6話 魔法と無効化。時々死ぬ。
魔法部門での無効化の研究は、以前桜さんと試したのと変わらない結果で終わった。
直接俺に向かって放たれる魔法は、無効化の力で効かない。ノーダメージ。放たれた魔法の感知もしなかった。例えば、炎の魔法だったとする。普通は「熱い」とかを感じるらしいが、俺は熱いと感じることは無かった。熱い所か、全く何も感じないという結果だ。何の魔法なのか教えて貰わないと分からない。教えて貰った所で、「今のがそうだったのか」としか思わなかったけど。
「駄目だね、重ちゃんには固定化した魔法しか効かない様だよ」
「やっぱりそうですか。固定化しちゃえば無効になることは無さそうですか?」
「うーん……この部屋に、重力の魔法を固定化したんだけどね。重ちゃん、何か感じるかい?」
「おお、重力の魔法! この、肩が凝ったなぁって感じるのがそうかな?」
「じゃあ、少し圧力を強めようかね」
一度部屋を出て、桜さんが部屋の中に魔法を固定したら入る。俺が室内に居た状態では、魔法の固定が出来なかったんだ。なので、俺だけが部屋の外に出る。桜さんは自分の周りに結界を張っているらしく、重力の魔法で自身に傷をつける事は無い。
パチリと指を鳴らした桜さん。それで魔法が発動したのか? ってくらい自然な動きだった。
因みに、呉主任は別の部屋で、この部屋を録画している。こっちからは見えないけど、向こうからは見えているらしい。どこかにカメラでもあるんだろうか? そんな物は見当たらないんだけど。
「固定したから、気を付けて入って来るんだよ」
「あいあい」
入室の許可が出たのでさっきまでいた部屋にまた入る。
「ぐっ」
部屋の中に足を踏み入れた時、先程とは全く違う何かを体は感じた。体が重い。全身は重く、呼吸もしにくい。空気を吸おうとするだけで、ベンチプレスを持ち上げているかのような圧力を体の内側に感じた。
「んん! スー……ハー……」
体の中に入る空気が少ないのか多いのか分からないが、呼吸するたびに体の中に圧を感じる。だんだん腹の中が熱くなってきた。寒い室内で鍋でも食ったかの様な温かさ。数回呼吸を繰り返していたら、桜さんが心配そうに俺を見ている事に気がついた。
「ゴッホン、あー……うん。大丈夫! 体全体に感じる圧が魔法かな? 感じた違和感は体内の方が強かったけど、体の方は慣れてきましたよ」
「おやおや、それは凄いよ。今の圧の強さだと、始めは体内から潰れてね、次は体全体が潰れるんだよ」
自分で張った結界の中で、桜さんは俺をまじまじと観察している。その顔は、心配そうな表情から驚きの表情に変わっていた。
重力の魔法がどんな魔法か知らなかったけど、体内から壊れていく魔法だと今、知った。魔法が使える事を羨ましく思ったが、使えないものを欲しがっても仕方ない。体内からね、って事はこの腹の中が温かく感じるのは……?
「桜さん。腹の中が温かいんですけど。これって俺の腹の中では、今何が起こっているんですかね?」
「どうなんだろうね、春名さんが撮っているモニターを確認してくるから、少し待っててくれる? それとも、重ちゃんも行くかい?」
「うーん、ここで待ってます」
「そう? じゃあ」
「あ、部屋はこのままでお願いします」
念願の、重力部屋での筋トレが叶いそう。桜さんが戻る迄、腕立てや腹筋、背筋、スクワットがしたい。是非ともこのままこの部屋を放置してください。俺の考えが筒抜けだったのかは分からないけど、桜さんは呆れた表情をしながら「分かったよ」と言って部屋から出て行った。
今の重力に体は慣れて来たが、筋トレすれば、何時もより鍛えられるのは間違いない! 燃えろ、俺の筋肉! って、ことでスクワットから行ってみよう。
両手を頭の後ろに添え、両足は肩幅に開き、腰をゆっくりと下げた。
「いー……ち、うっ、にー……い、さぁー……ん」
☆☆☆
きっと部屋の中でトレーニングでもしているんだろうねぇ。漫画の様な重力が変えられる部屋とか無いですか? って、ご飯の時に聞いてくるぐらいだからね。すぐに死ぬ死ぬって怯えちゃうしねぇ。それなのに……どんな危険があるのか分からない魔法を放たれて、喜んでいるんだから。変わった子だよ。
別の部屋で重ちゃんの記録を撮っている春名さんの背中が見えたから、声をかけた。
「春名さん。重ちゃんなんだけどね、お腹の中が温かいって言うんだよ。何か分からないかね」
「見とるよ。サーモグラフィーにも出とるしの。魔法の耐性が半端ない子じゃよ、あたしゃ魔法は万能だと思っとったんじゃが。考えを変えねばなるまいの」
興奮したような声で話す春名さん。重ちゃんがトレーニングしている所がモニターに映っていて、やっぱりと思ってしまったよ。モニターの中で楽しそうに笑っている重ちゃん。やってみたい事が出来て良かったね、と思ったけど、それと同じくらい変わった子だとも思っちゃったよ。トレーニングを楽しそうにやる子なんて、殆どいないのよ。そう考えると、重ちゃんは目立つ存在なのかもね。
重ちゃんだけよ、魔法を使われることに怯えないのは。
「気のせい……だと思うんじゃがの、あの子は……桜よ、あの子の両親はどんな子かの?」
「重ちゃんの両親は、もう居ないのよ。事故で二人共亡くなってしまったと言っていたよ」
「となると、無効化は勇者召喚でついた異能じゃしの、でも……」
でもと言って考え込んでしまった春名さん。
重ちゃんの無効化はいい記録になったよ。こんなにも魔法の耐性が無効化にあるとは思わなかったし、良い研究結果の記録が撮れたんじゃないかね。他にも何かあるのかね? 春名さんが気になるのは、無効化じゃ無かったのかね。
「本人がいるんだから、気になる事は聞いたらどうさね」
「本人が気が付いてないこともあるんじゃなかの。あたしゃ、あの子は勇者召喚されるくらい、元々何かの異能があったんじゃないかと思う。じゃが、勇者召喚の魔法陣でその異能は上書きされてしまった。それも、無効化という異能を消す力に。そうじゃなければ、体の内側と外側で魔法の効きが違うなんてこと、無いと思うんじゃがの」
「魔法の効き? 重ちゃんに魔法は効かないの……よ⁉」
モニター画面の中で、重ちゃんが倒れている⁉
何がどうして重ちゃんが倒れているのか分からないけど、早く助けなきゃよ!
「春名さん!」
「分かっとる!」
転移の魔法で重ちゃんの部屋の前まで来ると、部屋に固定した魔法を解除した。私の心臓がドクンドクンと大きな音を立てている。さっきまで楽しそうにトレーニングをしていたのよ、どうして……
自動組み立てでストレッチャーが出来上がると、上には重ちゃんが横たわっていた。重ちゃんに魔法が使えないから、ストレッチャーを組み立てる前に重ちゃんを乗せておいた。上手に出来上がったから良かった、こんなのを使うのは初めてよ。
「治癒魔法は効かないから、薬で治療ね。念のためにで貰って居たから助かったね、春名さん」
「治療も確かめてみようかの? 体の内側になら、多少であれば効くと思うんじゃがの」
「そう……なのかしらね。重ちゃんがどうして倒れたのか、春名さん分かる?」
「重力の魔法じゃの。体の中の方は、徐々にじゃが効いていたからの。腹が温かいのは、中で血がでとったからじゃしの!」
「分かっていたのなら、教えて下さいよ!」
「楽しそうな表情しとったからの……」
重ちゃんが楽しそうにトレーニングしていたから、止めるのが可哀想だったと話した春名さん。わ、分からなくもないのよね。重ちゃん、本当に楽しそうだったから。
医療部門からお薬貰っていて良かったわ、本当に。何かあった時、魔法で治す事が出来ないと召喚部門の主任から言われていたのよね。だから、医療部門の方に特製の薬を作ってもらったのよ。まさか使う事になるとは、思わなかったけどね。
固定化した魔法なら重ちゃんに効く。でも、耐性値が高いせいで時間がかかるのね。
体の内側と外側なら、体の外側の耐性値が高い。
無効化という異能以外にも、何かの異能があったのかも知れない……? これは春名さんの見解だから、報告書には記載しないで良い気がするのよね。
重ちゃん、無効化の異能がしょぼいって言っていたけど、こんなに怖い異能は無いのよ?
魔法を無効化、魔法の耐性値の高さ。今日の検証結果を見ても、私達特務課の中で、一番怖い異能だと分かるんだがねぇ。
「この子、ひょうひょうとした印象で、つかみ所のない子じゃの。何を考えているんか、よう分からん子じゃの」
「ふふふ。それが本当なのか、わざとなのか。そこも分からないのよ。でもね、美味しい美味しいって言いながらご飯を食べている姿は、小さな子供の様で可愛いのよ」
「あたしゃ会議で見ただけじゃからの。内臓を損傷しながら、楽しそうに腹筋しとった……あの顔は忘れられんの」
思わず、思い出してふふふと笑ってしまったよ。笑顔満開で腹筋しながら、内臓を損傷して気を失った重ちゃん。どうしたものかね、もう重力の部屋とか言い出さないと良いんだけどね。
寝ている重ちゃんの頬を突いたら、眉間に皺が入った。
「う……ごは、ん?」
ご飯の時間だから起こしに来たの? と言いたそうな重ちゃんの寝起き顔。
心配したんだからね、もう無理は駄目よ。
☆☆☆
「ご迷惑をおかけしましたー‼」
俺は土下座した。起きたら桜さんが呆れた顔をしながらも、どうして俺がストレッチャーの上で寝ていたのかを説明してくれた。
魔法怖い、魔法で死ぬ所だった。効かないのは効かないけど、固定化した魔法は効くんだった。重力の魔法が怖い結果になるとは思わなかった。漫画は所詮漫画の中の話で、現実は同じようにはいかない。夢が一つ消えてしまった。ま、一回でも出来たんだから、良かったと思うけど。それで死にそうになるとか、笑えない!
「私も、ごめんなさいね。魔法をもう少し弱くしていれば、大丈夫だったかもしれないのにね」
「いやいやいや! 桜さんの作ってくれた魔法、あれよりも弱かったら感じなかったかもだし!」
筋トレにはちょうど良かった気がしなくもない。体にかかる負荷が心地よかったのも事実。死にそうになったけど、大変楽しい時間だった訳で。
「あのまま放置しても、死にはしなかった気がせんでもないんじゃがの」
「いえいえいえいえ。死にますよ、俺。あっという間に死んじゃいますから」
「あっはっはっは! おかしな子じゃの。あんなにトレーニングしているのに、筋肉もそんなについてないしの。まだまだ調べてみたい事もあるんじゃが、桜が今日はもう駄目だと言うから……仕方ないの!」
筋肉が付いていないという俺のコンプレックスをさらっと言われ、メンタルにダメージを負った。無効化が筋肉にも発動しているのか、調べて欲しい! 毎日筋トレしているのに、俺の体型は中肉中背。マッチョな筋肉がつかない。どうしてだ、何故なんだ。それを調べてくれるなら、嬉しいんだけど。
「駄目だよ。重ちゃんの内臓は治っているけど、心配だからね。ささ、そんな所にいないで、立ち上がるんだよ」
「桜さん! 大好きだ!」
「はいはい。好きなのはご飯だろうけどね」
「変わった子じゃの」
ご飯も好きだけど、桜さんも好きだ。桜さんの優しさが、恥ずかしいのと嬉しいのと相まって、好きだと言って誤魔化してしまったが。心配してくれる人が、ここにはいる。一人じゃないよと言ってくれている様に感じて、照れてしまう。やっぱり、桜さんがいる魔法部門へ来て正解だった。
「あ、ちょうどお昼だよ。一緒にご飯食べようね、重ちゃん」
「あいあい!」
桜さんが魔法部門で使っているキッチンに案内してくれた。マンションの中とは違い、大きなキッチンだった。「おー?」と声を出したら、春名さんがいつも使っていると教えてくれた。
呉主任は俺を気に入ってくれたのか、春名さんと呼んで欲しいと言ってくれた。なので、春名さんと呼ぶことにした。因みに紹介時の皆の春名さんとは、普段からこのキッチンで色々な料理を作っては、他の部門の人に差し入れをしている。それで「皆の春名さん」と言われるようになったらしい。
この春名さん、以前は食品部門に居たらしく、その頃は召喚部門とも仲良くやっていたと話してくれた。今も昔も料理が好きな春名さんは、桜さんの料理の師匠だと言う事も判明した。って事は、俺からしたら料理の神様な存在。今日一緒にご飯食べれて幸せです。
桜さんの師匠と判明してからの俺は、きっと分かり易い位態度が急変したと思う。春名さん呼びをしだしたのも、聞いてからだった。それまで「いやー、主任をそう呼ぶのは」とか言っていた俺は、一瞬で春名さん呼びになった。それまでは「皆の春名さん」とか意味不って思っていた事は自分の中から消した。
「あぁ、美味しい。天国。どこにも行きたくない」
「重ちゃんは沢山食べてくれるから、つい沢山作ってしまうのよね」
「幸せそうじゃの……その顔見れば分かるの」
美味しいもん食えて、幸せじゃない人はいない。料理は凄い、幸せの魔法……さすが魔法部門。料理も魔法の一つだったか。って事に今気が付いた。魔女や魔法使いが料理が出来るのは、魔法と通じるものがあったからなんだろう。そうじゃなければ、こんなに美味しいもの出来上がらない。作ってくれた料理をペロリと平らげてしまった。
「ごちそうさまでした! 幸せをありがとうございました」
「沢山食べてくれて、ありがとうね重ちゃん」
「残さず食べたんじゃの、良い子じゃよ」
内臓を損傷していたとは思えないくらい、元気になった。まあ、その損傷も完全に治っているんだけど。治癒魔法が中に入っているカプセルとか、そりゃ、一瞬で治るはずだ。この薬は一部の人にしか使わない様で、今回は緊急の治療というその一部に当てはまった。特製の薬とは、そういうことらしい。
「ご飯も食べたし、次は機械部門かな」
「重ちゃん……トレーニングの機械が欲しいの?」
「何故それを⁉」
「程々にね」
そんなにも分かり易いのだろうか俺は。いい筋トレの道具との出会いがあるかもしれないと思ったから行くんだけど。他に興味があるような部門からのお誘いが無かったし。お誘いという名の研究だけど。筋肉が付くようになるかもしれない!
「じゃあ、機械部門へ行ってきまーす」
「気を付けてね」
「このカプセル、もう一つあるから渡しとくの」
「あいあい! 確かに受け取りやした」
有難い事に、治癒の魔法が入っているカプセルの薬を貰えた。それをポケットにしまうと、魔法部門のドアを開けた。
春名さんと桜さんにお別れをして、そのドアから出た。
楽しかった。魔法を見る事も出来て、死にそうになったけど、体感することも出来た。俺の経験になっていること間違いない。それと美味しいご飯に出会えた。ご飯という名の春名さんに!
今日も良い日な気がする!
来る時にあった嫌な出来事は、すっかり消えていた。足取りも軽く、機械部門へと向かった。