【2】
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瑠奈との出会いは、最近月に二回ぐらい通うようになっていたBARでの事だ。
そのBAR『morning star』は、雰囲気がアットホームで客と店員の全員で、あたたかく優しい人達ばかりだった。お酒を飲むのは、チェーン店の居酒屋しか知らなかったから、BARという場所は未知の領域で、現実感のないファンタジーな世界だった。
お酒の名前自体、有名でよくドラマとかで聞き覚えのあるものしか知らない。メニュー表を見ても、カクテル名前を見ても何と何が混ざっているものかも分からず、カタカナの呪文にしか見えない。そんな状態の私がその場所に行ったのは、元々前を通り過ぎる時に聞こえてくる楽しげな雰囲気が気になっていたのもあり、『何事も経験』と意を決して、ドアを開けて、入ってみたのがはじまり。後は、マスターと店員が優しく出迎えてくれた。
そこで考え事をしながら、手帳の空きスペースに落書きしているのを、たまたま隣に座っていた瑠奈に見られ、
『絵、上手いね』
と愛嬌のある笑顔で声をかけられたのが最初だった。
その後、他愛のない話をして連絡先を書いた紙を出したら、一瞬驚いた表情を浮かべた後に思い切り笑われた。周囲は全員やっているlineの必要性を感じていなかった私は、アプリを機動すらしていなかった。
『lineじゃないんだ。うん、分かったアドレス登録しておく』
それが、もう一年前の出来事だ。
それからの時間で、だいぶ私の事を理解されてしまっているらしい。
面接後、その日のうちに採用が決まったので、来月から週2日でそのバイトを始めてみる事にした。
「作れるプログラムが多いですね」
アルバイト担当者に渡された用紙に視線を走らせた後、率直な感想だった。
「覚える事も多いけど、そのうち覚えられますよ」
「本当ですか? 今から不安が」
「大丈夫」
「はい」
もう一つのバイト先の図書館でも、なんとかなるレベルにはなっているじゃないか。
自分で自分をそう宥め、作れる場所ごとに覚える事がある現実を、あえて意識しない事に決めた。いきなり、全体見ても、余計な不安があるだけだ。今は目の前の事を覚える事に集中した方がいい。
「業務中は、この名札をつけてください。それと、エプロンは各アトリエの準備室にあるものを使ってください。後は、アトリエのリーダーに話を聞いてください。それと、建物の案内図は、最初のうちは持ち歩くようにしておくと、場所を訊かれた時に地図を見ながら案内する事ができるので役立ちます」
「はい」
ここでも案内する事があると思いながら、案内図を見る。
時々、どう行けば、目的地に行けるのかと名札をつけている時に、質問される事があった。見学できる時期になると、図書館内の案内をする事もほぼ暗記して話すようにはしていた。とは言っても、ポイントでこの場所は説明する場所を覚えて、そこを説明するから、難しい説明ではなかったけれど。
「実際に見た方が説明しやすいから、後で時間のある時に一周しますね」
「分かりました」
「気軽に質問してください。覚える事が多いので、一度にとは言いません」
「やっぱり、覚える事が多いのですね」
「友里恵さんには長く続けていただきたいので、まずは、タイムスケジュールとアトリエに慣れるところから始めてみてください」
にっこりと笑みを浮かべる担当者を見ながら、まずは慣れるところから始めようと思った。