幕間 月夜のクルーカ
俺はクルーカ・キンリ。
かつては二度ほど蒼の勇者パーティに同行したこともある斥候だ。
まぁ、正直その腕前は自分でも誇れるもんじゃなかったがな。
元は商家の生まれの俺は、子供のころから兄たちと肩を並べて商売の勉強をしていた。
しかし貴族のゴタゴタに巻き込まれ実家の商いは立ち行かなくなり、俺は仕方なく冒険者となった。
その商いの知識が冒険者――中でも暗い側面での依頼に役立ってくれたのだけは、両親に感謝しなきゃなんねぇな。
そんな冒険者となって裏で成り上がっていったこの俺が、今は何処かも分からない寂れた田舎の牢屋に入れられている。
それもこれも、みんなあのアキヒサがドジを踏んで全てをご破産にしてしまったせいだ。
黒竜の骸は確かに目を剥くお宝だったが、大っぴらにやりすぎた。
ズルーガ国内どころか他国からも商人を呼びやがって⋯⋯そのせいか知らんが、余所の勇者が嗅ぎつけてきて俺たちを捕らえてしまった。
正直これは全くの予想外だ。いくら馬鹿でもアキヒサは蒼の勇者、そこいらにいる雑兵や翠風情の勇者には負けるはずがない。俺たちはそう踏んで戦いを挑んで⋯⋯完敗した。
意識を失っている間のことはよく分からんが、どうやら奴隷商売はここまでのようだ。
罪を犯した犯罪奴隷ならともかく、俺たちが捌いていたのは奴隷魔法を用いた強制隷属で仕立てた禁制奴隷だ。
その強制力は奴隷たちがいくら抵抗しても進んで命を捧げるほどの強力さ。故に気位の高いズルーガや脳筋一辺倒のアルダでは隷属付与された奴隷は違法となった。
しかし需要とは必ず何処かに転がっている。成り上がり主義で常に亜人を奴隷扱いするスルネアや戦好きのギネドでは比較的手広く商売させてもらったもんだ。
⋯⋯それもここまでになっちまったがな。このまま行けば、良くて一生鉱山働き。悪くて処刑だ。
他の三人も似たようなもんだろう、しかし悪いが俺だけは違う。
こう言った商売、リスクは高いが当然それに見合うリターンと様々な情報が手に入る。
最近での一番の大口がズルーガのペルゲン辺境伯、セレスティナの実の父親だ。
奴隷商売を始めるにあたり、セレスティナは馬鹿正直に追い出された家を頼ろうとした。
当然、最初は突っぱねられたさ。
だが俺は辺境伯に擦り寄って一つの取引を持ち出した。
それが魔鉱石の密輸だ。
蒼の勇者特権なら運ぶ荷物は国境や検問で調べられることもない。
奴隷を輸出するにあたって、彼の辺境伯が常々他国へ高く売りたいと画策していた密売に俺は加担することにした。
他の馬鹿どもが知れば話が漏れる心配もある。この仕事は俺だけでこなすしかない。
その分俺の懐も温まるからな!
そしてその際に作った辺境伯への報告書や裏帳簿は処分する振りをしてしっかりと確保してある。
これさえあれば、何かあった時には御国にでも差し出して免罪を嘆願するつもりだった。
期せずして、その機会は訪れた。
とても思い出したくはないが、あの恐ろしい翠の勇者に捕らえられてこの牢に入れられた後もその仲間たちからの尋問が続いた。
翠の勇者はやることはえげつないが根が馬鹿正直らしく、奴隷関係以外の事には無頓着だった。だから俺は無駄な事以外喋らない。だって聞かれてないものな!
しかしその仲間たちは皆が皆キレ者揃い。
その中にはかつて行動を共にしたエルヴィンもいて、結局持っていた情報は全て吐かされちまった⋯⋯。
奴隷たちの収容場所、辺境伯との裏取引、裏帳簿を隠した拠点、関係する貴族たちの名簿。
そして肝心の、セレスティナが禁制奴隷を作る際に触媒とした魔導書。
その全てを搾り取られた⋯⋯取引に使うはずだったものを、ただの尋問で奪われちまったんだ!
最初はそいつらに交渉を持ちかけた。
だが俺にこびり付いた翠の勇者への恐怖心は強くて⋯⋯⋯⋯うう、お、思い出したくない!
あ、あんな目にもう一度あうくらいならサッサと首を括るなりしたほうがマシだ!?
結局何もかもを失くした俺は、他の二人とともに今日も牢屋の中で物音に怯えながら無為な時間を過ごす。
⋯⋯今は何もかもが怖い。
外から聞こえる声が、木材を叩く音が、人の足音が、そして尋問する時に必ずやってくる赤毛の女魔法士の眼が――――!
セレスティナもグアンターも同じなのだろう。
二人とも膝を抱え、必死に外からの情報を断とうと目と耳を塞いでいる。
⋯⋯あぁ。が暗い。真っ暗だ。
もうここに入って何日目なんだ、いつ俺は楽になれる? この絶え間ない恐怖からいつ解放される!
自殺しようとしても、あの赤い女が何か魔法を掛けてできないようにされてしまった。
泣きすぎてもう零れないと思っていた涙がまたポロポロと溢れてくる。
ズッと鼻を啜り、何気なく牢の外を見た、その時だった。
「っ――――ひぃぃぃっ!?!?」
「黙れ、喚くな」
そこには覆面を被った男が立っていた。傍にはもう二人ほど従え、俺たちを睥睨している。
「いいな、声を出すなよ。これからお前たちを逃がす」
「ヒィえ、に、にがす⋯⋯?」
そう枯れた声で言ったのはセレスティナだった。
「あぁそうだ。辺境伯の元へ俺たちが連れて行く。大丈夫だ、外の奴らにバレることはない」
そんなこと、そんなこと!
へ、辺境伯のところに行ったって証拠隠滅のために殺されるだけだ、何処に行ったって変わりゃしない!
もし仮に奴らに連れ戻されでもしたら、またあの地獄を見る事になるんだぞ!?
そう口にしようとして、しかし助かると思い込んだセレスティナが我先にと牢の鉄格子にしがみ付いた。
「早く! 早く出して! お父様のところへ連れて行って!」
「喋るなと言っている。沈黙」
男は魔法も使えるのか、俺たち三人にサイレントを使い喋れなくしてしまった。
「――そうだ、一応確認しておかねばな」
そう言って覆面の男は、どこか見覚えのある冊子を俺に見せてくる。
「これは貴様が書いたもので間違いはないか?」
見せられたのは、俺がしたためた裏帳簿だった。
声が出せず、だたウンウンと頷くと、男は覆面越しでもわかるほど満足げな態度だ。
そして何故か知らんが、奴らは当然のように牢の鍵を持っていた。
檻が音を立てないようゆっくりと開かれると、俺たちは麻袋に全身を詰め込まれて担ぎ上げられた。
揺れる感触は最初こそ徒歩のそれだったが、途中から馬に乗せられたようだ。
シンとした周囲の空気の中、蹄が駆ける音だけが響く。
だがそれからどれほどした頃だろう。
急に俺たちを連れ出した連中が慌ただしく喚き始めた。
あまりの混乱ぶりに何を言っているのか聞き取れないが、周りから聞こえる音から察するに何人もの追手が彼らを阻んでいるようだ。
この時点で俺は、もう何もかもがどうでもいいと感じていた。
どうせ何処で誰に会ったって最後には殺される。
もし死ぬならそれでよし、連れ戻されたら土や靴を舐めてでもあの拷問だけはやめてくれと懇願しよう。
妙に冷静になった頭でそう考えていたら、身体中にいきなり痛みが走った。
どうやら馬から振り落とされたらしい。
苦痛に呻きのたうち回り、そしていきなり光が飛び込んできた。
身を包んでいた麻袋を乱暴に引きちぎられ、眼には優しい月明かりが差し込んだ。
あぁ⋯⋯なんて綺麗な月なんだろう。
その綺麗な月が、ゆっくりと傾いていく。
あれ? おかしいな。もう地面しか見えない、なんでだろう。
あぁ、そうか。
俺は――――首を刎ねられたんだ。
ようやく訪れた死に、本当に心から安緒した。
とまぁクルーカくん視点での幕間でした。重要な部分は隠れていて分かりません、彼の死も含めて。
次回、今度こそ再会と謝罪! 今度こそ!
ここまで呼んでくださりありがとうございます!少しでも面白いと思って頂けたら是非ブクマや☆☆☆☆☆評価をお願いします!
ご感想、レビューなどもお気軽に!