めぐり木の鎮魂歌
〜♪
……良い音色だろう?この木笛は、友だちから貰ったんだ。
さっきの曲は『彼』の記憶の一部さ。苗から街を見守る大木になるまでの、空みたいに青い記憶。
…気に入ったの?じゃあ、その続きも聞かせよう。
悠久の時の中で、彼らは何を経験して何を思ったのか。
音に身を委ねて考えてみてくれ。
春が来た。
獣が、鳥が、虫が、人が、世界が、夜明けを迎える。
私の身にも花が咲いた。
心地よい風にふかれて、私は今日もこの地を見守る。
雨が降る。
日照った体に染み渡る数多の水が、とても愛しい。
雲が、人が、世界が些か怪しいのは気のせいだろうか。
彼らの行く末を案じながら、私は今日もこの地を見守る。
夏が来た。
苗の頃より強くなったのは、私か太陽か。
昼夜に響く蝉の音は、短い生の物語を私に聞かせてくれているようで。
生き生きとはしゃぐ人の子が私の影で眠る姿は、とても面白くていつまでも見ていられる。
強かな生を聴きながら、私は今日もこの地を見守る。
それが私にとって当たり前だった。
いつからだろうか、黒い雨が降るようになった。
蝉より煩い虫がそこらじゅうで鳴き、毛のない大きな鳥が空を覆う。
獣が、鳥が、虫が、人が、世界が、全て赤くなった。
太陽が近づきすぎたのか?否、今までも災いはよくあった。だが、こんなものは一度も見た事がない。
となれば、人の手か。
彼らが何をしたというのだ?何故惨い事ができる?
私の影で眠った人の子たちは、以来目を覚ますことはなかった。
今まで私が見守り続けたものは、いとも容易く灰になったのだ。
秋が来た。
私からある筈のない実がたくさん落ちる。これが涙というものか。
冬が来た。
世界は深い眠りについた。
あぁ。願わくば、私が守りきれなかった生物たちが、また生を受けたのならば、どうか私の元へ訪れて欲しい。
彼らが生きた証を、私は持っている。私は笛となって、生き延びた奇跡たちに彼らの記憶と祝福を与えよう。
また、春が来る。
空は晴れてるのに自分の顔にだけ雨が降ってきた…