5話 最悪の相性
特務課という所は特別な力を使う事が当たり前で、力を無効にしてしまう俺は変わった存在と思われている様だ。
あの会議で紹介されてから一週間、変わらず異世界への出動はある。それでも毎日あるわけではない。だから空いた時間に筋トレをしていたんだけど、柳田主任からこう言われた。
「お前の力を研究したいって申し出が、科学部門と機械部門の主任から来てんだが」
「へえー」
ダンベルって、お手玉の様に遊べるもんだな。十キロじゃ重さが足りない。通販サイトで新しいダンベルを買おうか。そうだなぁ、重さは三十キロは欲しいな……
三十キロなら固定ダンベルじゃなく、可変式ダンベルにした方がいいか?
そう考えながらダンベルをお手玉の様にホイホイと投げていた。俺が使用しているダンベルはヘックスダンベルという、丈夫なスチール製の固定ダンベルだ。
「他にも来てんぞ。魔法部門、医療部門……」
「へえへえ」
「後な……断ったが、食品部門と人事部門な」
「へえへ……えっ⁉」
――ゴドッ
言われた部門が意外過ぎて、ダンベルが落ちた。あと三回で五百回達成だったのに!
落としたダンベルを拾いながら、主任を見た。主任の眉毛がピクリと動いた。
「断ったと俺は言った。落としたのは俺のせいじゃねえ」
「あいあい、良かった」
食品部門は会議の日に、俺を殺そうとしたから絶対に嫌だ。会いたくもない。俺が食品部門に行っても出来る事は何も無い。料理に興味はないし、無効化が役に立つとも思えない。断って正解ですよ、主任。
呆れた顔をしている主任は、今中学生位の姿だ。あと三時間は大人に戻らない。この前の小学生の時より違和感は……ある。やっぱり見た目が明らかな年下を、主任と呼ぶのには少し抵抗がある。声は大人のままだから、姿を見なければいいんだろうけど。
これも慣れなんだろうな、まだ慣れない自分は未熟だと言う事か。
「えっと? 人事部門も断ったのはどうしてですか?」
中学生な姿の主任は、その姿には似つかわしくない笑みをした。
食品部門と同じで、人事部門と仲が悪いとかの話かー?
「人事部門の主任はな、事務部門も兼任している優秀な人だ。特務課で主任を兼任することは滅多にねえ」
「ほうほう。そんな優秀な人からの申し出を、断る主任も凄いですね」
なんだか、部門間の仲が悪いとかの話じゃ無さそう? 主任が優秀な人って話すんだから、仲は悪くなさそうだが。じゃあ、どうして断ったんだろう。
俺が主任になる事は無いだろうから、主任の兼任とかの話に興味はない。そこは華麗なスルーを希望した。
「まぁ、断る理由があったからな。重、お前の力はなんだ?」
「無効化だっよねー」
「奏多先輩。書類は作り終わったんですか?」
主任との会話に、奏多先輩が入ってきた。奏多先輩は端末に、今長期出張中の吉田くんと有栖川さんの途中報告の書面を作っていた。この二人に俺は、一度も会えていない。
俺が社員になってから半年くらい経つのに、出張から帰ってこないからだ。
この二人の長期出張はどこに行っているでしょうか? 答えは異世界です。召喚部門はそんなこともある様だ。確か、吉田くんの力が任務を長期化しやすいと話しているのを聞いた。どんな力なのかは、誰も教えてくれなかったが。で、定期的に報告が上がってくるのを、誰かが書類作成をして纏めておく。それを今回は奏多先輩が行っている。
「まだ終わってない……だって、楽しそうな話が聞こえて来るんだもん! 俺、悪くなっいー」
ぷくっと頬を膨らませた奏多先輩。事務作業に飽きたんじゃ? と思ったけど、暇している俺も、確かに主任との会話を楽しんでいた。
主任も怒らないから、会話に参加しても大丈夫そうだし。大丈夫じゃない時は、「事務も仕事の一つ、早くやれ」と言われる。でも今、主任は奏多先輩にも聴いて欲しそうにしている様な気もしなくもない。
「んでだ。重は無効化だろ?」
「だよだよー」
「ですね、特務課で言う異能は効かないです」
俺の言葉に、またもや主任の口角は上がった。気のせいか、クククと笑っている様に見える。一体どうしてそんな分かり切った事を聞いてきたんだか。
「その優秀な主任の異能はな……テレパシーと過去知だ。確か、彼女が特務課で働いてからの十一年間な、生の声を聞いた奴はいねえ」
「おお! なるほっどー」
「うん? 意味が分からなかった。テレパシーと過去知の力が効かないと、何か不便があります? 死ぬわけじゃあるまいし」
テレパシーが使えないのなら、普通に話せばいい。過去知が出来ないのなら、過去を聞けばいい。どうして過去を知りたいのかは分からないが。
俺にその力が効かない。たったそれだけ。それが断る理由になることが不思議なんだけど。効かないからといって、死ぬわけじゃない。普通に生きていける!
「だからさー重、その主任は十一年間言語を使っていないんだよ。重と会話したいなら、言語を使う事になる。でも、十年間以上もテレパシーで会話してきた人が、今更言語での会話が出来ると思うー?」
「出来るよね? テレパシーで会話できるなら、言語会話も違和感ないでしょうよ」
アレだろう? 心に思った事を言語を使わずに伝える事が出来る力、それがテレパシーだろう。それで会話が出来ているのに、どうして言語では出来ないと思うんだ?
「まあ、お前ならそう思うだろうな。彼女からしたら、お前は言葉の通じないモンスターと同類だが」
「へ⁉ うっそーん! そんな風に思われるのは嫌だぁぁぁあっ」
「だろうな。んな訳で、断ったんだが? 特務課ではなぁ、異能が効かないって事が致命的な奴も居るんだ。重とその主任の相性が最悪って事だ」
「異能に頼らないと生活が出来ないひっとー。どれだけ優秀な力でも、使えない相手にはお話になりまっせーんってな。あはははは。面白いよ、重は」
「それ、俺が面白い訳じゃないですよね」
俺は普通だから。その主任が面白いんじゃ? 奏多先輩も不思議な人だから分からない。お菓子を与えておけばいいって事は知っているけど。
「ささ、奏多先輩は、吉田くんと有栖川さんの書類を作りましょう。俺は、魔法部門の桜さんに会いに行ってきます」
魔法部門は桜さんが居る所だし、正直に話すと魔法の検証は桜さんと少ししてしまった。俺が無効化出来る魔法は、使用者から直接放たれた魔法だけだ。魔法を固定化した物への無効化の発動は無かった。だから、もう少し知りたいという所もある。なので、魔法部門へ行くことは決定だ。
この際機械部門にも行こうかな。決して、何かいいダンベルがあるかもしれないとか思っている訳では……ある。機械部門なら、筋トレグッツを作っているかもしれない。そんな邪まな思いと共に、機械部門に行くことを決めたのだった。
「問題を起こすんじゃねえぞ。注意はしたからな」
「あいあい。要請が入ればすぐに戻りますから」
「うう……重と同行すれば、面白いもんが見れそうなのにー! これが終わらないー」
「文句は吉田くんと有栖川さんへおねしゃーす」
奏多先輩、事務作業も頑張ってください。終わればきっと、お菓子が食べられますよ。ああ見えて、うちの主任は優しいから。って事で、魔法部門へ行こう。
「かっさねー」
「ん? どうしましたか、奏多先輩」
召喚部門のデスク部屋のドアに手を掛けた時に、奏多先輩が俺を呼んだ。わくわくと魔法部門への訪問を楽しみにしていた俺は、どうしたのかと奏多先輩の方へ振り向いた。
奏多先輩の表情は、笑いを堪えている様に見えた。さあ行こう! って時に邪魔をされた俺は、少しムッとした。
「重さ、よっしーの名前なんだと思ってる?」
「はい? 今それを聞くんですか? 吉田くんは吉田なんとかくんですよ」
「「!」」
――ガタガタ!
音がする方を見たら、主任がデスクの上に両手をついて身を乗り出していた。それも珍しく、笑いを堪えている様な表情で。
吉田くんの事を知らない俺からしたら、どうしてそんな反応をしているのかが分からないが。奏多先輩も嬉しそうな爽やかな笑顔だし、何なんだ一体。
「奏多、ちゃんと教えてやれ」
「えー? 俺がー? そっかそっかー。んじゃ、教えるけっどー……結城 吉田って名前がよっしーのフルネーム」
「え。マジで」
フルネームは吉田なんとかって名前だと思っていた俺は、初めてフルネームを知った瞬間だった。ワクワクしていた気分は、一瞬で消えてしまった。
「うんうん、マジで。紛らわしいからよっしーって呼んでる、その方が名前っぽいだっろー?」
「会った時に紹介はすっから、そんなしょげんな。たかが名前だ。知らなかったとは思わなかったがな。お前が召喚部門に配属された日に、全員の名前が載っている書類を渡したとしてもだ」
チクリと、俺の思い当たる心に何かが刺さった。確かに、貰ったその書類。どこにしまったのか忘れたその書類。帰ったら探そう、その書類。
「……顔と名前が一致しないと覚えられないんですよ。だから、吉田くんって言っているのを聞いて、吉田なんとかって名前だと考えていました」
「結城の方で呼ばんからな。吉田が若いから、余計結城呼びする奴がいねえのかも。奏多も、よく気が付いたな」
「有栖川さんは苗字なのに、よっしーは下の名前だったー。もしかしたら、重はよっしーに会ったことないから、勘違いしてるんじゃ? って当たってた俺すっげー」
「なるほどな。思えんくもないか」
「結城 吉田……名前、特徴的ですね。一体どんな人なのか、想像できないですよ」
「しかーも、まだ十八歳。かっわいいからー」
「わっか。え、女の子?」
「男だ。吉田の外見は、可愛いんだろうな。だが、男だからな? 八重垣みたいな事はするんじゃねえぞ」
「あいあい」
簡単に想像できた。八重垣さんが吉田……じゃなくて結城くんに交際を申し込んでいる姿を。そんな八重垣さんと三ノ輪さんは任務中だが。きっと異世界でくしゃみをしているに違いない。っていうか、くしゃみをして隙を作り異世界人に殴られればいい。
男でも可愛い外見であれば、優しくしそうだ。俺なんて、居ない者として扱われるというのに。理不尽極まりない。
「まー、あれですよ。奏多先輩も教えてくれて助かりました、ありがとうございます。帰ったらもう一度書類を見直します。って事で、いってきまー」
「いってらー」
「問題は起こすんじゃねえぞ」
奏多先輩は爽やかな笑顔で送り出し、主任は視線だけ俺の方へ向けて再度注意してきた。
ま、問題が起こるようなことはないだろう。無効化が暴走したとしても、所詮は無効化。害はない。無効化の影響で死ぬ事は無い。平和で、害のない力。それが無効化だ。
召喚部門を出てからずうっと真っ直ぐに歩き、二又の所を左に曲がる。曲がった先の部屋は魔獣部門。中にはデスクのある部屋が一つ、その奥にもう一部屋ある。奥の部屋は亜空間になっていて、中は異世界の様な作りになっている。そこには珍しい魔獣や幻獣、聖獣なんかもいる。先日保護した幻獣は、医療部門と科学部門で開発した薬を飲み、見事可愛い外見に変わったらしい。生まれた世界(異世界)への返還が行われたと、職員の人から聞いた。
大変そうだけど、素晴らしい仕事だと思った。
二又を右に曲がった俺は、その先にあるエレベーターを避けて更に奥まで進んだ。
ここは三叉路、Y字路ともいうが、三つに道が分かれている。
そこの一つの道のその先に階段はあった。俺はエレベーターを使わずに移動する事に成功したのだ。階段を下って行く。魔法部門は、結構下の階層になる。階段を下る行為もトレーニングなので、俺は喜んで階段を下りて行く。
「ん?」
途中で上の方から黄色い粉がかかったが、それを手で払ったら消えたので、誰かの悪戯だろうと思い、気にせずにジャンプして降りた。三段ではジャンプするに値しない。ここは五段抜かしでジャンプした方が効率はいい。その事に気が付けた俺は、五段ずつジャンプして降りた。
足に響く着地の衝撃、生きている事を実感する。階段をジャンプして降りるだけだから、死にはしないが。
「これさ、両手両足に鉛の様な重りを付けて生活すれば……はっ!」
とうとうこの枷を外す時が来たのか……とか言いながら、重りを外したらすげえ強い。とか、格好いいんじゃないか⁉ 機械部門の人にお願いしたら、作ってくれないかな。重力の違う異世界もあるはずだよな、そんな所で修業とかしてみたい。
はっ! 結城くんの力がそんな感じで、修行を終えないと帰還できない。とかだったら、要請が毎回結城くんと一緒になる様に、神さまと女神さまにお願いするのにな。一緒に行っている有栖川さんが羨ましい……って、どんな力なのか知らないけど。
そんな妄想をしながら階段をジャンプして降りていたら、目的の階に着いた。
「ここが一番奥だから、この先の三叉路の……あれ、右だっけ? 左だっけか」
取り敢えず三叉路へ向かいながら、そんな独り言を呟いてしまった。迷子になったら困る。でも、思い出せない。前に来た時はどっちに進んだっけ、奏多先輩は。先輩について来てもらえば良かったと思った。書類が書き終わったら来てくれないかな……
「あ、そこの方、魔法部門はどこだか分かりますか?」
「……」
仕事が出来そうな人を見かけたから声をかけてみた。その人は表情を崩さず俺を見た……が、返事をしてくれない。
突然知らない人に声を掛けられて驚いているのだろうか? 表情にでないタイプの人もいるだろうし。
「あのー、魔法部門に行きたいんですけど、場所が思い出せなくってですね」
「……」
ちゃんとした大人に見えたんだけど、駄目な人だったか。魔法部門の場所を知らないのなら、そう言ってくれればいいのに。
「あー、分からないようなので、他の人に聞いてきます。それじゃ、どうもでした」
何も話してはいないけど、俺はきちんとした大人だから、呼び止めたのは俺だし、お礼位は言うさ! 何なんだ、特務課は。仕事が出来そうに見えて、コミュ障でしたか。飛んだ失礼をいたしやした。無言さん(勝手に命名)は立ち尽くしたまま微動だにしていないが、俺は他の人を探した。三叉路まで来たから、どっちに曲がるかだけなんだ。
「何かお困りですかな?」
「あ、はい! 魔法部門へ行くには、どちらに曲がれば良いでしょうか」
「魔法部門でしたら、左ですな」
「ありがとうございます! 助かりました。いやー、親切な方に会えて良かったです。固まって動かないし、会話も出来ない人に聞いてしまって、詰んだかと思ってましたからね」
本当に親切な人だ。白髪交じりの男性は一瞬、何と言えない表情をしたが、直ぐにその表情は消え、残念そうな表情に変わった。
俺はお礼も言えたので、では! と別れを告げて三叉路を左に曲がった。
特務課は色々な人が働いている。そりゃあ、コミュ障な人がいてもおかしくない。っていうか、見た目が仕事できそうとか……俺の勝手な判断じゃないか。実際どうなのかは分からない。ま、あの様子じゃ、せめて見た目くらいは出来る様に見せたいのだろう。
――コンコン
「召喚部門から来ました、九条重ですが。どなたかいらっしゃいますか?」
――ドサ、バサバサ
「ん?」
魔法部門のドアを叩いて訪問を伝えていたら、さっきの無言さんが後ろにいた。持っていた書類をぶちまけながら。何やってんのこの人。
うん。無言さんは仕事出来ない人だろう。無言だから関わるのが嫌なので、魔法部門の中から声が聞こえた瞬間に、部屋の中に入った。
落ちた書類を拾いながら、こっちを睨んでいる無言さんが見えたが、手伝えってか? 知らんわ! そう思い、見事なスルーをしてみました。
「桜さーん、今日のご飯は何ですか?」
「いやだよこの子ってば、ご飯のメニューを聞きに来たのかい?」
「ううん、無効化の研究で申請出してくれたって聞いたから来たんですけど、桜さん見たら、お腹が空いた気がして」
お目当ての桜さんは、魔法部門の主任らしい人と一緒にいた。俺の目当ては桜さんだから、いてくれて良かった。
桜さんを見ると、お腹がグーっとなりそうな気がする。ご飯ありがとう、桜さん。
桜さんはにこにこと微笑みながら、俺と主任さんの間に立つと、紹介をしてくれた。
「この子が無効化の力の子だよ、重ちゃんっていうの。こちらは魔法部門主任の、呉 春名さんだよ」
「宜しくお願い致します。九条 重です」
「よく来てくれたの、あたしゃ皆の春名さんじゃよ。よろしくの」
「ん? あー、はい」
良く分からない自己紹介な気はしたが、細かい所を気にしたら駄目な雰囲気だ。ま、名前と顔は覚えたから大丈夫。年齢は五十歳オーバーなのかなー? って見た目だが、雰囲気が好ましい気がする。
俺、おばあちゃんっ子ではないんだけど。ていうか、俺におばあちゃんはいないんだけども。そんな俺で好ましいと感じる人だから、悪い人じゃ無さそうだ。少なくとも会話は出来ている。チラリと頭によぎった無言さん。最後に見た俺を睨んだ顔を思い出して、ムカムカと気分が悪くなった。
「ほら、研究室へ行くよ重ちゃん」
「あいあい」
桜さんの声で、一瞬にして俺の中から消えた無言さん。今後、思い出す事は無いだろう。嫌な事は忘れてしまえと言うのが、母さんの言葉だ。
さて、魔法部門で無効化はどんな事が出来るのだろうか。楽しみだな、今日の夕飯もの意味も込めて。