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幕間 白虎騎士団

 竜人の里から騎士団が引き上げてからその日の夜のこと。


 里へと通ずる道は主要な街道から外れているものの、大きく分けて二つある。


 一つはアレノフ伯爵の治める街クルグスへと通ずる、まるで獣道と見紛う荒れた細道。

 そしてもう一つが、ペルゲン辺境伯の治める領地でも里に比較的近い街プルメルテへと通じる、多少しっかりとした大きめの道だった。


 里の者たちは外へ何かしらの物資を求める際、このプルメルテにまず立ち寄る。

 そちらの方が里から馬で二日とクルグスに対して近く、馬車も通りやすいからだ。


 以前ドータが竜人の贄にと羊を求めた際にクルグスにいたのは、単に懇意にしていた畜産家が伯爵領で牧場を構えていたからだ。


 普通に食材や鉱山で使う工具などを求めるときはプルメルテへ足を運ぶ。


 そのプルメルテへと続く夜の道端に、複数の焚き火を構えた騎馬の集団が野営していた。

 そんなところで野宿をする場違いな騎士たちは、皆精強そうな顔付きで装備も体格も良い。


 里へやってきたルーメス以外の騎士の実力とは一戦を画した彼等の顔つきは、みな硬い。

 それは夕刻に立ち戻った彼らを纏める存在であるルーメス本人から、里に滞在するという勇者グレイ・オルサムの実力を聞かされたからだ。


「それで団長、閣下にはどのようにご説明するのです」


「事実をありのままお伝えするしかあるまい。あれは⋯⋯我々の手に余る」


 一際大きな火を焚き、車座に座る一団。その数は十名。

 その中の一人、白虎(はくこ)騎士団の副団長ガリアスは戻ってから一向に顔色の優れない上司に問いかけ、その答えに顔を顰めた。


 他の騎士や従士たちも似たようなものだった。

 ルーメスに共をさせた者たちはまだ騎士団に入団してから日が浅く、練度も低い。わざとそのような人選をした。


 そのほうがこちらの戦力を見誤ってくれるだろうと踏んだからだ。

 だがその彼らを率い、交渉とやりたくもない下策の下地を作りにいった団長自らが手に余ると言った。


 騎士団の中で最も古参であり勇猛な彼がそう評価するのだ。

 待機していた騎士たちがそれを聞いて困惑するのも無理はないだろう。


 白虎騎士団。

 三十年ほど前に起こったスルネア遊放国の国境侵攻の際、多大な被害を受けつつもそれを退けたペルゲン前辺境伯が創設したズルーガ最強と謳われる戦闘集団。


 騎士団の名の由来は、かつて国境沿いに居城を構えていた脅威。白虎(はくこ)の魔王マルドゥリーを彼らが討ち取ったことに由来する。


 その魔王を討ってからも騎士団は研鑽を続け組織も大きくなり、今ではかつての実力より数段強くなっていると団長ルーメスは自負している。


 そのルーメスをして、手に余ると言わしめたのだ。


「しかし⋯⋯閣下がそれで納得なさるでしょうか。状況を逐次把握するためにわざわざプルメルテにまでお出になっているのに、そのような報告をすればなんとおっしゃるか」


「事実は事実だ。夜襲を掛けてでも罪人を連れ出せとの仰せだったが、あれは不可能だ。こちらが返り討ちにあうだけよ」


 プルメルテ間に野営している騎士は十名、それに付く従士が二十名。


 当初の目的では、交渉に失敗すれば野盗にでも変装して里を強襲し目標を奪取する計画だった。

 それこそ、里の人間を皆殺しにしてでもだ。


 その時のための威力偵察として模擬戦を王女へ嘆願し戦ってはみたが、実際は思ってもみない結果となった。


 しかも相手は高々「翠」風情の勇者に計画の断念を余儀なくされてしまったのだ。


 翠の勇者と一言に言っても、その強さはピンからキリまで様々だ。


 たとえ低位の序列に立つ弱い魔王でも、それを倒してしまえば冒険者斡旋ギルドから、さらに言えばそれを統括する勇者協会から認められて勇者として名乗れるのだから。


 自らの家に箔をつけたいからと、どこぞの貴族が私兵を率いてその名を得ることもある。


 だがここに集う白虎騎士団の精鋭たちは、その一人一人が翠等級の中でも上位の者と相対しても勝つことが出来るだろう強者揃いだ。


 けれどそこから先の「蒼」の位はわけが違う。翠の中でもずば抜けた者だけが試練に挑みその栄誉を得られるが、その道のりは至難と言うほかない。


 さらに「白金」ともなれば、その実力は国の一軍に相当する。まさにバケモノなのだ。


 団長ルーメスは白虎の魔王を仲間と討ち倒した際に、その実力を加味して特例として蒼の称号を与えると言われた。


 しかし国に、そして心酔していたと言っても良いペルゲン()辺境伯にその身を捧げたと自負するルーメスはその栄誉を断った。


 白虎騎士団の面々にとってルーメスという男はペルゲン()辺境伯を押し退けて忠誠を誓うべき旗印であり英雄なのだ。


 その彼をこのような顔にさせる翠の勇者とは一体何者なのか。


 シンとした静けさの中で焚き火が爆ぜる音だけが耳に響く。

 その燃える火を見つめながら、ルーメスは昼の戦いを思い出す。


 あの時は自身も実力の半分も出してはいなかった。

 だが彼は――グレイ・オルサムは自分よりさらに実力を隠していると確信していた。


 剣を交えた瞬間に感じた違和感。あれは阻害(デバフ)魔法を使われている者から感じる独特のぎこちなさだった。それもかなり強力な魔法に思える。


 そんな状態で自分と立ち合い、虚を突く柔軟な思考と勝ちを拾おうとする貪欲さ。


 あれは虎だ。


 まだ若く精強だった頃に死に物狂いでどうにか倒してみせた白虎の魔王。それを彷彿とさせた。


 そんなバケモノに自分の大事な精鋭の部下をぶつけるわけにはいかない。


 辺境伯から如何な叱責を受けようとこの作戦は実行しない。ルーメスはそう硬く決意していた。


 そもそもが、このような茶番に騎士団を遣わせる領主に対して怒りさえ覚える。


 前辺境伯は大らかな心と荒々しい気概に満ち、まさに理想の主君と言えた。


 しかしその息子は違った。


 剣の腕はそれなりだがズル賢く、裏でコソコソと動くのが得意な男。


 次期領主となるはずだった嫡子は不審な死を遂げ、南部領地の貴族たちの声もあり()の男――ピリシアガ・ペルゲンが跡を継いだ。


 それからのルーメスの日々は暗澹たるものだった。

 昔と違い工作まがいの作戦など茶飯事。此度の件も自分の「種」が原因だというのに事実を捻じ曲げようとし、挙句は火消しついでに過剰な利益を得ようとしている。


 いっそ騎士団総てを伴って領地を出奔し、別の主君に仕えようかと下らぬ妄想をしてしまうくらいには、ルーメスの心は疲れていた。


 ルーメスに合わせ誰も口を開かず沈黙が場を占める中、不意に道から外れた森の中で葉擦れの音がした。


 数人の見張りがすぐさま反応し、腰の剣に手を掛け警戒する。


 ガサガサと草木を分けそこから姿を現したのは、一人の屈強な体躯の男エルフであった。


「おや、雁首揃えてお悩み中のようだな」


 エルフは何処か騎士たちを小馬鹿にしたように口端を釣り上げる。

 その表情に場が殺気立ったものの、彼に剣を向ける者はいなかった。


「――――貴様か」


「おう、昼間はご苦労さんだったなぁ団長さん」


 横柄な態度のエルフに、さらに騎士団の連中は苛立つ。

 だが無礼な目の前のエルフは、彼らの貴重な協力者でもあった。


 故に言いたいことはあるものの、誰も口を開かない。


「どうだ、俺の言った通りだろう。あの男相手じゃさしもの騎士団でも手は出せまい」


「⋯⋯不本意ながらその通りだ」


 ルーメスは苦々しげにエルフを睨んだ。

 しかしそれでも飄々とした態度のエルフは、人間に敬意を払うべくもないと無遠慮に車座の騎士たちの間に割り込みルーメスの隣に座る。


「こっちの仕込みは済んでるぞ。やるのか、やらんのか」


 腰に下げていた革の水筒を手に取り、ぐいと煽り飲む。中身は酒なのか、周囲に酒精の匂いがほのかに立ち込めた。


「貴様のような者の手を借りるのは癪だが⋯⋯致し方あるまい」


「じゃあ決行は三日後だ。例の件はよろしくな。忘れずに「ご領主様」とやらに陳情してくれや」


 ゲェッと下品なゲップを一息振り撒くと、エルフはすぐに立ち上がりまた森へと消えていった。


 森は彼らの庭だというが、よくあれ程に夜目が効くものだと感心しながら、ルーメスは吐き捨てるように呟いた。


「エルフは高潔な種族だと聞いていたが、貴様のような屑もいるのだな。グアー・リン」

はい、みんな大好き屑オブ屑のグアー・リンが満を持しての再登場ですよ〜、みんな拍手!

エルフの族長をシルフ直々に降ろされた彼の心中をお察しください。この屑が!


次回、対策です。(たぶん)


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