第5話 リテーレ領の過去
昼食が終わるとルカはカート下からティーセットを取り出しお茶を淹れてくれた。
そのお茶は見た目は真っ黒で、その色合いはどことなくコーヒーに似ている。
「ここら辺の茶畑で取れるものブレンドした『ブラッティー』というお茶です」
「あ、ありがとう」
目の前に出された真っ黒いお茶を前に俺は息を呑む。
おそるおそるそのお茶を口へと運んだ。
「万人受けするお茶ですので、不味くはないかと思いますが……どうでしょう?」
「うん、悪くないかも」
「それは良かったです」
味的にはお茶に少しミントが混ざったような感じだが、そこまでクセがある物でもなく呑みやすい。確かに万人受けはしそうな味だ。
「達也さん……先ほどの話ですが――」
「先ほどの話?」
ルカは神妙な面持ちで俺を見つめる。
「はい。私の父の……いえ、『達也さんがこの世界に召還された理由』について今からお話させてもらってもよろしいでしょうか?」
「ああ……ルカがいいなら」
俺がルカの目を見てそう一言だけ言った。
「……お気遣いありがとうございます。でも、いずれは話さなくてはならないことですので。では、少し準備をする時間をください」
ルカはそう言うと近くの戸棚から地図と赤、青、黄色の駒を取り出してテーブルに並べた。
「では、達也さん。地図を見ていただけますか?」
「ああ」
ルカは俺が地図を覗き込んだのを確認してからゆっくりと話し始めた。
「事の発端は今から一年半前、リテーレ領の南に位置するゲレーダ領が侵攻してきたことからでした」
「侵攻? つまり、領土戦争ということか……?」
「はい。その通りです」
ルカは俺の問いに頷き、ゲレーダ領のところに赤の駒。リテーレ領のところに青の駒を配置した。
「ゲレーダ領は宣戦布告した後、リテーレ領とゲレーダ領の国境になっていたデオルト川を越えて侵攻してきました」
ルカは喋りながら赤の駒をリテーレ領の方へと動かす。
「コレに対して当時、リテーレ領の領主であった父も防衛のため挙兵しました。しかし、相手は周辺領土の中でも軍事力に長けているゲレーダ領。リテーレ領の戦力のみで対抗しても勝てないと悟った父は友好関係にあった西のエプリス領、東のアンカル領に救援を依頼しました」
黄色の駒をそれぞれの領土があるところに置いて行く。
「ですが、ゲレーダ領に敵視されることを警戒してか、どちらも援軍の要請を拒否。リテーレ領の軍のみで防衛作戦に回りざる終えなくなりました」
ルカは元気なく語りつつ、先ほどの置いた黄色い駒を倒してから青の駒と赤の駒をデオルト川へと移動させた。
「そして、リテーレ領とゲーレダ領はデオルト川で接敵。その後、ゲレーダ領の指揮官から一騎打ちを挑まれ父は戦死し、リテーレ軍は敗走しました。そして、敗走してきた指揮官からこの手紙を受け取ったんです」
ルカは一枚の紙切れをポケットから取り出し、テーブルに置いた。
「この手紙には『自分が死んだとき、次期領主は私にすること』、それから『私の手に終えなくなった時は禁忌である言無死の塔で召還魔術を使い、召還された者に領主を託せ』ということが書かれていました。私は父の遺言に従い、領土を守ってきました、ですが……」
一度、その手紙に目線を向けて視線を落とした。
「半年前、二度目のリテーレ領侵攻が起こり南の村がゲレーダ領の手に落ち、勢いづいたゲレーダ領が今もなお、次なる侵攻計画を立てていることが発覚しました。これ以上、私が領土を治め続ければゲレーダに飲まれてしまう――そんな危機感から達也さんを召還したんです」
「……なるほど。辛い話を聞かせてくれてありがとう。……最後に一つ、聞いてもいいか?」
「はい」
ルカが頷いたのを見て俺はゆっくり話を切り出した。
「その援軍を断ったエプリス領とアンカル領とは、未だに絶縁状態なのか?」
「はい。親書を送っても返事が来ませんので、その認識で間違いありません」
「そっか……。俺もどこまで頑張れるか分からないけど最大限、努力するよ」
俺は戦慄を覚えていた。今もなお、このリテーレ領を奪おうとゲレーダ領が狙っており、さらに周辺を囲む領土からの援軍は全く見込めない。それはリテーレ領が絶対的に不利な立場にいることを意味している。
「(思っていたよりも深刻だな……ワンミスが命取りにもなりかねない)」
「はい。よろしくお願い致します」
俺が深く考え込んでいることを察してか、ルカは少し深めに頭を下げる。
だが、ルカは頭を上げると何かに気付いたかのように窓の方へと寄った。
「……少し長話をし過ぎたようです。担当官たちが来たみたいです」
窓の外に目をやれば屋敷へと続く道を歩いてくる人影が見えた。
だが、ここからでは全く人相が分からない。
「(まさか、ルカには見えているのか?)」
「私は皆様をお迎えしますので、達也さんは執務室でお待ちいただけますか?」
「あ? ああ。分かった……」
「では。参りましょう」
俺は疑問を抱きながらもルカと共にエントランスまで行き、執務室へと向かうのだった。




