3話 幻獣と死にフラグとチームワーク
「ぎゃああああああああ!」
女神の要請を受けて出動した俺は、とある異世界の上空から絶賛降下中です。
パラシュートも何も装備していない状態で、ただ空から地上へと落ちている。地上に着いたら体はバラバラになってしまう。死ぬ一歩手前だ。
「あらあらあら、まぁまぁまぁ。これはびっくりですぅ~」
「悠長なこと言ってないで、どうにかしてください!」
「そう言われても~私も困っていますぅ~」
「ふ、ざけんなあああああ!」
事の次第は、こののんびりとした口調の、三口 優奈の力のせいだ。
いつもの様に、女神からの要請で異世界へ来た。勇者召喚の取り締まりではなく、幻獣召喚の取り締まりで。幻獣の召喚は、どんな幻獣でも違法になっている。幻の獣と書いて幻獣。その名前の通り、幻獣はホイホイと召喚していいもんじゃない。世界を守護する目的で召喚される幻獣はほぼいない。その為、どんな幻獣でも召喚されたら要請が来る。
これが聖獣だったら要請が来ない場合がある。
聖なる獣の聖獣は、召喚されても世界を守護することを、聖獣自らが女神と制約する。つまり、聖獣は女神と契約してから召喚が可能になる。でも幻獣は、女神との契約がない。契約の無い幻獣は、害がなければそのまま召喚師と契約を結ぶ。だが、今回は女神が幻獣を嫌がった。それは、見に来た時に理由が分かった。
さすがの女神でも、召喚師がどんな幻獣を生み出すのかは、生まれて来てみない事には分からない様だ。
さて、女神がアウトにする幻獣とはどんな幻獣でしょうか?
答えは、世界観に似つかわしくない姿だったから。
大きさは、二階建ての一軒家位はある。九尾の様な尾が九つあり、顔はドラゴンの様に厳つい。皮膚はヌメッとした膜に覆われていた。なのに、翼は天使の羽根の様な可愛いもんがついていた。
この世界を担当している女神は「可愛いもの好き」と聞いている。確かに、この世界の建物は、お菓子の家の様な外観で統一されていた。ビスケットだろうと思える玄関の扉、煙突はウエハースに見えた。所謂、メルヘンな世界。そんな世界に召喚されてしまった、見た目が可愛いわけではない幻獣。女神がこの幻獣の存在を嫌がる理由はそこだった。
召喚師も自分が幻獣を召喚した事に驚いていた。この世界の召喚師は小人の様に小さかった。そんな小人さんが、一軒家位の幻獣を召喚してしまったんだ。そんなでかいもん出てきたら、気絶してしまうはしょうがない。
幻獣は、召喚師の力で生まれる。召喚時に込めた力が、世界の枠からはみ出た時、幻獣となって現れるらしい。
何か特別な想いでも込めてしまったんだろう。召喚師ではないので、俺には分からないが。
そして上空から降下している理由は、その幻獣が空を飛んで逃げようとしたからだった。
逃げられたら困る、だからその幻獣に飛び乗り、幻獣が落ち着いた場所で捕獲するはずだった。
そうなる予定で三口さんと一緒に幻獣の背に飛び乗ったはずだった。なのに……この三口さんが上空にいる時に捕獲したもんだから、幻獣が消えた瞬間、俺たちは地上へ急降下してしまった。と、いう訳で、このままでは死ぬ状態だ。
「あれほど、幻獣が落ち着きどこかに降りたら捕獲しよう、と話していたのに……」
「ごめんなさいですぅ~でも、大丈夫な気がしてきました~きっと落ちてもそんなに痛くないですよぉ~」
「ばっかじゃないのか⁉ これだけ下降にGがかかっているんなら、ここの重力は地球とそう変わらないってことぐらい、分かるだろう!」
「そうですかぁ~じゃあ、痛そうですねぇ……」
死にそうな状況だと理解したのか、見るからに沈んだ表情になった三口さん。
おいおい。本当に今更状況を理解したとか言わないだろうな。
三口 優奈二十八歳。女。ドジっ子。召喚部門の先輩だが、この人を先輩とは思いたくはない。任務に失敗はないが、それは結果論であって、成功までの道のりで色々とやらかす。特別な力は――
「そうだった! 三口さん、瞬間移動の力があるじゃないですか。瞬間移動の物体移動で俺を地上に移動してくれませんか? そうすれば、三口さんも一緒に――」
「はい! 私の力で、こうですねぇ~」
「・・・」
パッと目の前から消えた三口さん。自分だけ地上に移動しちゃったよ……
そうやるような気がしたんだ。んで、すいませ~ん! 私だけ移動しちゃいましたぁ~って言いながらまた現れるんだろう。
「・・・」
「……」
「え?」
現れ……ないのかよ!
どうしてこうなった。初めから三口さんのどこかに触れておくべきだった。そうだろう、俺。三口さんの行動パターンなら、こうなることも予想できたんだから!
「やっばいいいい! もう地面見えて来たあああああ!」
このままじゃ、激突してぺしゃんこな俺の出来上がりだ! どうしよう、こんな時に無効化の力が役に立ったら……無効、化? うん、三口さんの瞬間移動、俺には発動しなかったわ。どうあがいても、死にフラグは消えそうにない! 地面を見て終わるのは嫌だから、ぎゅっと目を閉じた。
「うわあああああ! 死ぬううううう!」
盛大な俺の叫び声は、降下するビューという音と共に……地上に激突した。
とうとう死んでしまったか。こんな風に死ぬとは思わなかった。もう少し、特務課で働きたかった……
父さんと母さんの迎えが見える様だ。
『見える訳ないと思います。死んでいませんから』
「!」
聞いた事のある声が耳に届き、閉じていた目をカッと開けた。
そこには、いつぞやの女神メノウが微笑みながら佇んでいた。
「し、んで、ない。死んでない! 俺、生きてる!」
もう駄目だと、地面に激突したと思ったのに。俺がいたのはユートピアだった。さわさわとした草の感触が手に当たり、ホッと安堵した。
横たわっていた体を起こし、勢いよく立ち上がると、女神に向けて頭を下げた。
「女神様が助けてくれたんですね、ありがとうございました!」
『仕方のない状況でした。あのままでは、九条重様は……ですから、私の領域へ連れてきました。今後は気をつけて下さい。関りが多くなるのは、違反行為になってしまいます』
「そうですよね……気を付けます。この度は、誠に有難うございました。今後は無いように努めます!」
もう一度、今度は深く頭を下げた。
女神が特定の職員に肩入れすることは、禁止されている。それなのに、メノウ様は俺を助けてくれた。ユートピアへの移動なら、無効化は反応しない。
女神様が呼んでくれなかったら、俺は死ぬ所だった。その事を忘れないようにして、今度は重力に抵抗できるようにも特訓しよう。きっと特務課の訓練所には、そんな場所もあるだろうから。
『無効化……思ったよりも、障害が多そうです。ですが、九条重様の成長と共に、いい方向へと変化してくれることを願います』
「はい。頑張ります」
『そちらの召喚門を使ってください。九条重様がいた異世界に戻れますから』
女神が向いた方を見たら、床に書かれた魔法陣の真ん中に門が浮かんでいた。これは召喚門といって、主に帰還時の移動に使用している。俺が勇者召喚から帰還するときに通った門と同じ門だ。女神がその魔法陣を書いてくれたんだろう。門の前に移動した俺は、女神へ向き直した。
「何から何まで……お世話になりました」
『……』
女神は微笑んだ状態で俺を見ていたが、特に何も言わなかった。ここまでして貰って、特に会話することは何も無い。きちんとお礼も伝えられた。よし、行くか。
俺は門を通過して、メルヘンな世界へと戻った。
視界の変化は一瞬で、門を通過したらもう別の世界になった。別って言っても、さっきまでいたメルヘンな異世界だけど。
「あ、れ? 三口さんは?」
特務課と書かれた捕獲用の檻の中に幻獣はいた。だけど、三口さんの姿が見えない。
気絶した召喚師は、仲間が家に連れて行ったのを確認している。ここにいるのは、この村の村長だけの様だ。
「すいませんが、特務課の三口さんはどこでしょうか?」
「おんやぁ? どうしたんだべか。さっきまでそこんところさ、いだっべよぉ」
「そうですか……」
世界言語理解があっても、村長の言葉が理解できない。今、なんて言ったんだろう?
何度も聞き返すのも悪いしな。言葉は通じるのに、会話が出来ないとは思わなかった。村長の言葉は、一体何処の言葉なんだ。小人さんは、皆こんな不思議な言葉を話すのだろうか?
村長をチラチラと見ながら、俺が通ってきた召喚門が出たままな事に気が付き、閉じようと門に手を伸ばした。その時に門から、ぬっと人の頭が出て来た。
「うっわ!」
「まぁまぁまぁ~入れ違いになってましたか~」
「三口さん……」
門から出て来たのは三口さんだった。探し人、現る。
門を通過し終えた三口さんは、腰に手を添えながら俺の方を向いた。
「九条くん~駄目だよ~! 勝手にどこかに行ったら、困るのは私なんですよぉ~?」
「っ! っ!」
そのまま俺に詰め寄ってきたが、瞬間移動でどこかに消えたのは三口さんだろうが!
言葉にならない怒りが、一瞬で湧いた。そんな風に先輩ぶった言い方にもカチンときた。
「そもそも、幻獣を空の上で物体移動させて捕獲したのは誰でしたっけ」
「!」
詰め寄ってきた三口さんの足が、ピタリと止まった。
「落下中に一人だけ瞬間移動して消えたのは誰でしたっけ」
「あらあらあら~困ったですぅ~そんなこともあった様な~」
「主任に報告しておきますね」
「‼」
すっとぼけ始めたから、満面の笑顔で言ってやった。
声にならない悲鳴が聞こえた気がした。
柳田主任、怖いから。これは効果があったと思える。三口さんが最初から間違えずに行動していれば、空からの落下もなかったし、俺が女神のユートピアへ行くことも無かった。
それなのに、謝罪の言葉がない事に腹が立つ。しかも、俺が勝手に消えたと注意してきた。
そんなんだから、三口と書いて、シロと呼ばれてしまうんですよ。
三口の三がカタカナのシに見えると三ノ輪さんに言われてから、三口さんをシロと呼ぶ人が増えたらしい。三口さん本人は、貶されている気がするからその呼び方は嫌だと言っていたが、俺は犬の様で可愛いじゃないかと思った。
主任に報告するという言葉を聞いて、見るからにしょんぼりとしている。そんな三口さんの頭に、下がった犬の耳が見えないことも無い様な……
「三口さん……二十八歳の大人が、迷惑をかけた人に謝る事が出来ないのは、流石にどうかと思いますよ」
「はい~……ごめんなさいですぅ~」
「……はぁ、仕方ないですね。その謝罪を受け入れます。主任には問題なく終わったと報告しましょう」
「!」
俺の言葉に、ぱあああっと明るい表情に変わった三口さん。気のせいか、下がっていた犬の耳がピンっと立った様に見えた。
「九条くん~ありがとう~!」
「ちょ、うわ!」
嬉しそうな三口さんが、俺に抱き着いてきた。が、支えきれない重さに、後ろへひっくり返ってしまった。
――ドン!
――ガッシャーン
「いててて……」
重すぎだろうが。女の体重とは思えない重さに、背中も強く打ち付けられた。
筋トレをしているから、ある程度の重さには耐えられるはずなのに、受け止めることが全くできなかった。その事に気が付き、少しショックを受けた。
盛大にひっくり返った俺の周りは、砂ぼこりの様なものが舞い上がった。
『ギャウウウウウ』
「あらあらあら~?」
「ちょ、退いてください」
俺の上に乗っかったままの三口さんに、離れて欲しいと伝えた。それなのに、全く動かない三口さん。おかしいな、筋トレしている俺の押しが効かない。三口さんの体を両手で押しているのに、この人、びくともしねぇ!
金属で出来てる体とか言われても、納得してしまうんだが。その位全く動じない三口さん。この場合、動かないの方の意味も兼ねて。
「九条くん~……あれ」
「ん?」
空を指差した三口さんに、誘導されるように俺の顔は空を向いた。
そこには、捕縛したはずの幻獣が空を飛んでいた。その距離、はるか彼方で。
思わず三口さんを見た。
「ごめんなさい~?」
首を傾けながらそう言った三口さん。それを下から見上げる俺は、一瞬で状況を理解した。
特務課の機械部門で作った捕獲器。それを壊したのは、俺なのか三口さんなのかは分からない。だが、その捕獲器が壊れ、幻獣が逃げたという事だ。
壊したのも、三口さんなんじゃ? 申し訳ないが、重さと俺が押しても動かなかった事を思い出してそう思ってしまった。でも、そこは分からないから何も言えない。
地面に倒れている状態なのに、空を見上げてしまった。遠くの方に、豆粒くらいの幻獣を確認し、一気に現実に戻ってきた。
「もう一度、捕獲します。捕獲の檻は予備で一つ持って来ていますから……だから、早く退いてください!」
「はいですぅ~」
やっと俺の上からなくなった重さに、ホッとした。今度誰かに聞いてみよう、三口さんって超合金で出来ていませんか? とな。
やけくそ気味に起き上がった俺は、直ぐに予備の捕獲器を組み立てた。
組み立てと言っても、ボタン一つなんだけど。
各パーツを繋いだら、起動のスイッチを押す。それだけで後は自動で出来上がる。
そして俺は、今回最大の事件に気が付いてしまった。
「三口さん、ちょっといいですか?」
「何でしょうかぁ~」
それを三口さんに伝えると、犬の耳がパタパタと嬉しそうに動いた様な気がした。三口さんは人間なんだけども。いい加減この幻想も止めないとな。
「んじゃ、おねしゃす」
「はいですぅ~!」
今回の捕獲の仕方は、初めから間違っていたんだ。幻獣が何処に居ようが関係ない。何の為の二人一組なのか。どうして三口さんなのかに気が付けば、こんなにも早く終わる。
――ガチャリ
『ギャウウウ……?』
どうして捕獲器に居るのか分からないという幻獣。そんな幻獣には悪いんだが、捕獲器を持ち運べる大きさに変化して貰った。捕獲器の中は異空間になっていて、どんな大きさの幻獣も捕獲可能だ。捕獲器には持ち運びやすい様にと、大きさを変えられる作りになっている。ボタン一つで。
そのボタンを押した今、もう捕獲は終わりました。
「んじゃ、帰還しますかー」
「こんなに上手く行ったのは、初めてですぅ~! 九条くんとで良かったです~」
三口さんも喜んでくれているし、結果良ければ全てオッケーだ。
三口さんの特別な力は、瞬間移動だ。物体を固定して移動させる事も出来るし、自らが瞬間的に移動することも出来る。一緒に瞬間移動するには、三口さんが触れていればいい。
今回は幻獣召喚で、その幻獣の捕獲が任務だ。そして捕獲器はある。ならば、捕獲器を起動させて、そこに三口さんの力で物体移動をすればいいだけだ。
幻獣が何処に居ようが、三口さんが瞬間移動をして幻獣の所へ行き、その幻獣を物体移動させ、三口さんは瞬間移動で帰ってくればいい。ただそれだけで良かった。
それに気が付いたのが先程だった。特務課の仕事を張り切ってしまった自分がいた事が、最大の事件。
どうして三口さんだったのかを考えれば、気が付いたはず。俺が出しゃばらなければ、秒で終わる任務だった。
「三口さん、すいませんでした!」
「ふぇ⁉」
帰還しながら、三口さんに説明をした。俺が出しゃばったからと、もっとチームワークを考えれていれば早く終わった事を。
話し終えた時、ちょうど召喚部門に帰還した。要請の間に帰還用の門が浮かんでいた。その門に向かって帰還の報告をする。
「特務課――召喚部門九条重と、三口優奈の帰還を報告します」
門へそう報告すると、女神がそれを聞いて門を閉じる。つまり、魔法陣ごと消える。それが帰還の報告。ここまでが任務で、これが終われば任務は完了となる。
三口さんに向き直した俺は、三口さんの表情に驚いた。
「あの……?」
「九条くんだけですぅ~私を上手に使ってくれたのは。だから、時間がかかった事とかぁ~そんなの問題ないですぅ~」
「そ、そう言って頂けると、俺も助かります。では、俺は捕獲した幻獣を、魔獣部門に預けに行ってきます!」
「あらあらあら~まあまあまあ~」
どこの会社の営業だろうか。というくらい、ぺこぺことお辞儀をしながら、足早に部屋を後にした。
怖かった。正直、三口さんの表情が怖かった。
今まで見た事の無い、色気? なのか分からないが、頬が高揚している様に見えた。
見た事の無い目で見て来たし。きっと、上目遣いをしたかったんだろう、三口さんは。だが、白目を向けられてもな。いやいや恐ろしいもんを見た……
三口さんも、慣れない事はしない方がいいと思う。元がドジっ子なんだから、上手く行くことの方が少ない事くらい分からないのか?
「まぁ、許してもらったし。基本は良い人なんだろうな」
それと、あの重さは気になる。誰に聞いてみようかな、知り合いが少ないからこういう時に困る。
そう考えていたら、八重垣さんとばったり通路で出会った。
「あ、八重垣先輩……は、無理だな」
「ちっ」
俺の顔を見て舌打ちはやめてくださいよ。これでも後輩なんですから。そうだろうとは思ったけど、八重垣さんは俺を見なかったことにして行ってしまった。
俺が女だったら、きっと話しかけて来た。それは間違いない。
ちらっと後ろを振り返ったら、案の定、女の子に話しかけている八重垣さんがいた。
「ほんとクズい」
そう呟いた瞬間に、首筋にチリチリとした嫌な感じがした。だから俺は、その瞬間に振り返ることなく、全力でダッシュした。
結構離れていたのに聞こえてしまった様だ。後ろから怖い顔をした八重垣さんが迫ってきているらしい。ガラスに映った八重垣さんを見て、ひゅっと心臓が止まりそうになった。
逃げ切るんだ! 死にたくない!
八重垣さんは地獄耳と、心の中のメモに書いた。
その後数分で、何もなかったように通りすがりの女の子に話しかけだした八重垣さん。その姿を見て、俺は安堵しながら幻獣を引き渡しに行きました。