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99.やわらかいもの

 王都を去ってから一週間が経過した。

 フィールやグロウ、ユースとはまた会える機会もあるだろうと――いまだ対応に忙しい彼らとは軽い挨拶程度を済ませて別れたのだった。

 エリシアはフィールと再び王都で会う約束をしていた。

 今度は、王都で開かれる大規模な《祭り》が開かれるとの事だった。

 フラフの町はいつもと変わらず静かだったが――そこにいるのは異様なメンバーであった。

 姉妹のエルフに人の姿をしたドラゴン。

 少女のような姿を模した吸血鬼と、老人の姿をしたリッチ。

 一つの宿に宿泊するにはあまりに濃い面子ではあったが、その存在に気付ける者はいなかった。

 ゆえに、王都から帰ってからも変わらぬ日々を過ごしていた。


「エリシア、今日はどこにも行かないのか」

「私ですか? 特に予定はないですけど……」


 ヴォルボラの問いかけにエリシアが答える。

 ヴォルボラは王都の外で《ユグドラシル》に行ったという話をナリアから聞いている。

 そこに行った事を羨ましいとも思わないが、ヴォルボラ以外のメンバーは全員そこに行っている。

 仲間外れにされたような気分――もヴォルボラは感じていないと心に言い聞かせるが、どう見てもそんな気持ちを味わっていた。

 ゆえに、ここ一週間はエリシアの近くから中々離れなかった。

 モーゼフはナリアと共に遊びに出掛け、そこにウィンガルも付き添う形となった。

 エリシアも行くのかと思っていたが、ヴォルボラと共に部屋に残ったのだ。


「ヴォルボラ様はどこか行きたいところとかないんですか?」

「我はここがいいが」

「え?」

「いや、ここでいいが」


 エリシアが問い返すと、微妙に言い方を変えて答える。

 ヴォルボラは思わず漏れた本音を隠すようにした。

 だが、尻尾は嘘をつかない。

 エリシアがどこにも行かないと聞いて、フリフリと腰の部分で揺れていた。

 エリシアの視線も、ちらりとそちらの方に移る。


「どうした?」

「いえ、ヴォルボラ様の尻尾がよく動いていると思って……」

「人の姿だと勝手に動くのでな」

「勝手にですか?」

「ああ、我の意思で動かしているわけではないが」


 ブンブンと動く尻尾にエリシアが興味を示す。

 以前温泉に入った時も、エリシアはナリアと同様に尻尾を触りたそうに見ていた。

 意外と尻尾に興味があるらしい。


「触るか?」

「えっ、以前も触らせてもらいましたけど、その……いいんですか?」

「尻尾を触るくらい何の問題もないが」


 ヴォルボラはそう言うと、スッと背中の方を向ける。

 普段はモーゼフの魔法によって目に見えないようになっているが、今は普通に尻尾としてそこにある。

 ヴォルボラの室内着は大きめのシャツを一枚羽織るだけで、尻尾は表立って見えていた。

 服を着る事にも慣れてきたとはいえ、そもそもヴォルボラはドラゴンだ。

 裸に近い方が過ごしやすい。

 けれど、町中で暮らす以上はヴォルボラも合わせる事を意識していた。


「えっと、それでは、失礼します」

「ああ」


 ふにふに、ふにふに――エリシアの触り方はおずおずとしている。

 ナリアのようにギュッと加減なく握るような事はしない。

 もっとも、ナリアのような少女が本気で握ったところで、痛くも痒くもないが。

 エリシアの触り方はどちらかと言えば気持ちのいいものであった。


「や、やっぱり柔らかいですね」

「らしいな。我は握らないからよく分からないが」

「私、こういう柔らかい物って結構好きで――あっ、ごめんなさい。ヴォルボラ様の尻尾は物ではないですよね……」

「ドラゴンの姿なら使い物になるが、今は使えない物だ。エリシアが好きだというのなら好きに握ればいい」

「は、はい。でも、ナリアの前だと少し……」

「別に気にするような事でもないと思うが」


 エリシアにも姉としての尊厳というものがあるようで、ナリアと同じようにはしゃぐ姿をあまり見られたくないようだった。

 実際、ヴォルボラの尻尾を触るエリシアはそれとなく嬉しそうな表情をしている。

 エリシアの言っている通り、柔らかい物が好きなのだろう。


「それにしても、本当によく動きますね」

「……そうだな」


 ヴォルボラも驚くくらい、元気に尻尾は動いていた。

 これがドラゴンの姿ならば――周囲の木々をなぎ倒すような勢いもありそうだ。

 けれど、今はエリシアに握られてもぶんぶんと軽く手を振るう程度で住んでいる。

 しばしエリシアが尻尾に触った後、満足したように手を離した。

ヴォルボラはエリシアの方に向き直る。


「柔らかくて癒されました……」

「そうか。触りたければいつでも触れ」

「ありがとうございますっ」

「ああ。ところで――我も気になっている事があるのだが」

「あ、はい。何でしょうか」

「エルフの耳は尖っているが、耳は良いのか?」


 ヴォルボラがそう問いかけると、エリシアは少し悩んだような表情になった。


「えっと、ごめんなさい。私自身そこまで音に敏感かどうか……」

「そういうものか。あくまで少し気になっただけだ」


 そう言いつつも、ヴォルボラの視線はエリシアの耳の方に向いていた。

 ヴォルボラの尻尾理論で言うと――ドラゴンの特徴と言える尻尾は触られて悪い気分はしない。

 それならば、エルフの耳というのはどうなのだろう、と。

 だが、ヴォルボラからそれを聞く事は少しはばかられた。

 そんなヴォルボラの気持ちを知ってか知らずか――ヴォルボラの視線を受けてエリシアが答える。


「その……尻尾を触らせてもらったので私も何かとは思うんですけど……耳は少し弱いので……」

「無理に触りたいとは言わないが」

「少しだけなら大丈夫ですけど」

「!」


 ヴォルボラの気持ちを組んでくれたのか、エリシアはそう答えた。

 以前のヴォルボラならば確認せずとも触っただろうが、エリシアに対しては少し過保護なところがある。

 エリシアの嫌がるような事も極力しないように、と気を付けるくらいだ。

 けれど、それはエリシアも良しとしていなかった。

 エリシアとヴォルボラ――エルフとドラゴンと種族は違うが、友達になったのだから。

 だが、唯一の問題は互いに不器用なところがあるというところだった。


「いや、苦手なところを触りたいとは言わない」

「ナリアは触られると気持ちいいって言うんですが」

「ほう。なら今度触りまくってやるか」

「たぶん喜ぶと思います」


 ヴォルボラとしては、ナリアを喜ばせる事よりもエリシアを喜ばせるような事をしたかった。

 珍しく二人でいる時間なのだから、何かできる事はないか模索する。


(エリシアが喜ぶ事……柔らかい物が好きと言っていたな)


 ヴォルボラの閃きというのは実に単純なものだった。

 エリシアが柔らかい物が好きというのなら、せっかくなら喜びそうな柔らかい物を探しに行こうと。

 思い立つと行動が早い。

 スッとヴォルボラは立ち上がる。


「ヴォルボラ様?」

「エリシア、暇なら少し付き合え」

「え、構いませんが、どこに行くんですか?」

「柔らかい物を探しに行く」

「! や、柔らかい物、ですか?」


 ヴォルボラのそんな思い付きに対して、思った以上に嬉しそうな反応をするエリシア。

 二人の少女は、柔らかい物探しという謎の目標に向かって動き出したのだった。

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