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艶やかなドレスに身を包み格式を感じさせる馬車に揺られながらエリシアは今日自分がやらねばならない行動について考えていた、過去の経験からフェリアの運命を変えられるような大きな分岐点のようなものが存在し、その中に今日の王家主催のお茶会でのエリシアの行動も含まれていた。
お茶会会場である王城へ向かう馬車の中、エリシアは大きなため息をついた
「また、フェリア様に紅茶をかけなければならないのですね…」
大好きな親友であるフェリアに自身の気持ちとは裏腹の行動を取らねばならないことはエリシアにとって苦痛ではあったが今日この日にフェリアに紅茶をかけるか否かでフェリアの最後の日が変動するのは過去の経験からエリシアも把握しているため嫌々でも行動せざるを得ない状況だった。
「きっと、私またフェリア様に嫌われてしまいますわね」
フッと嘆息したような自嘲の笑みを浮かべるとエリシアは窓の外に目を向け眼前に迫りつつある王城を見ながら憂鬱な気分で馬車に揺られた。
ややあって会場へとたどり着いたエリシアは元来の奥手で人見知りな性格から会場の入り口寄りの隅っこで人を避けるように大人しく会場内を観察した
「さすがは王家主催のお茶会ですわ、お菓子もお茶も一流のものばかり…」
「あら、貴女のそのネックレス、最近王都で流行しているって言う…」
別に聞き耳を立てているわけではないが人間観察しかすることのないエリシアはただただ着飾った同年代の令嬢を見ながら退屈を紛らわすすべを探して視線を彷徨わせた、そもそもフェリアに紅茶を浴びせなくてもエリシアは賑やかな場所が苦手でありそもそも憂鬱なのだと今更ながら思い出し、それなら出席しなければよかったのにと出席を決めた父親であるフィール公爵を恨めしく思った。
本来フィール公爵は娘であるフェリアを溺愛しており『目に入れても痛くない愛娘』を物理的にもできるのでは?と周囲に思わせるほどである、そんな彼は愛らしい娘の幸せを第一に願っており政略結婚や婚姻の政治利用などエリシアの望まないであろうことはしたくないと、あまり貴族的ではない考え方をする男あった、なので必然的に貴族が集まる場や子息、令嬢が参加する夜会などの誘いはエリシアが希望しない限り断るようにしていた。
ではなぜ今回のお茶会にエリシアを出席させているのかと言うとひとえに『王家から』の招待状であったためである。
エリシア本人はフィール公爵の思惑もあり恋愛や結婚、婚約といったことに完全に無頓着であるが父であるフィール公爵は仮にも当主であるため今回の茶会が王子であるドレイク王子の婚約者の選定の一環であり国内から未来の国母になる可能性がある貴族令嬢が集められる場であることを理解し、そうでなくても王家からの招待を重症な理由もなく断ることなどできないためフィール公爵は渋々エリシアを茶会へ参加させたのだが、当のエリシア本人はそんな父親の気持ちもしるよしもないため普段出席しろなど言われない茶会へ出席を促さたため恨み節なのも納得である。
ともあれ、出席してしまったものは仕方ないし、なにより今日のエリシアにはフェリアに紅茶を浴びせかけるという目的があるため後はフェリアが会場へと入ってくるのを待つばかりなのだが…
「それにしても、フェリア様…遅いですわね…」
エリシアが会場に入り、行き交う令嬢を観察したり父のことを考えたりとおおよそお茶会会場でなくても可能なことで時間を潰すこと数時間…午後、日が傾き始めるとともに始まった茶会も宴もたけなわ、いよいよ終了間際である。
傾きつつある太陽、徐々に終わりへと向かっていくお茶会の雰囲気、ことここに至ってエリシアは明確に焦っていた、しかし自身が定めた目標へ向かうための確固たる意思と忍耐は持っているエリシアではあるが予想外の展開や不測の自体に対応するための高尚な頭脳は持ち合わせておらず、ただただ困惑するばかりである。そう、今までの数多の人生において多少の誤差こそあれ一定の時間でお茶会の会場に姿を現していたフェリアが今回はなぜか一向に現れないのである。
「こ、こここここのままではフェリア様に紅茶を浴びせかけることができず、そうなるとフェリア様と私の仲も悪くなることわなく、そ、それは最高ですわ。いやいや、そうなるとフェリア様が死んでしまいますわ」
パニックである。
もとよりあまり色々なことを深く考えたりすることが苦手なエリシアの脳みそは今までに起こったことのない不測の事態を受けまごうことなくパニックに陥っていた。幸い彼女は会場の隅っこにおり閉会も近いこともあり参加している令嬢のほとんどが主賓である王妃の元に挨拶に向かっており、そのため中央には人だかりができているもののエリシアの周りに人がいなかったためその態度も、ブツブツとつぶやいている意味不明な言動も知られることがなかったため周囲の人間から危ない人認定を受けることはなかった。
そうこうしているうちに王妃からのあいさつもあり本格的に王家主催のお茶会は終了してしまった。
結局フェリアはお茶会に出席しなかったのである。壮大に肩透かしを食らったエリシアは何が起こっているのか一ミリも理解することができずフェリアに浴びせかけた時にせめて熱くないようにと影でこっそりふーふーしてして熱を冷まし、しかしてそれも今や完全に冷め切ってどちらかと言うと冷たいぐらいである紅茶をやるせない思いで、クイっと一気に飲み干した。
「き、緊張でお菓子も食べていませんし。よくよく考えるとこのお茶会で私がお腹に入れたものってこの冷めた紅茶だけでしたわね…」
やるせない謎の感情がエリシアの中に吹き荒れるが、ともあれ肝心のフェリアが姿を見せないのではどうすることもできず俯き加減でエリシアは会場を後にした。
本日のエリシアの成果は国中の同年代の貴族令嬢たちの華やかなドレス姿を目にしつつひたすらに人間観察に没頭し、まるで忠犬のように出入口付近の隅でフェリアの到着を待ったことと。冷え切った紅茶は全然美味しくないので、紅茶はそんなに時間が経たないうちに飲んでしまった方がよいというすこぶるどうでも良いものであった。
こうして、エリシアのフェリアに対する悪女的対応は不発に終わりながらも一応の計画開始となったのである。