【7】
【7】
気づいてみれば、私が経験した仕事の共通しているのは、相手の求めている事を聞き出す事が必要になっている。
「これ、どうしたの?」
いつもの喫茶店で、プリントを広げていると、フクロウ君が話しかけてきた。
「ちょっと勉強用に本からまとめたプリント、今でも役立っているから休日に、何回か読むようにしているの。むしろ、今の方が実感をもって役立っていると思う」
「そんなに、大切ですか?」
「私にとっては」
気づいたら、分かりやすく、相手にとっての馴染みのある言葉で伝える仕事に、二つの仕事ともついていた。教える仕事というものに興味はなかったはずなのに。
ノートを二冊取り出して、メモを清書用のルーズリーフにまとめなおす。いっそ、マニュアルを制作する気持ちで、自分で読み返す時にも分かりやすく、例えば、瑠奈やフクロウ君が読むとしても、分かりやすくなるように気を付けながら、文章を書いていく作業は好きな作業だ。まだ、お金をもらっていない趣味の範囲だから、気楽に書けるのかもしれない。
喫茶店のドアが開いて、瑠奈が入って来た。私の姿を見つける前の席に座った。
「ごめん、待った?」
「今、来たところ。紅茶頼んでおいたから」
「ありがとう。これ、土日のバイトの?」
「うん、覚える事が多くて」
バイトを始めて約半年近くが経過した。
そこまで時間が経過すると、アトリエの数も増えてくる。専門知識がなくても、基礎知識だけがどんどん増えてくる状態だ。作業の順番を覚えるのが主だから、リーダーに比べれば、必要な知識の量はだいぶ違う。
「ふーん」
「でも、覚える注意点さえおさえれば、なんとかなるかな」
「ごめん、私、これを読んでいる時点で、ギブって言いたい」
さっと目を通した瑠奈は、苦笑を浮かべている。
「うん、大丈夫だよ。いきなり、全部覚える事はないから」
「そうなの?」
「うん」
笑顔で頷くと、嘘だという表情を瑠奈は浮かべる。
「・・・まだ、全部まわったわけじゃないけど、『嘘』じゃない、よ。本当だよ」
「口調が片言になりかかっているし、どこか遠くを見ているのは本心じゃない、よね?」
「気のせいだよ」
自分で自分を言い聞かせている状態を、嘘だというのなら嘘なのだろう。
仕事を始めた最初の頃は、好きな仕事内容でも、仕事を覚えきれるまでの不安はいつでもつきまとう。
「・・・ま、覚えるのには、時間がかかるからな。覚えるための必要な最低限の時間はかかって当然だという気持ちは必要だと思うぞ。必要以上に、落ち込まないために」
ルカはそう言いながら、珈琲と紅茶をテーブルの上に置いた。
「ルカの言葉って、何か・・・深いよね」
「実感がある言葉の重みだよね」
「あ、俺もそう思っていた。そして、謎な部分が増えていく」
「いや、ただのしがないフリーターだぞ、俺は」
もう一人のバイトの子も、テーブルを整理しながら話に参加してくる。
「時々、『俺には言葉しかない』とか言っているけど、むしろ、ルカの言葉は武器だと思う。人を動かしてしまう、そんな言葉」
「・・・・・・分かった、ルカは何か特殊な術を使えるのか、かっこいい」
「使えませんから」
ルカはフクロウ君に、呆れたようにため息を吐き出す。
「使えたとしても、おかしくない雰囲気だよね」
私はホット珈琲を飲みながら、ノート達をバッグにしまう。
「そうだよね」
「・・・そんな言葉を使えるようになりたい」
「・・・・・・なれるよ、友里恵なら」
「ありがとう」
「この後、何処に行く?」
「・・・何処にしようか」
この後の行き先を考えながら、美味しい珈琲をゆっくり味わう。