第32話 ウレイオン村の現状とある男
ウレイオン村に到着すると例の如く、ハレスがすぐに飛んできた。
「ど、どうなさいましたか!?」
「何か農作関連で何か困っていることがないか?」
「困っていることでございますか……?」
そう俺が言うとハレスはう~ん……と唸りながら考え始めた。
「些細なことでも別にいいぞ?」
「そうですね……。しいて言えば皆、歳ですから若い人手が欲しいところではありますが、それが無理でしたらお医者様が一人でも村に居てくれれば助かります」
「人手が欲しいって言うのは分かるけど、なんで医者なんだ……?」
「皆、腰やら足やらに痛みが来やすいのですよ。鍬で畑を耕すのも田んぼで稲を植えるにしても体が持たなければ続きませんから……」
ハレスは右手を頭の後ろに当てながら恥ずかしそうにそう語った。
事実、担い手が居なくなれば米の生産は完全にストップしてしまう。
さすが、村長だけに現状を良く理解している、
「ハレス。悪いが、現状は何とか今の人員で回してくれるか? 人手はすぐには増やせないと思うからな……すまない」
「ハハハ! 謝ることはありませんよ! 皆、そこまで老いてはおりませんからご安心ください」
そう胸を張ってハレスは言い切ったのだった。
そんな時、隣に居たルカがある事に気づいた。
「あ……! 皆さんが帰ってきたみたいです」
よくよく考えれば時刻は既に12時だ。
畑や田んぼに出ていた村人達が昼休憩を取るために戻ってきたのだろう、
だが、俺はある物に目がいった。それは村人達が持っている鍬や鋤などだ。
ほとんどが木製で作られていていかにも壊れそうなものばかりだ。
「ハレス、畑を耕すときに使ってる鍬や鋤は今、あそこの村人たちが持っているようなやつなのか?」
「はい。左様でございますが……?」
「そ、そうなのか……(そもそも道具をまず改善した方が良さそうだな……)」
俺はそう思ったのだった。
いくらなんでも木製の農耕器具などでは効率があまりにも悪すぎる。
というか……この世界ではそれが当然なのかもしれない。
現実世界では田植えや農耕には機械が使われているのが当たり前なだけにそこらへんの知識が役に立つかもしれない。だが、すぐにそれを実用化できるわけではないのは俺にも分かる。
「なぁ、ルカ。鉄の農耕道具を作るのは難しいかな……?」
「鉄の農耕道具……ですか? それってつまり、先端の部分を鉄にするってことですよね……?」
「ああ。そうすれば手入れも楽になるし、農耕のやり易さも格段に上がるはずだ」
「ん~そうですね……。鉄の生産は有事に備えて軍が集めてますのでなかなか難しいかもしれません」
鉄は軍事に利用されやすいだけに村の農耕道具までを鉄にするというのはなかなか骨の折れる作業になるだろう。ましてや、今はゲレーダと事を構えようとしている最中だ。どうしたものか……と考えを回したときだった。
「やはり、時は金なりでしたねぇ~」
不意に後ろからおちゃらけたような男の声が聞こえた。
ルカは振り返り様に剣を抜こうとしたが、その動作は途中で止まった。
「ミルド……! あなた、なぜ、ここに……!」
「なぜって……物が動くところには私の影があるに決まってるじゃ在りませんか~リテーレの姫様……?」
「っ……!」
ルカを手玉のように手に取る茶髪の青年、ミルドは俺の前に来て頭を下げた。
「お初にお目にかかります、リテーレの領主殿。私、交易商を営んでおりますミルド・アルグラスと申します。以後、お見知りおきを」
「あ……ああ、俺の名前は達也だ。よろしく……?」
「では~達也様! 鉄がお入用なのだとか? 私のネットワークと人脈を使えばゲレーダ領さえ凌駕する――」
「ミルド! 今、あなたに用はありません! フィーリスに行ってなさい!」
饒舌な話口調で相手に考える時間を与えないようなしゃべり方はルカによって止められた。
「用があると呼び出したのはルカ姫では在りませんか~?」
「その用は夜にあった時、伝えると――!」
「時は金なり。商人に今も、後も関係ありませんでしょ~? まぁ、そのお誘いがベットのお誘いならともかくですが……?」
「なぁっ……!?」
ミルドは完全にルカに対してそ知らぬ振りをしてやり返す。そして、ルカをジーッと舐め回すように見つめ、ミルドは爆弾をさらにホイホイ落とす。
「うーん~? パッと見た感じではそろそろラグジュアリーも新調なされたほうが良いかもしれませんね~? 私が見繕ってさしあげ――――」
「ミルドォ……! この私を、皆の前で愚弄しましたね……?」
「姫様が怒ってらっしゃる? かわいらしいですなぁ~?」
『可愛らしい』じゃない! みるみるルカの魔力が高まっていくのが分かる。
「お、おい! ルカ! やめ――――」
だが、俺の言葉は届かず、ルカは言葉を紡ぎ始める。
「<冷徹なる鏡よ・呼び起こすは殺戮なり・我は正義なる代行者・かの者の所業を断罪し・塵を吹雪かせよ!>」
詠唱が終わるとルカを中心に鏡が顕現し、数多くの熱光線がミルドに向かってバンバン飛んでいく。しかし、当のミルドはそれをホイホイと交わす。
「すばしっこい! 大人しく焼かれなさい!!」
「よっと! 危ない~危ない~!」
ルカの猛追を交わしながら冷やかしを言う余裕まであるようだった。
「達也様! また夕刻にフィーリスでお会いいたしましょう! 商談はそのときに!」
そう言い残し、ミルドは徐々に村から出て行った。その姿が見えなくなった頃、ルカは疲労困憊で肩で息をしていたのだった。このルカの疲れ具合からしてもミルドは只者じゃない。
「一体、あいつ……ミルドって何者なんだ? ああも簡単にルカの魔術を避けていたけど……」
「あれは受け継いだ遺伝ですね……本当に」
「遺伝……?」
「ええ、実はミルドの苗字であるアルグラスは有名な魔術師の家系なんです」
なるほど、どおりで避けるのもうまいわけだ。
「ミルドはあんな凄い才を持ってますが、実際はその道を投げ打って一代でリーテレ領内の交易商ナンバー3まで上り詰めたという……ちぐはぐな男なんです」
「となると……実力派の商人みたいなものか」
「まぁ、そんなところですね……」
ルカは説明するのも疲れるというような表情を見せた。
「というか、そんな奴に何の用があったんだ? 逃げ際にもフィーリスでまた会いましょう~みたいなこと言ってたけど……」
「あ~えっと……それはとりあえず、後でもいいですか……? 皆さんの視線が」
後ろを振り返ってみれば何事かと野次馬がたくさん集まっていてハレスが散るように指示を出してもみるみる増えているようでハレスの渋い視線が俺たちにむけられていた。
「そうだな……。これは俺たちが去ったほうが良さそうだ」
「……はい」
こうして俺たちは半ば、強制的にウレイオン村の視察を終了させられたのだった。
ウレイオン村を早々に後にした俺たちが乗った馬車はリテーレ領の中心地、リュナの街に向けて北進を続けた。
その馬車の中での話はやはりあの男、ミルドのことだった。
「で……? ミルドに何を頼むつもりだったんだ?」
「は、はい……」
ルカの語尾がパッとしない。俺が疑うように視線を向けるとルカは意を決したように話し始めた。
「その……達也さん! 私は経済長官の空席にあのミルドを抜擢しようと思っています!」
「えっ……? あの男を?」
「はい! 私にとっては……嫌な人間で、天敵みたいな男ですが、そこらへんに居る奴より信用できますし、使えます」
そう語るルカの目は真剣なものだった。
だがあの男、ミルドは本当に信用するのに足りる人間なのだろうか?
俺はファルドの一件があるせいで正直、決断に悩んだ。
それに俺はミルドの性格や考え方が掴めていない。俺はルカとは違い、ミルドを容易く信用することはできなかった。
「わかった。前向きには検討するよ。だけど、経済長官就任への打診はもう少し、ミルドという男に関わってみてから決断しても良いか?」
「はい! リテーレ領にとって経済面の要ですからじっくり考えてください」
「ああ、ありがとう」
ルカは俺の歯切れの悪い回答を聞いても笑顔で居たのだった。




