第125話 一応本音を聞きました。
お久しぶりです。あれからまた入退院を繰り返し、ようやくリハビリまできたのでちょこちょこ書き出しました。見切らずに続きを気にしていた方がすこしでもいらっしゃったら望外の喜びです。これからも体調を鑑みながら少しずつ投稿したいと思います。
こんにちは、勇者です。
あのね、正直ね、騎士団舐めてましたごめんなさい。
強っ! 普通に強いよこの人たち。
さっきの人も結構やるなぁとか思ってましたが、襲ってくる全身鎧の騎士たちみんな、どうしてそう重そうな格好で素速く動けるんです!?
いや負けはしませんよ? 負けないんだけど⋯⋯捲けない!! 一々お相手するのも面倒なのでせこせこ逃げ回っていたらいつの間にか囲まれての槍衾。いや本気で避けますよね。それはもう残像が残りそうなほど。
「あばばばばばばば!?」
「この、くそっ! なんだこいつの動き!?」
「突けぇ! とにかく突けっ、逃げる隙を与えるな!」
「なんか気持ち悪いぞこいつの動きっ、関節どうなってんだ!?」
えぇいやかましい! あんたらが十人掛かりで一人を囲んでるのが悪い!
「ちょ、邪魔です! 自分はちょっとそちらの騎士団長にお話があるだけなんでサラッと通してもらえませんかね!?」
剣を抜き、弧を描くように線を引く。突き出されていた槍のうち五本を一気に斬り払い、堅実にリーチのアドバンテージを埋めていきます。
ついには全員分の槍を断つと、騎士のそれぞれが腰の剣を抜き、そして空気が変わりました。
そう、騎士の真骨頂は槍じゃない、剣なのです。
訓練の賜物なのか、十人の構えは体格の違いがあるにもかかわらず寸分違わぬ構えで、まるで合わせ鏡に囲まれているようです。
「こんな大勢で自分に構ってていいんですか? 周りをみましょうよ、どんどんお仲間が減っていってますよ」
視線を少し巡らせれば、周囲はもはや死屍累々といった状況でした。
クレムやアルダムスさんは勿論のこと、エメラダやクロちゃん、エルヴィンたちも着実に雑兵を減らし続けており、立っている人間はまばらにしか見えません。
恐怖に駆られ逃げ出す兵たちも、ルルエさんの張った結界に阻まれて戦場からは逃げ出せません。武器を投げ、膝を折り、ただジッと蹲り不条理な暴力が自分たちに向かないよう尽力しているご様子。
「そんなことは分かっている⋯⋯貴様ら本当にわけが分からん、分からんが、我らは負けるのだろう」
騎士の一人が口惜しげにそう言います。その顔色に困惑はあるものの、眼はまるで死んでいない。まるで最後の一人になるまで戦い続ける、そんな気概が見て取れました。
「ならもうやめにしません? ちょっと騎士団長に話を聞いて、チャチャッと辺境伯を捕まえればこんな無駄な戦いはしなくても――――」
「無駄ではないっ!!」
その大声に一瞬気を取られ、そんな隙を見逃す彼らではありませんでした。
入れ代わり立ち代わり、見事な連携と言葉も発しない意思の疎通でこちらに千刃が舞う。
躱しきれず、遂には刃を交えその度に火花が散り戦場を彩っていく。こんな経験は今までしたことがなくて、自分は何処かそれを楽しむように彼らの剣を受けては弾き――――そして叩き潰していきました。
「ぐぅ、まだだ⋯⋯ここで我らが倒れてはっ」
「⋯⋯それなんですよ、気になってるの」
二人、三人――――九人目を昏倒させ、残る一人は息を荒げながらも果敢に立ち向かってくる。それはまるで、御伽噺や子供の頃に村の外から伝え聞いた誇り高い騎士そのものの姿。
「この大義なんてない欲まみれの戦で、なぜ貴方達はそのようにあるのか。自分はそれが知りたいんです」
「⋯⋯話したところでどうなるものでもない。そうだな、それを知りたければやはり団長の元に行くのが一番良いだろう」
「それはさっき戦った人にも言われました。だから素直に通して――――」
「戦場にあって合間見えたならば戦い勝つか、はたまた散るか。これは貴様の知りたい事とは別のところにある、誇りの話よ」
そう言って、刃を立てるのもやっとの風態で彼は構え、笑いました。
「改めて、名を聞こう」
「⋯⋯翠の勇者、グレイ・オルサム」
そう名乗ると、最後の騎士は少し呆けた様子で自分の顔を見て、先程とは違う獣のような笑顔になりこちらを揶揄ってきます。
「ハハッ、詩に聴こえし拳姫の騎士か! うむ、ならば憂いなくぶつかれるというもの!」
「二つ名は嬉しいと思ったけど、やっぱはずかしいですねこれ⋯⋯」
「我が名はメイグ・オルドリン。貴殿の記憶の片隅に少しでも残ってくれれば喜ばしいな」
そうして、数秒の静寂。
誇りで戦うというのなら、加減は無粋。自分はこの戦場に立って初めて、本気で剣を振るう。
騎士メイグの白刃が自分の魔剣を受けて軋み、やがて彼の剣はそう間も無く耐えきれずに砕けました。
自分はそのまま止めることなく刃を振り下ろし、彼の甲冑を容易く切り裂き鮮血を撒き散らす。
「見事」
「貴方も」
その短いやり取りのあと、騎士メイグはゆっくりと倒れ起き上がることはありませんでした。
「っとと、死んじゃう死んじゃう! 中等治癒」
そう、この戦場で誰一人殺すことなんてしません。だってこれは演習だもの。まぁそれだって事故は起きるでしょうし死者が出ないなんてこともないんでしょうが、それはそれ。これはこれ。
うつ伏せで倒れたまま意識のない騎士メイグの呼吸があるのを確認すると、自分は改めて目標である豪奢な旗が揺れる敵本陣に眼を向けます。
「――――いる」
そこから感じる、並々ならぬ覇気。アルダムスさんや戦ってきた魔王たち、クレムといったこれまでの強者たちとはまた違う感覚にゾワリと肌が粟立つ。
以前に軽く手合わせした時は、本当にまったく本気出してなかったんだなぁあの人⋯⋯。
歩き出せば誰ともなく避け或いは逃げ出し、自分の前を遮る者はもういない。まるで道のように開かれたその先に待っていたのは、老齢にして精強な体躯を持つ騎士の中の騎士。
白虎騎士団、その中心にして魔王殺しを成したズルーガ屈指の古強者。
騎士団長ルーメス・トロントその人が、腕を組み瞠目して佇んでいました。
「お久しぶりです、騎士団長さん。と言ってもお城でもお会いしましたが」
「ルーメスで結構、翠の勇者殿。いや、このような形で再びまみえるのは、本当に不本意だな」
瞑っていた瞼を開けば、鋭い眼光が自分を捉える。無意識に脚が引きそうになるのを気合いで諫め、フッと浅くひと呼吸。
「なんかやる気満々なところ申し訳ないんですが、自分は先に聞きたいことがあってここまできたんです」
「⋯⋯ふむ」
すると彼は組んでいた腕を解き、手を腰元に――――剣を抜くかと思えばそのまま背のほうまで伸ばし、腰裏の小雑嚢から何かのケースを取り出しました。
「いいかね?」
「――――あぁ、どうぞ。火、いります?」
「では有り難く」
取り出したのは何てことない、煙草を入れたケースでした。その仕草にちょっと気が抜けて冗談混じりに言ってみたんですが、意外と茶目っ気のある御人なんでしょうか。
互いに十分剣が届く――――というより掴み掛かれるほどに近づき、彼が咥えた紙巻きの煙草に種火で火を点ける。
「ホッホ、無詠唱の魔法で一服とは、私も偉くなったものだ」
「いや、あなたこの国で上から数えた方が早いくらい偉いでしょ?」
粗雑に、しかし味わうように煙を呑み、紫煙を燻らせる。あぁ、なんか格好いいなぁこういうの。
「煙草って美味しいんです?」
「ん、人によるな。何、こういうのは格好つけて嗜んでいるうちに手離せなくなるものだ。君は⋯⋯あまり似合わなそうだな」
「余計なお世話ですよっ!?」
っていうかこの人も最初は格好つけたかったのか⋯⋯そっか。
「で、戦場で剣で語らず交わす言葉とはいったいどんなものかな?」
「なに、簡単なことですよ。なんで白虎騎士団という練度も誇りも高く高潔な方達が、こんな茶番に文句も言わず付き合ってるのかなって」
再び紫煙が戦場に揺蕩い溶け、ルーメスさんは空を仰いだ。
先程まであれだけ鋭かった眼は今は濁ったように細められ、口から吐く煙が彼の感情も一緒に持っていってしまっているようでした。
「それを聞いてなんとする」
「もちろん。困っているなら助ける、それが勇者の仕事です。なにも魔王退治が勇者の本業ってわけじゃないんですよ?」
ちょっと戯けてみても、彼の心は揺れませんでした。むしろより硬い殻に覆われてしまったような、そんな空気。
「あぁ。困っている、酷く困っている」
「なら、それを是非教えてくれませんか? 力になりま――――」
ピンッと弾かれた煙草が左の頬を掠め、瞬間、恐ろしい速さで逆から剣が振り抜かれた。
間一髪。ギリギリのところで避け――――きることはできませんでした。右頬に熱が奔り、たらりと粘つくものが滴る感触。
「うむ。やはり強いな。完全に油断しきっていたと思ったのだが」
「⋯⋯いや、あとちょっと遅ければ首飛んでましたよ?」
抜剣した音も気配もなかった。気がつけばギリギリのところに刃があって、無意識に首を引いた。ただそれだけなんですが、クレムたちの鍛錬でこういったことにも慣れていなければ今確実に死んでましたね⋯⋯。
「私の困り事は、貴殿らだよ。まさか両の手にも満たない人数でこの大軍が制圧されるとは、実に頭が痛い」
「頭痛の種の自覚はありますが、もっと他にもありますよね? 此処までで戦ってきた騎士の方々には、並々ならぬ気勢がありました。自分が知りたいのはその理由です」
知らぬ間に抜かれた剣は、またも気付かぬうちに鞘へ納められていました。やばい。この人、剣技だけならクレムより強いんじゃないですかね?
「貴族は王族に従うがね、騎士は違うのだよ。騎士は忠誠を誓った主君、国ではなく貴族に仕える。我々はそう出来ている。気位や体面を気にしているだけで、根はそこらの傭兵と同じなのよ」
矛盾。
傭兵と同じであれば、気に食わない雇用主から離れればいいだけのこと。事実、そう言った離反する騎士も少なからずいるとエメラダからは聞いたことがあります。
「その貴族から――――辺境伯から離反できない理由が貴方がたにはあるんですね」
「⋯⋯君はどこか抜けていそうな顔をしているのに、妙に確信を突いてくるな」
三度、眼光に火が点る。一触即発。始まればもう止まれない。でも自分は――――。
「正直言うとですね、胸糞悪いんですよ。いい加減」
戦場に立ってから、胸の奥で燻っていた小さな苛立ち。それがここにきて爆ぜた。
「あんた達、せっかく格好いいんだから最後まで格好つけてくださいよ。何ですかこれ? 糞みたいな筋肉パツパツの性悪貴族に必死こいて尻尾振って国崩し? 馬鹿なんじゃないですか」
「――――我々にもやむをえぬことが」
「それを話せって、さっきから言ってるんですよ」
爆ぜた感情は精霊達にも伝わり、自分の中で渦巻いていた魔力と共に噴出する。倒れた木々や壊れて転がる荷車に火柱が立ち、暴風と共に荒れ狂う雷雨がその場の全てを濡らし、大地に亀裂が奔る。
戦場を天変地異が一気に襲い、悲鳴が上がる。それを耳にしてハッと我に帰り、慌てて力の制御を手元に戻しましたが後の祭り。兵達は恐慌に陥り、我も我もとその場から離れようとし、しかしやはりルルエさんの張った強力な結界に阻まれていました。
「失礼。今までこんなふうになったことは無かったんですけど⋯⋯ちょっと興奮し過ぎました」
「⋯⋯中々にとんでもないな。流石は国を救った勇者といったところか」
「自分が勇者なら、貴方は英雄でしょう? 白虎狩り」
白虎狩り、ルーメス・トロントの二つ名。その名こそ本来ならば救国に相応しいのに、なぜ今はその正反対の立場にいるのか。
「お願いします。無駄でもいい、愚痴でもいい、罵りでもいい。貴方が、白虎騎士団が胸に秘めているものを教えてはくれませんか。もうね、ここまできたらこっちも意地なんですよ。理由も知らずに殺し合いとか一番馬鹿らしい」
苛立ちを抑え、彼の刃物のような瞳をジッと見据え、逸らさない。
自分の諦めの悪さを悟ったのか、ルーメスさんが深く、それは深く溜息を吐く。
そうして語られた真実に、自分はさらにぶちギレました――――。