幕間 セレスティナの胸中
日曜投稿分として早めに投下します。ちょっと具合が悪いので.......。
私、セレスティナ・ペルゲンはこれまでで受けたことのない最大の恥辱と汚辱、そして何より恐怖に塗れていた。
肌を這いずり回る不快な感触。
う〜、あ〜、と言葉にならない呻きを上げて、それらは私の身体を苛む。
時には爪の剥がれた指で必死に引っ掻こうと私の腕に手を這わせ、ボロリと指が落ちる。
時には歯の抜けきった口で私を噛みちぎろうと口を大きく開け、肩や首に食らい付いては脆くなった顎が外れたり砕けたりしてだらりと舌が垂れる。
滴った唾液や腐った肉の腐液は私の胸元に垂れて服に染み込み、ぐっしょりと濡らしていく。
それらが五体、幾度も幾度も身体を崩しては甦り、また私に纏わりつくのだ!
やめて! やめて! やめて!
何度叫んでも、脳まで腐りきった彼らにその言葉は届かない。
それどころか此奴らは私の奇声を聞くと喜ぶように頬肉の無くなった顔で笑うの!
助けてと、嫌だと私はあの男に懇願した。
しかし常に敬語で話し飄々とした態度を崩さないあの碧の勇者は、それがなんてこともないように私を無視して他の二人にも苦痛を与えていく。
怖い⋯⋯!
事もなげにこんなことをして平然としているあの男が!
私なら相手に苦痛を与えたときには何かしら感情を表に出すだろう。
でもあの男はそれすらなく、淡々と同じ態度で私たちに対峙し苦痛を与えていくのよ。
私に張り付くゾンビたちもそうだが、グアンターをボコボコにしている巨漢の亡霊もあの男が使役しているのでしょう。
グアンターは決して弱くない。
むしろ人狼であるから、本来の姿になればその膂力は普通の人間の数倍にもなる頼もしい男。
その彼が今、ゴミ屑のように転がっている⋯⋯。
右を向けば何かの呪いを掛けられたのだろう、クルーカが血の混じった吐瀉物を吐き出しながらもがき苦しんでいる。
あの男はクルーカに死にたくても死ねないと、優しい声音で言った。
そんな恐ろしい呪いを使うあいつは⋯⋯狂っている!
あぁ、あぁ、あぁッ!
ここはそう、まさに地獄だ!
私は父に家から追い出されてからこれまでで、この世の全ての地獄を見てきたと思い込んできたわ。
だけどそれは勘違いだった、地獄はここにある。
いえ――――きっとあの男にとってこんなものは地獄でもなんでもないのでしょう。
こんなのただの日常の一幕に過ぎない。
そう言外に表すようにあの男は私たちの苦しむ姿をつまらなそうに眺め、そして出て行ってしまった。
普通は拷問する相手の状況を見定めながら苦しめるものでしょう!?
なんで、どうして出て行ってしまうの!
こ、これじゃ、わ、私、どう助けを求めれば!
なんでも喋りますって、言うこと聞きますって言えないじゃない!?
そ、そうだわ! 彼はあの巨漢の亡霊に監視の役目も付けていた、私はこんなのもう御免よ!
そう決断してとにかく叫んだ。
「お゛ねがい゛じまずッ! なん、なんで、も、喋る! 喋り、ますから! もう止めてっ、これとめてェェッ!!」
口を開けば、自分の抑えきれない感情がダダ漏れた。
ひどい滑舌で懇願する自分を、以前の私なら情けないとなじる事だろう。
だけどッ、こんなのもう嫌よ! 気持ち悪いのッ、臭い、吐きそう!
執拗に這い回る舌が、指が手がッ! 肌に落ちる汚い汚濁がッ! 私に染み込んでくるのよ!!
「おおお、お、おね、い、じま゛ずッ! あのひどに! づだえ゛でっ、なんでも゛言うがらァァッ!?」
『――――――――ふむ』
グアンターを砂袋のように殴打していた手を止め、亡霊は私を睥睨した。
そしてニッコリと微笑んだ。それは満足そうに。
あぁ⋯⋯これならすぐ解放される。
こんな悪夢からは早く解放して頂戴!
『まだ喋れる余裕があるね! そのまま続けたまえ!』
張りのある大声が響き、その言葉を理解するのにいったいどれ程の時間が掛かったろう。
『我が友は、君たちが正直に全てを告白することを望んでいる。私もその意を汲んで此処にいる』
グダリと項垂れたグアンターに、男が回復魔法を掛けた。
傷は治り切らず半端に塞がって、そしてまた殴打を再開し始めた。
『なに。全て始まったばかりだよ、急ぐことはない。それに彼は非常に優しい。女性の君の肌を傷つけまいと、そんな丁寧な作りのゾンビを選んだのだ。またと無い機会だよ、じっくりと味わいなさい!』
その一言を皮切りに、私にしがみ付く屍人たちの動きが激しさを増した――。
モノは腐り落ちていて性的な恥辱こそ受けなかったものの、今思えばいっそそうしてもらった方がどれほど楽だったろう。
屍人たちは徹底的に、その腐った肉を私に擦り込んでは高笑う。
それに私は耐えきれず、耳と目を塞ぎガチガチと震えながら一夜を過ごした⋯⋯。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
いつの間に日が登ったのか。ずっと目を瞑っていたからわからない。
押さえる耳から漏れ聞こえる屍人たちの這い回る音と感触。
クルーカの苦しむ叫声。
そしてたまに響くグアンターの骨が砕けては咽び泣く声。
それが止んだのは、目の前の扉が開いた時だった。
昨日と変わらずの飄々とした顔で私たちを見回している。
私は言った、ごめんなさいと。何度も、何度も何度も何度もなんどもなんどもナンドもナンドモッッ!!
これが最初で最後のチャンスなんだ!
これで許して貰えなきゃまたあの夜が来る、いや、いやっ、嫌ぁぁっ!
もう嫌なの! 怖いの、臭いの、気持ち悪いのッ!
音が響くの、グチャって、ベキって!!
助けて助けてって何度も聞こえるの、なのに何も答えてくれないの!
だから許してッ、お願いします何でもしますなんでも喋ります!!
そんなふうに心の中で取り乱していたら、男は私に纏わり付く屍人をあっさりと消してしまった。
私を温かい湯で綺麗に洗って、しっかりと乾かしてくれた――――。
何が起きているのか、わからない。
クルーカも呪いを解かれ、薬を飲まされている。
グアンターもこれまでより上位の回復魔法でしっかりと癒されて、労るように毛布まで掛けて肩を摩っていた。
男が何か喋っていたが、全然耳に入ってこない。
なんか困ったような顔をした男は、立ち上がると納屋から出て行ってしまう。
⋯⋯ああああああああぁあああっぁぁぁぁ!?!?!?!?!?
なぜ、なぜ! なぜ! なぜ! 行ってしまった! 行ってしまった!?
どうしよう、喋れなかった! 謝れなかった!
このままじゃまた、またぁぁッ――――、
コトリ、と。
錯乱している間に男はすぐ帰ってきていて、いい匂いのする食事をトレーに載せて持ってきた。
それを丁寧に私たちの前に差し出してくるの⋯⋯。
ど、どういうこと?
ま、まさか毒?! えぇそうよ! そうに違いない!
こんなことをする人間がここでただ食事を与えるわけがないわ!
こんな、こんな、なんて――――美味しそう⋯⋯。
思わず男の顔色を窺ってしまう。
すると男が優しい声音で言うのだ。
「食べていいですよ」と。
始めは恐る恐る口を付けた。
どんな酷い毒が混ざっているかもわからない。それでもこの空腹感には抗えなかったの。
一口。二口。三口。
咀嚼したものを胃の腑に落とし、様子を見る。しかし何も起こらない。
それどころか、芯まで冷えた身体をジワリと中から温められる。
もうそれからは匙が止まらなかった。
夢中で目の前の食事を貪り、あっという間になくなってしまった。
お腹が満たされ、訪れたのはふわふわとした多幸感。
あんなに辛い目に遭っていたのに、今はなんだか、気持ちがいい――。
その夢のような感覚から引き戻されるように、男の声が耳に届いた。
「それで皆さん、何か喋る気になりました?」
その言葉を聞いた瞬間、私たち三人は話を合わせるでもなく全く同じ行動を取った。
地面に這いつくばり、頭を擦り付け、今出せる精一杯の大声で。
誠心誠意叫ぶのだ。
「「「なんでも喋りますから、命だけはお助けをッ!!」」」
グレイくんは他人から見るとこんなふうに見えるらしいですよ奥さん?と言う感じのことを表現したくて書いた幕間でした。これでこの三人は決してグレイくんに逆らうことはないでしょう。
次回、次回こそ帰還です!
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