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現世草子  作者: 弓越イオ
10/10

めぐり木の鎮魂歌

〜♪


……良い音色だろう?この木笛は、友だちから貰ったんだ。

さっきの曲は『彼』の記憶の一部さ。苗から街を見守る大木になるまでの、空みたいに青い記憶。


…気に入ったの?じゃあ、その続きも聞かせよう。


悠久の時の中で、彼らは何を経験して何を思ったのか。


音に身を委ねて考えてみてくれ。





春が来た。

獣が、鳥が、虫が、人が、世界が、夜明けを迎える。

私の身にも花が咲いた。

心地よい風にふかれて、私は今日もこの地を見守る。


雨が降る。

日照った体に染み渡る数多の水が、とても愛しい。

雲が、人が、世界が些か怪しいのは気のせいだろうか。

彼らの行く末を案じながら、私は今日もこの地を見守る。


夏が来た。

苗の頃より強くなったのは、私か太陽か。

昼夜に響く蝉の音は、短い生の物語を私に聞かせてくれているようで。

生き生きとはしゃぐ人の子が私の影で眠る姿は、とても面白くていつまでも見ていられる。

強かな生を聴きながら、私は今日もこの地を見守る。



それが私にとって当たり前だった。

いつからだろうか、黒い雨が降るようになった。


蝉より煩い虫がそこらじゅうで鳴き、毛のない大きな鳥が空を覆う。

獣が、鳥が、虫が、人が、世界が、全て赤くなった。

太陽が近づきすぎたのか?否、今までも災いはよくあった。だが、こんなものは一度も見た事がない。

となれば、人の手か。

彼らが何をしたというのだ?何故惨い事ができる?

私の影で眠った人の子たちは、以来目を覚ますことはなかった。


今まで私が見守り続けたものは、いとも容易く灰になったのだ。



秋が来た。

私からある筈のない実がたくさん落ちる。これが涙というものか。


冬が来た。

世界は深い眠りについた。


あぁ。願わくば、私が守りきれなかった生物たちが、また生を受けたのならば、どうか私の元へ訪れて欲しい。


彼らが生きた証を、私は持っている。私は笛となって、生き延びた奇跡たちに彼らの記憶と祝福を与えよう。



また、春が来る。


空は晴れてるのに自分の顔にだけ雨が降ってきた…

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