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Experience  作者: 皐月悠
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【1】


 【1】


 オフィスカジュアルの服装をした友里恵は、近くのチェーン店の喫茶店で紙コップに入った珈琲を飲みながら、外の景色を見るともなしに眺めていた。平日の昼休みに出てきているが、仕事や買い出しに出ている人の車で道は賑わっていた。雨が降り出しているのもあり、歩いている人はほとんどない。

 時々は独りの時間がほしくなって、そういう時に喫茶店をよく利用する。

 予定を書き込む為に広げた手帳に視線を移すと、仕事と友人と会う予定の他に、自分の為の予定などほぼ何も書かれていない状態だ。続けていきたい事があってはじめた仕事が、生活のほぼ八割を占めている。それが、当たり前の事だと自分をなだめるように言い聞かせて、三年が経過していた。

 バイトをしている友人には、『非常勤とはいえ、フルタイムで働けているのだから、なるべく長くつとめた方がいい』と釘を刺されている。いろいろ求人を見てきて、待遇がいい方だとも自覚している。それでも、わりきれない不満は、ストレスを解消してもすぐにたまってしまう。

 ボールペンの先を出さずに、手帳の上をトントンと軽く叩いた。

 紙とペンがこすれる音を聞きながら、考え事をするのは癖になっていた。さすがに対人している時には、不快にさせてしまうので、やらないように気をつけてはいる。

 飲み終わってしまった紙コップを、ゴミ箱に入れると傘をさして外に出た。

 腕時計を見ると、まだ、時間には少しだけ余裕がある。

 近くに本屋があった事を思い出し、そこに向かう事にした。


 本屋の中で資格関連の書籍が並ぶ棚の前に立った。

 IT、事務仕事、デザインまで分野ごとに分かれて棚に並んでいる。気になった事務のタイトルだけ手にとり、ぱらぱらとめくっては棚に戻していく。

 今の仕事に就いたのは、勉強した事が活かせる仕事だったからだ。

 事務の仕事をしたくて資格の勉強をしたという、前向きな理由ではない。接客に向かないのならば、事務が向いているのかもしれないと考えた。勉強するならば事務に関係のある勉強をしたいと消去方でそう思っていた。だけど・・・。

 デザインの資格の本に手を伸ばしかけ、結局は手にとる事なくデザインの本から逃げるように本屋から出た。

 職場までは、徒歩数分の距離だ。少しの余裕をもって職場に戻る事ができた。 


 昔、遠い親戚の男性が言っていた。

 『趣味を仕事に変える事は、おすすめする事はできない。収入をえていくのは大変だし、自分の作りたい物は、仕事では作れなくなる。お金をもらうという事は、相手の希望を自分の能力で叶えていく事だからだ。だけどな・・・』

 そこで、親戚の男性は苦笑を浮かべた。

 『その条件の中で、自分にしか出来ない事が魅力になった時、自分も嬉しいし、上手くいけば、次の仕事につながるんだぞ。それがあるから、やめられないんだ。ま、好きで好きでしょうがないから、なんだけどな』

 そんな男性が、私にはすごく眩しく思えた。

 私は、仕事でそこまでのやりがいを、自分から見つけようとする事もできず、目の前の仕事を、ただ収入のためにと、淡々とこなしているだけだ。自分の描く作品だけで勝負し、必要な収入すべてを確保できる実力があるとは思えない。だからこその選択したはずが、くすぶる心を完全に消し去る事ができない。

 「・・・何か、叫びたい」

 私は目の前に座っている友人の瑠奈にそうこぼした。

 瑠奈は自分用のビールジョッキを片手に苦笑を浮かべている。平日の夜、チェーン店の居酒屋は、いい時間帯で賑やかさが増している。仕事帰りであろう数人のグループや、友人同士、または、デートまで幅ひろい客層だ。

 「何かあった?」

 瑠奈はビールを豪快に飲む。

 「何もない。何もないけど、叫びたい」

 「何もないのに、叫びたいの?」

 笑いまじりにそう質問されて、私は首を縦に頷く。その様子を見て瑠奈は可笑しそうに笑みを浮かべたままだ。基本、彼女は飲む時、笑い上戸になる。そして、精神年齢が私よりも上だと感じている。私が自分の趣味の事についてくすぶっている感情を抱いている事も、知っている。話す度に瑠奈は呆れもせずに聞いてくれている。 

 「遠吠えする前に、やりたい事があるなら、後悔せずにすむように暴れたら?その後は、ま、なんとかなるんじゃない?」

 「なんとか、なるの?」

 「なる、時もある。完全に仕事を辞めるよりは、少しは距離を置いて、自分の為の時間を意識するだけでも見える景色が違うよ」

 「何か、言う事が大人だね」

 「友里恵も、でしょうが」

 つまみを摘みながら、そういえばと思い出したかのようにA5サイズの用紙を、私の目の前に出してくる。

 「あ、そうそう。知り合いがね、求人出しているところの情報をくれて」

 「瑠奈さんのところには、求人が集まっているね、いつも」

 「・・・何時、何があるか分からないから、ね。履歴書、仕事内容については、質問されても答えられるように常にセットでとってあるし、パソコンでも文章まとめるのが苦手だから、メモで作成したものは保存。求人も時々はチェックしている。必要に、せまられて…」

 遠い目をして、乾いた笑みを浮かべている。

 「あ、でも今は大丈夫だから、安心して。それで、その知り合いがこういうのに興味ありそうな人を探していて」

 「子供向けの・・・造形教室みたいなバイト?」

 子供の頃、造形教室に通っていた記憶は残っている。小学生ができる工作を教える仕事という事なのだろうか。

 「ざっくりいえば、そう。ま、受かるかどうかは別だけど、もし、興味があればどうだろうと思って」

 「うーん、考えてみる」

 まだ、考えてみるとしか言っていないのに、瑠奈は満足そうな表情を浮かべていた。美術関係の仕事という事だけで、半分以上は決心が固まっている事を見透かしているようだった。


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