第27話 次なる策
壇上での演説が終わってから俺はミレットが操る馬の後ろに乗って例の渓谷まで向かっていた。
その一方でルカにはゲレーダ戦線の基地に残ってもらい、ブービートラップ設置の陣頭指揮をとってもらっている。最初のうちは動きが悪かったが、ルカがまとめ上げながら俺が『宴会』という餌をぶら下げると兵士達は本気になった。
サミラルの話によれば、兵士達には簡易的な飯や酒しか出回っていないらしい。
つまり、どれも好んで食べたり飲んだりできるような味ではないレーションみたいなものらしい。
「そりゃあ……兵士たちの目がマジになるわなぁ~……」
「達也! しっかり掴まってないと振り落としちまうぞ! 落ちたらしらねぇーからな!」
「はいはい……!」
馬の速度がみるみる上がって行き、数十分後には偵察可能ポイントのぎりぎりに位置する渓谷の中央地点に着いた。
渓谷というだけあって道は狭く、高低差がある場所だ。
これなら待ち伏せも可能だろう。
「想像通りだ……! コレなら勝てる見込みはある」
「でも、どうやって勝つつもりなんだ?」
「それはなぁ……敵部隊を分断して各個撃破していくって策だ」
「でも、それが失敗したら、やばいんじゃねぇーのか……?」
俺はその言葉にため息を付いた。
「あのな……三万~五万の規模で来る敵さん相手にそれで凌げると思うか?」
「できねぇのか!?」
ミレットは素っ頓狂な声を出す。
「そりゃあ、当然だ。少しでも敵戦力を削ぐための策だからな……ミレット、ここでの偵察は終わりだ。後は帰るぞ! ゆっくりな……」
「え……? 別にアタシの腕ならすぐに戻れるのにぃ……」
「そういう問題じゃない。ここまでどれくらい掛かるか計算しないといけないからだ!」
「へいへい……面倒くさい……」
ミレットはプゥと頬を膨らませて口をとんがらせながら俺の指示通り、ゆっくりと基地へと向けて出発した。
結局、渓谷から拠点までノロノロ帰った結果、一時間余りかかることが分かった。この計算で行くとリテーレの屋敷からだと急いでも一時間半以上は掛かることになる。
「はぁ……」
「……? 達也、どうしたんだよ? 馬に乗って疲れたのか?」
「いや、違う、違う! 時間の問題がな……」
「時間……?」
理解ができていないミレットは頭の上に、はてなマークを作っている。
「時間ってのは『リテーレの屋敷からここまでの時間のこと』だよ」
そこまで言えばさすがのミレットも分かったようで「あ~~」と納得していた。
だが、ミレットは呆れるほど単純に思考チェンジをしてきた。
「なら、ここに滞在しちまえばいいんじゃないねぇーの?」
「あのなぁ……」
「え、何……? アタシ、結構マトモなこと言ったつもりなんだけど……?」
「俺らが常に居たら兵士達の集中力が切れちまうだろ……?」
「ああ……そっか。さすがにピリピリしっ放しつーうのも確かに……」
そんな時だった。
「領主様」
後ろから声が聞こえ、振り返るとそこには片膝をつき、俺に報告書だけを差し出すマレルの姿があった。俺はミレットから離れ、マレルに近づく。
「例の件、調べが付きました。率直に申し上げると、予想を裏切らない領土ということは元々から知ってはいましたが、情勢はさらにここ半年間で悪化しているようです。領民に対してはリテーレ領よりも20パーセントも高い税収を取り、払えなければモノで、それでもダメなら……といった具合で領民も離反する動きもあります。しかし、現状として家族などが人質になっているため離反したくてもできないようです」
「なるほど……。それじゃあ、あまり兵士の士気も高くないわけか」
「はい。それともう一つ、重要なご報告があります」
「なんだ?」
俺がそういうとマレルは俺に近づき、耳打ちで報告した。
「ゲレーダ領の軍事責任者でもあり、実質的に実権を握っていたレオル・エバースですが、半年前のリテーレ侵攻後、行方不明だそうです」
「ゆ、行方不明だと!?」
策を仕掛けて失踪? まさか、そんなことがある訳が無い。
策士がそれではお話にならない。
「何が失踪の原因か、分かるか?」
「調査した限りでは軍の方針で領主と揉めてクビにされたとのことです」
「なんつーこった……」
正直に言おう。俺はこの時、ガッツポーズを決め込んでいた。
もし、現状の軍備で戦闘になった時、一番の障害になるのがレオル・エバースだったのだ。ルカの父親ですら叶わなかった魔術師。それが居ないとなればさらにこちらに追い風が吹く。
「よし、マレル。今度は敵軍の動向を掴んでくれ。この報告書は読んでおく」
「かしこまりました。ただ、転移法陣の完成に関しては時間が掛かっていて……」
「ん? 転移法陣って、なんの話だ?」
「ご存知ありませんでしたか? ルカ様の命令でフィーリスとウレイオン村を繋ぐ魔術陣を構築しているんです」
「そんなものを? いつから作ってるんだ?」
マレルは下を向いて少し考え込んで居たが、「二ヶ月くらい前からです」と答えた。どうやら、ルカも俺と同じことを考え、対策を講じていたようだ。
だが、こっちの本拠地に出口を作るなどリスクが高すぎる。
確かに開通すれば一時間半の距離を一瞬で詰めることが可能だ。
ルカはそのリスクを計算できているのだろうか……?
「ちなみに、それは簡単に破壊しようと思えば壊せるものなのか?」
「……? はい、何らかのダメージを魔術陣に与えれば破壊は可能ですが?」
つまり、やばくなったら魔術で適当に攻撃すれば無効化できるということになる。それなら、心配はいらないだろう。
「わかった。敵軍の動向の件は忘れてくれ。……マレルたち、隠者は出来る限り人数をかけて、最優先で魔術陣の構築に掛かってくれ」
「承知しました」
マレルはそう言うと一礼し、風の如く去って行った。
「マレルとは何の話だったんだ?」
「ちょっとした頼みごとをしてたんだ。まぁ、ミレットが気にすることでも無いよ、そんな事よりも、さっさと俺たちもルカたちに合流しよう」
「う、うん。ルカ姉は……どこだろう」
俺はミレット詮索する隙を与えないように急ぎ足でルカの姿を探し始めた。
さすがに今の情報は誰にも漏らすわけには行かない。
俺たちがルカの元へ到着した頃にはゲレーダ戦線の前哨基地は見違えるほど強固なものになっていた。
「うわぁ……なんか雰囲気がガラッと変わっちまってるな!」
「あ、ああ……」
平野には多くの地雷式魔術と土嚢を積み上げて作ったバリケードなどが敷設されている。完全に一種の要塞だ。ミレットは変わり果てた設備に興味津々のだったようで兵士達が未だ何かを作っている奥へ走って行った。
「ふぅ……」
その一方でルカは先頭で陣頭指揮を取っていただけあって疲れ果てていた。
一気に数十人から百人規模の人間を効率よく捌かなくちゃならなかったのだ。
そうなるのも無理はない。
俺はそんなルカの様子を横目で見ながら今後について考えていた。現状、ゲレーダ戦線でやるべきタスクは終了している。後はスパイスを加えるかどうかだ。
「ルカ、一つ聞いてもいいか?」
「なん……でしょうか?」
ルカの疑っているような目が向けられている。
ああ、録音しているのではないかと思っているのか。
録音していない!とジャスチャーをすると「はぁ……」とルカはため息をついた。
「え、えーっと……リテーレとゲレーダを除いた二つの領土はゲレーダの事どう思ってると思う?」
「アンカル領とエプリス領のことですか? そうですね……強大な軍事力を持っている以上、恐れていると思いますが……?」
「だよな……」
そう。強大な相手とは持ちず持たれずがベストなのだ。
だから、一年半前もリテーレに対して援軍を出さなかったとみるのが自然だろう。
「ルカが考える範囲でいいんだけど……二つの領土は領土拡大を狙っていると思うか?」
「うーん……エプリスは魔術を何よりも重んじる国家なのでまず、無いと思います。ですが……アンカル領は大半が武闘派閥なのでおそらく野心はあるかと……」
「そうか……」
アンカルを無理やりこの戦場におびき出す手も無くはない。
こちらには『レオルエバースの失踪』というカードがある。
だが、正攻法で交渉していては時間がない。
「もしかして他領を巻き込むおつもりですか?」
「ああ……もし、引き込めれば闘う上でさらに優位になる可能性が高い。それに……」
「なりふり構ってられないですもんね」
俺はその言葉に頷いた。だが、俺がやろうとしている策は外道の策。下手をすればアンカル領との関係悪化も考えられる。つまり、一か八かの大博打だ。
「まぁ、種だけはまいて置くか……」
「種……ですか?」
「ああ……まぁ、任せとけ」
俺はあえて、ルカにレオルの失踪の件は話さなかった。
ルカにとってレオルの存在は現在のテンションに繋がっているはずだ。
それが居なくなれば……言うまでもない。
「じゃあ、ルカはここで休んでてくれ。俺は宴会の準備を手伝ってくるからさ」
「いえ、わ、私も行きます!」
ルカと共に俺は司令部のほうへ向かった。




