【5】
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仕事歴の長い先輩の瑠奈の言葉は、いつも私を励ましてくれる。
上辺だけの言葉ではないと感じ取る事ができるから、素直に嬉しいと思う。上辺だけと感じる事に対して、自分でもどうして嫌いなのかというはっきりとした理由は分からない。
そう伝えれば、瑠奈は嬉しそうな表情を浮かべた。
「私が友里恵に対して、上辺だけの言葉なんて言うわけない」
なぜそこでドヤ顔なのだろう。
ワインの酔いがまわってきた頭でも、その部分も触れない方がいいと理性が告げたので、最後の自分では作りもしない美味しいつまみを口の中に放り込む。
「美味しい料理っていいね」
「色気より食い気?」
「・・・ちゃんと、聞いていたよ。私の事が大切な存在だって」
「・・・・・・」
あれ、何も反応がないなと思ったら、つまみにフォークをさしたまま、表情を変えるでもなく、そのままの状態で固まっている。
フリーズ状態が他の人よりも若干長いような気がする。
たぶん、内面では表情に反していろいろせめぎあっていそう。なんて事をのんびり考えながら、おかわりを手酌しようとすると、その手をとめられた。
「違わないけど、いきなり?」
私のワイングラスに瑠奈はワインを注ぎながら、つとめて冷静を演じた口調で言う。
「ちゃんと思考したよ? いい加減な事を言いたくない=大切だと思っている=大切な存在だと思われているって」
「あの一瞬でそこまで思考がまわるの?」
「うん、まわる」
私にとって、そこまでの思考がまわるという事が、特に意識をして行っているものではない。無意識だからこそ、気を付けていないと嫌な気持ちになる事もあるし、状況が悪い方向に向かってしまう事もある。私だけでは変えようのない事に気づいてしまった時は、気づいていないと演じるようになってしまっている。
「ルカみたいな才能だね」
ルカという喫茶店に居る眼鏡の店員の姿を思い浮かべた。
「才能って、プラスだと思えない」
私は苦笑を浮かべた。
ルカは、いろいろと作品を作るから、プラスにとらえる事もできている。作品を売る事もできれば、収入をえる事もできる。
私の場合は、何も得られない。むしろ、マイナスだと感じている。
「接客で役立ちそうだけど?」
「うーん」
今までの仕事で役だった事は、一度もない。仕事を始めたばかりでは、上手く動けないし、できても、できる人につなぐ事しかできない。
もう、意識の半分以上は眠くなってきた。
「少なくとも、私の心はとらえたよね」
「・・・うん」
そう言ってから、数分間だけ眠ってしまう。
眠りに落ちる前に苦笑されてしまったのは聞こえた。
「眠りながら認めないでよ」
楽しいお酒を飲んだ幸福感で満足して顔がにやけてしまう。
こういう時でもないと、素直に認められそうにない。
大切だと感じている相手だからこそ、喜んでもらえるだろうと分かっていて、言っている事も。もう少しだけ距離を縮めたいと思ってくれているのなら、その手を伸ばしてほしいと感じている自分の心も。
そのまま、少しうとうとしていた私は、次の一言で起こされた。
「・・・・・・ほら、起きて。置いていくよ」
「それは、嫌です」
「冗談だよ」
瑠奈は笑ってそう言った。