第122話 一応説教してやりました。
こんにちは、勇者です。
なんかルルエさんのノリノリな一言で辺境守備軍との戦いに参加する流れに⋯⋯え、戦争? マジもんの戦争しちゃうの?
「⋯⋯いやでも、今回はズルーガの兵士たちも一緒だし考えようによってはいつもより楽な可能性が」
「え? 戦うのはグレイくんたちだけよ?」
そんな何言ってるの?って顔しないで。
その顔して良いのは自分たちのほうですからね?
「だいじょぶだいじょぶ! 軍って言ったって高々二万弱くらいでしょきっと。楽勝よぉ」
くっ、まさか本気⋯⋯まぁ本気でしょうね。そして言い方からしてルルエさんはきっと戦わないつもりです、いや参加したらしたで悲惨な状況になりそうだけど。
「ヘインリー殿、これは我が国の内乱問題。ここまでしてもらって言えることではないが、王としての矜持を守るためにも戦うべきは我らなのだ」
いいですよ〜陛下! もっと言ってもっと言って!
「え〜? だってこれは「演習」なんでしょぉ? だったらしっかりとした訓練相手がいないと意味ないじゃなぁい。それに⋯⋯えっとナニ伯爵だっけ? あなたのとこの兵力じゃあきっと時間稼ぎにもならずに蹴散らされちゃうんじゃないのぉ?」
アレノフ! アレノフ伯爵です!
息子さんのことで傷心中なのに追い討ちかけないであげて!
「⋯⋯確かに我が領で集めた兵は千に満たない。辺境守備軍の主力が相手とすれば、大した相手にはならないだろう」
「なら素直にこっちに任せなさぁい。下手に時間を掛ければそれだけ被害を受けるのはあなた達。ここでグダグダ言ってる間にも無辜の民達は危険に晒されてるのよぉ〜、ねぇグレイくん?」
そう言って流し目で自分を見つめるルルエさん。これもパターン化してきましたね⋯⋯もはや脅迫なのでは?
「――――ハァ、どなたか地図を下さい。アレノフ伯爵、相手の今現在で分かる駐留地点を教えてもらえますか」
「婿殿!」
慌てたようにゾルダス陛下が玉座から立ち上がります。
だから婿殿って呼ぶなや!
「ルルエさんの言う通り、時間を掛ければ被害は大きくなります。その点自分たちなら転移で伯爵領へすぐ向かえますし、兵力差は⋯⋯正直見てみないとわかりませんが」
いや、推定二万対五なんですけどね? でも向こうの兵士の全てが傑物というわけでもないでしょうし、最悪はソロモンの指輪を使って死霊の援軍を呼んでもいい。自分の評判はガタ落ちでしょうけど!
「あとルルエさんの言う通り「演習」という名目なら、内乱の扱いにはならないでしょう? それなら他国からの風聞も悪くはならないですし、可能な限り人死には避けます⋯⋯避けられますよね?」
なんか思わず不安になってエルヴィンを見遣る。すると彼は割と当然といった風に大きく頷きました。
「グレイ様とクロが力加減をお間違いにならなければ、問題ないでしょう」
え、そこで不安要素に自分も入っちゃうの?
「あまりご自覚がないかもしれませんが、ここのところのグレイ様の成長は目覚ましい⋯⋯というより異常ですから。最初は子猫でも扱うつもりで戦ってください。でないと相手が死にますから」
たまに自分たちの鍛錬風景を眺めては一人頷いていると思ったら⋯⋯でもそこまで極端に強くなった気はしないんですけど。
「⋯⋯それ、褒められてるんですよね?」
「はい、勿論でございます」
ぐっ! 美男子の有無を言わせぬ笑顔が眩しい⋯⋯この前まで徹夜続きでゾンビみたいな顔してたくせに!
「というわけらしいので、ひとまずは自分たちがお相手してきます。でも念のため伯爵の部隊や王都からも派兵して貰えれば」
「そうねぇ、片付け役は必要だもんね」
だから! いちいち煽らないの!
ほら見なさい、陛下の口が閉じなくなっちゃってる。ん? なんで自分の方を見てるのかな?
というわけで本日の課題。
ズルーガの精鋭軍をやっつけろ!
⋯⋯言っててちょっと訳がわからなくなってきましたね。
◇◇◇◇◇◇
「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
大空を高速で飛ぶクロちゃんの背中に乗って奇声を上げているのは何を隠そうアレノフ伯爵その人。
辺境守備軍と伯爵領の部隊はもしかすると接敵している可能性もあるので付いて来てもらいました。
地図で確認した結果、伯爵領から最後に辺境守備軍が確認された地点は自分たちが奴隷を匿っていた廃城からが一番近いとわかりました。
なので早速ルルエさんに転移してもらい、そこからは竜になったクロちゃんの背に自分たちパーティと伯爵を乗せてもらい目的地へと向かっている途中です。
「伯爵ぅ! 大丈夫ですかぁ!?」
「だ、だいじょ⋯⋯いや、だめ、いや大丈夫だ!」
おお持ち直した。さすがは貴族さま、でもすげぇ涙目ですよ?
「あ〜! パパ、パパ! なんか人間がいっぱい集まってるよぉ!」
クロちゃんが大きく叫びます。その声にも伯爵はびくりと肩を揺らし、しかし意識を手放すまいと必死。
なんか付き合わせちゃってごめんなさい⋯⋯。
「よしクロちゃん! 集まってる人たちが進んでる方向の前へ少し離れて降りてください!」
「ハァ〜イ!」
すると更にクロちゃんは加速します。風精を使ってちょっとした風除けは張っていますが、それでも振り落とされそうな風圧です。
やがて自分の目でもハッキリとわかるウジャウジャと蠢く集団が見えてきます。
しかし行軍速度と雰囲気から見てまだ戦いには入っていない様子。伯爵領の部隊とは衝突していないようで一先ずホッとしました。
敵の総数は⋯⋯ん〜、わからん!
「エルヴィン、あれってどれくらいいそうですか?」
「はい、ざっと一万といったところでしょうか。当初の目算より少ないですね」
そっか半分か、よかった――いやよくないです。アレをこれから自分たちが全部相手するんですよ? 普通に考えてあり得なくないですか?
蟻の大群のように見えていた軍団へどんどん近づき、先頭集団から三百メートルほど離れたところにクロちゃんがアクロバティックに着地。
伯爵は――――うん、辛うじて意識を保っています。これから一応の交渉を行ってもらうんですからシャキッとしてもらわないと。
「クロちゃん、ありがとう。人の姿になってもらっていいですか?」
「うん、わかった!」
シュルシュルと縮んでいつもの可愛らしいクロちゃんに戻る。竜のままだと無駄に相手を刺激するかもしれませんしね。
「ではアレノフ伯爵、お願いします」
「あ、あぁ。わかった⋯⋯」
そう言いつつも足元がおぼつかない。後ろからこっそりと治癒をかけてあげると、気分を持ち直したのか威厳ある顔へと様変わりします。
「行軍中の兵達よ、止まれ! 私はこの領地の主、サルグレフト・アレノフである!」
風精を使い、声を風に乗せて拡声させます。
するとしっかり伯爵の声は届いたのか、一時的に行軍が止まりました。そして集団の先頭から、一頭の馬に乗った騎士が早駆けして向かってきて自分たちの前へとやってきます。
「私は辺境守備軍所属白虎騎士団副団長、ガリアス・ノーフ。アレノフ伯爵閣下、このようなところで何をしておいでか」
「ノーフ子爵の次男か。何をしているかとは此方が問うことだ、貴軍は領線を越え我が領地に踏み込んでいる。一体これは如何なることか」
「閣下の私兵にもお伝えしたはずだ。これは我が辺境守備軍の行う「大規模演習」。そして此度の演習は占領された王都の奪還、及び敵軍の制圧という想定。故に我らは貴殿の領地を抜けるよう移動していた」
「そのような演習内容の報告は聞いていない。即刻我が領地から軍を引くがいい、さもなければ辺境守備軍は国賊と見なされるぞ!」
アレノフ伯爵の言葉に、副団長と名乗った騎士は全く顔色を変えません。むしろ一層引き締まった顔で声高に吼えました。
「如何に伯爵とてそのような侮蔑は許されぬ! 即刻そこを退け、でなければこのまま我が軍が虫のように踏み潰す」
「何が侮辱か、既にペルゲン辺境伯の謀反は王都にて明らかにされている! 貴殿も誇りある白虎騎士団の名を担う者であれば、この恥知らずな行動を即刻止めよ!」
白虎騎士団の名前を出した途端、副団長は言葉を継がず苦虫を噛み潰したような顔のまま伯爵を睨みました。
「⋯⋯⋯⋯何度も言うが、これは演習である。我らが国賊などということは一切あり得ぬ」
しかし、そう吐き出した言葉には先程までの勢いがありません。
ひょっとすると白虎騎士団、ひいては辺境守備軍は今回の行動にあまり乗り気ではないのでは? まぁそれでもあのパツパツマッチョの辺境伯がやれと言えばやらざるを得ないのでしょう。
だけど、と自分は言いたい。
「一つお聞きしてもいいですか、副団長殿」
「――――誰だ貴様は」
「自分はグレイ・オルサム。縁あってアレノフ伯爵に同行した翠の勇者です。貴方に、いえ貴方達に問いたい」
自分は、目の前の立派な騎士様に向かって思ったことを吐き出しました。
「ズルーガの騎士とは、自国の民を傷つけるためにいるのですか」
「っ! 貴様、我らを侮辱しているのか!?」
「侮辱しているのは貴方達でしょう、騎士の在り方というものを。どんなに愚かな者でも主君に従うのが騎士、それくらいは自分も分かっています。でもね、治世を乱す暴君に仕え、あまつさえ諌めもしないのは――――怠慢だ」
思い切り怒りを込めた視線を馬上の騎士にぶつけます。
それに彼はほんの少したじろいだようでした。
「貴方はなぜ騎士になったのです? 爵位を継げなかったから? 他に職がなかったから? いいえ、少なくとも貴方は違うでしょう。貴方はきっと騎士に憧れて育ち、騎士になるために努力をしてきた。違いますか?」
自分には何となくわかります。立派に鍛え上げられた身体と傷がありながらもよく手入れされた鎧を纏う彼には、きっと騎士に対する羨望があった。
自分が勇者に憧れた少年であったように、この人もきっと騎士に憧れた少年だったでしょう。
竜人の里にきたルーメス団長も年若かった騎士達も。自分の在り方に誇りを持っているかどうか、剣を交えれば何となく分かります。だけど――――。
「貴方が憧れた騎士は、民を守る騎士でしょう。決して無闇に誰かを傷つけるためにその剣を取ったわけではないはずです」
「⋯⋯わかったような口をベラベラと、翠の勇者如きが説教を垂れるか!」
「説教されたくないならその情けない面をまともにしてから出直せっ! そんなことで国崩しをしても後悔しか残らないはずだっ!!」
「――――くっ! もう良い、貴殿らはこのまま轢き潰す。死にたくなければ即刻その場から失せよっ!」
副団長と名乗った騎士は手綱を引いて踵を返すと、あっという間にたくさんの兵士たちの中へと消えていきました。
「おーおー、カッコいいこと言ってくれるねぇ。さすが勇者様だ!」
「そうですね! すごくご立派なお話でしたよお兄様!」
そう茶化してきたのは横に立ち並ぶ仮面姿の拳闘士。
何故わざわざ武闘会の時に着けていたアレを持ち出したのか。
そしてクレムの感動しました! っていう輝いた視線が痛い⋯⋯何かのたびに今の問答を誇張して言いふらされそうで怖くなってきました。
「⋯⋯今更恥ずかしくなってきたので、あんまり弄らないでください」
「いやいや、お前の言葉は正論だったし、あの騎士も内心ではめっちゃへこんでると思うぜぇ? よく言ってくれたさ」
「っていうかエメラダ、なんでわざわざ顔隠してるんですか?」
たまにシュコーッという篭った呼吸音が聞こえてきます。また満足に戦えなくても知りませんからね。
「あん? そんなんお忍びで演習の視察をしに来たからに決まってんだろうが」
「本当のところは?」
「王女がここにいるってわかったら、人質にしようとあたしにばっか群がってくるだろ。そしたらさすがに捌き切れない」
「じゃあ来なければよかったのに」
ごもっともな意見を真正面からブッ刺すクレム。しかしエメラダは飄々として、むしろ肩をぐるぐる回して慣らし始めました
「こんな面白れぇ喧嘩やらずにいられるか! あと、一応建前上は王族がいた方が後々面倒がなくていい」
「建前を本音にして欲しかったなぁ⋯⋯」
そんなことを話している間にも、辺境守備軍側は準備万端やる気満々。鼓舞するために足を踏み鳴らし、槍や剣を高々と掲げ雄叫びを上げています。
やがてゆっくりと歩き出したかと思えば、ゆるゆると速度を上げて此方へ突っ込んできます。
「はぁ⋯⋯じゃ、あんな啖呵切っちゃった手前がんばりますか。ルルエさん、伯爵様をお願いしますね」
「ハイハ〜イ、離れたところで見物してるから派手にやってねぇ!」
そう言って伯爵の襟首を掴むと、ルルエさんは杖に乗って何処かへ飛んで行きました。
⋯⋯伯爵、もう空が嫌いになっちゃったかもしれないなぁ。泣いてたし。
「グレイ様、よろしければ一番槍をどうぞ」
「え? 自分?」
「こういうのは初めが肝心ですので」
エルヴィンが神妙そうな顔でそう言いました。
なるほど。なら派手なのがいいですね――――少し考え、自分が体験した中で一番派手な魔法を思い浮かべます。
「五元精霊召依」
手を天にかざし、久々に全力で身体の中に精霊達の力を取り込んでいく。想起するのはブラックとサルマンドラさんが戦っていた時の光景。幾千幾万の氷柱が降り注ぐ絶望的なあの場面。
途端に、自分の周囲に膨大な量の氷柱が生成されます。でもまだ足りない。ブラックはこの二倍、いや四倍はぶん投げてきましたから。
時間にしては数十秒。それでもちょっと時間を掛け過ぎたと反省しつつ、空を覆う氷刃の群れへ指示するように手を振り下ろします。
「大氷結乱舞」
勝手にパクって勝手に付けた魔法名。
しかしその名に違わぬように、荒れ狂う氷柱の嵐は敵集団の正面を根こそぎ削り取っていきます。
騎兵は転げ、歩兵が倒れ泣き叫び悲鳴を上げる。その光景にちょっと罪悪感を感じながらも、自分は風精で拡声して大きく宣戦布告します。
「さぁ、演習を始めましょうかぁーっ!!」
ようやくここまできた⋯⋯でもまだこの章の折り返しくらいなんだが?⋯⋯よし深くは考えない!
次回、蹂躙です。
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