「此度の戦い、何卒ご助力のほどお願い致します」
「い、いえ。魔王の件も含めて自分の個人的な感情も混じっていますので、あまり気になさらないでください」
「……………………」
彼はどこか品定めするような目で自分を見つめてきます。それはとても真剣なまなざしで、これが騎士かと思わせる誠実そうな瞳でした。
「あの、なにか……?」
「っと、失礼致しました。グレイ様はこう、ほかの勇者様とは違った趣の御仁であると思いまして――――いえ失言でした」
「はは……けっこういろんな人から言われます。自分は成り立ての勇者なので、そういう違いじゃないですかね」
「そうでしょうか。貴方は心根がとてもお優しい方なのでしょう。試合も拝見させて頂きましたが、驕りのない見事な戦いぶりでした。そんなところにエメラダ様も……」
う、おぉ。騎士様からそんなこと言われちゃ照れちゃう……。やだ、ちょっと胸がドキドキしてる。
「ひとまずまだ時間もございます。こちらで瑣末な物ですがお食事をご用意しますので」
「あ、それはありがたいです。時間までどうしようかと思っていましたので」
「それからお仲間の方ですが、私が本陣周囲の守りを固めております故、責任を以てお預かりさせて頂ければと」
重ね重ね有り難いですね。この人ならクレムとクロちゃんを邪険には扱わないでしょう。
「では仲間のことも含めて、よろしくお願い致します」
そうしてウォーゲルさんの後を着いていき、食事をしつつ今後のクレムたちの配置について細かく話し合いました。
開戦はじりじりと迫りつつあります。自分は武闘大会で感じたものとはまた違う高揚感と少しの恐怖を抱きつつ、その時間を待つのでした。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
今回は合戦前の会議ということで地味な話になってしまいましたね。でも次回は小指の先ほど本気になったルルエさんがやらかしますのでお楽しみを!
これまでブクマ、☆評価して下さった方々に心からの感謝を!
初見な方、面白いと思って下さった方。もし宜しければブクマやご感想等、
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