第115話 一応帰りました。
こんにちは、勇者です。
竜人の里へ続く道に罠を仕掛けた翌日。
結局昨日も奴隷商人たちを奪いにくる者は現れず、ここ数日は夜も気を張っていた自分はちょっと寝不足気味。
しかしもっと寝不足――というか寝てない人間が一人。
そう、自分の、あー、ハイハイ従者! 従者であるエルヴィン。
朝になり応接間へ行くと、彼は精魂尽き果てた様子でソファに倒れ掛かりぐったりとしていました。
やり切ったという顔をしていますが、その色は真っ青で今にも倒れそう⋯⋯。
「おはようエルヴィン。どう、仕上がった?」
「ルルエさま⋯⋯おはようございます。こちら、改めて頂けますか」
疲労からかプルプルと震える手で羊皮紙の束や冊子をルルエさんに渡す。
彼女はなぞる様な速さで目を通していき、一通り済ますとニッコリと微笑みました。
「上出来よぉエルヴィン。これなら本人が見ても偽物と分からないでしょう」
「はい、ありが、とうございま、す⋯⋯」
そのままエルヴィンは力尽き、バタリと倒れて寝息をかき始めました。
「ルルエさん⋯⋯エルヴィンにここまで無理させて何作ってたんですか」
「例の証拠品の偽物よぉ。擬似餌と言い換えてもいいわねぇ。
向こうはもう証人も罪を証明する物的証拠もこちらの手にあると知っている。なら次はどうくるかぐらい分かるでしょぉ?」
「まぁ、証拠は隠滅するか奪うに限りますねぇ」
「そうよねぇ。ではもし奪い返した別のとこから出てきたとしたら、相手はどぉんな顔するかしらぁ?」
ニコニコと満面な笑みのルルエさん。
でも自分はあえて突っ込みにくいことを聞いていく!
「それ、幻術とかじゃダメだったんですか」
「もちろんそっちの方が楽だし良いに決まってるじゃない」
「じゃあなんで作らせたの⋯⋯」
「だって実物じゃなきゃ向こうが燃やしたときにバレちゃうし、こっちに本物があるってわかった時の絶望感を生で見たいじゃなぁい!」
ハッハッハ。ごめんねエルヴィン⋯⋯また美味しいもの作るからね。
「サルグ・リンに調べさせた話だと今夜向こうが動くらしいから、私たちもそれに合わせて里を不在にするわよぉ」
「へ? 現場押さえるんじゃなくて?」
「だから! それじゃつまらないでしょぉ! 盗んでもらわなきゃ困るのよぉ」
つくづく性格悪いですね⋯⋯だからみんなに魔女って呼ばれるんですよ?
優しいとこもあるんだからもう少し言動考えればいいのに。
「そういうわけだから、今夜は里を空けてズルーガの王都へ行くわぁ」
ルルエさんがそう言うと、後ろにいたエメラダが少し肩を揺らす。
⋯⋯そうだね、君は家出同然で飛び出してきたしね。
「お嬢ちゃん、ちゃんとごめんなさいするのよぉ? 変にわだかまりが残ったら全部水の泡なんだからぁ」
「わ、わかってるって姐さん! 大丈夫だ、パ――父上だって結構若い頃は奔放だったって聞くし⋯⋯ぶっちゃけあたしには甘いし」
もういい加減パパって呼んでたって分かってるから、隠さなくてもいいのよ?
エメラダには他にも姉弟がいると聞いていますが、やっぱりみんなパパ呼びなんでしょうか。
「出発はそうね、お昼過ぎにしましょうか。突然押しかけて諸々説明するんだし、時間も掛かるでしょ」
「それまでは?」
「いつも通りで自由行動。ただしぃ、里の人たちになるべく私たちは今夜いないって喧伝しといた方がいいわねぇ。そのほうが向こうも動きやすいだろうし」
「気遣いの仕方がおかしいんですよねぇ⋯⋯」
とそんな流れで特にやることもなく、自分含めクレムとクロちゃんはドワーフたちのところへ。エルヴィンはそのまま爆睡。エメラダは久々に着飾ると言うので、色々準備をすると言っていました。
ゆったりとした午前の時間も過ぎ、以前サルグ・リンにも請われていたので彼女と二人で昼食を作りました。
その時にようやくエルヴィンは目を覚まして、死んだ魚の目でもそもそと昼食を摂っています。
その様子を見たルルエさんが、またエルヴィンにポイっとエリクシルを放ります。
「あの。ルルエ様⋯⋯流石に徹夜明けのポーション代わりとしてエリクシルは」
「ん〜? そんなものグレイくんにあげる分の余りなんだから気にしないの」
そうですね。なんか最近は自分の感覚も壊れてきて、それが超の付く高級薬なんだとか思わなくなってきました⋯⋯。
一緒の食卓でそのやりとりを見ていたドータさんはポカンとし、サルグ・リンは信じられないものを見たという顔。
ごめんね、新婚になったらすぐここ出てくから。もう少しだけ我慢してね。
そしていよいよ午後になりズルーガの王都、サンセールへと出発します。
もちろん竜人の里からはとんでもない距離があるので、ルルエさんの転移での移動です。
さて、ごめんなさいの準備をしていたエメラダはと言えば、
「クッソ、結局またこの格好か⋯⋯」
例の素敵な赤いドレスを纏い、普段はあまり頓着していないショートの髪も綺麗に櫛を入れ後ろで結い、宝玉の付いた髪留めで纏めています。
普段からハリのある肌は、薄らとチークや口紅を引くだけでも抜群に彼女の美貌を引き立たせる。
思わずボーッと眺めていると、履いているヒールの先でコツンと脛を蹴られました。
「⋯⋯歩きにくいんだよ、エスコートだ」
「あ、あぁ。はい――――」
こないだ騎士団が来たときは普通に歩いてたじゃな〜いって野暮なツッコミはせず、自分はちょっと緊張しながら彼女の手を取ります。
「⋯⋯⋯⋯ふんっ」
「? どしたの、メー? おなかいたい?」
その様子に盛大にご機嫌斜めなクレムと、なんか勘違いしちゃったクロちゃん。
二人にも相応なドレスでもと思ったのですが、何分自分たちの礼服すらまともに用意できていない状況です。
彼女たちにはまた次の機会に綺麗に着飾ってもらいましょう――――ん? 自分何か変なこと言いました?
転移する場所は別にどこでも良かったのですが、一応王女様のご帰還ということもあって最近ご活躍の中央広場から見送られていくことになりました。
そこでエメラダの女性らしい姿を初めて見た里の住民たちは、改めて彼女が貴き人。王族の人間なのだと理解したらしく、いつもゲラゲラ笑い合いながら酒を飲んでいた人たちもそっと頭を下げ自分たちを見送ります。
「じゃあ行ってくるわねぇ。あ、そうだサルグ・リン!」
「はい、如何なさいましたルルエ様」
「あの大事な資料、出しっぱなしにしてしまったの。悪いんだけれど、書斎の方に運んでおいてもらえるかしらぁ?」
――なんて、白々しいほど大きな声でサルグ・リンにありもしない頼み事をしています。
既に偽の資料は郷長宅の書斎に目立つよう置いてある。そんなふうに言ったのは、この中にいる内通者に餌の在処を教えるため。
「それでは、帰りは明日になると思いますのでお願いします」
「かしこまりました、グレイ様」
そして自分はドータさんにそっと耳打ちします。
(捕らえている罪人たちは、もし奪われても決して追わないでください。対策はしてありますから危ないことはしないように)
(承知しました。里の住人には被害が出ぬよう気を付けます)
それだけ短くやり取りをして、いよいよ久しぶりの王女の凱旋となります。
「それじゃあ行くわよぉ! ――――転移!」
ルルエさんの詠唱と共に、足元の魔象拡張が発動する。
陣の中にいた自分たちは、あっという間に王都へと飛んでいったのでした。
「⋯⋯⋯⋯お主たち、ちと不躾過ぎぬか」
そう言葉を漏らしたのは、たっぷりと髭を蓄えた壮年の男性。ズルーガ王その人でした。
「――――ルルエさん、なんで謁見の間なんかにいきなり飛ぶんですか」
「だぁってお城の中なんてここくらいしか転移できるよう覚えてなかったんだもん! 仕方ないでしょ!」
自分たちはタイミングが良いのか悪いのか、どうやら謁見の間で開かれている会議の真っ只中に飛び込んだようでした。
王の側に控える宰相、名前なんだっけ? 忘れました。
以下に続く一度だけ顔を合わせたきりの諸大臣がたも揃い踏みで、いきなり現れた自分たちを唖然と見つめています。
「――――その、陛下。ただいま戻りました」
ドレス姿で跪くエメラダに倣い、自分たちも礼する。
もちろん以前と同じくルルエさんとクロちゃんはどこ吹く風と関係なさそうに棒立ちです。
頭を下げるエメラダに、ジッとズルーガ王――ゾルダス陛下の視線が刺さる。
ゆっくりと玉座から立ち上がり、膝をつくエメラダの前に佇んで無言の時が過ぎていきます。
お、おぉ。これひょっとしてお怒りなやつ? まずい、これは自分にも非がありますし一体どんな処分が――――、
「よぉく帰ってきてくれたのぉエメラダ! ちと痩せたか? 旅はどうだった、色々と積もる話を聞かせなさい! ん? 何をしとるお前たち、今日の会議は終わりだ! さぁおいでエメラダ、落ち着いたところでお茶をしよう」
「はい、パパっ」
ただの親バカでしたよこの陛下! エメラダもやっぱりそれが素の呼び方でしたね!
家臣たちはどうやらこういったことに慣れているのか、やれやれといった表情で一人また一人と謁見の間から無言で去っていったのでした⋯⋯。
宰相 「やれやれ⋯⋯陛下の娘好きにも困ったもんじゃ」
大臣A「せっかくエメラダ様がおらず、政務にも身が入り始めていたというのに」
大臣B「王妃様そっくりですからなぁ、目に入れても痛くないのですよ⋯⋯」
宰相 「明日からまた会議が滞るのぉ⋯⋯」
という感じの、エメラダ大好きゾルダス陛下です。以前にはここまで過度な描写はしませんでしたが、娘可愛さに軍を率いて魔王に突貫するあたりまぁ兆候はあったということで⋯⋯。
次回、暗躍と始末です。
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