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第7話 一応助けてみました。

 こんにちは、勇者です。


 それから自分たちはキラーアントの巣穴からダンジョンへと移り、探索を開始していました。


 ダンジョンは魔鉱石の灯りで巣穴ほど暗くはなく、石畳の敷かれた廊下がグネグネと入り乱れています。


ここでモンスターの巣穴とダンジョンの定義について。


 巣穴は一種類の魔物が自分の住処として形成した言わば大家族の一軒家です。


 対してダンジョンは人工的に作られた建造物や、上級の魔物が自陣の要塞、テリトリーとして作りあげ、そこに多種の魔物が入り混じって暮らす言わば集合住宅です。


 塔のように上に伸びるものもあれば、こちらのように地下へ拡がるものと様々です。


 従って、上層から深層へ進めば進むほど警備は厳重となり、自然遭遇する魔物は強く、勿論罠だってあります。例えば……、


「だぁーっちょ、ルルエさん、押さ、押さないで! 明らかにこの先トラップアッー!!」


 床にこれ見よがしな感知式トラップがあるにも関わらず、避けるのが面倒とぐいぐい押される自分はその罠を悉く踏み、槍衾に晒され、毒矢の雨に撃たれ、落とし穴に落ち串刺しとなり、巨岩の落下でぺしゃんこにされています。


 それでも自分は生きている! いやもうこんなん死んだほうがマシだ!


「へーきよぉ、幾ら死にかけても全部治してあげるからぁ」


「そういう問題じゃないんです! 回避できる危険は避けようって言ってあ、またアッー!!」


 上から降り注ぐ煮えたぎる溶鉄を被る自分。半身が焼け爛れ、溶けた鉄はベットリと肌にまとわりつきます。


「あら大変。大氷結(エルドアイシクル)、からの治癒(ヒール)~」


 熱々の鉄は一気に冷え固まり、自分の皮ごと剥がれ落ちます。


 そこにすかさず治癒魔法を受け自分は元通りです、見た目は! 見た目は!


「も、もうなんで全部罠を受けなきゃならないんですか……痛いの嫌なんです、熱いの嫌なんです……堪忍、堪忍してぇ……」


「もう泣かないでぇ。ほら、どんなトラップでも一度くらいはその痛みを味わっておいたほうがぁ、今後の危機回避にも大いに影響すると思うのよぉ」


「パブロフのなんとかじゃないんですから!」


「犬とか箱の中の猫はどうでもいいのよぉ、私はさっさと先に進みたいだけぇ! なのにここ、罠が多すぎるんだものぉ」


 当然でしょう。自分たちはキラーアントの巣穴の最下層から横入りして侵入したわけですから、このダンジョンでもかなり深いところまで来ているはずです。


 そうなればこれだけの罠なんて割と普通なのですが……。


「いいからグレイくんは何があっても突き進む! ダメージは全部帳消しにしてあげるわぁ、痛みは保証外だけどぉ!」


「それが一番問題なんアアアアアアアアッッ」


 放電の結界に捕まり感電しています。あ、なんか向こうに綺麗なお花畑が――――。


結界開封(ブレイクバリア)治癒(ヒール)。……もう、ここのダンジョン作ったやつはさぞ陰険な人間か魔物ねぇ」


 プスプスと頭から煙を上げながら、あんたもそう変わらねぇよと毒づきます。


 それから一体いくつの罠をこの身に受け死にかけたでしょうか。


 最後のほうにはルルエさんも一々治癒を掛けるのが面倒になったようで、自分の知らないような高等魔法を掛けられて傷つく傍から治っていく疑似アンデッド状態となりました。


 恐らくトラップ地帯からは抜け、暫くは階層を降りてもなにもなく静寂が続きます。


「え~、今度はモンスターも湧かないのぉ……つまんない!」


 あんた何処の悪役令嬢ですか作品変えますか? そうメタメタしながら進んでいくと、突き当たりにあるのは見るからに罠とわかる怪しい宝箱でした。


「グレイくん、あれあれ! 言いたいこと、わかるよね!」


「わかるけど嫌です拒否ですそろそろ本当に死にます」


「だから生き返らせてあげるって」


「そういう問題じゃないって何度も言ってますよね!?」


「いいからぁ、さっさと開けてきなさぁい!」


 背中から足蹴にされ、自分は宝箱の前でつんのめります。


 さて、これがミミックなら頭からパックンで終わり。

 炸薬式なら身体がバラバラになって終わり。


 一番幸運なのは何かしらの毒ガス系を期待しますが、どちらにしても苦痛を受けるに変わりはありません。


 自分は震える手で宝箱に手を添えると、ゆっくりとその蓋を開いていきます。


 五センチ、十センチ、少しずつ隙間は拡がり、ついには何も起こらず宝箱は開封出来てしまいました。


「………………ちっ」


 後ろから悪魔みたいな舌打ちが聞こえましたがもうこの際気にしないことにしましょう。


 中を覗き込んでみると、そこにはネックレスが一つ入っていました。


 紫の大きな宝石の周りに、見るからに禍々しく髑髏の装飾が施されています。


「あの、ルルエさん。こんなん出ました」


「どれどれぇ、鑑定してあげよう――――ふむふむ」


 胸の谷間に手を突っ込み、取り出したのはルーペでした。あの谷間は異空間にでも通じているんでしょうか。


「これは『惑乱の首飾り』ね。敵が味方に見え、味方が敵に見える、という初見殺しの呪いのアイテム」


「あ~、箱の中身がトラップなやつでしたか……まぁ装飾見れば付けようとも思いませんが」


「ま、精神力の強い人間が付ければなんてことない代物よぉ。どうするぅ、解呪して売り払う~?」


「いえ、せっかくなのでそのまま持っていましょう」


 ルルエさんの手から首飾りが返ってくると、自分はそれを雑嚢の奥に突っ込みました。


「さて、ルルエさんじゃないですけどそろそろ本当に何もなさ過ぎてちょっと退屈になってきまし――――」


 そう言って歩き出した時です。


 フッと足元の感覚が消え、自分が落ちていることに気がつくのはかなり遅かったと思います。


 落とし穴、それも下の階層へ続く深いものでした。


 ルルエさんとクロちゃんの叫ぶ声が遠く、落ちた穴もすぐに塞がり、自分は重力に従いぐんぐん落ちていく。


 あ~、これまた痛いやつじゃないですかぁ……。


 そう思った瞬間、ゴキリと耳どころか全身に音が伝わり、自分があり得ない形にひしゃげているのが分かりました。


 辛うじて見える動かせない視界で、床に自分の血が拡がっていくのが見えます。


 しかしそれも、すぐに巻き戻るように自分の中へ吸い込まれていきます。


 砕けた骨肉は繋がり、ひしゃげた頭蓋骨も風船を膨らませたように元の形に。


 ルルエさんの謎の高等魔法(アンデッド風味)により完全再生した自分は、自分でも呆れるくらい何事もなかったかのように立ち上がりました。


 瞬間、パキンと頭の中で音がして魔法の効果が消えたことを悟りました。お、落ちた後でよかったぁ……。


 さて、気を取り直し周囲を観察します。


 落ちたということは、勿論先程の階層より深いところに来てしまったわけで、それだけ危険度も増すというもの。


 自分は念のため隠密(ハイド)忍足(スニーク)を唱え、警戒しながら歩を進めます。


 壁、足元、頭上。全てをくまなく観察し、曲がり角はすぐに飛び出ず伺いながら。


 これが本来のダンジョン探索ソロというものです。こうしていると、ふと魔王のいたダンジョンのことを思い出します。


 あの時も無我夢中で、でもモンスターの数も凄くて錯乱し、命からがら最下層まで辿り着いたのでした……。


 そう思い返しているとき、遠くのほうから剣戟がうっすらと聞こえた気がしたのです。


 耳を澄ませば、やはり何か争っているらしく、怒声も混じっています。


 近づくか遠ざかるか思案しながらも、結局自分は音のするほうへ足を進めました。


 次第に音は大きくなっていき、時折断末魔のような叫びが耳をつんざきます。


 これは明らかに拙い状況と判断し、自分は走り出しました。


 曲がり角に着いた所で、そっと覗きこみます。


 その先はちょっとした広場のような空間となっていて、ダンジョン内での休憩や野営には丁度よさそうな場所でした。


 そこに血溜まりが四つ、壁と床に染みを作っていました。


 目に入ったのは、つい先ほど相手にしたのと同種のミノタウロスが二体。


 四つの血溜まりの原因である死体を食い散らかし、あるいは物足りぬと殴り蹴り、飽きたのか壁にぶん投げてべシャリと肉塊が潰れます。


 そしてミノタウロスたちは、もうひとつの玩具を見下ろしていました。


「ひ、ひぃぃ、や、やだぁっ、こ、来な、いでぇ……」


「アヴァイヒャヒ、ヴァヒャヒャヒャッ!」


 彼奴等の足元には、白いマントに身を包んだ小さな子供が尻もちをつき、ずりずりと後ずさっています。


 顔は涙と鼻汁でぐしゃぐしゃで、それがミノタウロスたちの嗜虐心をさらに煽っているのでしょう。


 ニチャリと涎を垂らしながら、二体のうちの片方が子供に手を伸ばしました。


 襟首を掴んで持ち上げ、もう片手にはご丁寧に大きな肉切り包丁が握られていました。


 ……チャンスは一度きり。今はルルエさんのバフもなく、一発でもやつらの攻撃を食らえば即死です。


 迅速に、正確に、頭で描いた動きを再現しなければ、あの子供も自分も肉塊と化します。


 雑嚢から一つの小さな革袋を取り出し中身を確認すると、自分は深く深呼吸します。


「ブヒュゥ……ヴァ、アアォ?」


 子供を持ち上げているミノタウロスが、何処から切れ目を入れようかと品定めしている。


 ひとまず右手を切り落とすことに決めたのか、一度子供の肩口に包丁を突き当てると、思い切り振りかぶった、その瞬間。


「ヴァッ――――ヴァァ?!」


 ミノタウロスの振り下ろした腕は、肘から先が無くなっていました。


 その異変に気付くと同時、持っていた肉切り包丁が衝撃とともに自らの後頭部に深々と突き刺さったのを、彼は認識できなかったでしょう。


 小気味の良い音とともに、脳漿と血が深い傷からミリミリと溢れだす。


「ヴヴァグヒャッ! ヴァーグッグガァ!!」


隣りで下卑た笑いを上げていたもう一体も、遅れてその異変に気付き、持っていた武器――血で錆びた直剣を構えて周囲を警戒し出しました。


 子供がずるりと脳みそをぶちまけたミノタウロスの手から滑り落ち、何があったのか分からず唖然としています。


 自分は早く逃げろと舌打ちしながら、動き回ったせいで隠密(ハイド)の効果を切らして剣持ちの前に姿を現しました。


 これ見よがしに、真正面で。


 急に現れた自分に激高した二体目は、周囲の状況も碌に見ずこちらへ真っすぐ突っ込んできます。


 全速力で駆け出し、そして不意の足元の激痛にその直進は止まりました。


「ア゛ッイガギャアアアアッ!?」


 床には事前に、マキビの実という硬く先の尖った実を罠として撒き散らしておいたのです。


 ミノタウロスは自重と脚力に任せ裸足のままその実を踏みぬき、鋭い痛みに身悶えます。


 その隙を見逃さず自分は予備のダガーを投擲、しかしそれはなんとか足の痛みに耐える奴に剣で弾かれてしまいます。


「終わりっ!」


しかし続けざまの二本目は防げず、切れ味の鋭い魔王のダガーは深々と剣持ちの眉間に突き刺さり、小さな呻きを上げてその場で仰向けに倒れました。


 暫くの間、二体が再び動き出さないか不安で仕方がありませんでした。


 ひとまず確実に仕留めたであろう一体目を目視で確認し、自分のダガーが刺さっている二体目に、ソロリソロリと近づきます。


 ダガーは眉間に深々と刺さり、完全に白目を剥いて息絶えていました。


 自分はようやく安著の溜息を吐き、散らばった装備品とマキビの実を出来るだけ回収しました。


「君、大丈夫ですか。怪我とかしてないですか?」


 そして襲われていた子供に声を掛けます。


 男の子のようですが、未だに怯えているのか、床を転げ回り血の付いてしまった白いマントが酷く痛々しく見えました。


「ふぅ、ふぅ、は……はい、たす、たすけ、いただ、たす」


 まだ恐怖で上手く喋れないようです。近づいて宥めるようにその子の肩を抱いて上げます。


 するとその質感は何とも硬いものでした。彼のマントの下は、自分の装備なぞ玩具に見えるような立派な鎧を身に着けていたのです。


 見る限り、歳は十二、三歳といったところでしょうか。


 サラサラとした長めの金髪で、襟首だけ綺麗に刈り上げられています。


「大丈夫です。もう怖いことはありません。落ち着いて、ゆっくりでいいですから。一緒に深呼吸をしましょう、少し楽になりますよ」


 それから自分は彼と目線を合わせ、目に見えるくらい大げさに深呼吸しました。


 彼も言われるがまま同じ動きをして、過呼吸気味だった息遣いも元に戻りつつあります。


「……あの、助けていただいて、ありがと、ございました。本当に、本当に……うくっ」


 噴き出したように、彼は泣き出してしまいます。仕方のないことです。


 恐らく周囲のミノタウロス以外の血溜まりは彼の仲間だったのでしょう。


 都合四人、もし親しい人だったのならその心の傷はなおのことです。


 泣きじゃくる彼に胸を貸しながら、ふとその首元に光るものが気になり、なんとなしに覗きこみました。


 そこには、ちょっと予想だにしないものがぶら下がっていたのです。


「え、白金の勇者の、プレート……?」


 白金、それは勇者の証でも最高の位を示すもの。それをなぜこんな少年が……。


 しかし問いただそうにも少年の嗚咽は止まず、仕方なくそのまま暫くの時を過ごすことになりました。


 さて、はぐれたルルエさんはどうしているでしょうか。


 罠とか面倒だからと魔法でダンジョンをぶち抜いていないといいんですけど……。


余談ですが現実の撒菱(まきびし)という忍者武器も、菱の実という硬い棘のある木の実をモデルにしたと言われています。

読んで下さった方々ありがとうございます。最近ブクマして下さった方には心から私の愛を。今後もご感想、ブクマ、ポイント評価等頂けると大変嬉しくてグレイくんの死亡率もウナギ昇りです。


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