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エリシアの決意とは裏腹にやるせない結果に終わったお茶会から数日後。のどかな春の日差しの中エリシアは一人、王都にあるフィール邸の庭園にてアフタヌーンティーを楽しんでいた。
というのも今世においてエリシアはまだフェリアと出会っておらずその関係がギクシャクしたものだとか、親友のようなだとか言う以前の状態になってしまっているのである。
当然、エリシアもこれまでにないパターンの事態に困惑しつつ状況を整理しようと考察のための時間を庭園でとっていたのである。
「さて、お茶とお菓子の準備もバッチリですし!状況の確認と今後の方針を考えましょう!」
大きな独り言がひとりぼっちの空間に虚しく響く。使用人は離れたところに控えてはいるが、そこは歴史と格式が取り柄のフィール家に仕える使用人である、自身が必要とされていない時の存在感たるや、まるで半透明人間かのごとく希薄で注意をはらわなければ控えていることを忘れてしまいそうになるほどなのである。当然、そのような環境で生活してるエリシアは先ほどのことはを使用人に聞かれているといった意識はなく、完全に大きな独り言としていったのではあるが。
頭を働かせるためにエリシアは用意されているクッキーを口にほうばりながら、といあえず今なにが問題なのかを考えた。
「今まで一度もお茶会にフェリア様がいらっしゃらなかったことなんてなかったのに…」
そうなのだ、今までの人生、色々はことが起こったがどんな形であれエリシアとフェリアが出会う王家主催のお茶会にフェリアが出席しなかったことなど一度たりともなかったのである。
「いったいなぜフェリア様は姿を現さなかったのでしょう…?」
次のクッキーに手を伸ばしながら少し乾いた口の中を紅茶で潤しつつエリシアは思考を巡らせる。しかし今までにない事態であると言うエリシア自身が経験した事実は流石のエリシアでも理解はできるが、そのさきにある疑問『なぜ、フェリアは茶会に出席しなかったのか?』と言う疑問を解消できるほどの考察力を持っていないエリシアの思考は当然のように行き詰まった。
「…お腹でも壊されたのでしょうか…」
エリシアはけしてバカでは、ない。人並みの考察力は持ってはいる、しかし抜群の考察力は持っていない。良くも悪くも頭のできは普通であるため、今回の一番のネックとなっている部分を考えたいが選択肢が多すぎてとても正解を導き出せそうにはなかった。
さも思考の海を漂うそぶりを見せつつエリシアは赤いジャムの乗ったクッキーをほうばる。
(フェリア様はお茶会にいらっしゃらなくて、私はフェリア様に紅茶をかけることができず、まだ私とフェリア様は赤の他人のままで、私はフェリア様に悪女のように振る舞わないとならないから…)
次の片面だけをチョコレートでコーティングされたクッキーに手を伸ばしたエリシアの脳みそは、オーバーフローを起こすのではないかと思うぐらい働かされこれ以上考え事をすると明日はきっと知恵熱が出てしまうと思われた。そのためか、エリシアの身体が本能的にこれ以上の考察を拒否してきた。
「と、とりあえず!フェリア様に紅茶をかけずに済んだのは、私の本心としてはとても喜ぶべきことですわ!!」
エリシアは深く考えることをやめた。しかしそれは、実は正解である。フェリアの行動などエリシアが推察できるはずがないからである、エリシアの知る世界は狭く交流のある人物も限られるため、そこから導き出された回答はほぼ不正解でありそのようなことに時間をかけるよりは『わからない』と言う回答を導き出した方がよいからである。
あまりにもクッキーを食べ過ぎ晩御飯が食べられるか心配になりながらエリシアは椅子の背もたれに寄りかかる。
(とはいえフェリア様に紅茶をかける悪女の振る舞いができなかったと言うことは、フェリア様の運命を変えられていない可能性が高いですわ…いったいなぜこのようなことに…)
頭を抱えながらエリシアの中で予定されていたことを確認する。
まずは茶会にてフェリアに十分に冷ましている紅茶をかける、それにより入り口付近でそのことが問題として周囲の令嬢たちを含めてちょっとした騒ぎになり、当事者であるエリシアとフェリアは醜聞にさらされる前にと一旦会場を後にし、後日父であるフィール公爵と共にルーン公爵家へ謝罪に向かいフェリアに許してもらう。
今までのことを時系列で考えながらエリシアはそのどれも実現不可能なことに気づき、自分は失敗したのだとうなだれた。
しかしそこは、人一倍の忍耐とガッツをもつエリシアである、失敗したとしても別の方法を探すかリカバリーによってなんとか今世も自分のできることに最善を尽くしたいと気持ちを切り替えると、不意に失敗しているかどうかを確かめる方法があることに気づく。
それは数多の半生を繰り返す中で、憔悴したエリシアがフェリアに紅茶をかけたことで起こる『フェリア運命の日の後退』以外の変化の一つではあったがエリシアとフェリアの交友関係に直接関係して来ないため今の今まですっかり忘れていたことではあるのだが
「王家からのドレイク様との婚約の打診…」
エリシアはぼそりと呟く。
そう、エリシアがフェリアに茶会で紅茶をかけた場合、フェリアではなくエリシアにその後ドレイクとの婚約が申し込まれフィール公爵は血涙を流しながらその申し出を受けるのであるが。エリシアが理解していないだけでそもそもお茶会が『ドレイク王子の婚約者選定』の場であり入場早々エリシアに挨拶をかわそうとやってくるフェリアに紅茶をかけ二人で退場することでフェリアが王家の目に止まるはずはないので起こりうる事態といえば、事態である。
なによりエリシアにとってドレイクはもともとフェリアの婚約者であり、フィール公爵の過保護により恋愛の機微に疎いエリシアにとってそこはあまり気にするところではなかった。
「そういえば今日は婚約の書状を王家の使者がお父様に持って来る日ですわ、
もし運命が変わっているかどうかが紅茶をかけたかやルーン家に謝罪に行ったかのように婚約の申し込みでも分かるとするなら…今日婚約の書状が届けられればフェリア様の運命が変わっている可能性も出てきますわ!」
そう、エリシアが思い至り勢いよく椅子から立ち上がるのとほぼ同時、まるで忍者か熟練の冒険者のように気配を消していた使用人がそっとエリシアの側により後ろから声をかけた
「エリシア様、フィール公爵様がお呼びです。現在王家より来客中であり急ぎエリシア様をお呼びしろとのことです。」
それきたことかと勢いづくエリシアであったが今までの人生で王家から使者が来てもフィール公爵がエリシアを呼ぶことなど一度もなかったことに気づくと一瞬だけ頭に疑問符を浮かべるが
「何はともあれ王家の使者の方がいらっしゃったと言うことは、これはいい兆しですわ!さぁ私をお父様のところへ案内しなさい!!」
勢いよくそう言うと同時に勝手に足を進めるエリシアにさしもの使用人も一瞬虚を疲れたように固まるが慌ててエリシアを案内し始める。
ややあってフィール邸の客間の扉がノックされる
「旦那様、エリシア様をお連れしました」
「おぉ、入れ」
フィール公爵の返事を待ちそっと開かれた扉をさっきまでの勢いを心の中のみにとどめた淑女然としたエリシアが軽やかに入室し俯き加減で礼をとった、そして俯き加減で絨毯に向けた視線をエリシアの正面に向けようとした刹那、スカートの端を持っていた手とは反対の無防備な左手をすっと捕まれると同時にエリシアの前に一人の人物が跪いた。
「エリシア・フィール公爵令嬢、ぜひ貴女に私ドレイク・マクベスの婚約者になってほしい」
エリシアは赤の絨毯の模様を目で追いかけながら正面に向けようとした視線を声のする方へおろおろと向けるをそこにあったのはキラキラとした銀髪。
王家からの来客は使者ではなく、ドレイク王子本人であった
「ふぁ!?」
エリシアは公爵令嬢として生きて来た中で出したことのない驚きの声をあげた、その声は全然淑女然とはしていなかった。