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第117話 哀れで愚かなグアー・リン 後編

 真夜中の道には馬の駆ける蹄の音しかしない。


 先程まではそうだった。

 しかし、今は、何か――――。


「グアー・リン! 誰かいる!」


 トマ・ドゥの叫びにハッとして目を凝らす。

 まだ遠いが、前の方で何かがゆらゆらと歩いていた。


 月明かりにギラリと光る刃。それだけはよく見て取れた。

 追手か罠か、しかしどちらにしてもやることは変わらない。


 馬の腹を蹴り上げると、その影を無視するように加速して通り過ぎる。

 すれ違いざまチラリと見た感じでは、鎧を着た兵士か何かの様であった。


「おいグアー・リン! あれは騎士団の連中じゃないのか!?」


「な、ならなぜ剣を抜いていた! 俺たちは嵌められたのか!!」


 トマ・ドゥとニア・ディネが恐慌したように叫ぶ。

 グアー・リンにとっても、思わぬ役者の登場に動揺はした。だが今さら領主側が裏切るなどとは考えたくない。


 迷いは端にうちやり、とにかくただ駆けることにした。


「黙れ! あんなもの気にするな、どうせ野盗か何か――――」


 叫ぼうとした時、目の前にまた人影が映る。

 一人、二人、三人。


 皆やはり抜刀し、明らかにこちらを狙っている。

 そこでエルフの鋭敏な耳が何かを捉える。後ろから、走ってくるような⋯⋯。


「っ! 付いてきているぞ!」


 そう叫んだのは誰だったか。

 今さっき置いてきぼりにしたはずの兵士が、恐ろしい速度でこちらに迫ってきているのだ。


 馬で早駆けしている自分たちをだ。


「な、なんなんだあいつらは!」


「知らん! とにかく振り切れ、馬を潰してでもこの先の騎士団と合流するんだ!」


 その時点で騎士団の差金だという思考は消えていた。まだ疑う余地は沢山あるのだが、彼らは錯乱して正常な判断がつかない。とにかく助けの求められる所へ行かなければという考えしか浮かばないのだ。


 それから幾人もの兵士たちの横を通り過ぎた。剣を振りかぶるものもいたが、幸いこちらには当たらなかった。

 だが、状況は一変しない。


「なんであいつらあんなに速いんだよっ!?」


 置き去りにした兵士たちが、どんどん後ろから迫っていた。現れた数だけそれに合流し、それなりに広い幅の道が奴らで埋まりなおも増えている。


「一体何人いるんだ!」


「知らん!」


 既にグアー・リンは思考すらままならない。とにかく走る。走って逃げる。それだけに注力した。

 普通ならばそれで良いだろう。悪くない判断だったと戦に出たことのあるものならそう言うはずだ。


 だがこれはただ「沼」に自分から足を突っ込んでいるのだと、彼らは気付けなかった。


 後ろから迫るガシャガシャという音が耳障りだ。それに恐怖心を更に煽られる。

 しかしその恐怖が、今度は前からも迫っていた。


「ひっ!? ま、前からも来た!」


 正面には十人の兵士が横に広がり道を塞いでいる。

 無理やり押し通ろうとして、今度ばかりは馬を傷つけられその痛みに馬が暴れて言うことを聞かない。


 それでも必死に駆け続けた。そして目の前に、ようやく目的の灯りが見え始めた。

 グアー・リンはホッと息を吐いた。あの白虎騎士団と共にならこの状況もどうにか切り抜けられるだろう。


 そう思って馬に鞭入れ、更に加速する。

 見えたのは、襲われて混乱に陥っている騎士団の姿だった⋯⋯。


「あぁっ! くそ、やはりあの糞勇者の采配か!」


 騎士団が襲われている以上、それ以外考えられない。


 一先ずは合流せねばと、三十人ばかりの集団に突っ込んだ。

 一瞬グアー・リンたちに気を取られた騎士団だったが、それが自分たちの内通者だと気付くや寸の間だけ安緒の顔を浮かべ、しかしすぐに怒気を孕む。


「グアー・リン! これはどういうことだ!」


 そう叫んだのは罪人の受け取りを担当しに自らの部隊を率いてきた騎士、アウメス。

 彼は騎士団の中でも中堅層で、腕はそれなりに良い方だった。


 率いる部隊の練度も悪くなく、そこらの野党風情ならば敵うはずがない。

 その彼らが防戦を強いられている。


「俺だって知らん! どうせ厄介ごとを持ち込んだ奴らの手の者だろう、騎士団ならばこの程度さっさと斬って捨てろ!」


 そう強く叫ぶが、グアー・リンにも敵の兵士の強さは見て取れた。

 一人一人が、おそらく自分より少し弱いか同等くらいの腕だろう。しかし数がまずい。


 騎士団に襲いかかっていた数と自分たちが引っ張ってきた数。合わせれば四十近くに膨れ上がっていた。


 対してこちらは騎士団合わせて三十三人。分が悪いにも程がある。


 エルフ三人は騎士団の中心に突っ込み、馬を降りる。

 加勢すべく腰の独特な形状の曲剣を抜き、一人の兵士に斬りかかった。


「はぁっ!!」


 不意打ちの斬撃を受け相手は倒れる。

 いける、とグアー・リンは少しばかり安堵した。


「殺れない相手ではない! 一人に対して複数で戦えっ!」


 その叫びに、その場の全員が瞬時に反応し三人一塊となって襲いくる兵士たちを捌いていく。


 幸い、相手の腕はそれなりだが全体の行動を見れば連携が取れていないとすぐわかった。

 何より防具が粗雑すぎる。刃でひと撫ですれば鎧越しでも致命傷を負わせられる、自然と恐怖は薄まり戦意が湧き出てきた。


 普段から訓練を続けている騎士団はもちろん、実戦経験豊富なエルフたちも見劣りせずに猛攻を掛ける。

 三十分ほどして、ようやく辺りが静かになった。


 そこには文字通り、屍の山ができていた。


「くそっ、なんだったんだ⋯⋯」


 ようやく一息つけたことに気が抜け、グアー・リンはそう吐き捨てる。


「貴様たちが連れてきたんじゃないのか」


「何を言うか! それを言うなら俺たちこそ、貴様らが裏切ったのではと思ったのだぞ!」


 グアー・リンと部隊長の騎士が睨み合う。

 しかしそんな問答は無駄なことだと互いに理解して、当初の目的を果たす。


「ほれ、言われていた例の物と、馬に罪人たちが乗っている。持っていけ」


「――偽物を掴まされてはいまいな?」


「書いた本人にも見せて確認は取った。それ以上の責任は持てん」


 言い捨てれば、部隊長は紙束を腰の雑嚢に丁寧にしまい込み罪人を改めようと馬に近づいていく。


 その時だった。


 動くはずのないものが、ゆっくりと動き出す。

 それが視界に入っていない部隊長は、無造作に歩き続けそして――――死体の山に引きずり込まれた。


「ひぃあっ!? な、なんだ!」


 殺したはずの死体たち。それらがゆっくりと、再び立ち上がってきたのだ。


「な⋯⋯死霊(アンデッド)だったのか!?」


 さしものグアー・リンも、その事態に驚愕する。

 そしてその隙が命取りとなった。


 後ろから迫り来る死霊兵士に、グアー・リンは羽交い締めにされ噛みつかれる。


「ぐっ!」


「グアー・リン!」


 トマ・ドゥが咄嗟に助けに入り死霊兵士を振り払う。

 ニア・ディネは周囲を牽制し、しかしジリジリと追い込まれていった。


 ここに集うは()の勇者が潤沢に魔力を込めて(本人にあまりその気はないが)作った不死者の軍団。

 例え女神教団の聖水を掛けられても、それらは消えずに動き続けるだろう。


 五十の死霊兵士たちは騎士団とエルフたちをゆっくりと包囲し、カタカタと笑う。


 粗雑な皮の兜から覗く表情は変わらないのに、何故か嘲笑されているとはっきりわかるのだ。


 今度こそ、追い詰められた彼らは戦慄した。

 死を覚悟し、しかし部隊長の騎士はそれでも自らに課せられた目的を果たそうと纏わり付く死霊兵士を振り払う。


 必死に馬へ駆け寄り、そこにだらりと乗せられている巨大な芋虫のような麻袋を引き摺り下ろして乱暴に破く。


「嫌ぁぁっ、何っ、なにぃ!?」


 中から出てきたのは女だった。周囲を見回して(かしま)しく叫び、そして気絶した。


「くそっ、これじゃない!」


 次の馬に乗ったものも、目的の男ではなかった。

 既に死霊兵士たちは剣の間合いに入っている。いつ斬りかかられてもおかしくない状況で、部隊長は最後の麻袋を渾身の力で引き千切り目的の男を見つけた。


 中から出てきた痩身の男は、惚けたように空を見上げている。

 釣られて騎士も空を仰いだ。


 そこには、まんまるに淡く光る月が美しく浮かんでいた。


 それを見て心の乱れがほんの少しだけ治まる。意を決した彼は、血糊に塗れた剣を力任せに薙いだ。


 月を見上げていた男は、叫ぶ間もないまま首を刎ねられ絶命した。


 ゴロゴロと転がる頭部。首からは勢いよく血が噴いて、部隊長の顔を濡らす。


「あぁ⋯⋯これで、良い」


「言いわけがあるか、この糞騎士が!」


 その言葉を聞いたグアー・リンは激怒した。


 騎士である彼は良い。目的を果たし殉ずるならば本望だろう。

 だが自分は違う。生きてここから脱出しなければ、こんなことをした意味がないのだ!


「ぬぁぁーーっ!!」


 まるで狂戦士(バーサーカー)にでもなったように、雄叫びを上げながら遮二無二剣を振るった。

 しかし斬っても斬っても、相手は起き上がり迫り来る。


 トマ・ドゥは飲まれ、身体中を噛みつかれて悲鳴を上げている。

 ニア・ディネは美しい黄金の髪を鷲掴みにされ、何度も何度も地面に頭を打ち据えられていた。


 騎士団の兵士たちも似たり寄ったりだった。

 中には食われているものもいる。


「終わるのか、俺はこんなところで終わるのかぁっ!!」


 思わず叫ぶ。誰の返事も期待せず、思うままに怒号を上げた。


 しかし、それに応える者がいた。


「いや、始まってもいなかったのだよ。哀れで愚かなグアー・リン」


 重低に響く聞いたこともない声の一言で、グアー・リンは肌を粟立たせる。

 筋肉が強張り、まるで金縛りにあったようだ。


 ズシ、ズシと。地を揺らすような足音。

 それが自分の真後ろまで迫ると、いきなり頭を鷲掴みにされた。


「ひっ!?」


「もう一度言おう、哀れで愚かなグアー・リン。貴様はなにも始まってなどいなかった。全ては我が母、そして我が友の手の内にて」


 ギリギリと、頭を掴む手に力が篭っていく。

 頭蓋が悲鳴を上げ、視界は真っ赤に染まる。言葉にならぬ悲鳴を上げながら、グアー・リンはボロボロと涙を流した。


「なん、おれ、なにしたっ! 悪いのは! あいつら、なのにっ!」


「ハッハッハ! この状況でそのような詭弁を垂れるほど余裕があるか、存外見どころがあるな」


 瞬間、パッと手を離されてグアー・リンは倒れ伏した。

 涙を流し、鼻を垂れ、口から泡を吹いて、それでもグアー・リンは生きていた。


 いや、彼だけではない。


 その場にいる誰も彼もが、かろうじて生きているのだ。


「さて諸君。こんな素敵な月夜の晩だ、もっともっと踊ろうではないか!」


 そう言って、恐怖の塊でしかない何かはその場にいる全ての者を魔法で癒していく。

 その行為に思考が付いていかず、誰も彼もが口を聞けない。


 最後にグアー・リンにも治癒魔法がかけられ、頭の痛みも引いて真っ赤な視界が正常に戻る。


 そしてようやくその存在を眼にした。


 彼を見下ろすのは、身体が薄らと透けてはいるが筋骨隆々の大男だった。

 殆ど全裸で、申し訳程度に股間を隠す鉄の貞操帯。そして月明かりに照らされ輝く禿頭。


 それは、化け物だった。


「さぁ、夜は長い。貴様らの精根尽きるまで、じっくりとこの宴を楽しもうではないか」


 ニヤリと笑い浮き出た歯は綺麗に揃って白く、しかしまるで猛獣のようである。


 それを見て何人の男たちが糞尿混じえて失禁したろうか。

 周囲はなんとも言えない臭いが充満していたが、その場の誰も気に留めない。


 そして男の言う通り、きれいな月の下で狂乱の宴は幕を明けた――――。



◇◇◇◇◇◇



女神の祈り(エクスヒール)


 死屍累々、もはや生きてはいても誰も動かなくなったその場で、とんがり帽子を被った女魔法士は奇跡を唱えた。


 首を落とされ絶命した男、クルーカ・キンリはそうして生き返る。

 彼が再び生を受けるのが幸か不幸かは、ともかくとしてだ。


「お疲れさま、アルダムス。随分お楽しみだったみたいねぇ」


「は、少々羽目を外しすぎました。スティンリーの時にも遠く歌に聴いた白虎騎士団、まさかこの程度で根を上げるとは」


「あなた、ちょっとグレイくんで慣れすぎてなぁい? 人間は脆いのよ、身体も心も。あの子がおかしいだけなんだから」


「然り然り! あの男を側で眺めているとついそのことを忘れます。いや、精霊共が気に入るのもわかりますな」


「お喋りはもういいわぁ。ほかの騎士が来る前にさっさと罪人たちと、そこの悪〜いエルフどもも牢に入れておきなさぁい。明日には帰るから、よろしくね」


 そう言って女魔法士――ルルエは闇夜に消えた。


 何度死んでも彼女にはこき使われるのだなと、アルダムスは胸中で愚痴のようなものを吐く。


 ではもうひと仕事するかと失神した情けない男たちを仰ぎ見て、沁み沁み思う。


「やはり私を殺したのが君で良かったよ、青年」


 月の光に少しばかり当てられたか。

 かつて人間だった頃に想い人から教わった歌を口ずさみながら、アルダムスは粛々と仕事に掛かった。

月の夜に、猛りし闇よ、其は魔怪。しかして彼は、己が死に()す。


次回、なんか増えてる〜!?です。


ここまでお読み頂きありがとうございます!気に入ってもらえたらブクマや☆☆☆☆☆評価をお願いします。

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