第19話 一応本戦が始まりました。
こんにちは、勇者です。
なんだか震えていたのが馬鹿みたいにあっさりと武闘大会予選は終了し、自分は見事本戦に出場と相成りました。
コロシアムを出るとルルエさんたちに笑顔で迎えられ、自然と緊張もほぐれていきます。
「グレイくん、予選通過おめでとぉ~! さぁ、さっそく酒場で祝杯ねぇ」
「いや明日本戦なんですから、あんまり飲まないですよ? 祝杯は本戦の結果次第にしてください」
ルルエさんは予選自体にあまり興味がない、というか当然の結果と思っていたのでしょうか。
せかせかと王都の街へ歩き出して良さげな酒場を物色しています。このアル中め!
「お兄様、予選通過おめでとうございます! きちんと手加減出来ていましたね!」
「ありがとうございますクレム。まさかあそこまで自分が強くなっていたなんて思わなかったので、ルルエさんに木剣を貰っていて助かりました」
「強い人とばかり戦っているとそういう錯覚って起きますよね、僕にも経験があります。なんでこの人本気を出さないんだろうって」
「そうなんですよ。初めは全然それに気付かなくて……最初に思い切り吹き飛ばしてしまった人、大丈夫だったでしょうか」
「こんな大会に出る人ですから、死ぬことだって覚悟の内です。お兄様も、今回の予選でなんとなく相手の力を見る感覚が分かってきたんじゃないですか?」
自分は死ぬ覚悟で臨んでませんが……。
確かにクレムの言うとおり、予選も終盤に差し掛かるとなんとなく相手の実力がどれほどか、ほんのりと気付けるようになった気がします。
するといきなりルルエさんが「ここだわぁ!」と言うのを皮切りに、自分たちは一軒の酒場へ入り少し早めの夕食兼予選通過祝いへとなだれ込みました。
「それにしても、人間って短期間でこんなに成長できるものなんですね。ルルエさんたちに会うまで自分がしてきた努力が馬鹿みたいに思えます」
「そりゃあねぇ。命惜しさにちまちま訓練するのとぉ、死ぬ気で頑張って強者や人外級の相手と戦っているのじゃあ経験の差も違うわよぉ。それにグレイくんは精霊術も会得してるし、実力が跳ね上がるのも当然だわぁ」
「いや、でも予選の時は木剣に少し土精の加護を掛けたくらいで、身体強化とかしてなかったんですよ?」
「あのねぇ、身体向上もそうだけど、精霊術での強化を受けても身体を動かしてるのはあなた自身なのよぉ? 過剰運動して肉体を酷使すれば、それだけ力も付くわよぉ」
「え、でもそれだけじゃないですよね。いつもルルエ様がお兄様に盛ってるお薬の効果もあるんじゃないですか? ほら、いま食べてるお料理にも混ぜてるやつ」
「…………初耳ですが、なんですかそれ」
肉料理に手をつけようと伸ばしたフォークがピタリと止まります。見た目も味も特に異常を感じませんでしたが、いつの間にそんなもの盛られてたんですか。
「もう……せっかく秘密にしてたのにぃ、クレムの坊やは目が良いわねぇ。一応言っておくけど別に毒じゃないわよぉ。身体を酷使した分だけ成長を促進させる、言わば栄養補助薬のようなものよぉ」
ルルエさんは急な告発に観念したのか、そっと小さな小瓶を卓に置きます。中身はキラキラとした空色の液体が入っていて、蓋を開けて匂いを嗅いでみても特に異臭はしませんでした。
「――――あの、ルルエ様。これってもしかして、エリクシルじゃないですか?」
なんだかクレムが脂汗をかいています。エリクシルってなんでしょう、お高いんでしょうか?
「飲めばどんな病も傷もたちどころに癒え、不老長寿の万能薬とも呼ばれています。実際市場に出回るのは薄められた劣化品ばかりですが、それでも効果は絶大。その一本で豪邸一つ買えてしまうほどです。でもこれは劣化品どころか、かなりの高純度に見えますが……」
クレムは瓶に触るのも躊躇い、卓に置かれたそれを眺めてほぇ~と驚嘆しています。
「純度で言えば十割本物。私謹製のお薬ですもの、効果のほどはホラ目の前にぃ」
言って指差される自分。つまるところドーピングってことですか!?
思えばおかしいとは思っていたのです。あれだけ骨山を駆けずり回り精魂はおろか魔力も尽き果て身体はボロボロ。
なのに翌日には何事もなかったように動けていたのですから、もっと何か疑っていればよかった……。
「……時にクレム、このひと瓶のお値段は?」
「えと、僕もそんなに詳しくないのでなんとなくですが、小さな国くらいは買えるんじゃないでしょうか」
「国ひとつ買えるもの毎晩くちにしてたんですか自分!?」
卒倒して軽く目眩がし、目の前の酒場自慢の地元料理が何処かの宮廷料理に見えてきてしまいます。
「こんなもの腐るほどあるから問題ないわぁ。坊やも飲む?」
「い、いえ。遠慮しておきます……」
「あ、あの、自分ももう遠慮――」「グレイくんはダメー。強くなったと言ってもまだまだ人間の範疇なんだから、しっかり鍛えてお薬飲んでドンドンつよくなってねぇ?」
暗に自分に人外になれと言ってますよこの人……。
ちなみにルルエさん基準ではザーツ様は人外、クレムは人外に踏み入れたところ、そして自分はまだ人間だということです。
もはや手を付けるのも戸惑われる料理を胃に納めますが、その味はもう良く分かりませんでした……。
そして翌日、ついに本戦。昨日以上の緊張と自分では珍しいほどの高揚感で目が覚め、その興奮を治めるため朝稽古をしていたクレムにすこし付き合ってもらいました。
会場に着くとすぐに控え室に通され、ルルエさんたちも自分の応援者として一緒に入ることが出来ました。
既に他の組の第一回戦も始まっていて、あと十分もしないうちに自分の出番が回ってきます。
居ても立ってもいられず、控え室をうろうろしているとクレムがそれとなく宥めてくれます。
「大丈夫ですよお兄様、僕との鍛錬を思い出して下さい。たとえ実力的に格上だったとしてもお兄様の技と機転があれば絶対に勝てます!」
「そうよぉ。予選を見ててもグレイくんが苦戦しそうなのなんてそれこそ二、三人くらいだったわぁ。これも課題だから誰かは言わないけどぉ」
一人は安易に想像がつきます。あの全裸貞操帯の大男アルダムスさん。彼は確実に格上の一人でしょう。確実に優勝候補です。
赤毛の仮面ちゃんは……どうでしょうか。
昨日は興奮していてあまり実力を出せていなかったようですが、雰囲気的になにか隠し持っていそうな感じもしました。
「グレイさん。グレイ・オルサムさん。出番ですので準備してください」
コンコンノックされ入ってきた係員にそう言われ、自分の緊張は頂点に達しました。
もはやルルエさんやクレムの言葉もクロちゃんの構って合図の甘噛みも耳に入らず感じず、施されるままにコロシアムの通路を進みます。
暗がりの通路の先には、まばゆい光が差し込んでいます。
そこに一歩踏み入れると、大きな歓声とともに観戦者の熱気がもろにぶつかり、自分はその場で固まってしまいました。
見ればコロシアムの中央には甲冑姿の剣士が余裕ありげに剣を素振りし、こちらにいやらしい顔を向けていました。
瞬間、何故かあの時の――――自分が勇者になった時に出会った、あのクソ勇者のことが頭に浮かびました。
容姿は全然違うのに、その見下す視線が自分を蜂起させます。
あぁ、ちょっと緊張が解けました。これは相手に感謝しなければいけませんね。
今度はしっかりした足取りで対戦者の前まで行き、審判員の指定する場で立ち止まりました。
『それでは第一回戦、第四試合、両者揃い踏みとなりました! まずは選手紹介から始めましょー!』
拡声の魔法でも使っているのか、ノリの良い司会の声が歓声に負けず場内に響きます。
『西の入門者ぁ! ズルーガ国は王都騎士団、閃光の異名を持つ若き剣士! ルアード・パリシュゥーー!!』
ドッと歓声がひと際大きくなります。中には女性の声が特に大きく、固定のファンでもいるのでしょうか……イケメンですしね。
『東の入門者ぁ! 遠く遥々アルダ国から参戦! なんと翠の勇者の称号を持つ強者、グレイ・オルサムゥゥゥーー!!』
反対に自分にはブーイングの嵐。これは良い、下手に声援を掛けられるよりずっと緊張しなくて済みます。
『さぁ、異国同士の剣士と勇者の対決! 果たして一回戦を勝ち抜くのはどちらなのかぁ! 合図とともに試合開始です!』
「……あんたが翠の勇者だってぇ?」
相手選手……もう名前忘れちゃいました。イケメンくんが急に話しかけてきました。
「どこでそんな称号貰ったか知らないが、あまり世界を舐めないほうがいいぜ。この広い世の中はな、肩書きだけじゃやっていけないんだ。それをよく教育してやるよ勇者さまぁ?」
「……そうですね、貴方の言うとおり世の中は広い」
両手に握るのは、木剣。
「その言葉、よく覚えていたほうがいいです」
ドォン、という太鼓の合図とともに口火は切られます。
そして直後に立っているのは、自分だけでした。
閃光のイケメンは、開始とともに棒立ちの自分へと肉薄し剣を振り抜こうとして、しかし自分の蹴り一発で四、五メートルほど吹っ飛んでしまいました。
錐揉みしながら倒れたイケメンは白目を剥き、ピクピクと痙攣しています。
本気で蹴ってしまいましたが、騎士団にいるならそれなりに鍛えているだろうし大丈夫でしょう。
慌てて審判が駆け寄り様子を見て、手をバッテンに掲げます。試合継続不能。
『…………あ、と、な、なんということだぁーー!? 閃光のルアード、一撃です! たった一撃で勝負が決まってしまったぁーーーーっ!!』
テンションの高い司会をよそに、会場は静まり返っていました。
後で聞いたところ、この閃光のイケメンさんは国内では優勝候補と言われていたらしく、その結果に皆閉口していたそうです。
『とんだダークホースの登場、異国よりの勇者の実力は本物だったぁ! 勝者、グレイ・オルサムゥッ!!』
ここでようやくパラパラとした拍手が打ち鳴らされましたが、どうにも観客側には物足りないご様子です。言っておきますがそれは自分もなんですからね?
憮然としながら自分は試合場から通路門へと戻っていきます。そこで見ていたルルエさんたちも苦笑していて、なんとも複雑なものでした。
続く第二回戦も内容は似たようなもので、辺境から来た隻眼のなんちゃらさんという熟練の兵士然とした方と当たりました。
何合か打ち合っているうち隙が空いた所に木剣を突き込むとそのまま動かなくなり、またもあえなく勝利となりました。
……正直、朝の鍛錬にクレムと打ち合っていた時のほうがずっと疲れたのですが、これは言わぬが華でしょうか。
昼の休憩を挟み、次はいよいよ準決勝。本戦の対戦結果は選手たちには知らされず、誰が来るかは分かりません。
今度こそまともにやり合える人が出てくればいいのに――そうよぎって、少し自分を戒めます。
こんな考えはいけません。自分みたいなのがこうして勝ち上がっているのです。相手は強者と思わなければ足元を掬われます!
『さぁ、いよいよ準決勝の始まりだぁ! 初戦から各試合、まさかまさかのどんでん返しが続き、残ったのは正真正銘の猛者ばかり! ここからが本日の本番と言っても過言ではないでしょう!』
司会の放つ発破に観客たちは大いに乗せられ、もう誰が勝っても負けても、彼らは盛大に燃え上がるでしょう。
『では選手入場! 東の門からは一回戦でいきなり優勝候補を一撃で潰した異国の勇者、アルダ王国では「獣人殺しの狂勇者」と語られているらしいぞ! グレイ・オルサムゥーーー!!』
今度こそ、自分に盛大な歓声が舞い込みます。ふふ、これはこれで慣れると悪くないですね!
『続いて西の門からぁ! 正体不明、経歴不明、分かるのはその剛拳と女性であるということだけの謎の仮面闘士! その名を、エルダァーーー!!』
対峙するのは、予選で殺害宣言を受けたあの仮面ちゃん。今は比較的冷静になっているようで、漏れ出すような殺気は感じられません。
ただジッと、仮面の隙間越しに鋭い視線をこちらに突き刺しています。
『さぁ! 獣人殺しと仮面闘士、勝つのは、決勝に進むのは果たしてどちらなのかぁ! 両者とも悔いのないよう全力の健闘を期待しますッッ!!』
最後の台詞が何処か切実だったのは、自分以外の他の試合ももしかしたら似たり寄ったりだったのかもしれません。なんか気を遣わせてごめんね?
『では準決勝、第一試合! 始まりだアアァぁ!!』
ズン、といい加減感じ慣れた太鼓の音がお腹に響きます。
あの仮面ちゃんのことです、速さを活かした初手を取ってくるかと思い木剣を構えていましたが、一向に襲いくる気配がありません。
それどころか彼女はその場で立ち尽くしたまま動こうとしませんでした。
場の動きのなさに観客もどよめき始め、あまりに無反応なのでなんだか不安になり、思わず声を掛けてしまいます。
「あの、試合始まってますけど……来ないんですか?」
「――――ひとつ、頼みがある」
ぽつりと、彼女が零した言葉は何処か重くも正気を疑う言葉でした。
「その武器を、捨てろ」
「――――はい?」
ここまで読んで頂きありがとうございました。
本当は仮面ちゃんとの本戦がメインになる回のはずだったのですが、それは次回に持ち越しと言うことで!
これまでブクマ、☆評価して下さった方々に心からの感謝を!
初見な方、面白いと思ってくださった方。もし宜しければご感想ブクマ等、
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