第114話 一応罠を張りました。
こんにちは、勇者です。
奴隷たちを匿う廃城から戻った翌日。さて今度は何をするのかとルルエさんやエメラダに尋ねてみると、今は情報待ちだということ。
情報って、何処からそんなの手に入れてるんでしょう?
先日のエルヴィンの話では白虎騎士団の強襲もあり得るということだったので気を張っていたのですが、その気配もありません。
まぁいいや。昨日の料理で酷使した身体は、普段の鍛錬とはまた違った疲れをもたらしてちょっと気だるい。
何もないと言うなら、ゆっくりと休ませてもらいましょう。
「ルルエ様」
そう思っていたら、自分たちが最近なぜか占拠し屯している応接間にサルグ・リンが顔を出しました。何処か遠慮がちに薄く開けた扉から顔を出し、何事かルルエさんに小さく耳打ちしています。
それを最後まで聞いたルルエさんは満足げに頷き、サルグ・リンの頭をひと撫でしました。
ちょっと困惑気味にペコリと礼をして去っていくと、ルルエさんが叫びます。
「さぁ、大詰めよぉ! エルヴィン、進捗は?」
「昨晩も徹夜で作業しておりましたので、明日の朝までには終わるかと」
テーブルで黙々と何かを書き写していたエルヴィンが顔を上げて答えました。
本人が徹夜と言っているだけあって、その顔色はあまり良くなさそうに見えます。
「よろしい。エリクシルあげるから、もうちょっとがんばってね!」
そう言って胸元から取り出した小瓶を無造作に放り投げました。
受け取ったエルヴィンは若干困ったような顔をするも、体の疲れには抗えないのか蓋を抜いて一気に煽りまた書き物に勤しみ始めました。
「エメラダのお嬢ちゃん、パパに会ってごめんなさいする覚悟は出来てる?」
「ちょ、馬鹿にすんなよ姐さん! パ、パパとか呼んでねぇよ⋯⋯もちろん謝るし今回の説明も任せてくれ!」
「せっかく実家に戻るんだから綺麗に着飾りなさいねぇ、出発は明日だからしっかりと準備することぉ!」
ルルエさんの言葉に露骨に嫌そうな顔をするエメラダ。着飾るということは、またあのドレスを着るということですか。
⋯⋯実はもう一度見たいと思ってたので、ちょっぴり楽しみ。
「クレムの坊や! クロちゃん!」
「はいっ!」
「ハーイ!」
「特にやることないから! ドワーフのところにでも行ってお手伝いしてきなさい。でももしかしたら危ない奴が出てくるかもだから、その時は殺さない程度にぶち殺しなさぁい」
え、それ殺すの? 殺さないの?
「えっとぉ、お仕事を手伝いながらの護衛、ということでよろしいですか?」
「えぇ、でもそう身構えなくていいわぁ。あまり気を張ると相手も妙な動きをするかもだし、あくまでお手伝い! いいかしらぁ?」
二人揃って元気よく、はいっ! とお返事。
この子たちが並ぶと、髪色は違くてもまるで可愛い姉妹のようです⋯⋯ん? なんか間違った気がする。
「そして最後にグレイくん!」
「⋯⋯⋯⋯はい」
やだなぁ、面倒なこと言われないかなぁ。
「ちょっと罠を張りに行くから私と同行ねぇ! 頑張ればすぐに終わるからぁ」
あ、駄目です。これきっと面倒なやつです。
「では各自解散、ほらグレイくん行くわよぉ!」
うぁ〜。と項垂れていた自分の襟首を掴むと、ルルエさんはそのまま転移の魔法を発動させてしまいました。
何処行くんですか〜せめて説明してから飛んでください〜。
◇◇◇◇◇◇
「って、ここは里のすぐ側じゃないですか。なんでこんな近場なのに転移なんか使ったんですか?」
転移先は、なんの変哲もない道の真ん中。
ちょっと遠くを見れば、頑強な作りの竜人の里の門と外壁がまだ視界に入る距離。
「ちょっとねぇ、里の中に内通者がいるのよぉ。だからそいつらに気付かれないようにこうやって出てきたの」
ぬ。それはちょっと聞き捨てならない事態ですね。
里の人たちを疑うことはあまりしたくないのですが⋯⋯。
「そんな顔しないの。もう誰が内通者かは分かっているし、きっとグレイくんもそれほど心は痛まないから大丈夫よぉ」
何が大丈夫なのかはわかりませんが、こうして出てきた理由はわかりました。
気分を切り替えて、自分のやるべきことをやりましょう。
「それで、罠を張るって言ってましたが何をすればいいんですか? 自分、狩猟用の罠は多少仕掛けられますが本格的な対人用は無理ですよ」
「狩猟罠を仕掛けられる勇者っていうのもある意味珍妙よね⋯⋯。でも今回はちゃんとグレイくん向きの罠よぉ」
そう言いながら、ルルエさんは道の先へと歩き出してしまいます。
自分もその後をついて行くのですが――結構歩きますね?
「う〜ん。あまり近すぎても里から出てすぐ混乱しちゃうだろうし、この辺からかしら?」
そう言いながら、ルルエさんが手に持つ杖で適当な丸を書いていました。
「さてグレイくん。前に手に入れたその指輪、もう何度か使ったわよねぇ?」
「え? はい。とは言っても低位の死霊を呼んだくらいですが」
「よしよし、じゃあそうね――里にいる戦闘特化したエルフが苦戦する程度の彷徨う騎士とか呼び出せるかしらぁ」
「なんか随分と注文が細かい⋯⋯あの、リビングアーマーってどんなのですか?」
「アレよ、アルエスタの王の間でグレイくんが殺されまくった銀騎士。あの超劣化版を作って欲しいの」
ふむ、なるほど。イメージはなんとなく分かりました。
しかし強さの調整かぁ⋯⋯極端なのはできるけど、微調整となるとどうなんでしょうか。
「う〜ん⋯⋯とりあえず試しに一体作ってみますか。その強さを基準に、ルルエさんが強弱を決めてください」
「ハイハイ。じゃあ早速お願いねぇ」
では――――ホイっと!
指輪に魔力を込め、自分のイメージする超劣化版銀騎士さんを召喚してみる。
ちなみにこの指輪、特に詠唱は必要なく自由に死霊を召喚できちゃうという地味に優秀なアイテムなのです。
まぁ出せるのが死霊のみというのが難点ですが。
ぼんやりとした光の中から現れたのは、あの銀騎士よりも遥かに見窄らしい鎧を纏った何か⋯⋯というか見窄らしい鎧が勝手に動いていると言ったほうがいいでしょうか。
特に命令を出さなければ、これらは勝手に動くこともありません。
その場に留まらせ、ルルエさんに検分してもらいます。
「いかがでしょう?」
「ん〜。ちょっと強すぎかな? もう一段くらい弱い奴がいいわぁ」
「ハイハイ」
低級リビングアーマーにはお帰り頂き、さらに弱いものをイメージして呼び出す。
すると今度は、粗雑な革鎧に身を包んだリビングアーマーが出てきました。
さっきのとは違い鎧に包まれていない顔や手足など、剥き出しの部分も多い。そういった所はぼんやりとした黒い影のようなものが集まっていて、これぞ死霊といった雰囲気です。
「どうでしょう?」
「正直言えば、もう少し人間っぽいのを出してもらいたい所だけど。黒い部分とかどうにかなる?」
注文多いですね! やってみるけど!
革鎧の死霊にほんのちょっぴり魔力を送り、黒い影の部分に肉を付けるイメージをしてみます。
すると影はウネウネ蠢きながら実体を持ち、人間が革鎧を纏ったような物が出来上がります。
「顔も肌もあるしパッと見は人間ぽいけど⋯⋯肌色が悪いですね、紫色してますよ」
「いいのいいの、どうせ使うのは夜だと思うから分かんないわ、きっと。じゃあこれと同じのをあと五十体召喚してもらえるかしらぁ」
「そんなにいるんですか!? まぁ出来ますが」
「あ、待って。ここに一気に呼ぶんじゃなくてぇ、道に沿って等間隔に置いてって欲しいの。あとあとぉ、実際これを使うのはまだだから、人から見えないよう不可視化しといてねぇ」
だぁから注文多いって!
出来ちゃいますけど!
その後はルルエさんの言うがまま、しばし歩いては死霊を呼んで配置し不可視化して、また歩き出す。
それを延々と繰り返していました。
「あの、ルルエさん? この作業結構やってますけどまだ終わらないんですか」
「もうちょっとよぉ、あと十体だから。まぁちょっと過剰な気もするけど、これくらいやったほうがビビるでしょ」
誰が? という自分の問いには答えてもらえず、結局その後十体の死霊を配置し終えました。
「はいお疲れ様ぁ。最後にアルダムスを呼んでもらえるぅ?」
「あ〜はいはい。アルダムスさぁん、ご指名ですよぉ」
『私を呼んだな、青年! ――――っと。これはルルエ様、失礼致しました』
「別に畏まらないでぇ、あなたの主人はグレイくんなんだからぁ。それでアルダムス、ちょっと頼みがあるんだけどぉ」
と、二人は何やら話し込み始めます。
それにしてもこの二人って、何故か以前から面識があったような会話をするんですよね。
「――――とまぁ、今の段取りでグレイくんの呼んだ死霊を使って適当に遊んであげてちょうだい。あ、こっちが殺しちゃダメよ? あとで面倒になると困るからぁ」
『お言葉のままに。いやぁ、此度も何やら楽しげなことをしておりますな! 先日の拷問といい、青年の守護霊になって本当に良かった!』
⋯⋯あんた本当に守護霊ですか? 悪霊じゃなくて?
自分、ただ取り憑かれているだけなんじゃあ――という不安が一瞬過ぎります。
「楽しむのもいいけれど、今回はあくまで追い詰めるのが目的だからねぇ。遊びすぎて散り散りにしたりとか、間違って殺しちゃったとかないように気をつけるのよぉ? それとね――――」
そう小言を吐きながら細かい指示を出すルルエさんを前に、アルダムスさんは縮こまってしまいます。
ほうほう、アルダムスさんはルルエさんが弱点と。
これはちょっとやんちゃが過ぎるときに使えますね!
こないだの尋問も勝手された挙句に奴隷商人たちから怯えられる羽目になったんですから、今後は気をつけないと!
「じゃあ罠の設置はこれでおしまい! 戻ったらお酒でも飲もっかなぁ? グレイくん、なんかおつまみ作ってぇ」
「エルヴィンになんか書かせてたじゃないですか。あれ手伝ってあげればいいのに」
「嫌ぁよ、インクで手が汚れるもの。それにああいう筆跡を真似るような細かいことはエルヴィンの方が得意でしょきっと」
あ、あれ書き写すだけでなく筆跡まで真似てたの?
なんかエルヴィンの負担が半端ない気がします⋯⋯あとでなんか差し入れ作ってあげよう。
そんな感じで時間は過ぎていき、そしてこの日も白虎騎士団の奇襲はありませんでした。
勇者が死霊とか気軽に扱っていいの?とか思ったそこのあなた!その通り、でも細けぇこたぁいいんだよ!
それに奴隷商人たちに怯えられているのはアルダムスさんのせいじゃなくルルエさんに毒されてるグレイくん自身のせいだしね⋯⋯。
という感じに色々と策謀を巡らせてはいますが、こういうのって書くの難しいね⋯⋯。
そして結局予告詐欺になったね!
次回、再会と謝罪です。
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