利己主義者と博愛
喫茶店の窓から、交差点を行き来する人々を見ながら、香りのない冷えた珈琲を飲み干し、ソーサーに伏せた。カップの底に描かれた弧を見つめ、店を出た。
街に出てみると、少しほのかな香りがした。香水の香りではない、差し詰め雨の香りといったところだろうか。巻雲を見上げながら、花屋の前を通り抜けた。
***
カウチソファに座り、天井を見上げる。
「どうも、あの匂いが鼻に付いて仕方がない。」
無機質な壁へと語りかける。誰も返事を返さないが、孤独など感じない。そういう人間なのだ。
高校生の時に弁論の時間があった記憶がある。テーマは忘れてしまったが、皆、当たり障りのない言葉だけ並べて流れ作業化していたということは覚えている。
「少年向け週刊誌にありがちな、愛とか友情・努力や絆なんて大嫌いだ」
私はこんな戯言をどうも自信満々に語ったらしく、気づいたときには晒し者になっていた気がする。私の学生時代の記憶はこのときのことと教室にほのかに香る雨の匂いぐらいだ。
一般に言う、良い香りは全て嫌いと言える。私にとって、花の香りはどうも合わない。花の香りは私にとって、安らぎを与えるものではない。花の香りを嗅ぐと、どうも意識が朦朧とする。それなのに何故か玄関にはシダレグワを飾っている。
携帯が震える。見覚えのない番号ではあったが、一応出てみる。「橘さんの携帯電話ですか?」「そうですが、なにか御用でしょうか?」「俺のこと覚えてるか?高校で一緒だった、絹山だが?」「ああ、もちろん。同窓会かなんかでもやるの?」「そうそう。それで来る?」
「顔は一応出す、詳細はメールか何かで送ってくれ、じゃあまた今度。」同窓会など行っても仕方がないと分かっているのに、何故返事したのだろう。わざわざ、マウンティングしに行くために行こうなどとは権威主義者もいいところだ。
***
「久しぶり、絹山は最近どう?」
社交辞令とも言えるとりとめのない話をして、同窓会をやり過ごす。「マウンティングをしに行くはずなのに、適当に話すだけなんて何をしに行ったのだろう。」分かってはいても、そうは動かないようである。どうも私は意思と行動が一致しないようだ。ワインを飲みながら、ふと考えた。「私は絹山のことを覚えていたが、友人でも何でも無かったはずだ。何故、覚えていたのだろうか。」思考を巡らした結果、一つだけ思い出した。たしか、絹山は私のあの戯言に反論をしてきた奴だ。何故、忘れていたのだろうか?私の記憶はそこまでひどかったのだろうか?つまらないことを再三考えているうちに同窓会は終わった。何処かで嗅いだことのあるような匂いがした。その日はそれ以降の記憶はない




